これからの拠りどころ

私達は第二次世界大戦後に「戦前」と「戦後」という言い方を使い始めましたが、これからコロナが過ぎ去った後に、きっと私達は今の時を思い起こしながら「コロナ前」と「コロナ後」という言葉を使うことになるでしょう。

そのような意味で私達はこれから「コロナ後」という未踏の新しい世界に向かうべく、これまでのものを一度、リセットする必要があるのではないかと思います。

このコロナを通して、もし私達が「人間にとって本当に大切なものは何なのか」ということを考え始めているのであるならば、この経験は私達のコロナ後の人生にとりまして大きな収穫となることを信じます。そして、その答えが聖書には古の昔から記されています・・・。

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これからの拠りどころ
2020年4月19日

コロナの感染が今も続いています。これからの見通しについて多くの方達が色々なことを言っています。2022年までフィジカル・ディスタンスを保たなければならないだろうという専門家もいます。

私達は第二次世界大戦後に「戦前」と「戦後」という言い方を使い始めましたが、私達はコロナが過ぎ去った後に、今の時を思い起こしながら「コロナ前」と「コロナ後」という言葉をきっとこれから使うことになるでしょう。

そのような意味で私達はこれから「コロナ後」という新しい世界に向かうべく、これまでのものを一度、リセットする必要があるのではないかと思います。

このコロナを通して、もし私達が「人間にとって本当に大切なものは何なのか」ということを考え始めているのであるならば、この経験は私達のコロナ後の人生にとりまして大きな収穫となることを信じます。そして、その答えが聖書には古の昔から記されています。

今日は日英共に同じ聖書箇所からメッセージをしようということで、「エマオの途上の出来事」について日本語でお話しをします。このメッセージは私が年末のイクイッパーカンファランスでテーマ聖句にしたもので、一月の礼拝でもそのことをお話ししましたが、あの時の話は、今でこそもう一度、心に刻むべきことだと思いますので、もう一度、今朝、そのことを確認したいと思います。

時は2000年前、イエス・キリストが十字架に磔にされ、墓に葬られた直後のことでした。ルカ24章13節-16節。

13この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、14このいっさいの出来事について互に語り合っていた。15語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。16しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった(ルカ24章13節-16節)。

弟子達はエマオへの道すがら、彼らと共に歩きだした復活のイエスにエルサレムで起こったことを語ります。どんなに彼らがイエスに期待していたかということ、しかし、そのイエスが十字架の上で処刑されてしまった、彼らは涙ながらに、彼らの失望を当の本人に語ったのです。

彼らはイエスと過ごした日々に自分の将来の希望を見出していたことでしょう。しかし、それらが一瞬にして失われてしまいました。彼らは肩を落としつつ、その道のりを歩んでいたことでしょう。

彼らの姿に私達の今が重なります。あのこと、このこと、私達は色々な計画をたてました。しかし、私達もそれらのものが瞬く間に失われてしまいました。さらにはこの先の見通しも全くつかないているのです。

彼らは「私は殺されるが、三日目によみがえる」と予め言われていた生前のイエスの言葉を知っていたことでしょう(マタイ17章22節―23節)。しかし、この時の彼らの「不信仰」は、彼らの「信仰」を覆い尽くしていたのではないかと思われます。

この一月の間に起きたことを思います時に、彼らの姿はまさしく私達の姿。私達も今、エマオの途上を歩いています・・・。

イエス様は希望を失い、肩を落とす彼らと共に歩き、彼らにこう語りかけました。25「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ。26キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。27こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた(ルカ24章25節-27節)。

イエス様は彼らに「聖書全体に書かれていることは、すなわち、それは私のことである」と語りかけ、それを彼らに説き明かしたのです。

言うまでもなく、今から2000年前にイエス様の生涯を記録した新約聖書は、その時点でまだ、彼らの手元にはありませんから、ここで「聖書」と呼ばれているものは私達の手元にある「旧約聖書」のことを指します。しかしながら、この旧約聖書には一度も「イエス・キリスト」という名前は一度も出てこないのです。

しかし、イエス様が言われた通り、このお方は別の呼び名でその初めから何度も聖書に記録されていました。そう、彼らはこのイエスを「小羊」と呼んだのです。

~紀元前2200年頃(モリヤの山でアブラハムがイサクを犠牲として捧げた時)~

 今からさかのぼること4200年前、ユダヤ民族の祖、アブラハムはモリアの山に一人子イサクを燔祭の捧げものとすべく向かいました。その道中、イサクは父アブラハムにたずねました。「父よ、火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」(創世記22章7節)

神はこのイサクの問いに応え、藪に角を引っかけて動けなくなっている羊をイサクに代わる犠牲としてアブラハムにお与えになりました。以後、このイサクの「我々の罪の身代わりとなる燔祭はどこにいるのか?」という問いかけは、続く旧約聖書全体のテーマとなりました。

~紀元前1500年頃(出エジプトの時、鴨居に塗られた小羊の血)~

 このアブラハムとイサクの時から約700年後、アブラハムを祖先とするイスラエルの民はエジプトの奴隷となり、その奴隷解放のためにエジプトの初子が殺されました。

しかし、神は一家族に一頭、傷のない雄の小羊をほふり、その小羊の血を、その人が住む家の入り口の2つの柱と、鴨居にそれを塗るのであるならば(出エジプト記12章21節、22節)、それが目印となって、その家における初子の死は過ぎこされる、免れると言われました。彼らが神様の罰を免れるためには傷なき羊の命が必要とされたのです。

 ~紀元前750年頃(イザヤ53章の預言)~

 さらに出エジプトの出来事から約750年後、イエス・キリスト誕生の750年前、イザヤという預言者が驚くべき預言を書き残しました。イザヤ53章、「彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれていく子羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった」(イザヤ53章7節)。イザヤはほふり場に連れていかれる小羊を描き、イザヤはその羊を「彼と呼びました」。

~紀元30年頃(バプテスマのヨハネの証言)~

 このイザヤの預言から780年が経ちました今から約1990年前、イエスよりも少し早めに世に出たパプテスマのヨハネは荒野で「悔い改め」を叫び、その彼のもとに続々とやってくる群衆の中にある人を見つけ、彼を指さしてこう言います。「みよ、世の罪を取り除く神の子羊!」(ヨハネ1章29節)

この瞬間、約4200年前にイサクが言った「はん祭の小羊はどこにいますか」という問いかけ、約3500年前、初子の命が救われるためにエジプトの町の柱に塗られた子羊の血、約2750年前、イザヤが呼んだ「」という小羊が誰なのか明らかになりました。

そう、その小羊、その彼とはまさしくほふりば、すなわちゴルゴダの丘に連れていかれ、十字架に磔にされた神の小羊イエス・キリスト、その人であったのです。さらにこの「小羊」という言葉はここで終わりません。

~これからくる未来(ヨハネの黙示録)~

 聖書全巻の中において一番「小羊」という言葉が出てくる箇所をご存知ですか?それは聖書の一番最後に記されているヨハネの黙示録です。そこには「小羊」という言葉が何と29回も書かれている。この数は尋常ではない。この数は聖書の中でだんとつです。

ここまで、今から4000年前とか2000年前に起きた過去の出来事について話してきましたが、聖書の一番最後の「ヨハネの黙示録」はまだ起きていない、これからの私たちの未来について預言している書物なのです。

そのヨハネの黙示録の一番最後の22章、すなわちこのぶ厚い聖書の一番最後のページにはやがて、私たちが憩う神の国についてこう記しています(22章1節―4節)。

天の国を流れる川は小羊のみ座から流れ、その小羊を人々は礼拝し、その顔を仰ぎ見ているというのです。説明するまでもなくこの天における小羊とはこれまでお話ししてきましたアブラハム、モーセ、イザヤ、バプテスマのヨハネが指し示したイエス・キリストのことであり、このことはこれから起こることなのです。

エマオの途上でイエス様が聖書全体の中に記されているご自身について二人の弟子に何をどのように説き明かされたのかは知りえません。しかし、彼らは後にイエス様が自分たちの傍らを歩いていてくださったことを思い起こし、こう言ったのです。32彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」(ルカ24章28節―32節)。

なぜイエスを失い、希望を失ったこの二人にイエスはモーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされたのか?

「私は初めから終わりまであなたと共にいるのだ」ということをイエスは彼らに伝えたのです。そのことは全ての事は神の御手の中にあるというメッセージなのです。そして、彼らがそのことを聞いた時、彼らの心は燃えたのです。

この二人はイエス様と道すがら歩いていた当初、「彼らの目がさえぎられてイエスを認めることができなかった」(ルカ24章16節)と聖書は記しています。彼らの視力はイエスを認めることができず、その自らの視力により彼らは希望を見出すことができませんでした。

しかし、イエスの語られた言葉は彼らの心を捕らえ、彼らはそこに希望を見出し、心が燃えたのです。

主にある兄弟姉妹、私達の心が今、置かれている状況で燃えるということは、普通では考えられません。しかし、聖書が解き明かされる時、すなわち神の手の内を私達が垣間見る時に、私達の心はこのような中でも燃えるのです。

イエス様は言われました。キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか』(ルカ24章26節)。

 イエス様は必ずこれらの苦難を受けることを知っていました。そして、それと同時にその苦難を受け、それを通過した後に必ず栄光に入ることも確信していたのです。なぜ?これらのことは全て神の御手の中にあることをイエス様は知っていたからです。

主にある皆さん、現状は厳しく、私達は不安にかられる。しかし、私達はこれらのこともすべて神の御手の中にあることを今朝、確認しましょう。そして、主の御言葉こそがエマオの途上を歩く私達にとりましての唯一のよりどころだと言うことを知りましょう。

そして、今日お話ししましたことは、コロナに対する一時的な緊急対処法ではないのです。このことそがコロナ以前から神が私達に知ってほしいと願われている事であり、このことこそがコロナ後の世界に私達が生きる土台となるべきことなのです。お祈りしましょう。

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本日のお持ち帰り
2020年4月19日

1)コロナが過ぎ去った後、「コロナ前」と「コロナ後」という言葉を私達が使うようになったら、あなたは「コロナ後」の世界はどんな世界になると想像しますか。

 

2)あなたは今、「コロナ前に拠りどころとしていた」ことを検証し、「コロナ後に拠りどころとしていくべきこと」について考えていますか。

 

3)ルカ24章13節-16節を読みましょう。この二人の弟子の心中はどんなものであったと思いますか。彼らの心と私達の心と重なり合うことがありますか。

 

4)なぜ弟子達はイエス様を認めることができなかったのでしょうか。目に見えるもので、この世界で決して変わることがないもの、失われることがないものがありますか。

 

5)ルカ24章25節-27節を読みましょう。イエス様はなぜ、肩を落とす彼らに聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事を、説き明かされたのでしょうか。

 

6)下記の私達の位置づけは何を意味していますか。そこにどんな神様の私達に対するメッセージが込められていますか?

~紀元前2200年頃(モリヤの山でアブラハムがイサクを犠牲として捧げた時)~
~紀元前1500年頃(出エジプトの時、鴨居に塗られた小羊の血)~
~紀元前750年頃(イザヤ53章のほふられる小羊の預言)~
~紀元30年頃(バプテスマのヨハネの「見よ世の罪をとり除く神の小羊」証言)~
~現在の私達~
~これからくる未来(天の御国における小羊・ヨハネの黙示録)~

 

 

 

 


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