こうして教会は(12):ぶれない軸ゆえの自由

グローバルな時代と言われて久しく、私達のすぐ傍らには言葉も文化も違う人達がいます。地球を存続させるために、この互いの違いというものを克服していくことは全人類のこれからの課題です。

しかし、それに反して、最近の世界の動向はこの違いによる社会や国の分断というものがあちこちで顕著となってきています。もし、このような分断がさらに増えていくのなら、私達はやがて引き裂かれてしまい、互いが大きな害を受けることになるでしょう。

またそれは異なる文化や言語に限らず、同族の家族の中でも私達には各々、考え方や生き方の違いがあります。価値観が異なることもあります。すなわち互いの違いということは私達の生活の中にも存在しているのです。

もし互いの違いに対する理解と敬意がなければ、たとえそれが私達の親族であっても私達は仲たがいしたり、時に彼らは私達の敵となってしまうのです。

そしてそれはアメリカにある教会が置かれている状況も同じです。教会の中にも世代や性別による違いがあり、さらにはまさしく私達の教会にはあらゆる文化と言語、生活拝見を持った方達が集ってきているのです。それゆえに私達の信仰表現にも違いがあるのです。これらのことにどう向き合っていけばいいのか、今日はこのことに着目していきたく願っております。

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こうして教会は(12):ぶれない軸ゆえの自由

2019年9月8日

先週、私達は初代の教会が日々なしていたことの一つとして彼らが「共にパンをさいていた」ということをみました。このように書かれているとおりです。

42そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた』(使徒行伝2章42節)。

「共にパンをさいていた」ということは、すなわち彼らが「愛餐:Agape Feast」と「聖餐:Holy Communion」を重んじていたということであり、このことは彼らが共に食事をとることを喜び、大切にしていたということだとお話ししました。しかし、共に食卓につくにあたり、彼らには乗り越えなくてはならない課題が待ち受けていました。それはこういうことです。

当時の教会には「ユダヤ人でクリスチャンになった人達」がおり、また「ユダヤ的背景がない外国人でクリスチャンになった人達」がいました。ユダヤ的な伝統に生きながらクリスチャンになった人達は、聖書に記録されている先祖代々守られてきた食物に対する規定を厳格に守っていました。

彼らは「鱗のない魚は食べてはならない」(申命記14章9節、10節)とか、「ヒズメが分かれていて反芻する動物は食べてもいい」(申命記14章8節)とか、「肉に関しては血が抜かれていなければ食べてはならない」(申命記12章23節)というような規定を先祖代々、大切に守っていたのです。

今日でもイスラエルのレストランにはウナギ料理はなく、イスラエル系列の飛行機で出される機内食の肉は血がぬかれていてパサパサしているといいます。

2000年が経った今でもそうなのですから、当時、この規定を厳格に守っていたユダヤ人が大勢いたということは容易に想像できます。これらの人達と共に、これらの規定と無関係の外国人が共に教会に集い、食卓を囲むという状況に彼らは置かれたのです。

たかが「食べ物」、されど「食べ物」。このような違いを有する人達が共に同じ食卓につくのなら、遅かれ早かれ、問題が起きてくるでしょう。そして、それは小さな問題ではなく、深刻な問題へと発展していくことでしょう。特にユダヤ人にとりまして、このことは彼らの嗜好(しこう)の問題なのではなく、信仰の問題なのです

これからクリスチャニティーがユダヤ社会を超えて、世界の隅々にまで伝えられいくにあたり、このことは見て見ぬふりして素通りできることではありませんでした。この一件に対して一刻も早く手を打っておかなければ、宣教の前進は阻まれて、やがてクリスチャニティーは力を失い消滅しかねないことだったのです。

さらにはここで言われている「ユダヤ人とそれ以外の者達の食べ物の問題」を広げて考えるのなら、このことは「互いの違いから生じる問題」とも言えますでしょう。

そう考えますのなら、このことはそのまま「今日の世界の課題」となります。グローバルな時代と言われて久しく、私達のすぐ傍らには言葉も文化も違う人達がいます。地球を存続させるために、この互いの違いというものを克服していくことは全人類のこれからの課題です。

しかし、それに反して、最近の世界の動向はこの違いによる社会や国の分断というものがあちこちで顕著となってきています。もし、このような分断がさらに増えていくのなら、私達はやがて引き裂かれてしまい、互いが大きな害を受けることになるでしょう。

またそれは異なる文化や言語に限らず、同族の家族の中でも私達には各々、考え方や生き方の違いがあります。価値観が異なることもあります。すなわち互いの違いということは私達の生活の中にも存在しているのです。

もし互いの違いに対する理解と敬意がなければ、たとえそれが私達の親族であっても私達は仲たがいしたり、時に彼らは私達の敵となってしまうのです。

そしてそれはアメリカにある教会が置かれている状況も同じです。教会の中にも世代や性別による違いがあり、さらにはまさしく私達の教会にはあらゆる文化と言語、生活拝見を持った方達が集ってきているのです。それゆえに私達の信仰表現にも違いがあるのです。これらのことにどう向き合っていけばいいのか、今日はこのことに着目していきたく願っております。

パウロは生粋のユダヤ人として、新しく歩み始めたキリストの教会に対して、先にお話ししました食物の状況を踏まえてこのような言葉を書き残しました。

「⑧食物は、わたしたちを神に導くものではない。食べなくても損はないし、食べても益にはならない。⑨しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。⑩ なぜなら、ある人が、知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのを見た場合、その人の良心が弱いため、それに「教育されて」、偶像への供え物を食べるようにならないだろうか。⑪するとその弱い人は、あなたの知識によって滅びることになる。この弱い兄弟のためにも、キリストは死なれたのである。⑫このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、その弱い良心を痛めるのは、キリストに対して罪を犯すことなのである。⑬だから、もし食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは永久に、断じて肉を食べることはしない」(コリント第一の手紙8章8節‐13節)

現代を生きる私達は何の困難も感じることなく、このパウロの言葉に「確かにそうだよな」と受け止めることができるかもしれません。しかし、当時のユダヤ社会で「食物は、わたしたちを神に導くものではない。食べなくても損はないし、食べても益にはならない」(8)というような発言は許される言葉ではなく、もしかしたらこの言葉ゆえに命を奪い去られてしまうようなことにもなりかねないことだったのです。

なぜなら、当時のユダヤ人は「食物は私達を神に導くもの」だという信条に立っていたからです。パウロは大胆にもこのことに対して「いや、そんなことはないのだ」とここで言っているのです。

パウロは初めからこのような考えを持っていたのでしょうか。いいえ、彼自らユダヤ人であり、食物規定に関する律法を守ることにおいて、かつての自分には落ち度がなかったと断言しているのです(ピリピ3章5節-6節)

そればかりか彼はそのようなことを守らない者達に対して殺意すらも抱いて、そんな者達を捕まえて獄に投じていたのです。その彼がそれまでの彼の確信とは、全く別のことをここで言っているのです。

このような劇的な価値観の変化はなぜ起きたのでしょうか。何かが彼の身の上に起きたということ以外には考えられません。それではそれは何でしょうか。それは一つしかありません。そう、彼がイエス・キリストを知ったということです。

パウロはイエス・キリストというお方を知れば知るほどに、食物や諸々の規定が自分を神のもとに導くものではないということを知ったのでしょう。そう、彼はイエスを知れば知るほど、本当に大切なことは何かということがクリアーになっていったのです。確かに食物は大切ではあるが、それは信仰の本質ではないということを彼は悟ったのです。

時々、教会やクリスチャンが誤解されていると感じることがあります。それは教会に行くとか、クリスチャンになるということは、融通のきかない四角定規の人間になる、自由を失い、不自由な生き方をしなければならなくなるのではないかと思われているのではないかと感じる時です。

しかし、実際のところ、それは全く違います。実際はその逆なのです。イエス・キリストは言っています。「もし私の言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、本当に私の弟子なのである。また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」(ヨハネ8章31節)。

パウロはこのイエス様が言われた自由についてガラテヤ書5章13節でこう言いました「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に自由を得るためである。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい」。

イエス様は言われました。もし私の言葉にとどまっているのなら、私達は真理を知るであろうと。そう、その真理が私達に自由を与えると。そして、パウロはそれを受けて言ったのです。私達が神によって今日導かれているのは、その自由を得るためなのだと。

しかし、ここで私達が理解していなければならないことは、この「自由」は私達が「何でもオーケー。何でも好きなようにしたらいい」というような生き方に導くものではないというこです。これでは単なる傍若無人の無法者です。

そうではなくて、主の言葉、すなわちイエス様を知れば知るほど真理を知る、その真理をしかと踏まえていくのなら、その他のことに対して私達は心を開いて、柔軟に、自由に向き合うことができるということなのです。それが真理に関わらないこと、すなわち本質的なものではないのなら、私はキリストの愛ゆえに、自分が立っているこの場所から、喜んであなたのいる所に自由に移動しようということです。

それであっても私達には確かにこれは譲れないと思われることがあります。しかし、そのようなものの中に、実はそれは私達がそれほどまでに固執すべきことではないというようなものがないでしょうか。

先にお話ししましたように私達の相違は私達の一番、身近な人との間に起こります。彼らはとても親密であるがゆえに、私達は互いに自分の思いを遠慮なく言い合い、それが行為にあらわれ、そのことで仲たがいが起こります。

そんな問題について、私達はまず深呼吸をして、心を落ち着かせ、自分から距離をおいて、あたかも自分を空から眺めるかのようにして、こう自分に語りかけてみましょう。「このことは私がいつまでもこだわるべきことだろうか。その価値があるだろうか。このことは神様の私達に対する本質的な御心だろうか。このことは互いの心に深い傷跡を残してまでも固辞すべきことだろうか」

昔、聞いた話ですがある夫婦が風呂場で使っていた石鹸のことでケンカとなり、それが発展して、頭に血がのぼった夫が「金輪際、お前と俺は別々に暮らす。俺に近づくなと家をチェンソーで真っ二つにしてしまった」というような話があります。

皆さん、思うでしょう。「なんと愚かな夫婦なのだろう!」と。

でもよくよく考えたら、さすがに「石鹼とチェンソー」まではいかずとも、似た類のことで自分達だけではなく、人をも巻き込むようなことをしてしまったというようなことが私達にはありませんか。

あなたが譲ることによって、あなたの兄弟姉妹がつまづきから逃れることができるなら、たとえそれがあなたが願っていることであっても、愛という名のもとにそれを手放してみたらどうだと神様がこの朝、私達に語りかけていることがないでしょうか。

パウロはこのキリストによって自分の生きる軸が出来上がりました。そう、自分の信仰の本質は何かということを彼は知ったのです。そして、その軸は決してぶれませんでした。ですから、彼は自分に与えられている自由を存分にキリストのために行使することができたのです。彼はこう書きました。

19わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。20ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。21律法のない人には、わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが、律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。22弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。23福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである(コリント第一の手紙9章19節-23節)。

それまでのパウロはただ同法のユダヤ人だけに向き合っていればよかったのです。しかし、彼は多種多様な人がいるこの世界で自ら進んで、全ての人に仕える者となったというのです。すなわちユダヤ人にはユダヤ人のように、律法を一生懸命に守ることによって自らの義を守ろうとしている人達に対しては、自分はもはやそのような生き方はしていないけれども、そのような人のようになったというのです。それは嫌々なのではなく、彼は明らかにそれを喜んでいるかのようにして自分の自由を行使しているのです。

なぜ?なんとかして幾人かを救うためです。彼は福音のために、それが信仰の本質に関わらないことであるのなら、どんな事でもすると言いました。そして、驚くべきことにそうすることによって、私も共に福音にあずかるためなのだというのです。

しかし、あえてもう一度、申し上げます。このことはパウロが何でもかんでも人々に合わせるということではありません。彼らが陥っている罪の世界に埋没するとか、正すべきことを見逃すということではありません。譲るべきことではないことをしっかりと踏まえて、彼は自らの心を常に自由にしていたのです。

興味深いことに、パウロはここで「数千の人を救うため」とは書いていません。「幾人か」と書いています。幾人というのですから、それは2、3人でしょう。パウロは2、3人でもいい、いいえ、それが一人の人であっても、もし、その人がキリストを見出すのであるのなら、私は自分に固執しないで、その人のために自ら進んでその人のようになったというのです。

ある意味、パウロと彼に続く者達がこのような心の姿勢をもち、一人、そしてまた一人と人に接することがなければ、クリスチャニティーが世界に広がることはなかったことでしょう。そう、そのような意味で世界宣教は今、この時、皆さんお一人お一人が今日、そして明日、出会うであろう一人の人にどれだけ自由な心をもって向き合えるかということにかかっているのです。

本来、最初から神と関わりがあったユダヤ人の信仰に異邦人、外国人は後から加わる者として、ユダヤ人に合わせていくべきだと私達は思います。それが筋というものでしょう。しかし、初代の教会で特筆すべきことは、異邦人、すなわち外国人に向かって、「我々に合わせろ」とユダヤ人が言ったのではなく、ユダヤ人であるパウロが彼らと足並みをそろえて生きると宣言していることなのです。そう相手ではない、このことは私達の側からの一声、私達の側からの一歩によって始まるのです。

パウロはキリストのことを知れば知るほどに、その生き方に確信を得ていったことでしょう。なぜなら、この生き方こそがイエス・キリストの生き方そのものだったからです。パウロは何度も何度も自らが書いたあのピリピ書の言葉を心に思い浮かべたことでしょう。

6キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず7かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、8おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた』 (ピリピ2章6節-8節)。

イエス様は自ら神と等しくあることを固守すべきではなく、己をむなしくして僕のかたちをとり、私達の間に人として生きる道を自ら選びました。本来、神であるイエス様が、そのステイタスを固守すべきこととは考えずに、私達の住む地に来てくださったということ。

ここにイエス・キリストの無限の自由があります。このイエス・キリストを知れば知るほど、パウロの心の壁は取り崩され、その壁の向こうにある広い世界に彼の心は向けられていったのでしょう。

カトリックの司祭にヘンリーナ―ウェンという人がいました。彼はかつてハーバード大学の神学教授でした。しかし、彼は祈りのうちに、そこでの生活とキャリアを捨てて、(それはまさしく、パウロがいう自由をもっての彼の選択でした)。カナダのトロントにある、心身に何かしらの問題のある方達が共同生活をするラルシュ共同体という施設の司祭となり、そこで、患者と寝食を共にする生活を始めました。まさしくパウロが言うように「弱い人には弱い人になった」「全ての人のために、全ての人のようになった」のです。

彼はその時のことを振り返りこう書いています。「かっては有効だった能力がどれも使えないということは、私を本当に不安に陥れました。突然、裸にされた自分というものに、向き合わせられたのです。そこで私は、受け入れられることもあれば、退けられることもあり、抱きしめられることもあれば、パンチを浴びることもあります。微笑み返されることもあれば、涙を流されることもあります。それが、皆、その瞬間に私が彼らにどう受けとめられたか、ただその一時にかかっているのです。ある意味では人生をまったく新しくやり直しているようでした。それまでの様々な関係や交友や名声はもう当てにできませんでした。

 まさしく、もし私たちがその立つ場を変える時に彼のような経験も免れないでしょう。自分の立っている所を捨てて、隣人の立つ場に立つとは、そのようなものです。その人のいる状況と同じ場所に自分の心を設定するのです。そこに立つことによって初めて人は心を開き、私たちの中にキリストを見出していくのです。

先ほどのナーエンは言います「これらの経験によって、私は自分の真のアイデンティティを再発見せざろうえなくなりました。心疲れ、傷つき、全く自分を装うことをしないこれらの人々を前に、能力を持つ自分というもの、すなわち、何かが出来る自分、何かを示せる自分、何かを証明できる自分、何かを築ける自分というものを手放すしかありませんでした。そして、どのような業績にも関わりない。ただ愛を受け、与えるだけの弱くて傷つきやすい、ありのままの自分に自らを改めざろうえませんでした。

彼が発見したことは「私が携えるべき素晴らしいメッセージは、神は私たちの行いや成し遂げることのゆえに、私たちを愛されるのではなく、愛の内に私たちを創造し、贖われたがゆえに私たちを愛される」ということでした。

ナーエンは自分の立っている所から、全く自分の関わりのない場に移り、そこに住む者たちの友となり、そこの人達が生きるように生きました。そこで、彼は教えられたのです。自分の弱さ、自分の価値観が今までどこにあったかを。彼はまさしく、ラルシュ共同体で自分の力ではなく恵みによって生きるということ、すなわち、ハーバードではなくて、その共同体で彼は福音に預かったのです。

私達はヘンリー・ナーウエンと全く同じことをすることはできません。しかし、パウロがその生涯をかけて取り組んだように、キリスト御自身が私達のためにその先陣をきってくださいましたように、自らの壁を低くする、その作業に取りかかることはできましょう。

そして、それに取り組んでいるうちに、パウロと同じことを経験することでしょう。自分はなんと高い壁を築いてきてしまったのか。気がつけばその壁が何と自分を不自由にしていたのか。この生き方によって一番、益を得るのは結局、自分自身だということに私達は気がつくのです。そうです、その時、私達も共に福音に預かっているのですから。

ますます主の御言葉に近づきましょう。そして、何があっても動かすべきではない軸をそこから見つけ出しましょう。その軸が堅固なものになればなるほどに、私達にはこんなに多くの自由が与えられているのかということが分かってきます。今日、私達はこの言葉と共にそれぞれに与えられている場所に帰ってまいりましょう。

兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に自由を得るためである。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい」(ガラテヤ書5章13節)。

お祈りしましょう。

 

本日のおもちかえり

2019年9月8日

 

1)初代教会は共にパンを割くことを大切にしていました(使徒行伝2章42節)。しかし、そこから生じる問題がありました。それは何ですか。

 

2)世の中には「互いの相違」から生まれるどんな問題がありますか。その問題を掘り下げるとどこに至りますか。

 

3)コリント第一の手紙8章8節‐13節を読みましょう。この言葉は異邦人の食事についてパウロがどう向き合うべきかを書き記したものです。彼はここで何と言っていますか。あなたが心に刻むべき言葉はどれですか。

 

4)なぜパウロは上記のような心でいることができたのですか。かつての生き方に反して、8節に書かれているようなことをパウロはどのように会得したと思いますか。

 

5)ヨハネ8章31節を読みましょう。ここから「真理」はどのように得られると書かれていますか。またその「真理」と「自由」の関係はどのようなものですか。

 

6)ガラテヤ書5章13節を読みましょう。私達はなぜクリスチャンになったのですか。愛をもって自由を行使するということはどういう意味ですか。

 

7)コリント第一の手紙9章19節-23節を読みましょう。自分に固執せずに人の立っている所に自らも立つことができるために、私達に必要なことは何でしょうか。このことを通して、なぜパウロ自身も福音に預かることができるのだと言っているのでしょうか。ヘンリー・ナーウエンの生涯はどんな生涯でしたか。

 

8)ピリピ2章6節-8節にはイエス・キリストが私達に示しているどんな模範がありますか。あなたは何に「固執」していますか。それは神の前に本質的に大切なことですか?

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