こうして教会は(19):賛美の力

先日、台風19号で被災した日本の川越キングスガーデンを訪ねました。キングスガーデンはその名の通り、王の庭、すなわち神の庭です。その神の庭をあの日に大水が覆いました。

あの夜、止むことのない記録的な豪雨は三つの川の堤防を越えて、キングスガーデンのある低地に流れ込みました。玄関口には10段の階段があり、その階段が浸水の目安となっていたといいます。

その階段の半分まで水が来た時、職員の方達は100名の入居者を高い建物に移し始めました。副施設長はその玄関にソファーを置き、寝ずの番をして増え続ける水を監視し続けました。

やがて、その水が最上階の段にまで届き、施設内に水が侵入し始めます。結局、その水は施設内、一メートル50センチのところまで増え続けました・・・。

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こうして教会は(19):賛美の力
2019年11月10日

聖書、使徒行伝を拝読させていただきます。そこには今から2000年前、最初の教会で人々が何をしていたかということが記録されています。ここに私達、サンディエゴ日本人教会が倣うべき教会の姿があります。

46そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、47神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。(使徒行伝2章46節)

 先週、私達は初代の教会の人々は互いに「まごころ」をもって仕え合っていたということを見ました。そして、それは彼らが自ら会得したものではなくて、彼らがイエス・キリストの生き方に倣ったものであったということをお話ししました。イエス様は常に人の心を見つめ続けたお方であったのです。

今日はその初代の教会の中に賛美があったということを見ていきたいと思います。人々が教会を見る時に、そこにはいつも賛美をしている人達がいたのです。

私達の教会にも賛美があります。今日も一同が主に賛美を捧げました。教会生活を長く送っていますと、賛美するということは当たり前のようになります。しかし、よくよく考えてみますと、毎週、人が集まり、共に歌うということは極めて珍しいことなのだと思われます。

コーラスグループのような集まりを除いて、常に歌集を持ち歩いて、いつも歌を歌っている団体やグループがありますか。勤めている会社に歌集があり、事ある度にいつも皆で歌っているという方いますか?そんな会社はないと思います。しかし、主イエス・キリストの名のもとに集まる者達は2000年来、雨の日も晴れの日も賛美を歌い続けてきました。

いいえ、実際には2000年前から賛美というのは神を崇める者達の間では日常的になされていたのです。では彼らはどのような時に賛美をしたのでしょうか。

旧約聖書において賛美と言いますとまず思い起こされるのがダビデです。彼は自ら楽器を奏でるミュージシャンであり、また作詞と作曲もしました。彼の歌が詩篇の中には多く残っています。彼は人生の色々な場面で歌いました。そう、神をほめたたえたのです。そんな彼の歌の一つが詩篇34篇に記されています。

この詩篇34篇はどんな時に歌われたのでしょうか。その冒頭部分にはこう書かれています「ダビデがアビメレクの前で狂ったさまをよそおい、追われて出ていった時の歌」

その時、ダビデは人生の窮地に陥っていました。彼はイスラエル初代の王、サウルの妬みを買い、命を狙われ、逃亡していたのです。そして、彼はガテの王アキシの所へ行きました。

ガテとはかつてダビデと戦った巨人ゴリアテの出身地でした。彼は自分が倒した敵がいた地に身をひそめなければいけないほどに追い込まれていました。

ガテの兵士たちは仲間ゴリアテを倒したダビデのことを当然、覚えていました。彼らはダビデにすぐに気がつきます(サムエル上21章11節)

身の危険を察したダビデは、アキシの前でよだれを流して狂っているふりをします(サムエル上21章13節)。それを見た王アキシは狂人と関わることを嫌い、ダビデはその場を逃れ(サムエル上21章14節-15節)ていきました。その時に彼はこの詩篇34篇を歌ったのです。

ここで一つ、不思議に思われるのは詩篇34篇の冒頭には「アビメレクの前を逃れて」と書かれていますが、ここではアキシと書かれているということです。

このことに対してある聖書註解者はアキシの別名がアビメレクであったのだと書いています。またある者は詩篇34篇を記述する時に名前を書き間違えたとも解説していますが、どちらにせよ、この詩篇34篇はアキシの前を逃れた時にダビデが歌った歌であるということにおいて一致しています。ダビデはこう歌いました。

1 わたしは常に主をほめまつる。そのさんびはわたしの口に絶えない。2 わが魂は主によって誇る。苦しむ者はこれを聞いて喜ぶであろう。3 わたしと共に主をあがめよ、われらは共にみ名をほめたたえよう。4 わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。5 主を仰ぎ見て、光を得よ、そうすれば、あなたがたは、恥じて顔を赤くすることはない。6 この苦しむ者が呼ばわったとき、主は聞いて、すべての悩みから救い出された。7 主の使は主を恐れる者のまわりに陣をしいて彼らを助けられる。8 主の恵みふかきことを味わい知れ、主に寄り頼む人はさいわいである。9 主の聖徒よ、主を恐れよ、主を恐れる者には乏しいことがないからである。10 若きししは乏しくなって飢えることがある。しかし主を求める者は良き物に欠けることはない(詩篇34篇1節-10節)。

皆さんは血眼になって自分を殺そうとする人達から逃れたという経験がありますか。おそらくないと思います。確かにダビデはアキシの前から逃れることができました。しかし、彼はまだ安泰ではなく、その時もサウルは血眼になってダビデのことを探していたのです。

自分を守る城壁もない、圧倒的な力をもって自分に迫ってくるサウロの追手の殺意を感じつつ、彼はこの歌を通して、主をほめたたえたのです。彼は危機的な状況のただ中で主を賛美したのです。

1984年、私がまだ十代の時にケビン・ベーコンという俳優が主演しました「フットルース」という映画がヒットしました。母親をガンで亡くした青年が叔父夫婦とシカゴから中西部の町へ引っ越してきます。しばらくすると彼に牧師の娘であるガール・フレンドができます。

彼女や友人達から聞くところによると、その町ではダンスや大音響の音楽は町議会の決定で一切禁止されているということを知ります。理由は町の牧師の一人息子がある日、ダンス・パーティからの帰路、交通事故で亡くなったというのです。このことにより議会での決議にいたったというのです。

ケビンは友人たちと一緒に町議会へ出かけて行き、聖書、伝道の書から「泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり・・・」(伝道の書3章4節)と語り、詩篇から「彼らに踊りをもって主のみ名をほめたたえさせ、鼓と琴とをもって主とほめ歌わせよ」(詩篇149篇3節)を引用して決議の取り消しを求め、議会もそれを受け入れ、再び、町では音楽が聴けるようになりました。

その町では悲しい出来事が起きたために音楽を消し去ろうとしました。しかし、若者達はそれだからこそ音楽を取り去ってはならないと主張したのです・・・。

私達の人生から主への賛美が消えることはありません。私達の教会から賛美が失われることはありません。喜びに包まれる時、苦しみの中にある時、悲しみのただ中にいる時、私達は主への賛美を歌い続けるのです・・・。

 ダビデの時代から新約の時代となっても、この賛美は失われませんでした。先ほど読みましたように、最初の教会には賛美がありました。彼らはいかなる時にも主をたたえました。使徒行伝はその賛美が思いがけない場所で歌われたことを記録しています。

初代教会のリーダー、パウロとシラスがピリピで伝道をしていた時、占いの霊に取りつかれていた女性が、彼らを通して正気をとりもどしたことがありました。

それは喜ばしいことなのですが、この女性の占いによって利益を得ていた者達が稼ぎ口を失ったとパウロとシラスを訴え、彼らは上着をはぎとられ、何度もむちで打たれて、足かせをつけられ、一番奥の獄に入れられたのです。はたしてその獄で彼らは何をしていたのでしょうか。

25真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。26ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった。27獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。28そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。29すると、獄吏は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。30それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。31ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。32それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。33彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、34さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ(使徒行伝16章25節-34節)。

彼らが受けた仕打ちは不当逮捕です。それゆえに彼らはその不当性に対して、怒り心頭して、不平不満を叫んでいたのでしょうか。

いいえ、そのような状況の中、彼らは「神に祈り、讃美を歌い続けた」と聖書は記録しています。常識的に考えるのなら、そのような時に人の口から賛美は生まれません。どうしてこんな目に合わなければならないのかという憤りでその心ははちきれんばかいでしょう。

しかし、彼らの心が騒ぐことはなく、彼らは神に祈り、賛美をし続けていたのです。そして、そのことゆえにそこでは不思議なことが起きていました。奥の部屋から聞こえるその賛美を囚人たちが聞き入っていたというのです。

そして、そのような最中、突然、激しい地震が起こり、その獄屋の戸が開いてしまい、囚人たちの鎖が溶けてしまいました。獄屋の番人は全ての囚人が当然、逃げてしまったと思われ、その責任をとり自害しようとしました。

しかし、あり得ないことが起きました。彼らの前には自由が開けていたのに、逃げるものは一人もいませんでした。祈りと賛美を通して、彼らの心に聖霊がはたらいていたのです。

このような命を救われるような経験をした獄吏はパウロとシラスに言います「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。ふたりは答えます。「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます(使徒行伝16章30節―31節)。

 こうして彼とその家族はその場で救われ、バプテスマを受けました。彼らは誰から強いられず、何も言われていないのに自ら「自分が救われるためには何をしたらいいのでしょうか」と二人に尋ねたのです。彼らの心は二人の祈りと賛美によって神に向けられたのです。このようなことは聖霊だけがなせる神のみわざです。賛美のあるところに主の御霊がはたらかれます。

先日、台風19号で被災した日本の川越キングスガーデンを訪ねました。キングスガーデンはその名の通り、王の庭、すなわち神の庭です。その神の庭をあの日に大水が覆いました。

あの夜、止むことのない記録的な豪雨は三つの川の堤防を越えて、キングスガーデンのある低地に流れ込みました。玄関口には10段の階段があり、その階段が浸水の目安となっていたといいます。

その階段の半分まで水が来た時、職員の方達は100名の入居者を高い建物に移し始めました。副施設長はその玄関にソファーを置き、寝ずの番をして増え続ける水を監視し続けました。

やがて、その水が最上階の段にまで届き、施設内に水が侵入し始めます。結局、その水は施設内、一メートル50センチのところまで増え続けました。

しばらくして施設内は停電し、全てが闇に包まれます。時は真夜中でした。そのような中、100人あまりの高齢者を職員の方達が背負い、高地にある別棟へと避難してくださり、一人の命も失われることはありませんでした。

キングスガーデンの様子は日本のニュースでも何度も伝えられました。メディアは上空に旋回するヘリコプターから完全に冠水する施設をライブで映し出しました。

レポーターが現地から現状を伝えました。その中で心に残っているレポートが二つあります。

一人のレポーターはこう言いました。「この施設が闇に包まれた時、職員の方達は歌を歌って入居者の方達を励ましました」。この度、現地に行った時、ある方から聞きました。「皆さん、あの夜、暗闇の中で賛美を歌っていたそうです」

「やっぱりな」と思いました。マスコミは「歌」と言います。しかし、それは明らかに「賛美」でした。

キングスガーデンはキリスト教の精神をもった施設です。施設のモットーは「夕暮れには光がある」(ゼカリヤ14章7節)という聖書の言葉からきています。職員の方達は「人生の夕暮れに光があるように」ということを願って入居者の方々と日々、向き合っています。

そこでは毎日、賛美を歌い、聖書の言葉が語られていました。彼らはいつもしているように、水かさが増し、孤立状態にある闇の中でも賛美を歌い続けました。

あるレポーターは背負われ、抱かれ、ボートに乗せられていく方達についてこうレポートしました。「多くの方達が、感謝、感謝と言いながらボートに乗せられていったことが印象的でした」。感謝という言葉などが語られるはずもない状況の中に、その言葉を聴きましたレポーターの心に彼らの言葉が残ったのです。

あの状況で着の身、着のまま闇の中におりましたら誰もが不安に思ったに違いありません。しかし、その闇の中で歌われた賛美は彼らの心を支え、彼らの口からは感謝の言葉が溢れました。この先月に起きた出来事と2000年前にあの獄屋で起きた出来事とは根底においてつながっていないでしょうか。

詩篇には聖書の中で一番、多くの章(チャプター)があります。そう、そこには150もの章(チャプター)があります。そして、その150章には先のダビデの人生の一コマがあったように、様々な人間の喜びと嘆きが記されています。多くの方達の人生の中から紡ぎだされた言葉がそこには詰まっているのです。

その詩篇の一番最後の150章は「ほめたたえよ」という言葉で締めくくられます。そうです、この詩篇は賛美で終わるのです。

1 主をほめたたえよ。その聖所で神をほめたたえよ。その力のあらわれる大空で主をほめたたえよ。2 その大能のはたらきのゆえに主をほめたたえよ。そのすぐれて大いなることのゆえに主をほめたたえよ。3 ラッパの声をもって主をほめたたえよ。立琴と琴とをもって主をほめたたえよ。4 鼓と踊りとをもって主をほめたたえよ。緒琴と笛とをもって主をほめたたえよ。5 音の高いシンバルをもって主をほめたたえよ。鳴りひびくシンバルをもって主をほめたたえよ。6 息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。主をほめたたえよ。(詩篇150篇1節-6節)

古の人間がいかなるところを通っても賛美を絶やすことがなかったように、私達もいかなる時でも主をほめたたえます。そうです、主をほめたたえることは息のある全てのものたちがいかなるときも神の前になすべきことなのです。

先ほど私達は「輝く日を仰ぐ時」を賛美しました。

輝く日を仰ぐとき 月星、眺むる時
いかずち鳴り渡る時 まことの御神を思う

わが魂 いざたたえよ 大いなる御神を
わが魂 いざたたえよ 大いなる御神を

そして、この後に「歌いつつ歩まん」を賛美します。

恐れは変わりて 祈りとなり
嘆きは変わりて 歌となりぬ

歌いつつ歩まん
ハレルヤ!ハレルヤ!
歌いつつ歩まん この世の旅路を

教会では主への賛美を歌い続けます。週ごとの礼拝で、毎週の集会で心からの賛美をこれからも歌い続けるのです。喜びの時も悲しみの時も主への賛美が絶えることはないのです!お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2019年11月10日

1)使徒行伝2章46節を読みましょう。ここから初代の教会はどんな教会であったと想像できますか。「神をさんびし・・・」というところから彼らのどんな姿を想像できますか。

 

2)あなたは「賛美」で励まされたり、慰められたことがありますか。「賛美の力」はどんなところにあると思いますか?

 

3)詩篇34篇を読みましょう。この34篇はダビデがアビメレクの前で狂ったさまをよそおい、追われて出ていった時の歌です。この状況の中、ダビデは何を賛美していますか。

 

4)悲しい時、苦しい時は賛美を自粛すべきでしょうか。

 

5)使徒行伝16章25節-34節を読みましょう。獄屋でパウロとシラスは何をしていましたか。なぜ彼らは獄屋で賛美をし続けることができたのでしょうか。獄とは本来、どんな場所ですか。

 

6)彼らの賛美を聞いていた囚人たちはどんな心持ちでいたと思いますか。なぜ彼らはチャンスがありながら逃げなかったのでしょうか。このことにより獄吏とその家族が救われました。賛美にはどんな力がありますか。

 

7)詩篇150篇を読みましょう。なぜ「息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。主をほめたたえよ」と書かれているのですか。なぜ全ての生きとし生けるものは主をほめたたえるべきなのですか。

 

8)あなたはいつも主をほめたたえて生きていますか?

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