こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれません。人間とは人の間と書きますが、実際は一人であると言えましょう。人である限り、私達は孤独を知る者です。人からの理解や励ましや慰めを得られないということも多々、ありますでしょう。しかし、そんな私達を聖霊は今も助け、力づけて下さるのです。聖霊はいつも私達と共におり、私達を励ましてくれるお方なのです。

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こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値
2019年6月30日

私達が見ております聖書、「使徒行伝」は英語では「Acts」と呼ばれます。読んで字のごとく、それは「活発な活動」を意味します。今から2000年前に教会が誕生し、その教会が世界の果てにまで広がっていく、その活発な活動の原動力は聖霊の働きであったということを私達は過去二回の礼拝でみてまいりました。

そして、そのためにイエス・キリストは弟子たちに絶対に不可欠なことを予め伝えていたのです。ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」(使徒行伝1章8節)

この聖霊の力により、クリスチャニティーはエルサレム、ユダヤ、サマリヤ、さらには地の果てまで伝えられたということは私達の歴史が証明するとおりです。イエス様は今から2000年前、このことが起こる前に吹けば飛んでしまうような何の力もない少数の者達を前に、この言葉を語っておられたということは驚きです。

この聖霊についてイエス様は天にかえられる直前にその弟子達にこう命じていました。4そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。5すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」(使徒行伝1章4節-5節)。

その時の弟子達は死から復活したイエス様と食事をしていたのです。彼らは復活のイエスを目の前にして興奮と確信で満ちていました。しかし、イエス様は彼らが持ち合わせていたそれらのものだけで彼らが世に出ていくことを許さず、エルサレムから離れずに聖霊を待ち望むようにと言われたのです。そして、この後、彼らはイエス様が天に帰られたことを見届けて、イエス様のこの言葉に従ったのです。

12それから彼らは、オリブという山を下ってエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に許されている距離のところにある。13彼らは、市内に行って、その泊まっていた屋上の間にあがった。その人たちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダとであった。14彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた(使徒行伝1章12節ー14節)。

彼らはイエス様の言葉のとおり、エルサレムに留まりました。そして何をしていたかといいますと、心を合わせて、ひらすら祈っていたというのです。そんな日を続けていたある日、いよいよイエス様が約束された聖霊が彼らの上に注がれたのです。

1五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、2突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。3また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。4すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろな他の国の言葉で語り出した(使徒行伝2章1節―4節)

その時、そこには教会と呼ばれる建物はありませんでした。しかし、そこにはひたすら祈る神の民がおり、彼らをしてそこに最初の教会が誕生しました。聖霊に満たされて、いよいよ神の言葉を全世界に語り告げる時が来たのです。

この2019年、私達の教会が、また私達、各々がまず求めるもの、これからも求め求め続けることはこの聖霊のみわざです。私達もかの弟子たちと同じように、自分の一時的な感動、信仰生活の長さ、確信、それらだけでは全く無力なのです。私達に今、一番必要なものは聖霊なのです。

先週、私達はこの聖霊のはたらきとして「聖霊は私達に全てのこと教える」「聖霊は私達を全ての真理に導く」ということをお話ししました。今日はさらに三つ、この聖霊の特徴についてお話しします。第一に聖霊は「助け主であり、慰め主である」ということです。

助け主、慰め主なる聖霊 (ヨハネ16章7節-8節)

 7しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もし行けば、それをあなたがたにつかわそう。8それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう』(ヨハネ16章7節―8節)。

このところに記されている「助け主」は聖霊のことをあらわしています。そして、その原語となりますギリシア語ではパラクレートス( ΠαρακλητοςParakletosという言葉が使われています。このパラクレートスという言葉には「慰め主」という意味もあります。

弟子達はイエス様と目に見えるかたちで共に歩むことはできなくなりました。そして、彼らの宣教の日々には多くの困難が伴いました。彼らの中にはその信仰ゆえに獄に投じられる者達も出てきました。

獄が快適な場所であるはずはなく、そこは夏は猛烈に熱く、冬は眠れぬほど寒い場所です。食事が心身を満たすということもありませんでしょう。共に祈る者はおらず、話し相手もいない場所でしょうし、明日の命すら分からない場所です。そのような場所で聖霊は彼らと共におり、彼らを慰め、励ましたのです。

この度のメッセージテーマの「こうして教会は」という言葉は使徒行伝9章31節からとってきていると既にお話ししています。こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ全地方にわたって平安を保ち、基礎がかたまり、主をおそれ聖霊にはげまされて歩み、次第に信徒の数を増ていった

どうして教会は力強く前進してきたのでしょう。なぜならここに記されているように彼らは聖霊に励まされて歩んだからです。ここで使われている「励まされる」という言葉もギリシア語では「パラクレートス」なのです。

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれません。人間とは人の間と書きますが、実際は一人であると言えましょう。人である限り、私達は孤独を知る者です。人からの理解や励ましや慰めを得られないということも多々、ありますでしょう。しかし、そんな私達を聖霊は今も助け、力づけて下さるのです。聖霊はいつも私達と共におり、私達を励ましてくれるお方なのです。

二つ目のこと、それは聖霊は人格を持つということです。

 聖霊は人格をもつ

イエス様の弟子および使徒たちがイエス様が言われた通りに世界の果てにまで宣教を進めていくにあたり、彼らが乗り越えなくてはならなかった最大のチャレンジは、それまではユダヤ人だけに限定されていた神の救いを全ての人間に開かれたものとしていくということでした。

これは彼らにとりまして、とてつもない挑戦となりました。彼らの先祖が数千年来、厳格に守ってきたことをそのまま言葉も文化も異なる異邦人にも求めるということについて、彼らはしっかりと話し合わなければならなかったのです。

もし、この判断を誤りますと宣教の前進は困難を極め、福音が地の果てにまで届くことは難しくなり、クリスチャニティーはユダヤ民族限定の信仰に留まってしまう可能性があったのです。

その時、彼らが話し合っていたことは「割礼」でありました。割礼とは生まれて八日の男の子の性器の皮を切るというもので、彼らの父祖、アブラハムに神が成すように命じたことで(創世記17章9節-10節)、以来、ユダヤ民族はこのことを厳守してきました。この割礼の習慣はユダヤ人以外の異邦人にはないものでした。

さぁ、彼らはこの大切な決断をどのようにしたのでしょうか。彼らはこのような結論へと導かれたのです。

 「すなわち聖霊とわたしたちとは、次の必要事項のほかは、どんな負担をも、あなたがたに負わせないことに決めたそれは、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。これらのものから遠ざかっておれば、それでよろしい。以上」(使徒行伝15章28節―29節)。

そうです、彼らにはアドバイザーがいたのです。これから我々はどうあるべきなのか、その決断に聖霊が関わったのです。聖霊と共に彼らが決めたことは、ここに記されているものだけを守ればいいということであり、そこに割礼は含めなかったのです。そして、この決断が正しかったことは後の歴史が証明しているのです。

ここに記されている言葉はあたかも聖霊というお方が人格をもつお方として、私達の相談相手となってくださり、そのことによって決断に導かれたかのように記されていますが、まさしくその通りなのです。このことは私達の決断、デシジョン・メイキングの場に聖霊様にも列席していただき、その御声に私達が耳を向けることができるということです。

私達はその人生において無数の決断をしてきました。その決断が行きついた場所が今の私達であり、これからも私達は多くの決断を日毎にしながら生きていると先週はお話ししました。

これからの一つ一つの決断が私達のこれからの人生を決めていきます。10年後に私達がどんな人生を送っているか、それは一重に私達がこれからの10年、何を考え、何を決断していくかにかかっているのです。周到に考えて決めたことが、とんでもないことになってしまうということを私達は体験することがあるのです。

主にある皆さん、皆さんが人生の節目に向き合う時にどのように決断をしていますか。そこに聖霊のご介入がありますか? その決断に聖霊様が関わってくださるということは何よりも大切なことなのです。

この聖霊についてエペソ書を書いたパウロはこんな言葉を残しています。『神の聖霊を悲しませてはいけない』(エペソ4章30節)。

なんと、ここには聖霊が悲しむと書かれています。イエス様は神の子としてこの地で生きましたが、わたしたちと同じような感情をもって生きました。同じように聖霊も私達の言動によって悲しむし、悲しみがあるのなら、その反対に喜ばれるお方でもあるのです。

私達の教会が多くの祝福を受けるために必要なことは聖霊に喜んでいただけることを私達が聖霊と共になしていくことであり、言うまでもなく、それは私達一人一人の人生にも当てはまるのです。

はたして聖霊は私達を見て悲しんでいるのでしょうか、喜んでいるのでしょうか。実に聖霊は御人格を持ち、私達と共に喜び、悲しみ、私達の相談に応じてくださるお方なのです。

私達の心からの願いは聖霊が喜ばれる生き方をすることです。そのことにフォーカスして日々を過ごすのなら、私達の教会も私達自身も自ずと最善のところへと導かれていくことでしょう。

三つ目のこと、それは「聖霊はとりなしてくださる」ということです。パウロはこのような言葉を書き残しました。

聖霊はとりなしてくださる

「御霊もまた同じように、弱い私達を助けてくださる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいか分からないが、御霊みずから言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのために取り成してくださるからである。そして、人の心を探り知る方は、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は聖徒のために神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである」(ローマ8章26節‐27節)。

私達は神に祈ります。しかし、時にどのように祈ったらいいのか分からないことがあります。私達自身も抱えている課題に対して、どうなるように祈ったらいいのか分からないし、何が神様の御心なのかが分からないのです。しかし、そんな私達に代わって、聖霊ご自身が切なるうめきをもって、私達の心にあることを神に伝え、その御旨にかなうとりなしをしてくださるというのです。

何度か私達の決断についてお話ししましたでしょう。しかし、思われないでしょうか。決断の大切さは分かるし、その決断に聖霊が関与してくださることの大切さも分かる。

しかし、それでも実際にどう決断したらいいのか分からない。このようなことが私達にはよくあります。そうです、どう祈ったらいいのか分からないのです。

でもそのような時、聖霊様が私達のその気持ちを受け止めて、私達が最善の祈りをすることができるように取りなしてくださるというのです。そのような時というのは、まさしく私達にとりまして苦しい時でしょう。ですから、聖霊様も切なるうめきをもってとりなしてくださるというのです。

ですから私達は祈ることを諦めてしまうのではなくて、そんな私達の祈りをじっと聞き、私達と神との間にあって、神の御旨にかなったとりなしをして下さる聖霊のはたらきを願い求めるべきなのです。

 私達は毎日曜日、使徒信条を告白しています。口に出して、私達が信じていることを告白しているのです。今朝も言いました「聖霊を信ず」と。そう、私達は聖霊のはたらきを信じています。そして、この聖霊を求めるものです。

教会にしても、私達の人生にしてもす、そこにばビジョンや計画というものが必要でありましょう。戦略(ストラテジー)が必要なこともありますでしょう。しかし、これらよりもまず最初に私達が日々、願い求めなければならないことは聖霊のご介入なのです。

ここまで二回の日曜日を通して聖霊が私達に何をしてくださるかということをお話ししました。それを聞いて、「けっこうです、私には聖霊の助けは必要ありません」という方はいないと思います。私達は今もこれからも聖霊を必要とするものです。そんな私達に主イエスはこう約束しているのです。

11あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。12卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。13このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」(ルカ11章11節-13節)。

たとい私達が足りない者であっても、父なる神は私達の父であるゆえに、求めてくる者に聖霊を与えてくださいます。皆さんはこの主イエスの約束の言葉を信じますか。聖霊に教えられ、聖霊に導かれ、聖霊に満たされるて歩む教会、そして私達、このことを日毎に父なる神に願い求めてまいりましょう!お祈りしましょう。

“Then the Church (3): The Value of Walking with the Spirit”
June 30, 2019

We have been looking at the book of Acts in the Bible. As the name suggests, the book is marked by a very active time. In the past two weeks, we have been looking at the origin of the church 2000 years ago. We see how the church spread across the world, and how this was made possible by the work of the Holy Spirit.

This is why Jesus Christ told his disciples in advance, what they needed to start the church.

But you will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth.”

By the Holy Spirit, Christianity spread through Jerusalem, Judea, and Samaria as history tells us today. It is surprising to find that Jesus foretold these things before they occurred to a small group of people who had no power or influence.

Jesus made this commandment to the disciples right before he left for heaven.

On one occasion, while he was eating with them, he gave them this command: “Do not leave Jerusalem, but wait for the gift my Father promised, which you have heard me speak about. For John baptized with water, but in a few days you will be baptized with the Holy Spirit.”

In this scene, the disciples were eating with Jesus-who had been resurrected from the dead. The disciples were filled with excitement and conviction with the resurrected Jesus before their eyes. However, Jesus did not send them out with only these things, but instead commanded them not to leave Jerusalem and wait for the Holy Spirit. After Jesus rose to heaven, the disciples watched this, and obeyed what Jesus had commanded.

12 Then the apostles returned to Jerusalem from the hill called the Mount of Olives, a Sabbath day’s walk from the city. 13 When they arrived, they went upstairs to the room where they were staying. Those present were Peter, John, James and Andrew; Philip and Thomas, Bartholomew and Matthew; James son of Alphaeus and Simon the Zealot, and Judas son of James. 14 They all joined together constantly in prayer, along with the women and Mary the mother of Jesus, and with his brothers.

The disciples stayed in Jerusalem as Jesus had instructed. And what they did was, they gathered together and constantly prayed. As days spent in prayer past, the Holy Spirit that was promised was poured out on them one day.

When the day of Pentecost came, they were all together in one place.Suddenly a sound like the blowing of a violent wind came from heaven and filled the whole house where they were sitting. They saw what seemed to be tongues of fire that separated and came to rest on each of them. All of them were filled with the Holy Spirit and began to speak in other tongues as the Spirit enabled them.

In this time, there was no building called the church. However, in this scene there were God’s people who constantly prayed, and they became a part of the first church. The time for them to be filled with the Holy Spirit and sent out into the world had come.

This year, in 2019, what we as a church, and what we as individuals long for and continue to ask for, is this work of the Holy Spirit. We, like the disciples, are completely powerless with only the momentary feelings, length of our faith journey, or convictions. What we need most right now is the Holy Spirit.

Last week we looked at how the work of the Holy Spirit “teaches us all things” and “guides us to all truth”.  Today we will look at three more attributes of the Holy Spirit. The first is that the Holy Spirit is a helper and comforter.

The Holy Spirit is a helper and comforter (John 16:7-8)

 But very truly I tell you, it is for your good that I am going away. Unless I go away, the Advocate will not come to you; but if I go, I will send him to you. When he comes, he will prove the world to be in the wrong about sin and righteousness and judgment:

The “advocate” mentioned in this passage is referring to the Holy Spirit. The original word in Greek, Parakletos is used. Parakletos is a word that also means “comforter” in Greek.

The disciples were no longer able to physically walk with Jesus. Their missionary work was met with many hardships. There were some among them who were put into jail for their faith. Of course, the jail cell was not a comfortable place, but it was instead fluctuated greatly in temperature according to the season. There was probably also no food that would satisfy them. While the disciples were in jails-which was a dark and empty place, the Holy Spirit was with them and comforted and encouraged them.

I believe I have already mentioned this, but the message theme “Then the Church” is from Acts9:31.

 31 Then the church throughout Judea, Galilee and Samaria enjoyed a time of
peace and was strengthened. Living in the fear of the Lord and encouraged by
the Holy Spirit, it increased in numbers.

How did the church advance so powerfully? It was because they were encouraged by the Holy Spirit. The word encouraged also comes from the Greek word “Parakletos”.

One philosopher said that “people are individuals, they are alone”. As long as we are people, we feel lonely at times. There are many times when we are not able to get what we require, like the understanding, encouragement, and comfort of others. However, the Holy Spirit is always with us and encourages us.

The second thing is that the Holy Spirit has a personality.

 The Holy Spirit has a personality

When the apostles gathered to go out into the world and preach the gospel as Jesus instructed, the greatest challenge was preaching to people outside of Israel, to the Gentiles.

This proved to be a big challenge to the disciples. They were required to have conversations about the relatability of keeping the laws their ancestors had to people with completely different cultures and traditions.

If the disciples were not able to evangelize to people of different tongues, it would become difficult for the gospel to reach the ends of the earth, and Christianity would be closed and limited to the Jews.

At this time, a debated topic was on “circumcision”. “Circumcision” was done to a boy 8 days after birth, and the Jewish people strictly adhered to this command after God ordered Abraham to do this. This custom was distinct to Jewish people and no gentiles had this practice.

So how did the disciples make this important decision? They were lead to this conclusion.

 28 It seemed good to the Holy Spirit and to us not to burden you with anything beyond the following requirements: 29 You are to abstain from food sacrificed to idols, from blood, from the meat of strangled animals and from sexual immorality. You will do well to avoid these things. Farewell.

The disciples did not have an advisor. Instead, they relied on the Holy Spirit to decide how they ought to be. They discerned with the Spirit and stated that only some rules had to be followed, and circumcision was not included. History reveals the outcome of this decision.

The passage suggests that the Holy Spirit is like a person, with human-like characteristics, who can consult and help guide us. And that is exactly right. This reveals how the Holy Spirit is an active participant in our convictions and decision-making, and we are able to lend a year to it’s voice.

In our lives, we have made numerous decisions. The result of these decisions make who we are, and last week I spoke about how we will continue to make new decisions every day.

We cannot go back or control the past. However, who we are in 10 years is dependent on our daily decisions and thoughts.

Dear brothers and sisters, is the intervention of the Holy Spirit evident in our lives? Above all, it is important that the Holy Spirit intervenes in our decisions. Paul writes this about the Holy Spirit in Ephesians,30 And do not grieve the Holy Spirit of God.

Here, it says the Holy Spirit grieves. Jesus was the son of God but lived on this earth with feelings as we do. In the same way, the Holy Spirit grieves and rejoices at what we do and say.

To be a church that receives blessings, we need to be a church that is enabled by the Spirit to do what it pleases. Of course, this is something that is relevant to our individual lives as well.

Is the Holy Spirit grieving or rejoicing at what you say and do? The Holy Spirit indeed has a personality, and is involved with what we say/do and responds to our requests and conversations.

The wish from my heart is to live in a way the Holy Spirit is pleased with. If we focus on this, our church and our personal lives will be guided towards what is best.

The third thing is, that the “Holy Spirit intercedes for us”. Paul wrote this in Romans.

The Holy Spirit intercedes for us

26 In the same way, the Spirit helps us in our weakness. We do not know what we ought to pray for, but the Spirit himself intercedes for us through wordless groans. 27 And he who searches our hearts knows the mind of the Spirit because the Spirit intercedes for God’s people in accordance with the will of God.

We pray to God. But there are times when we do not know how or what to pray. We do not know what to request for or what God’s will is in our situation. But the Holy Spirit intercedes for us and communicates what is in our hearts to God through wordless groans.

I have spoken about making decisions today. However, there are times when we know the importance of our decisions, and the importance of the involvement of the Holy Spirit, but we have no idea how to make a decision. We face this situation often when we do not know how to pray.

In these times, the Holy Spirit receives our thoughts and feelings and intercedes to allow us to pray the best way we can. These situations are often characterized by difficult times, and that is why the Spirit also intercedes through wordless groans.

That is why we should not give up on prayer, but put our hope in the Holy Spirit, who listens and intercedes between us and God.

 Every Sunday we recite the apostle’s creed. We are professing what we believe with our mouths. This morning we said, “I believe in the Holy Spirit”. Yes, we believe in the work of the Holy Spirit, and we come with expectancy.

In our church, and in our lives, it is necessary to have a vision or plan. It is also important to have strategies. But what we truly need first and foremost is the daily expectancy of the Holy Spirit.

We have spent the last two Sundays looking at what the Holy Spirit does for us. I do not believe there is anyone who says, “I am fine. I do not need the help of the Holy Spirit”. We are people who need the Holy Spirit today and we will continue to need the Spirit’s help. Jesus promises us this.

11 “Which of you fathers, if your son asks for a fish, will give him a snake instead? 12 Or if he asks for an egg, will give him a scorpion? 13 If you then, though you are evil, know how to give good gifts to your children, how much more will your Father in heaven give the Holy Spirit to those who ask him!”

Even if we are not enough of on our own, the heavenly father gives the Holy Spirit to those who ask. Do you believe in this promise from Jesus? Let us each, and as a church, be taught, guided, encouraged, and filled by the Holy Spirit! And let us continue to ask God for these things daily. Let us pray.

Translated by Kou Okura

本日のおもちかえり
2019年6月30日

1)「使徒行伝」は英語では「Acts」と呼ばれます。この「Acts」という言葉からあなたは使徒行伝のどんな特徴を見出しますか。

 

2)使徒行伝1章8節を読みましょう。イエス様はこのことが起こる前に、社会的に何の力もない、無学な少数の人間に宣教を託されました。常識で考える時に、この言葉が実現すると思いますか。

 

3)上記のことは現在、実現しています。なぜ実現できたのでしょうか。このことは何を証明していますか。

 

4)ヨハネ16章7節―8節を読みましょう。聖霊はギリシア語でパラクレートスと呼ばれており、その意味は「助け主」、「慰め主」であり、また「励ましてくれる主」でもあります(使徒行伝9章31節)。私達はどのように聖霊から助けられ、慰められ、励まされるのでしょうか。

 

5)使徒行伝15章28節―29節を読みましょう。ここからどのようにして教会は世界に広がっていったことが分かりますか。あなたは聖霊をどれだけ意識して、そのはたらきに心を開いていますか。

 

6)あなたの10年後に影響を与えることは、これからの10年間、私達が何を考え、何を決めていくかです。どのうにしたらこの決断に聖霊が関わることができますか。

 

7)ローマ8章26節‐27節を読みましょう。私達がどう祈っていいのか分からない時、何を決断していいのか分からない時、聖霊は何をしておられますか。このことは私達にどんな思いを与えますか。

 

8)ルカ11章11節-13節を読みましょう。ここから父なる神のどんな思いをうかがい知ることができますか。あなたは聖霊を願い求めていますか。

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