「こうして教会は(10):食卓を囲む意義」

かつて一人で島暮らしをしていました時、私の夕食は10分で終わっていました。当時の私の得意料理は「納豆」と「卵ご飯」、そして、「肉野菜炒め」でした。

納豆はあの白いプラスチックカップのまま食卓に並び、肉野菜炒めも、盛りつけなど考えることなくただ皿にのせられ、味つけも醤油だけでした。なぜ10分かといいますと、私が早食いであることと、食べる目的がどちらかというとエネルギー補給に近かったから、ただ口に放り込んでいただけだからです。

今、そんな日々を振り返って思うのです。食事を単なるエネルギー補給としか考えていないと、だんだん心の豊かさが失われていくと。このことは一人で食べる食事であっても改善できることだったなと今は思います。今、食事は極めて精神的なものなのだということに気がつかされています。

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「こうして教会は(10):食卓を囲む意義」
2019年9月1日

先週、私達は初代の教会が一同ひたすら「使徒たちの教えを守り」、「信徒の交わり」をしていたということをお話ししました。今日はさらにその教会が何をしていたのかということに目を留めることにより、私達のあるべき姿ということについて確認したいと願っております。使徒行伝2章42節-47節を読みましょう。

42そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。43みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。44信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、45資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。46そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、47神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである』(使徒行伝2章42節-47節)。

ここから、彼らが絶えずしていたこととして「共にパンをさいていた」(42)ということが分かります。今日はこのことに着目したいと思います。この言葉には二つの意味があります。まず、それは「愛餐」(Love Feast)ということです。そうです、彼らは共に食卓を囲み、食事をとりました。

聖書は「食べる」ということをとても大切にしています。なぜなら人間は食べることによって生きるように神様によって造られているからです。

マタイ4章にはイエス様が公生涯を始めるにあたり、荒野で悪魔の誘惑を受けた時のことが記録されています。その4章はこのように始まります。さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。 そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた(マタイ4章1節―2節)。

イエス様が人の子としてお生まれになったということは肉体を伴うということであり、それゆえに私達がそうであるようにイエス様も空腹になられたのです。

創世記はイサクの子、エサウが狩りから空腹で家に帰ってきた時の様子を描いています。彼はあまりにもお腹が空いていたので、弟ヤコブが煮ていたスープを見て、こう言いました。「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」(創世記25章30節)。

そうとうにお腹が空いていたのでしょう。結局、彼はこの赤いものと引き換えに自分に生まれながら与えられていた長男の権利を弟ヤコブに譲ってしまったのです。

この光景は今日、我が家でも日常的に見られるものです。そうです、エサウの姿は一日の仕事を終えて家に帰宅した私の姿であり、家族が皆、その証人です。私がエサウなら長男の権利どころではない、さらに多くのものを失っていたことでしょう。

人は空腹になりますと心身ともに不安定になります。「腹が減っては戦ができぬ」ということわざがあります。確かに空腹では戦う力がないでしょう。また腹が減っていてはまともに物事は考えられませんしイライラします。

空腹の時は会議をしないほうがいいでしょう。空腹の時に大切な決断をしてはいけません。空腹の人に近づくなんてもってのほかです(私のことです)。

イエス様を三度否んだペテロの前にイエス様はあらわれました。そうです、その時ペテロと彼の仲間達は一晩中、ガリラヤ湖で漁をしていました。そんな彼らがふと岸を見ると、そこにイエス様がおられました。

ペテロはすかさず湖に飛び込み、イエス様のところに向かいました。岸にあがりますと、炭火が起こしてあり、魚が焼かれており、パンが用意されていました(ヨハネ 21章19節)。

その時のペテロと仲間たちは一晩中、働き続けた後であり、心身ともに疲れていたことでしょう。そんな彼らにイエス様は岸辺で火を起こし、魚を焼き、パンを用意され、彼らに言われたのです「さあ、朝の食事をしなさい(ヨハネ21章12節)。

彼らが食事をすませると(ヨハネ21章15節)、イエスはペテロにあの有名な言葉を語りかけたのです(ヨハネ21章15節-17節)。ここに注目しましょう。そうです、まず食事を済ませてから、すなわち彼らの空腹が満たされてから、イエス様はこの言葉をペテロに語りかけたのです。

預言者エリヤはアハブ王とその妻イゼベルとの霊的な戦いの後に心身ともにバーンアウトしてしまったことがありました。今日でいうなら彼はデプレッションでもあったと思われます。

ですから彼は神様にこう願ったのです。「もう何もかも十分だ。今、わたしの命をとってください!」(列王記上19章4節―8節)。その時、神様は彼に何をしたのでしょうか。神様は彼に天の使いを遣わし、焼いたパン一個を与えました。ペテロの時もそうでしたが、ここでも焼いたパンです。神様は彼らのためにただパンを提供したのではなく、そこに温かい心遣いを加えたのです。

そして、さらにひと瓶の水を与え、エリヤはそれを食べ、飲み、そして眠りました。こうして彼は再び心身に力を受け、立ち上がっていくのです

神様は私達を造られたお方であるゆえに私達のことを知り尽くしています。牧師が言うのも何ですが「がんばって祈りなさい」という励ましよりも「まずよく食べて、ゆっくり休みなさい」というアプローチを神様は用いることがあるということを心にとめましょう。なぜなら私達は肉体と共に生きているのですから。

ここまで「食べる」ということについて、それは私達の肉体が求めることであり、このことによって必要なエネルギーが心身に補給されるということをお話ししました。ガソリンを入れなければ車は動かないように、私達が食事をとる、とらないということは私達のオプションではないのです。

しかし、食べるということにはもう一つの大切な意味があります。よく私達は「今度、食事でも一緒にどうですか」と友人を食事に誘います。それは「一緒に食べて栄養をつけましょうよ」ということだけを意味するものではないことを私達は知っています。

言うまでもなく、食事を共にとることにより、お互いのことをよりよく理解し合って、一層親しくなりましょうという意味がそこにはあるのです。

これらのことを考えます時に「食べる」ということはエネルギー補給以上のものであるということができますでしょう。もし、食事がエネルギー補給のためだけにあるのなら、料理の盛りつけや細かな味つけは必要ないでしょう。とにかく体内に栄養を摂取できればいいのですから。しかし、私達は料理には「盛りつけ」をして、見た目をよくしますし、「味つけ」に心を配ります。

かつて一人で島暮らしをしていました時、私の夕食は10分で終わっていました。当時の私の得意料理は「納豆」と「卵ご飯」、そして、「肉野菜炒め」でした。

納豆はあの白いプラスチックカップのまま食卓に並び、肉野菜炒めも、盛りつけなど考えることなくただ皿にのせられ、味つけも醤油だけでした。なぜ10分かといいますと、私が早食いであることと、食べる目的がどちらかというとエネルギー補給に近かったから、ただ口に放り込んでいただけだからです。

今、そんな日々を振り返って思うのです。食事を単なるエネルギー補給としか考えていないと、だんだん心の豊かさが失われていくと。このことは一人で食べる食事であっても改善できることだったなと今は思います。今、食事は極めて精神的なものなのだということに気がつかされています。

私にとりまして一日、三回の食事はとても大切なものであり、また楽しみであります。今年の修養会の講師であられた豊田信行先生は朝から奥さんに「今晩の夕食は何か」と聞くと言っておりました。そして、それを聞いた奥さんの心持ちは穏やかではないと。

その話を聞いていて内心、ドキッとしました。なぜなら私も同じような質問を朝から妻にすることがあるからです。ですから、この話を聞き、気をつけるようになりました。確かに朝食中に夕飯は何なのかということは失礼です。しかし、それでも私は朝から夕食をききたくなってしまうのです。理由はただ一つ。朝からその日の夕食が楽しみだからです。

もっと言いますと、私は一日が始まる時に今晩の夕食を励みに頑張ろうと思うからです。そして、それは食事だけの楽しみではなく、それぞれの一日を過ごした家族の顔を見、彼らの話を聞くことが楽しみだからです。

そう、その時、食事は私にとってエネルギー補給ではないのです。それは私にとりまして心と体とが養われる時なのです。

イエス・キリストは人々と食事を共にすることをとても大切にされました。ご存知のように当時のユダヤ社会で最も嫌悪されていた人達は取税人でした。なんとイエス様はその取税人であるマタイを12弟子の一人として選びました。常識ではありえないことです。マタイは自らその日のことをこう記録しています。

9さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。10それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くの取税人や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。(マタイ9章9節―10節)

イエス様はマタイを弟子とし、彼と共に食卓につきました。その時に彼の友人たちがやってきました。マタイと同じ取税人や罪人達です。さらりと書かれていますが、当時、人々が話しかけることはおろか、自分の視界に入ることさえも拒んだ人たちです。その彼らとの食卓の中心にイエス様がいたというのです。

この光景を見て信仰に熱心なパリサイ人が弟子達にたずねました。11パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか」。12イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。13『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ9章11節―13節)

人々はこの光景を見て動揺しました。しかし、イエス様は彼らと共にいるために自分は来たのだと言いました。私は彼らと共に食卓を囲むために、この世界に来たのだと言ったのです。あの黙示録の言葉が言っている通りです。

「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう」(ヨハネ黙示録3章20節)

このようにイエス様が罪人と名指しされていた人達と食事を共にしたということは、日常的なことだったと思われます。ルカはそんなイエス様は「見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ」(ルカ7章34節)と人々から呼ばれていると書き残しました。

しかし、実際にはイエス様が食事を共にしたのは罪人だけではなく、申し出があるのならいわゆる信仰熱心なパリサイ人達とも食事を共にしました。そう、イエス様は受ける食事を断ることはなかったようです。ある牧師は依頼された「メッセージ」と招いていただいた「食事」は断らないと言いましたが、これはある意味、イエス様の生涯にもあてはまるものであったと思われます。イエス様は実に愛餐をもつことを望み、それを喜ばれたのです。

愛餐を英語で訳しますと「Love Feast」と言います。また、かつて一世紀の頃、愛餐はは「Agape Feast」とも呼ばれていたと言います。アガペーという言葉は皆さん、ご存知でしょう。そう、それは新約聖書のオリジナル言語であるギリシア語で「神の愛」という意味で、それは無償の愛を意味します。すなわち愛餐とはイコール、無償の愛が注がれる場所であったということです。

イエス様は罪人やパリサイ人、食事を共にした者達の空腹が満たされていくのを喜んだことでしょう。まさしく、それは神のアガぺを意味していました。しかし、同時にイエス様は人々と共に食事をすることにより、彼らの心が満たされていくことを何もよりも喜ばれたに違いありません。そして、それも神のアガペを意味しました。

私達が教会でもつ全ての愛餐もそのようなものであるべきです。そして、私達の各々の食卓でも、このアガぺの愛がともなうべきです。

初代の教会が「共にパンをさいていた」ということを意味する二つ目のことをお話しします。それは「聖餐:Holy Communion」ということです。

かつてイエス様は12弟子と共に食事をとることを自ら望まれたことがありました。イエス様はあらかじめこの願いを弟子達に伝え、彼らはその食事のために場所をリザーブしていたと聖書は記しています。そうです、それは予約された食事会でありました。

時は過ぎ越しの祭りの最中、場所はエルサレムのとある家の一室、それはイエス様が十字架にかかる数時間前の食事でした。俗にいう「最後の晩餐」と呼ばれるイエスと弟子達との最後の食事です。ルカはその時のことについてこう記しています。

14 時間になったので、イエスは食卓につかれ、使徒たちも共に席についた。15 イエスは彼らに言われた、「わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたとこの過越の食事をしようと、切に望んでいた。16 あなたがたに言っておくが、神の国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越の食事をすることはない」。17 そして杯を取り、感謝して言われた、「これを取って、互に分けて飲め。18 あなたがたに言っておくが、今からのち神の国が来るまでは、わたしはぶどうの実から造ったものを、いっさい飲まない」。19 またパンを取り、感謝してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「これは、あなたがたのために与えるわたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。20 食事ののち、杯も同じ様にして言われた、「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である(ルカ22章14節―20節)。

その食卓の席、イエス様は用意されたパンを割き、ブドウ酒を弟子達に分け与えました。そのパンとブドウ酒はもともと、彼らの晩餐のためにそこに置かれていたのでしょう。イエス様はそのブドウ酒とパンをもって、ご自身がこれから受ける十字架の意味を説明されたのです。

すなわち弟子達の前で感謝してパンを割き、「これはあなたがたのために与えるわたしのからだである」と言われ、杯を分け与えて「この杯はあなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である」と言われたのです。

そして、イエス様は私を記念するために、このことをこれからも行いなさいと彼らに命じ。私達はそれを聖餐式として今日、受け継いでいます。

聖餐式の中心的な意義とは、わたしたちのために十字架で死なれたイエス・キリストのアガぺの愛を私達が心に刻み、いつもそのことを思い起こすことです。そして、このキリストの愛を伝え続けることです。パウロが書き記している通りです。

「だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである」(Ⅰコリント11章26節)。

私達は聖餐式によって「主の死を告げ知らせる」、すなわちキリストのアガペの愛を伝えるという宣教の使命に立ち続けます。聖餐式は主が再び地上にこられる時まで主を信じる者の間で続けられるもことであり、2000年後の私達の教会も引き継いで今日あるのです。

私達日本人の主食は米であり、またあえてそのご飯と共に食卓に並べられるものをあげるのなら、それは味噌汁でしょう。同じように当時のユダヤ人はいつもパンを割き、そしてその傍らにはいつもブドウ酒がありました。すなわち「共にパンを割き、ぶどう酒を飲む」ということは、当時の初代教会にとって文字通り、愛餐そのものだったのです。

あのエマオ途上の弟子達はイエス様と共に食事の席についた時にイエス様がパンを割くのを見て、それがイエスだと分かりました(ルカ24章30節、31節)そう、彼らは愛餐を通して、主の聖餐を思い起こしたのです。

イエス様は、弟子達とこれから食べるために備えられていた過ぎ越しの晩餐の食卓にあったパンとブドウ酒で、その無償の愛を彼らに示されました。これらのことを思う時に確かに日々の私達の食卓と聖餐は区別されるものではありますが、それは同時に重なり合うものであるということが暗示されていないでしょうか。そう、私達の愛餐の席は主の聖餐のご愛があらわされる場所でもあるのです。

教会では毎週、木曜日の集会の後に持ち寄りランチをいただきます。毎月、私達は教会でカレーランチをもっています。各地域でもたれる家庭集会でも兄弟姉妹と共に食事を共にする時があるでしょう。とても楽しいひと時です。互いの事を思い浮かべながら、心を込めて用意してくださった料理は私達の心と体を養ってくれます。そして、私達はその愛餐を通して、キリストのアガぺの愛を思い起こすのです。

「夕食は家庭でとりましょう」と言うことを聞くことがあります。さらには「手作りの家庭料理を食べていますか」。「食器を使っていますか」ということまで踏み込んでお話になられる方達がいます。

私達は思うかもしれません。「そんなことあなたに言われたくない」。「大きなお世話だ」と。しかし、そんな思いをおさえて、へりくだって、これらの言葉を思いめぐらすのなら、確かに聞くに値する言葉だと思います。

特に子供達にとりまして、これはとても大切なことです。一、二回の食事ならそれほどの影響はないでしょう。しかし、もし私達の食卓が毎日、もはや家族が集まる場所ではなくなっているとしたらどうでしょう。そのところに心の温もりやケアーが失われてしまっていたらどうでしょう。

食物が口から体内に取り入れられているのですから、確かに私達の肉体にエネルギーは供給されますでしょう。しかし、その時、その席は愛餐の場となっていますか。共に食する者達に、そして自分自身に対してその食事はAgape Feastとなっているでしょうか。

確かに現代社会は忙しいものです。「あなたはこの社会の忙しさ、現実を知らない」と言われるかもしれない。「人の食卓のことまで、余計なお世話だ」と言われるかもしれない。

しかし、愛餐という言葉が神の愛、アガペーと等しいものであるのなら、その愛餐を通して、主の聖餐が思い起こされるのなら、私達は自らの食卓にその神の愛があるのか、天来の光を当ててもらう必要があるのではないでしょうか。

イエス・キリストが人々と共に食事をすることをとても大切なこととしていたことをおぼえましょう。父なる神も、イエス・キリストもエリヤのために、弟子達のためにパンを焼いて手渡したという、その細やかな神の愛を私達はおぼえましょう。イエス様は食卓にあるものをもって、神の至高の愛を私達に伝えてくださったことをおぼえましょう。

それゆえに初代の教会がその神とイエスの思いを引き継ぎ、「共にパンを割く」ということを何よりも大切にしていたということを私達は心にとめましょう。

そして、それはAgape Feastと呼ばれていたことを心に刻みましょう。私達が囲む食卓が主のご愛で包まれ、私達一人一人がそのご愛によって育まれますように!お祈りしましょう。

 

本日のおもちかえり
2019年9月1日

1)使徒行伝2章42節-47節を読みましょう。初代教会の人々が「共にパンをさいていた」(42)ということから、あなたは彼らのどんな光景を想像しますか。

 

2)ヨハネ21章9節―19節を読みましょう。有名なイエス様のペテロへの語りかけは彼らの空腹が満たされた後になされたということから、あなたはイエス様のどんなお心を受け止めますか。

 

3)列王記上19章4節―8節を読みましょう。エリヤに対して「あなたの信仰が足りないのだ!」という叱責をなさらず、神様は彼に何をなさいましたか。

 

4)ペテロの時もエリヤの時も単なるパンではなく、焼いたパンを神様は与えられました。ここに神様のどんなお心をうかがい知ることができますか。

 

5)あなたにとって食事は栄養補給のためにありますか。それ以上の何が食事にはあると思いますか。イエス様はなぜ人々と食事を共にすることを望まれ、またそれを楽しまれたのでしょうか。

 

6)イエス様と弟子達の最初の聖餐の様子がルカ22章14節―20節には書かれています。この聖餐が彼らが過ぎ越しの食事をする食卓で、彼らの飲食のために用意されたパンとぶどう酒を用いてなされたということにはどんな意味があると思いますか。

 

7)6)のことから、またかつて愛餐は「Agape Feast」と呼ばれていたところから、私達の食卓はどのようなものであることが神様によって望まれていると思いますか。

 

8)あなたの食卓は「Agape Feast」と呼ばれるようなものでしょうか。私達が見直すべきことは何ですか。継続すべきことは何ですか。

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