たとえ明日世界が終ろうとも、自分はリンゴの樹を植える

▶︎ 主を思う・・

<自分はリンゴの樹を植える>


私がこの言葉を読んだのは、「わが涙よ、わが歌となれ」(原崎百子)という本を読んだ時でした。多分、45年ぐらい前になるでしょう。牧師の妻であった百子さんは、肺癌で亡くなりました。43歳でした。
ご主人の清さんは、当時、癌は告知しないことになっていたのに、百子さんに癌であること、すでに両方の肺に癌が散らばっていることを話します。百子さんは、清さんが自分を信頼して話してくれたことを感謝し、“今日からが本番の人生がはじまるのだ”と記し、その時に引用された言葉が、“それでもやはり私はりんごの樹を植える”でした。

#リンゴの樹を植えると書いてあるページのコピー(読者にそのページを全部を読んでもらいたい)
百子さんは、2冊の日記帳を求め、清さんと子供たちへの思いを、“神さまの愛を通して”書き残したのでした。その愛は、いわゆる人情的なベタベタしたのではなく、どこまでも透き通った愛の賛歌でした。

<魂をゆさぶる本>

私の人生で、自分の魂をゆさぶられたという本は、沢山あるけれど、この本は特別でした。今でも、我が家ではこの本には “Reference only” と書かれ、貸出ししないようになっています。
私は、百子さんの生きざま、否、死にざまに感動して、自分も献身したいと思いました。
今でも思い出しますが、ロサンゼルスのダウンタウン、4thとSpring でしたか、高いビルディングを見あげて、“神さま、み心でしたら、献身します”とお祈りしました。でも、(その時)神さまからの応答はなかったのです。今から思うと、あの頃だったら、挫折していたかも知れません。(献身なんて甘くない!)
<“それでも私はリンゴの樹を植える”という言葉の出典>
多くの人が、「それでも私はリンゴの樹を植える」という言葉は、マルチン・ルターの言葉だと言います。結論から言いますと、そうかも知れませんが、マルチン・ルターが残した書物や手紙などにどこにもそんな言葉が見られないとのことです。(自分は、ルターの書を全部読んでいないけど)それで、「25時」という小説にその言葉があるというので、(とりあえず)その著者のコンスタンテイン・ヴィルヂル・ゲオルギウが本当の創作者なのだと思っていました。・・・ところがそうではないというのです。
柴田昭彦氏によると、(http://www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/sub3b.html)その言葉は「25時」の小説にはなく、同じ作家の「第二のチャンス」に出てきたそうです。その本の終わり近くに、ピラという登場人物が「マルチンルターの言葉を思いだす」といって、“たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの樹を植える”という言うのだそうです。(これも、読んでいない。😅。
ということは、マルチン・ルターの名を使って、その言葉に箔(はく)をつけたのか、どうかはわからないけれど、この本のおかげで、この名言は、マルチンルターに帰することになったという話です。

<この言葉は私たちに何を示唆するのでしょうか>

この言葉は、確かに名言だと思うけれど、「明日が終わりでもリンゴの樹を植える」ということに意味はあるのでしょうか?それで、何が達成されるのでしょうか?百子さんは、神さまから与えられた命を最大限に用いるという意味で使われました。
神さまはあなたに父母を与え、子どもを孫を与えていてくださった。否、あなたが(たとえ)天涯孤独であったとしても、命あるかぎり、あなたがこの世の責任を全うする。神さまは、あなたにそれを望まれている。百子さんのように、自分をほめてあげたいような最期をおくりたいものです。
「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。」(【新改訳】ピリピ 3:12)
ロバート・イー




にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。
よろしければ応援クリックをお願いします。


▶︎ 主を思う・・

Posted by SANBI.us