あなたに対する他の人の信仰

あなたは「自分の信仰」ということについて考えたことがあるかもしれません。でも「あなたに抱いている他者の信仰」について考えたことはあるでしょうか。

マック

今日、礼拝でお話したメッセージです。

よかったらどうぞ。

あなたに対する他の人の信仰                                                            2010年6月27日                                                   

聖書にはモーセをリーダーとしたイスラエル民族のエジプトからの脱出と、その後の40年にも及ぶ荒野での放浪の旅、そして、そのモーセの後を引き継いだリーダー、ヨシュアに導かれた彼らのカナンの地への定住が記録されています。それは彼らの不安定な生活が安定を得たことを意味しますが、皮肉にもその定住により、彼らの信仰は乱れ、社会も混乱し、外部からは他民族の侵略や圧制が続くようになります。その時の状況について聖書の士師記は記録を残していますが、その17章6節にはとても簡潔に彼らのその状態というものがこう記されて印す「その頃、イスラエルには王がなかったので、人々はおのおの自分達の目に正しいと思うことを行った」(士師記17章6節)

その時代には民を導く王がおらず、人々はおのおの自分達の目に正しいと思うことを行ったということ、これは短い一言ですが、この一言はとても大きな意味を含んでいます。すなわち、私達はそれぞれ異なった考えをもっており、そのような私達がそれぞれ自分が正しいと思うことをしだしたら、その世界はどうなるかということです。それは「私の正しさ」と「あの人の正しさ」の衝突を意味します。正しさの基準というものが各自の心に各々あるという社会は、混乱と惨劇に満ちるようになります。

このような危機の時に、神様は12人の「士師」とよばれるさばき司を起こし、彼らをして民を信仰に立ち帰らせ、その外敵から守り、救いに導きます。そして、その12人の士師の中で一番最後にあらわれた人にサムソンという人がいまして、今日はそのサムソンの生涯について見ていきたく願っています。

このサムソンがこの地に生まれた時の状況について士師記はこう記しています「イスラエルの人々が主の前に悪を行ったので、主は彼らを40年の間、ペリシテ人の手に渡された」(士師記13章1節)。このサムソンの前に士師として生きたギデオンについてお話した先週のメッセージを覚えていらっしゃるでしょうか。その時代について聖書は「イスラエルの人々は、主の目に悪とされることを行った。主は彼らを七年間、ミディアン人の手に渡された」(士師記6章1節)と記しているということをお話しました。

これはとても興味深いことです。イスラエルの民が悪を行うようになる度に、神様は彼らを他民族の手に渡しているのです。他民族の手に渡されるということは、イスラエルの民にとって当然、喜ばしいことではなく、それはとてつもない困難となります。そうです、それは彼らが自分の思い通りにならない世界に生きるということを意味するからです。しかし、先週もお話しましたように、そのような困難の中に神様は彼らが神に立ち返る機会を与えられていたのです。このように困難とか試練というものをとらえます時に、その困難とか試練というものにも役割というものがあるということ、神様はその中にも人知では計り知れないチャンスを私達に与えていてくださるということを私達は知ります。

このような中、サムソンは生まれました。すなわちその時、イスラエルの民は他民族であるペリシテ人の脅威と向かい合っていたのです。そのぺリシテ人と戦う士師としてサムソンは生を受けたのです。その誕生の前に神の使いがその母親に語ったとおりです「あなたは身ごもって男の子を生むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生まれた時から神に捧げられたナジル人です。彼はペリシテ人の手からイスラエルを救い始めるでしょう」(士師記13章5節)。

そして、そのために神様は彼に特別な賜物を与えました。私達には誰しも神様から与えられているギフト、賜物がありますが、このサムソンに与えられたギフトとは「腕力」でした。「サムソナイト」といスーツケースメーカーがありますが、あの名前もこの力のあるサムソンからきているといいます。すなわち、サムソンのように強くて壊れないスーツケースのイメージがそこにはあるのです。

このサムソンの力は他の人よりも少し腕っぷしが強いというようなものではなくて、一人で千人もの敵を倒したり(士師記15章15節)、町の門柱に手をかけて、貫の木もろともに引き抜くことができるほどの力をもったりと(士師記16章2,3節)、その力は桁違いで、その彼の力に対して敵であるペリシテ人もさすがに太刀打ちできなかったのです。まことに神様はその使命を果たすことができる十分な力を彼に与えられたのです。サムソンはその力をもって同胞の民を守る使命が神様から与えられており、それを賢く使うようにと期待されていたのです。

しかし、同時に彼には弱さがありました。彼の弱さは異性でした。彼の生涯は常に女性に対する弱さで揺れ動いていました。ある時、サムソンはテムナという町でペリシテ人の娘を見ます。彼はその心の情愛を抑えることなく、彼女を妻として迎えたく思い、家族の反対を受けつつも、彼女との婚宴をとりつけます。

心が高揚していたのでしょう、その祝宴の場で彼は集まった客に対して謎解きを与えます。客人達はどうしてもそれが解けないので、彼らはサムソンの新妻にサムソンから答を聞き出さないと、父の家を焼いてしまうと脅します(先ほどお話したようにまさしく滅茶苦茶な世界です)。そこで新妻はサムソンに、愛があるなら謎解きの答えを教えてほしいと泣きすがり続けます。最初は答えを話さなかったサムソンですが、七日目には妻にその答を明かしてしまいます。彼女は先の客達にそれを漏らし、彼らはその謎を解きます。その成り行きを知ったサムソンは怒り、ペリシテ人の住む町を襲うのです(士師14章19節)。

そして、これが理由に彼はその新妻を失います。新妻の父が彼女を花婿付添い人であった客に与えてしまったのです。それに対してサムソンは烈火のごとくに怒りました。彼はきつね300匹を捕まえて、尾と尾とを合わせて、そこにたいまつを結びつけ、点火し、ぺリシテ人の麦畑の中に放し、それによって全てのものを燃やしてしまったのです。さらにその仕返しに来た者達をも撃ち、その多くを殺したのです。

また後に彼はデリラという女性を愛するようになります。そして、そこでも同じような欺きにあいます。すなわちぺリシテ人がこのデリラにサムソンの怪力の秘密を教えれば、多くの銀を与えると画策するのです。デリラはその言葉に従い、日ごと彼にその力の源は何かとすり寄ります。最初は拒んでいた彼も、最後にはまたその秘密、それは彼の髪の毛にその理由があり、それがなくなれば自分は無力になるということを話してしまうのです。それを聞いたデリラは自分の膝の上にサムソンを眠らせ、その間に彼の頭の毛はすべて剃り落とされてしまうのです。それゆえに彼はかの怪力を失い、ペリシテ人に捕らえられ、両目をえぐり取られてしまうのです。明らかにこの怪力をもつサムソンは女性によって、つまづいているのです。

皆さん、まだこのサムソンが生まれる前に、その告知を主の使いから受けた彼の母親は、その使いにこう尋ねました「あなたの名はなんといいますか」。その使いはその問いかけに対して「わたしの名は不思議です」と答えました(士師記13章17節、18節)。まさしく、その使いが答えたように、このサムソンの生涯は不思議に満ちているように思えるのです。それには大きなクエスチョンマークがつくのです。

なぜなら、ヘブル人11章にはかつて生きた信仰の勇士達の名前が列挙されていますが(プロ野球の世界にば殿堂入りというものがありますが、そこに記されている選手は、まさしく信仰の世界において殿堂入りした人達です)、このサムソンの名前がそのところに記されているからです(ヘブル11章32、33節)。こうなると私は頭を抱えてしまうのです。このメッセージの準備をしながらも、先に進めなくなってしまったのです。やたらと腕力だけがあり、神様に従うというよりも女性の言いなりになって、筋が通らないことばかりして、そして気に入らないことがあるとすぐに力任せに暴れだす男のどこが信仰の勇士なのか。

どうしてもその先に進むことができなくなって、家内にそのことを話しましたら、彼女曰く、そこにはサムソンの母親の信仰も含まれるのではないかというのです。そうです、私はマッチョなサムソンを男の視点で見ていたので、そのことに気がつかずにいたのですが、家内は女性の視点でこの出来事を眺めていたのです。そして、それを聞いた時に私も合点がいったのです。すなわち、こういうことです。

サムソンが誕生するいきさつを士師記13章から読んでみましょう「ここにダンびとの氏族の者で、名をマノアというゾラの人があった。その妻はうまずめで、子を産んだことがなかった。主の使がその女に現れて言った、「あなたはうまずめで、子を産んだことがありません。しかし、あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。それであなたは気をつけて、ぶどう酒または濃い酒を飲んではなりません。またすべて汚れたものを食べてはなりません。あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神にささげられたナジルびとです。彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう」(2-5)。

彼女には子供がなかったのです。いいえ、子供が彼女に生まれることはもはやないだろうと言われていたのです。しかし、そんな彼女に身ごもって男の子が生まれるという約束が神様によってなされたのです。そして、その子に対しては、気をつけてぶどう酒または濃い酒を飲ませず、汚れたものを食べさせてはならない、そしてその頭にかみそりをあててはならないという命令が母親になされたのです。すなわち、その子を生れた時から神にささげられたナジル人として育てなさいというのです。ナジル人とは、聖別され神に捧げられた人のことで、サムソンは生まれる前からそのように育てるようにと伝えらていたのです。

このナジル人ということについて調べていますと、とても興味深いことが分かりました。それは、聖書の中にはサムソン以外にもおそらくナジル人であっただろうと言われている人達がいたということです。誰だかご存知ですか。サムエルとバプテスマのヨハネです。そう、サムエルとはこのサムソンの後に生まれてくる祭司で、バプテスマのヨハネは荒野に住み、イエス・キリストを指差して生きた人です。

ナジル人はどんな人達であったかということを知る時に、この二人は確かに「そういえばそうかもしれないな」とうなづける人達です。そして、またこのサムエル、バプテスマのヨハネ、そしてサムソンには共通していることがありますが、何だかお気づきになりますか。彼らの母親たちは皆、不妊の女でありながら、子供が与えられるという告知を受けた女性達だったのです。サムエルの誕生に際して聖書は彼の母の祈りを記しています。

万軍の主よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません」(サムエル上1章11節)神様はこの祈りに応えられ、サムエルは与えられたのでした。先のサムソンの母親に語られた御使いの言葉を思います時に、この祈りの内容は明らかにナジル人を想定していることが分かります。その誓願のとおり彼女は、乳離れしたとき、サムエルを主の宮に連れて行き(サムエル記上1章25節)、サムエルは祭司エリのもとで主に仕えるようになりました(サムエル記上2章11節)。

またバプテスマのヨハネの誕生についてはその母、エリサベツの夫であるザカリアに御使いがあらわれて言いました「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈りが聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を生むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。彼は主のまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう」(ルカ1章13節-16節)ここにもヨハネがナジル人として育てられたであろうとうかがい知れる言葉が記されています。

その時代背景において、多くの子を持つということは、それが豊かさ、強さを意味する時代でしたので、女性は多産であることが望まれていました。しかし、これらの母親たちには長い間、子供がなく、ある意味、子供が与えられることを諦めていたような女性だったのです。しかし、そんな彼女達に子が与えられたのです。そんな彼女達でしたから、自分に子供が与えられたことは全く神の恵みだということが分かったのでしょう、彼女達はわが子を信仰をもって神に捧げたのです。否、そこにはヨハネの場合のように、母の信仰のみならず、父の信仰というものもうかがい知ることができるのです。

すなわち、これらのサムソン、サムエル、ヨハネは父母の信仰による祈りによって与えられた子供で、その父母が信仰によって育てた子供なのです。生まれた子の髪にかみそりを当てないということ、その子から濃い酒を遠ざけること、そのためには自分もそれから離れるということ、それらは生まれたばかりの子供が出来ることことではなく、そこには親の信仰が絶対に不可欠だったのです。

サムソンに戻ります。彼はある意味、破天荒な生涯を送りました。多くの親達が経験するように、その子達は親の願うようには育ちません。ぺリシテ人と戦うようにと神に捧げて育ててきた一人息子がそのぺリシテの女と結婚したいと言い出した時には彼らも驚き失望したことでしょう。その後も女性問題が常にちらつき、怒りに任せ暴挙を繰り返しました。神様に対する忠誠よりも女性に、そして自分の感情にいつも左右される不安定な生涯でした。

しかし、士師記16章によりますと、その彼がその最後の最後に自分の命と引き換えにペリシテ人を道連れにすることを決意します。すなわち捕えられた3000人ものペリシテ人が集まる場所に、目をえぐりとられ、足かせをかけられ連れてこられます。そんな彼に戯れごとをさせ、見世物とするためです。しかし、その場所に連れてこられたサムソンは、その手をその家を支えている柱にかかえて、その柱を倒してその家を崩壊させたのです。その時、彼の頭には再び髪の毛が伸びてきていたのです。怪力がその体に戻ってきてたのです。彼はその怪力を用いて、最後に自らの命と引き換えにぺリシテ人の多くを打ち滅ぼしたのです。

目をえぐりとられ、捕らえられていた時に、彼は悟ったに違いありません。自らの力は全く神から与えられたものであったということを。その証拠にナジル人の証明、すなわち神に聖別された証しであったその髪の毛が失われたら彼は他の人同様に、全く無力になってしまったのですから。彼は思い起こしたに違いありません、その髪の毛は父母の信仰によって、切られることがなかったということを。すなわち、彼が力があったということの背後には彼の親の信仰があったということを。親がその髪の毛を刈ることなく、彼を育てたゆえに彼には力があったことを。

お前はペリシテと戦うために生まれてきたのだということを彼自身、何度も親から聞いて育ったことでしょう。その親の信仰というものを知っていたことでしょう。ですから、彼はその最後に自分が生まれてきた最初の使命に立ち返ったのです。彼はその親の信仰に自らの信仰を重ね合わせて、両手に力をこめたのです。その時に彼は生きている時に倒したペリシテ人以上の者達を滅ぼしたのです。

皆さん、なぜ彼は信仰の勇士なのでしょうか。彼の名が信仰列伝に載せられているのは、それはサムソンの信仰だけによるのではないのです。その背後にはサムソンという人間をナジル人として育てた父母の信仰があったのです。

かつてイエス・キリストは愛弟子ペテロに言われました「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直った時には、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22章31,32節)。

ペテロは実際にこのすぐ後に自分の存在が揺り動かされるような、信仰を失ってしまうような失敗をします。その彼に対してイエス様はそのペテロの信仰がなくならないように祈ったというのです。すなわち、それはイエス様ご自身がペテロの信仰が失われないようにと信じて祈ったということです。

皆さん、私達も私達のために信仰をもって祈り続け、信仰をもって支えて下さっている方々によって今日あるのです。そして、今もその人達は神を信じて、私達のために祈り続けているのです。

私達は信じて仰ぐというテーマのメッセージシリーズを今、見ています。ここにきて初めて、私達は信仰とは私達自身の信仰だけではなく、他の人達が私達に対して持っている信仰というものによって導かれているということを見てまいりました。私達はそのことをこの朝、覚えましょう。私達の背後にあって、いつも手をあげて祈っていて下さる人達がいることに感謝しましょう。もし、私達が信仰を今、もっていることができるのなら、そしてそれによって何かを成しているとするのならば、それは自分の信仰だけによるのではないのです。そこには多くの方々の私達に対する信仰による祈りがあるのだということを私達は忘れてはなりません。そして、同時に私達もあの人、この人のために祈り続けましょう。親の信仰を見て、サムソンを用いられた神様は、私達の祈りをも聞いてくださるに違いありません。お祈りしましょう。

本日のお持ちかえり                                                            2010年6月27日                                                   

1)かつてエジプトを脱出して荒野を40年放浪したイスラエルの民は定住生活をおくります。その頃の社会の状況について士師記17章6節は「その頃、イスラエルには王がなかったので、人々はおのおの自分達の目に正しいと思うことを行った」と記しています。私達がそれぞれ自分の目に正しいと思うことを行い始めるとどのようなことが起きると考えられますか。あなたはが思う正しさは公正なものですか。それは全ての人が共有する正しさですか。共有できない時に何が起こりますか。

2)先週、お話したギデオンの時代について士師記13章1節はこのように記しています「イスラエルの人々が主の前に悪を行ったので、主は彼らを40年の間、ペリシテ人の手に渡された」同じようにサムソンの時代については士師記6章1節に「イスラエルの人々は、主の目に悪とされることを行った。主は彼らを七年間、ミディアン人の手に渡された」と書かれています。神様はどうして彼ら(イスラエルの民)を他民族の手に渡されたのですか。神様は時に試練・困難をどのように用いられるのでしょうか。

3)サムソンはイスラエルの敵であったペリシテ人から人々を救う使命が与えられており(士師記13章5節)、そのために比類なき怪力が与えられていました。それと同時に彼には異性に弱いという弱点がありました。あなたは自分の長所と弱点を知っていますか。長所を伸ばしていますか。弱点はどのように克服しようとしていますか。

4)サムソンの生涯はとても誉められたものばかりではありません。彼の名前はヘブル11章の信仰の勇士達の中にも見出されますが(ヘブル11章32、33節)、彼のなした言動には疑問が残ります。やたらと腕力だけがあり、神様に従うというよりも女性の言いなりになって、筋が通らないことばかりして、そして気に入らないことがあるとすぐに力任せに暴れだす男のどこが信仰の勇士なのだと思いますか。

5)士師記13章2節-5節を読みましょう。ここにはサムソンがナジル人として育てられたと書かれています。そして、このサムソン以外にナジル人であったと言われているのは、サムエルとバプテスマのヨハネです。(サムエル上1章11節とルカ1章13節-16節を読みましょう)。これらからサムソンの信仰は父母の信仰によってあるということが分かります。あなたは誰の信仰によって今日あると思いますか。

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