なぜ聖霊が必要なのか?

牧師の仕事は私達の目に見えないお方を指さし、このところに私達が寄って立つべき人生がありますということを語り続けることです。皆さんの目の前に商品を置いて「さぁ、見てください、実際に手にとってみてください」とその商品を売り込むようなものではないのです。もし、皆さんが牧師が語る聖書の言葉を通してイエス・キリストを信じる、2000年前にこの地におられたお方の言動を自分自身と関係のあることとして受け入れるのなら、それは人間の業ではありません。そこには聖霊のはたらきがあるのです。

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なぜ聖霊が必要なのか?
2017年6月4日

 キリスト教にはクリスマス、イースターと一般にもよく知られた特別な日があります。しかし、これらに比べますとほとんど知られていない大切な日もあります。それがペンテコステであり、今日はそのペンテコステの日曜日です。この日がどれくらい大切かといいますと、この日なくして今日のキリスト教はありえないというほどにこの日はとても大切な日なのです。

ペンテコステとはギリシャ語で数字の5を意味する「ペンタ」と数字の10を意味する「コスト」の組み合わせで成り立っており、それは50を意味します。何が50かといいますと、このペンテコステはモーセがイスラエルの民をエジプトから救い出したことを記念する「過ぎ越しの祭り」の日から50日目が穀物の収穫を感謝する五旬節の日であると同時に、ちょうどその日はイエス・キリストが復活された日からも50日目に当たる日であったためにこの日をペンテコステと呼ぶようになりました。さぁ、それではそのペンテコステの日には何が起きたのでしょうか。聖書はエルサレムでキリストの弟子達に起きたことをこう記しています。

1五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、2突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。3また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。4すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した(使徒行伝2章1節-4節)。

この時、イエス・キリストは既に十字架にかかり、復活され、そして天におりました。イエスなき弟子達はエルサレムにとどまっておりました。その彼らの上に聖霊がのぞみ、彼らは聖霊に満たされたのです。聖霊とはまさしく神の霊であり、私達の目には見えませんが、私達のうちに臨み、私達が持ちえない力を私達に与えてくれます。この日に聖霊を受けた者達がイエス・キリストを力強く証するようになり、以降、教会がイスラエルを超えて世界の各地に建てあげられていくのです。この出来事はその時に偶然、起きたことではなく、「やがてこのことが必ず起こるから、あなたたちはこの日を待ち望め」とイエス様はくりかえし弟子達に語られていたのです。

聖書にはイエス・キリストが十字架にかけられ、死んで葬られ、三日目に死人のうちより甦られたと書かれています。そして、この甦られたイエス様が、天に昇られたということが使徒行伝1章には書かれています。その1章9節を見てみますと「こう言い終わると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった」という言葉を最後にイエス様は、目に見える形においては、弟子たちの前に姿をあらわすことはなくなるのです。

そのイエス様が天に昇る前に二つの約束を残して天にのぼられました。すなわち1章5節において「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう(使徒行伝1章4節、5節)と言われ、8節においては「ただ、聖霊があなたがたに下る時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう(使徒行伝1章8節)と言われました。

これらの二つのイエスの言葉には「~であろう」という言葉が語られています。つまり、それはその時にはまだ起きていないことでしたが、そのことは近い将来に必ず起きるだろうというイエス・キリストの言葉でした。さらにこのイエス様の「あろう」という言葉は使徒行伝のみならず、ヨハネによる福音書においてもイエス様は十字架に架けられる前からご自身の口を通して、繰り返し聖霊があなたがたの上にくだるだろうということを語りました。

「わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。それは、真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない」(ヨハネ14章16節―17節)

「わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それは私についてあかしをするであろう(ヨハネ15章26節)

「しかし、わたしは本当のことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もしいけば、それをあなたがたにつかわそう。それが来たら、罪と義と裁きについて、世の人の目を開くであろう(ヨハネ16章7節-8節)

「けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。御霊は私に栄光を得させるであろう。わたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるからである」(ヨハネ16章13節―15節)

イエス様は繰り返し弟子達に向かって「やがて助け主と呼ばれる聖霊があなたがたの元に来るであろう」と言われました。その時に、それはまだ起きておりませんでしたが、イエス様はその日は必ず来るから「聖霊を待ち望みなさい」と語られたのです。そして、これらの言葉の成就が冒頭にお話しした出来事であったのです。

使徒行伝1章3節を見るとイエス様は40日にわたり復活後の姿を度々、弟子たちに現わされたようです。死から復活した者と共に過ごすという、とても考えられないような経験をした弟子たちには、その驚くべき経験さえあれば、イエス・キリストを伝える揺るぎない強い確信が与えられたに違いないと私達は思います。そう、彼らが経験したことはそれほどに強烈な経験です。しかしイエス様は彼らにその経験だけを頼りに世界に出ていくことにストップをかけ、天来の助け主なる聖霊を待ち望むようにと言われたのです。そして、いよいよその約束の聖霊が彼らの上に臨んだのです。

はたして、このようにイエス様が何度も何度も約束なされ、その必要を説いた聖霊がなぜ私達には必要なのでしょうか。今日はこのことを知るために三つのことをお話ししたいと思います。1)キリストの証人となるための聖霊、2)真理を見分ける聖霊、3)助け主、慰め主なる聖霊ということをみていきます。

1)キリストの証人となるための聖霊

 使徒行伝1章8節を見ますとイエス様の約束として「ただ、聖霊があなたがたに下る時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となるであろう」と記されています。

イエス様は弟子たちに言われました。「ただ、聖霊が下る時、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となるであろう」。弟子たちは復活のイエス・キリストに出会っていたのです。イエス様と40日もの間、共に過ごしたのです。イエス様が十字架に架けられた直後に比べればまさしくその力100倍、勇気100倍でしょう。

しかし、イエス様は人の情熱の限界を知っていました。イエス様はかつて弟子達に言われていました心は熱しているが、肉体が弱いのであ(マタイ26章41節)。そうです、特別な経験はしばし彼らに情熱を与えますが、それはやがて消えていきます。彼らが力を受けて、地の果てにまでキリストの証人になりうる時というのは「ただ、聖霊が彼らに下る時」だとイエス様は言われたのです。熱意と決意によってあなたがたはキリストの証人となるのではない、聖霊があなた方の上にくだる時にのみ、あなたがたは真の力を得て、キリストの証人となりうるのだ、証人となり続けることができるのだというのです。

牧師になりまして早いもので21年が経ちました。その間、色々な経験をさせていただきました。経験というのは確かに宝物で、その経験ゆえに対応できることというものが確かにあります。しかし、同時にその経験の限界というものも日々、学んでいます。

牧師の仕事は私達の目に見えないお方を指さし、このところに私達が寄って立つべき人生がありますということを語り続けることです。皆さんの目の前に商品を置いて「さぁ、見てください、実際に手にとってみてください」とその商品を売り込むようなものではないのです。もし、皆さんが牧師が語る聖書の言葉を通してイエス・キリストを信じる、2000年前にこの地におられたお方の言動を自分自身と関係のあることとして受け入れるのなら、それは人間の業ではありません。そこには聖霊のはたらきがあるのです。

弟子達が「復活のイエスに俺たちは確かに会ったのだ!だから、あなたたちもこのイエスを信じなさい」と力強く、確信をもって話したとしても、その人達がイエス・キリストを信じる保証はないのです。この経験によって弟子達の心に灯った情熱の炎が後、 20年、30年と変わらずに弟子達の心にあり続けるということですら危ういのです。ましてやその時から500年、1000年、そして今日のように2000年も経てしまいますと、キリストの復活の影響力ということが保たれているということはありえないのです。ですからイエス様は何度も何度も弟子達に言われ、そして私達にも語りかけているのです。「聖霊を受けよ」と。この聖霊を受けて彼らは真にキリストの証人となり、今日もこの聖霊の御業により人々は信仰者となっているのです。

先に読みましたように聖霊が弟子達の上に注がれました時、そこには象徴的なことが起きました。すなわち「突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同が座っていた家いっぱいに響き渡った」とそこには書かれており、聖霊というお方を風のようなものと言い表しているのです。風は目に見えません。どこからきて、どこに行くのかも分かりません、しかし、私達は風が吹いていった後にその痕跡を見ることができます。そこにあって落ち葉が別のところに動いている。それは風が残した痕跡です。聖霊も私達の目には見えませんが、確かに私達と共にあり、この聖霊のあるところに神の介入があります。そして、この聖霊により頼むことを神は私達に求めておられるのです。私達の力が及ばない、限界と感じるようなところにこの聖霊ははたらくのです。二つ目のことです。

2)真理を見分ける聖霊

この聖霊についてヨハネ16章13節-15節には「真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう」と書かれています。

私達の世界はめまぐるしく動いています。私がアメリカにおりました80年代、日本に電話をかけるということは一大事で、半年ぐらいためこんだクォーターを公衆電話の前に並べて、時間を節約するために言うべきことを箇条書きにして数分間だけ家に電話しました。しかし、今や無料で何時間でも日本にいる家族と話しができるようになりました。いいえ、話だけではなく互いに顔を見ながら話すことができるようになりました。

あらゆる情報がものすごいスピードで世界を駆け巡り、情報収集ということにおいてはもはやどこにいるのかというような地理的なハンディーはなくなりました。青森に住む友人にサンディエゴに住んでいながら「九州でさっき地震があったよ」と言いますと、その青森の友人が「え、知らなかった」なんてことがあるのです。

このように無数の情報で満ちている世界にいるということは、その分、選択肢が増えるということで、そうなりますと諸々のことが相対化されていきます。すなわち「あれも良し、これも良し、その人が良ければなんでも良し」ということになります。。正しい、正しくないという判断はその人次第という時代です。そして、「その人がよければそれでよかろう」ということを私達は今日、「自由」と呼んでいます。

そんな今の時代、「真理」というような言葉は死語になりつつあります。特に日本ではこの「真理」という言葉をつけたカルト宗教団体が大変なテロ事件を起こし、以来、ますます「真理」という言葉はうさん臭く思われるようになりました。しかし、聖書は変わらず、聖霊は真理が何であるかを明らかにしてくれると言います。

「真理」などはない。真理は人の数だけある。あなたが正しいと思うことは真理なのだというのはとても魅力的で便利な主張です。しかし、はたしてそうでしょうか。「あなたが正しい」と思うことは本当に正しいのか。各々が自分が正しいと思うことをし始めたらこの世界はどうなっていくのか。もし各々が考えていることが全て真理なら、この世界はとっくの昔によくなっていることでしょう。しかし、現実は各々が掲げる真理の衝突がいたるところで起きています。この世界には何の罪もない人たちの上に爆弾を落としておきながら、自分は真理に従っているのだと人たちがたくさんいるのです。このような人の有様は既に旧約聖書の中でなされております。覚えていらっしゃいますか、聖書の時代の中で最悪の時代の一つと言われている士師の時代がどんな時代であったかを。そう、その時代に人々はおのおの自分たちの目に正しいと思うことを行った(士師記17章6節)と聖書は記しているのです。

この無数の情報が渦巻く世界にあって聖霊は私達に「それは違う」、「そうなのだ、それでいいのだ」ということを示してくださいます。たとえ多くの人が賛同することであっても、それとは違う道に進むべきなら、そのことを教えてくださるのが聖霊だというのです。主にある皆さん、この世界を生きるにあたって私達に本当に不可欠なことはこの聖霊が私達の目を開き、真(まこと)を教えていただくことです。三つ目の事です。

3)助け主なる聖霊

 そして、この聖霊は助け主だということがヨハネ16章7節-8節に記されています。「しかし、わたしは本当のことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もしいけば、それをあなたがたにつかわそう。それが来たら、罪と義と裁きについて、世の人の目を開くであろう(ヨハネ16章7節-8節)。

イエス様は十字架にかかられる直前にゲッセマネで祈りを捧げました。その時にイエス様は血が滴るような汗を流して祈られ、その時にわたしは悲しみのあまり死ぬほどである』(マルコ14章34節)と言われました。それは私達の想像を絶する苦しみです。その時にイエス様を励ましていたのは聖霊です。聖霊は目には見えない。しかし、私達と伴って私たちを助け、慰めて下さるのです。「イエスはエルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい」と弟子たちに言われました。イエスはこの弟子たちの前から目には見えない存在となる。今まで、共に歩んでいた師がいなくなる。しかし、その代わりに聖霊があなたちを慰める、その母がその子を慰めるように、聖霊が私たちを慰める。

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれない。人間とは人の間と書くが、実際は一人であります。家族や友人が私達といつも伴っているということにも限界がありますでしょう。しかし、聖霊はいつも私達共におり、私達を助け、慰め、力づけてくださるのです。

ローマ8章26節にもこう記されているではありませんか!「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けてくださる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなしてくださるからである」

 ここで聖霊を意味するギリシア語はパラクレートスといい、それは弁護者という意味があります。時に私たちが弱い時、どう祈ったらいいか分からない時に、聖霊ご自身、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちの代弁者となってとりなしていてくださるのです。私たちの祈りの弁護者となってくださるのです。たとえ一人を感じる時があったとしても、何かの不安に襲われている時も、聖霊は私達の慰め主としておられます。

弟子たちの目の前からイエスの姿は見える形ではいなくなりました。しかし、今や場所や時に限定されることはなく、聖霊は常に私たち共にあり、私たちを弁護し、慰めてくださるのです。私たちはこの聖霊と共に生涯歩むことができるのです。

今年のイースターは4月16日でしたから、その日から数えてちょうど50日目の今日はペンテコステの日曜日です。この日がどうして大切な日なのかお分かりいただけたと思います。なぜイエス様が弟子達にエルサレムにとどまり、聖霊を待ち望めと言われたかお分かりになったと思います。この聖霊を私達も必要としております。聖霊は私たちをしてキリストの証人とし、真理を見分けることを可能にしてくださり、我々を助けてくださるお方なのです。イエス様はこの聖霊がそのようにあまりにも素晴らしいお方であるがゆえに、彼らに何度も、この聖霊について語られたのです。聖霊を受けよと何度も勧められたのです。ですから私達も聖霊を受けましょう。

パウロはこの聖霊によって始まった宣教の力を忘れて、己が力により頼み始めた人々に向かって言いました。『御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか』(ガラテヤ3章3節)。主にある皆さん、思い起こせば私達があの日、あの時にイエス・キリストを信じたということもこの聖霊の力によるのです。聖書に『聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない』(1コリント12章3節)と書かれているとおりです。

私達は各々、今、直面していることに己の力を尽くして向き合っていることでしょう。しかし、いかがでしょうか。聖霊の存在を忘れていることはありませんか。イエス様は弟子たちの情熱、すなわち彼らの肉の力にその宣教の前進を委ねませんでした。そうです、イエス様は彼らが聖霊を受けるまで待つこと、そして、その力によって歩みだすことを強く強く、何度も何度も願われたのです。ですから私達も聖霊と共に、聖霊に導かれて日々を歩んでまいりましょう。お祈りしましょう。

Why do we need the Holy Spirit?

June 4th 2017

In Christianity, Christmas and Easter are the well-known special days, in general.  However, there is a hardly known day that compares to these two days, in importance. That is Pentecost, and today is Pentecost Sunday.  Let me say how important this day is; without this day, today’s Christianity wouldn’t exist. It’s has that much importance.

The word Pentecost is combination of Greek language number 5 “penta” and number 10 “cost”, it means 50.  Let me explain to you what this 50 means. Pentecost is the 50th day after Passover, a memorial of Moses rescuing the Israelites from Egypt, and the day of Pentecost is to be thankful for the harvest of grains. At the same time, that day was the 50th day from the day Jesus Christ was resurrected.  Therefore, this day is called Pentecost. Well, what happened on that Pentecost?  The Bible records the things that happened to Jesus’ disciples in Jerusalem.

When the day of Pentecost came, they were all together in one place.2 Suddenly a sound like the blowing of a violent wind came from heaven and filled the whole house where they were sitting. 3 They saw what seemed to be tongues of fire that separated and came to rest on each of them. 4 All of them were filled with the Holy Spirit and began to speak in other tongues as the Spirit enabled them. (Acts 2: 1-4)

When this happened, Jesus Christ was already crucified, and then resurrected, and then he was in heaven.  The disciples, without Jesus, remained in Jerusalem. The Holy Spirit was upon them, and they were filled with the Holy Spirit.  The Holy Spirit is definitely a ghost of God so that we can’t see him with our eyes, but he is within us and gives us the power that we can’t have.   The people who received the Holy Spirit came to testify Jesus Christ powerfully, and ever since, churches have been built all over the world, beyond Israel. This event didn’t happen accidentally, at that time. Jesus repeatedly told his disciples that “Soon this thing will happen, so look forward to this day.”

The Bible says that Jesus was crucified, died and buried, and on the third day he was resurrected. And then, The Book of Acts chapter 1 says that resurrected Jesus ascended to heaven. The Chapter 1 verse 9 says

9 After he said this, he was taken up before their very eyes, and a cloud hid him from their sight. (Acts 1:9)  

After that, Jesus didn’t appear in front of his disciples in a visible form again. Jesus left two promises to his disciples before he went to heaven, and then he rose to heaven.  That is, in Acts chapter 1 Verse 5, Jesus said that

“Do not leave Jerusalem, but wait for the gift my Father promised, which you have heard me speak about. 5 For John baptized with water, but in a few days you will be baptized with the Holy Spirit.” (Acts 1:4-5)

And then, in verse 8, he said  But you will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth.” (Acts 1:8) 

In these verses, Jesus used the word “will”. That is, it wasn’t happening at that time, but Jesus said that it would definitely happen in the future.  Moreover, Jesus said the word “will”, not only when the book of Acts recorded that Jesus used the word “will” in his messages to his disciples, but also the book of John recorded that Jesus was telling his disciples over and over that the Holy Spirit will come on them before he was crucified.

16 And I will ask the Father, and he will give you another advocate to help you and be with you forever—17 the Spirit of truth. The world cannot accept him, because it neither sees him nor knows him.  (John14:16-17)

26 “When the Advocate comes, whom I will send to you from the Father—the Spirit of truth who goes out from the Father—he will testify about me. (John 15:26)

7 But very truly I tell you, it is for your good that I am going away. Unless I go away, the Advocatewill not come to you; but if I go, I will send him to you. 8 When he comes, he will prove the world to be in the wrong about sin and righteousness and judgment: (John 16:7-8)

13 But when he, the Spirit of truth, comes, he will guide you into all the truth. He will not speak on his own; he will speak only what he hears, and he will tell you what is yet to come. 14 He will glorify me because it is from me that he will receive what he will make known to you.  (John 16:13-14)

Jesus told his disciples over and over that “Soon, the holy spirit, called advocate, will come to you.”  It had not happened at the time Jesus told them, but Jesus stated that the day will definitely come, so look forward to the Holy Spirit.  The accomplishment of Jesus’ words was the story I talked about in the beginning.

According to Acts chapter 1 verse 3, Jesus appeared in front of his disciples frequently, for 40 days after his resurrection.  We think that the disciples must have had a strong determination to tell others of their extraordinary experiences about Jesus, because they spent time with someone who was resurrected.  Yes, what they experienced, was a vivid and shocking experience.

However, Jesus prohibited them from going into the world only with the experience, and told them to look forward to the arrival of the Holy Spirit, the Advocate of the heaven. And then, finally, the promised Holy Spirit from came upon the disciples.

Why do we need the Holy Spirit, whom Jesus promised to his disciples and told them the necessity of it, over and over.  Today, I would like to talk to you about three things in order to understand why we need the Holy Spirit.

  1. The Holy Spirit, in order for us to become Christ’s witness
  2. The Holy Spirit, who distinguishes the truth
  3. The Holy Spirit, our advocate and comforte

 

  1. The Holy Spirit, in order for us to become Christ’s witness

Acts 1:8 records Jesus’ promise as   8 But you will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth. (Act 1:8)

Jesus told his disciples that But you will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth.”

The disciples encountered the resurrected Jesus.  Jesus spent 450 days with his disciples. Their strengths and courage must have increased, more than 100 times, compared to right after Jesus was crucified.

However, Jesus knew the limits of human’s passion.  Jesus used to tell his disciples that “The spirit is willing, but the flesh is weak.” (Matthew 26:41) That’s right, the special experiences give us passion, but soon it will diminish. Jesus said his disciples will receive the power and become his witness “But you will receive power when the Holy Spirit comes on you” 

Only when the Holy Spirit comes on you, will you receive the true power, and then become Christ’s witness, and continue being his witness. Not by your passion or decision.

It has been 21 years since I became a pastor.  I have experienced so many things over the years.  Surely, life experiences are treasures. Because of these experiences and based on it, I was able to deal with different situations at the time.  However, I have learned that there is a limit in what you can do from your own experiences.

A pastor’s job is to point at someone invisible to us and keep preaching that we have the life here that we gather and stand for. It’s not like displaying and selling products in front of you, and tell you to take a look at the product in your hand and then sell the product to you.  If you believe in Jesus Christ through the words of the Bible in the pastor’s sermon, and you accept the words and actions of Jesus from 2000 years ago as they relate to yourself, that is not the work of humans; The Holy Spirit is working on you.

There was no guarantee that people would believe in Jesus Christ, even if Jesus’ disciples powerfully and enthusiastically said “I surely met resurrected Jesus so you must believe in Jesus Christ, too.”  It was even doubtful that these disciples’ passion would remain in 20, 30 years, from that time.  There’s no way that after 500, 100 years, from the time, and today 2000 years after the influence of resurrected Jesus remains the same. That’s why Jesus told his disciples over and over to receive the Holy Spirit.  They received the Holy Spirit and truly became Christ’s witnesses and today people become believers by the work of the Holy Spirit.

As I read to you in the beginning, when the Holy Spirit came on the disciples, the symbolic thing happened. That is “Suddenly a sound like the blowing of a violent wind came from heaven and filled the whole house where they were sitting. It describes the Holy Spirit, as like the wind.  We can’t see the wind. We don’t know where it is coming from and where it is going, but we can see the trace of the wind after it is gone. Falling leaves are moved to different locations by wind.  That is the trace of the wind.  We also can’t see the Holy Spirit, but surely he is with us, and when the Holy Spirit is present, there’s God’s involvement.  And God wants us to rely on the Holy Spirit when we feel powerless and have reached our limits, the Holy Spirit’s work has come upon us.

  1. The Holy Spirit, who distinguishes the truth

John 16:13-15 says about this Holy Spirit as when he, the Spirit of truth, comes, he will guide you into all the truth. (John 16:13)

Our world goes on rapidly.  In the 1980’s, I was living in the US.  It was a big deal to make an international phone call from the US to Japan.  I saved up quarter coins for about 6 months in order to make an international phone call from a payphone.  Pilling up those coins on the payphone, I made a bullet points list of what I wanted to talk about in order to save time and money, and called home for just a few minutes.  But, nowadays we can talk to our family in Japan for many hours, for free.  We can even look at each other’s face by video chat.

Much information goes by us at high speed. In terms of collecting information, it really doesn’t matter where you are, geographically. For example, when I, who lives in San Diego, told my friend, who lives in Aomori(Northern Japan) “There was an earthquake in Kyushu (Southern Japan).” , the friend said “Oh, I didn’t know about it.”

Like this situation, living in the world filled with unlimited information means we have more choices to choose from, then all things will be relativizing.  That is “That is good.  This is good, too.  As long as the person is fine with it, everything is good.”

This is the era, the decisions of what is right and wrong, is depends on each individual. And, “As long as the person is happy with it, it is good.” We call it “freedom”.

In such current times, the word “truth” is dying out.  Especially in Japan, a cult group who use the word “truth” in their name did an infamous terrorist attack (in the mid1990’s).  Ever since, the word “truth” is a shady word to Japanese people.

However, the Bible still tells that the Holy Spirit makes it clear what the truth is.

The truth doesn’t exist. We each have our own truth. It’s convenient and attractive to say that, what you think is right is the truth.  But, is that so?  Is what you think is right really right?  What would happen to the world if we all started doing what we each think is right?  If what each of us think is right was right, this world would have been turned into a better place a long time ago.  However, in reality, each other’s truth crushes everywhere.  In this world, there are many people who claim that they follow their truth, while they drop bombs on innocent people.  The behavior of such people already described in the Old Testament.  Do you remember what kind of time the time of Judges was, one of the worst time periods in the history of the Bible?  Yes, the Bible says “In those days Israel had no king; everyone did as they saw fit.” (Judges 17:6)

In this world, surrounded by unlimited information, the Holy Spirit points us  “that is wrong.” “that is right. That’s ok.”  The Holy Spirit will tell you that you should proceed to a different direction even if many people agree with something else.  Brothers and sisters in Christ, what an essential thing  for us to live is that  let the Holy Spirit open our eyes and let him teach us the truth.

  1. The Holy Spirit, our advocate and comforter.

And, John 16:7-8 says that the Holy Spirit is the advocate.  7 But very truly I tell you, it is for your good that I am going away. Unless I go away, the Advocatewill not come to you; but if I go, I will send him to you. 8 When he comes, he will prove the world to be in the wrong about sin and righteousness and judgment: (John 16:7-8)

Jesus prayed at Gethsemane right before he was crucified. Jesus pore blood like dripping sweat when he was praying and he said34 My soul is overwhelmed with sorrow to the point of death,” (Mark 14:34)  This was suffering beyond our imagination.  What encouraged Jesus at that moment was the Holy Spirit.  We can’t see the holy Spirit, but he stays with us, helps us, and comforts us.  Jesus told his disciples that “Do not leave Jerusalem, but wait for the gift my Father promised, which you have heard me speak about”

Jesus became invisible to his disciples after that.  They lost the teacher who walked along with them all this time. However, instead of Jesus, the Holy Spirit will comfort you like a mother comforts her child, the Holy Spirit will comfort you.

One philosopher said that “humans are loners. We are all alone.” Surely, he may be right.  In reality, we are alone.  Our family and friends can’t be with us 24/7, but the Holy Spirit is always with us, helps us, comforts us, and encourages us.

Romans *:26 also says that26 In the same way, the Spirit helps us in our weakness. We do not know what we ought to pray for, but the Spirit himself intercedes for us through wordless groans. (Romans 8:26)

In the Greek language, Paracleteis is used to describe this Holy Spirit; It means advocate.  The Holy Spirit himself becomes our advocate, the Spirit helps us in our weakness. We do not know what we ought to pray for, but the Spirit himself intercedes for us through wordless groans. He is the advocate when we pray.  The Holy Spirit will be with us even if we feel alone and feel anxious.

Jesus iss gone and no longer visible to his disciples.  However, the Holy Spirit is always with us and becomes our advocate, and comforts us.  We can pursue our lives with this Holy Spirit.

This year’s Easter was April 16th.  Thus, the 50th from that day is today, the day of Pentecost.  Now, you know how important this day is.  I think you understand why Jesus told his disciples to remain in Jerusalem,and wait for the Holy Spirit.  We also need this Holy Spirit.  The Holy Spirit makes us become Christ’s witness and makes it possible for us to distinguish the truth, and help us.  Jesus told his disciples about the Holy Spirit over and over because he knew how wonderful the Holy Spirit is.  Jusus told them to receive the Holy Spirit.  Therefore, we shall receive the Holy Spirit as well.

Paul said to the people who forgot the power of ministry, which was started by this Holy Spirit, and began to rely on their own strength.  After beginning by means of the Spirit, are you now trying to finish by means of the flesh? (Galatians 3:3)  Brothers and sisters in Christ, when you remember that day, that time you came to believe Jesus Christ, it was  caused by the power of the Holy Spirit.  Just like the Bible says no one can say, “Jesus is Lord,” except by the Holy Spirit. (1 Corinthians 12:3)

We all are using our full strength in order to face our current situations.  But, what do you think? Don’t we sometimes forget about the existence of the Holy Spirit?  Jesus did not rely on his disciples’ passion, that is, their flesh’s strength, for the progress of the ministry.  That’s right, Jesus strongly hoped for his disciples to wait to receive the Holy Spirit, and to walk strongly with the power of the Holy Spirit over and over. Therefore, we shall live our daily lives with the Holy Spirit, and lead by the Holy Spirit.

Let us Pray.

Translated by the Scarlett Family

本日のおもちかえり
2017年6月4日

 1)使徒行伝1章4節、5節、使徒行伝1章8節、ヨハネ14章16節―17節、ヨハネ15章26節、ヨハネ16章7節-8節、ヨハネ16章13節―15を読みましょう。ここからイエス様は何を弟子達に伝えようとしていることが分かりますか。

 

2)あなたが復活したイエス様と今日、出会い、会話までしたとします。この経験はあなたにとってどれほど大きなものですか。この経験によってあなたはどんな力を得ますか。この経験は不動のものですか。心は熱しているが、肉体が弱いのであ(マタイ26章41節)という言葉は何を意味しますか。

 

3)使徒行伝1章8節を読みましょう。弟子達は復活のイエスに出会っていながら、イエス様はその経験から得た情熱により弟子達を遣わしませんでした。なぜイエス様は「ただ聖霊があなたがたに下る時」と言われたのでしょうか。

 

4)人々はおのおの自分たちの目に正しいと思うことを行った(士師記17章6節)というような世界に私達は暮らしています。このような世界はどんな様相となりますか。

 

5)ヨハネ16章13節-15節には「真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう」と書かれています。私達が暮らすこの世界において真理を知ることはなぜ大切ですか。

 

6)ヨハネ16章7節―8節、ローマ8章26節を読みましょう。ここで聖霊はなんと呼ばれていますか。聖霊は私達をどのように助けてくれますか。

 

7)『聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない』 (1コリント12章3節)ということはどういうことですか。

 

8)あらためて、なぜイエス様は弟子達に聖霊を待ち望むように言われたのでしょうか。あなたはこの聖霊を必要としていますか。

 

 

 

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