こうして教会は(23):最悪の状況ではたらく神

私は今から27年前、ちょうどこの冬のシーズンに中国を一人で旅していました。その時に私は四川州の重慶という町にいました。今、肺炎で注目されている武漢という町を流れる揚子江を上流に向かい、上海から一週間かけて重慶にたどり着いたのです。

ユーラシア大陸の冬はとても厳しいものです。今でこそ経済発展の恩恵があるでしょうが、当時の中国はまだ貧しく人々は冬に炭で暖を取ります。これがよく話題になる中国の大気汚染の元凶と言われています。そんな空気を毎日吸い、食事もまともに取れず、私は心身ともに完全に打ちのめされていました。

寒さでこごえ、高熱があり、咳が止まらず、吐き気があり、「死ぬのではないか」と毎日、フラフラしていました。私が願っていたことは早く、温かいところに行きたい。そのために南に向かおう、タイに向かおうと思い、連日、駅に行って切符を買おうとするのですが、時は中国の春節、重慶の何百万もの人達が故郷に帰る帰省ラッシュのピークです・・・。

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こうして教会は(23):最悪の状況ではたらく神
2020年1月26日

私達は礼拝メッセージのシリーズとして「こうして教会は」と今から2000年前に産声をあげた初代の教会とそこに集う者達の姿というものを毎週、見ています。そして、その初代教会の姿の中に今、サンディエゴ日本人教会に集う私達があるべき姿を見出しています。

産声をあげたばかりの初代の教会ですが、その前途は多難でした。なぜなら、彼らはすぐに激しい迫害を受けたからです。その迫害の先鋒に立っていた者達の一人にサウロという人がいました。この人こそ、後にキリスト教においてキーパーソンとなる宣教者パウロその人です。

使徒行伝は彼が殺害の息をはずませながら、教会を荒らしまわし、クリスチャンを捕らえては獄に投げ入れていたことを記録しています。彼はクリスチャンと呼ばれる者達を殺害することに情熱を傾けていました。彼が教会にもたらした脅威はとても大きなものでした。

使徒行伝にはこのような記録があります。1サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起り、使徒以外の者はことごとく、ユダヤとサマリヤとの地方に散らされて行った。2信仰深い人たちはステパノを葬り、彼のために胸を打って、非常に悲しんだ。3ところが、サウロは家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒し回った(使徒行伝8章1節―3節)。

サウロは鬼の形相のような顔をして、クリスチャンを縛り上げ、獄に入れることに情熱を燃やしていました。こうなりますと人々は一つの場所にとどまることができなくなり、エルサレムから他地域に逃げていきます。このような状況は私達には最悪と思われます。

しかし、使徒行伝はこの後に続けてこんな一文を書き残しています。4さて、散らされて行った人たちは、御言を宣べ伝えながら、めぐり歩いた(使徒行伝8章4節)。

彼らは命からがら逃げながら、その道中や逃げた先で御言葉を伝えたのです。初代の教会がどのように世界に広まったのか。その原因は私達の想定外のこと、すなわち彼らへの迫害によって世界宣教が展開されていったのです。

彼らは迫害を受けなければ一つ所に安住していたことでしょう。一つ所にとどまっているのなら福音は外に向かって伝えられていきません。しかし、迫害が彼らを動かし、主の御言葉は伝えられました。

サウロが教会を荒らしまわったゆえに、ピリポという人はサマリアに下っていきました(使徒行伝8章5節)。サマリアとはユダヤ人と反目するサマリア人が住む土地であり、ユダヤ人とサマリア人の関係はよくなく、彼らは断絶していました。

しかし、そこに下ったピリポにより福音が語られると、サマリアの人々はその言葉に耳を傾け(使徒行伝8章6節)、男も女もぞくぞくと洗礼を受けたというのです(使徒行伝8章12節)

また使徒行伝はイエスの弟子のペテロの説教によって 3000人が救われたということを記録しています(使徒行伝2章41節)。なぜ、彼はその時、その説教を語ったのでしょうか。そのきっかけは「彼をあざける者」の存在でした(使徒行伝2章13節、14節前半)。ペテロをあざける者がいたゆえに、ペテロは語り、それにより 3000人が救いに導かれたのです。

かつてこのペテロは迫害ゆえに獄に留置されることがありました(使徒行伝4章3節)。これも最悪の状況に思われました。しかし、彼が獄にとどまることにより役人、長老、律法学者たち、大祭司アンナスをはじめ大祭司の一族に対する宣教が可能になったのです(使徒行伝4章5節-7節)。通常、このような町の有力者が無名の漁師であったペテロの話を聞きに集まることはないのです。しかし、彼の投獄がそのことを可能にしました。

ある時、ステパノという使徒が殉教します。彼は石打ちの刑にあい、命を失ったのです。その彼が殺されていく様をじっと観察していた男がいます。そうです、先にお話しししたサウロです。彼はステパノに石を投げるべく、人々が脱いだ上着を見守りながら、石に打たれて死んでいくステパノを見ていたのです(使徒行伝7章57節―58節)

サウロはステパノの死を喜んでいたことでしょう。しかし、その時にサウロは彼の心から決してぬぐい去ることができない言葉を聞くことになりました。そう、ステパノは自分に石を投げつける者達のために、大声で叫んで言ったのです「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないでください」(使徒行伝7章60節)。

四方八方から石が飛んでくる。殺意の目が自分に向けられている。その彼らに向かい、「その罪を彼らに追わせないでください」と神に祈るステパノ。

クリスチャンに対する憎しみと憤りに満ちていたサウロにとって、ステパノは明らかにサウロが持っていない心を持っているということが彼の心にはいつまでも残ったことでしょう。そして、このことは少なからず後のサウロの回心に影響を与えたことでしょう。

そして、いよいよキリスト教徒への迫害の中心人物であったサウロに神様の御手が延ばされます。サウロは神の不思議な御介入により回心し、それまでの生き方が180度、変わり、命をかけて福音を伝える者となり、後にこのサウロはパウロと呼ばれるようになります。

その時代、もし最もパワフルな証者がいるとするのなら、それはかつて迫害の先頭に立っていた者が全くその生き方を変え、迫害していた者達が大切にしていたメッセージを伝える者となることです。まさしくパウロはキリスト者として、その先鋒に立つようになりました。

このパウロの思いは当時のローマ帝国の中心都市、ローマに向けられます。そうです、もし日本の地方都市でクリスチャニティーが誕生したのなら、それはやがて首都、東京で宣べ伝えられるべきでしょう。

パウロは当時の世界の中心、ローマに行き宣教することを心から望んでいました。そして、その方法にも神様は想定外の御手を伸ばしました。

パウロと言えばその時、多くの者達にとりまして目の上のたんこぶのような人で「ペストのような厄介な存在」(使徒行伝24章5節)として忌み嫌われていました。

当時、彼を殺すまで飲食をいっさい絶つと誓い合う者達もおり(使徒行伝23章21節)、それに対してローマの千卒長は世界最強のローマの歩兵200名、騎兵70、槍兵200名と共にパウロを馬に乗せて、カイザリアへと護送します(使徒行伝23章23節、24節)

そしてカイザリアから船を乗り継いで、いよいよ彼はローマに上陸し、ローマではひとりの番兵がパウロにつき、一人で住むことが許されます。彼のもとには連日、多くの人達が詰めかけ、彼はそこで二年もの間、ローマ帝国に保護され、はばからず、妨げられることもなく、朝から晩まで神の国を証し、聖書を解き明かし、イエス・キリストを宣べ伝えたのです。

主にある皆さん、使徒行伝の教会がどのように広まったか、宣教がなされたか、その方法を知る時に私達は驚くのです。そうです、彼らにとりまして福音宣教を妨げる最も大きな要因と考えられる「迫害」を通してクリスチャニティーは世界に広がっていったのです。

私達の人生にもしばしば最悪と思われることが起こります。それは自分が見ても、誰が見ても最悪なものに思われます。しかし、その時に私達はこの初代教会のことを思い起こすのです・・・。

かつて神様は年若いマリヤに神の一人子イエス様を託しました。マリヤは許嫁の身です。その許嫁の身でありながら、彼女は御使いから受胎告知を受けました。「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます」(ルカ1章28節)。この突然の告知に対してマリヤはどうしたのか。

「この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた」(ルカ1章29節)と聖書は記しています。

神からイエスを授かったマリヤのお腹は日ごとに大きくなります。その様は婚約者のいる女が不貞をはたらいたとしか見られません。それはイコール、当時のユダヤ社会では石打ちの刑により殺されても仕方のないことでした。これらのことは当然、マリヤが容易に想像できることでした。しかし、彼女は御使いの告知に対して騒ぎ立てず、それを受け止め、思いめぐらしたのです。

こうしてマリヤはイエスを産みます。そこに羊飼いが訪ねてきます。彼らは自分達に起きた経緯を彼女に話します。その時にも「マリヤはこれらの事をことごとく心にとめて、思いめぐらしていました」(ルカ2章19節)。

私は何か望ましくない試練に会い、心が動揺してしまいそうな時に努めてこのマリアの心の姿勢を思い起こします。マリアにとって受胎告知は自分の命が危険にさらされることでした。彼女が思い描いていた新しい家庭を全て壊してしまうように思われることでした。

しかし、彼女はそのことを「最悪なこと。厄介なこと」と結論づけ騒ぎ立てたのではなく、神様の力強い御手が、ここからどのように動くのだろうか、神の御心は何なのだろうかと「思いめぐらした」のです・・・。

私は今から27年前、ちょうどこの冬のシーズンに中国を一人で旅してました。その時に私は四川州の重慶という町にいました。今、肺炎で注目されている武漢という町を流れる揚子江を上流に向かい、上海から一週間かけて重慶にたどり着いたのです。

ユーラシア大陸の冬はとても厳しいものです。今でこそ経済発展の恩恵があるでしょうが、当時の中国はまだ貧しく人々は冬に炭で暖を取ります。これがよく話題になる中国の大気汚染の元凶と言われています。そんな空気を毎日吸い、食事もまともに取れず、私は心身ともに完全に打ちのめされていました。

寒さでこごえ、高熱があり、咳が止まらず、吐き気があり、「死ぬのではないか」と毎日、フラフラしていました。私が願っていたことは早く、温かいところに行きたい。そのために南に向かおう、タイに向かおうと思い、連日、駅に行って切符を買おうとするのですが、時は中国の春節、重慶の何百万もの人達が故郷に帰る帰省ラッシュのピークです。

早朝に駅に行けばチケットも帰るかと思い、朝4時に起きて駅前広場に行きますと暗闇の中にびっしりと人々が肩を寄せ合って夜を明かしています。チケットを買うための行列です。

その一番、後ろに並び、正午頃にやっと窓口にたどりつきます。身振り手振り行きたいところを言うのですが窓口のお姉さんは無常にも「メイヨー」。「メイヨー」は「ないよ」という意味です。8時間並んで、結論が20秒でくだされるのです。私の心はすさみ、絶望しました。

私が宿泊していた重慶の街の薄汚れた安宿にはベットが20くらい並べられており、そこに横になりながら天井を眺めていると、隣のベッドにいたスペイン人の神父が話しかけてきました。

私は今、自分が置かれている状況がどんなにヒドイかということを彼に説明しました。私の愚痴と憤りを聞いていた彼は静かに言いました。「そんな時こそ、冷静に周りの状況をよく観察したらいいよ」と。この言葉を私は心にとめました。

翌朝、また駅に向かいました。駅前広場の状況は何も変わりません。また半日かけて窓口に。昨日と同じやりとり。しかし、その時、列に並びながら回りを見回していましたら、時々、外国人らしく人達が駅の建物の裏に消えていくのが分かりました。

そこで気がついたのです。その駅には外国人用に裏の窓口があるということに。すぐにそこに行きましたら、その場で雲南省、昆明行きのチケットをとることができ、翌日、重慶から出ることができたのです。

四面楚歌のような状況の中で、あのスペイン人神父の言葉を今でも思い起こします「静かに、冷静に周りを見回してごらん」。この言葉を私は今、「自分の置かれている状況に動揺せず、神様の前に静かに思いめぐらしてごらん」という意味として受け止めています。そして、この教訓は今、私の宝となっています。

2000年前に迫害を受けていた者達は命からがら必死で逃げたことでしょう。身を隠すことができる宿で、信仰ゆえに困難に陥っている自らを思い、神様の御心を思いめぐらしたことでしょう。

人は獄などにとらわれますと、時間はたっぷりあります。ペテロもパウロもその場で神の前に静かに祈り、自分が導かれてきた歩み、今の自分の状況について思いめぐらしたことでしょう。

誰もが試練には会いたくないものです。しかし、そのような試練を通る時に神様は必ず私達にメッセージを送られていると私は信じます。神様は私達に気がついてほしいことがあると信じます。

全てがうまくいっている時に私達はわが身を、わが生き方を顧みることはほとんどありません。反対にその時は常に自分が傲慢になりかねない危機にあります。

しかし、困難な時、その時はその後の人生のために宝となるようなものを見出すチャンスです。その時に受けていた試みという経験に対して、お釣りがかえってくるような宝となるのです。

イスラエルが神の恵みを得たのはエルサレムではありませんでした。彼らは荒野で神の恵みを得たのです。あの40年の間に彼らはモーセの十戒めを得ました。イスラエル民族が一番、堕落してしまったのは彼らが約束の地、カナンに定住して生活が安定した時でした。

聖書から「荒野での出来事」を全て取り除いてください。私は聖書が私達に語りかける最重要なあのメッセージも、このメッセージも全て失うのです。

神の御心を知るということに最大の価値を見出す者にとりまして、時に逆境は最大の収穫を得る時となりうるのです。そして、それを得るか否かは私達の心次第です。その時に神の御心を思いめぐらすことなく、それらは忌むべきことでしかないと断定するのなら、そこから得るものは何もありません。

私達は自分の頭の中で色々な計画をたてます。どこかに向かうのなら、そこにいたるまでのルートを考えます。私達は時にその計画やルートこそが全てであり、その計画が頓挫したり、ルートが閉ざされると他の何も見えなくなり、心が騒ぎ、落ち込み、絶望します。

しかし、その時、心の冷静を保ち、聖書に書かれている神のみわざを思いめぐらしましょう。神様は私達よりも大いなるお方。私達のちっぽけな頭に神を押しとどめてはいけません。私達の計画や旅程の中に神様を詰め込んではなりません。最悪と思われる「迫害」によって世界宣教を推し進めた神様の御わざを思いめぐらしましょう。

このお方は思いがけない方法をもって、私達を導き、想定外の道を備えてくださいます。そこを通っていく私達はその道から、とてつもない収穫を得るのです。

これから私達は聖餐式をもちます。この聖餐式は「最後の晩餐」と呼ばれるイエス・キリストの十字架を直前にイエス様と弟子達の間にもたれたことを起源としています。その時、彼らは緊迫した直前におりました。しかし、その聖餐こそが今日、私達人間にとりまして最大の希望の光となっているのです。

イザヤ55章8節―13節

8 わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。9 天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。10 天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。11 このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。12 あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれて行く。山と丘とはあなたの前に声を放って喜び歌い、野にある木はみな手を打つ。13 いとすぎは、いばらに代って生え、ミルトスの木は、おどろに代って生える。これは主の記念となり、また、とこしえのしるしとなって、絶えることはない」。

お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2020年1月26日

1)私達が困難に陥る時に、私達はどのようにそれを受け止めますか。

 

2)使徒行伝8章1節―4節を読みましょう。この時、初代教会はどんなことに直面していましたか。彼らの困難な状況は何を生み出しましたか。

 

3)使徒行伝8章4節―12節を読みましょう。ピリポは迫害によりサマリアに向かいました。そこで何が起きましたか。

 

4)使徒行伝2章14節以降にはペテロの説教が記録されており、その説教により3000人もの人達が救われたと書かれています(使徒行伝2章41節)。このことのきっかけは何でしたか(使徒行伝2章13節)。

 

5)使徒行伝4章においてペテロは留置されていました。この状況からどんなことが起こりましたか(使徒行伝4章5節-6節)。

 

6)パウロはかねてからローマ帝国の首都、ローマでの宣教を望んでいました。それはどのように導かれましたか(使徒行伝23章21節)。

 

7)あなたには困難の中で私達の思いも及ばない益を神様がなしてくださったという経験がありますか。

 

8)マリヤにとりまして「受胎告知」には多くの試練が伴うように思われることでした。この告知をマリヤはどう受け止めましたか(ルカ1章29節、2章19節)。なぜ困難に対して動揺せず、それを「思いめぐらす」ことは大切なのでしょうか。イザヤ55章8節―13節は私達に何を語りかけますか?


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