アダム&エバ:さいわいに気がつく大切さ

アダムとエバは神様お墨付きの最高の環境におりながら、最悪のことを引き起こしました。最悪のことは最悪の環境だけで起きるのではなくて、最高の環境の中でも起こりうるのです。そして、それを防ぐ方法もあるのです。

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幸いな時も 試みの時も
アダムとエバ
さいわいに気づく大切さ
2015年11月15日

ヨハネによる福音書から「キリストを知る」という連続メッセージが先週、終わりました。そこで今日からは私達の今年の年間標語である「健やかな時も、病む時も、豊かな時も、貧しき時も」にそくして「幸いな時も、試みの時も」ということをテーマにして聖書に登場する人物を見ていきたく願っております。

そのまず一回目として見ていきたい人はアダムとエバです。創世記は人類一番最初の男女である彼らを神様が創造されたと記しています。彼らだけが他の被造物とは異なり、神のかたちに造られ、彼らは既に備えられていたエデンの園において、そこにある全てのものを喜び、楽しみ、暮らすことが許されました。そのような意味で彼らは最高の環境に置かれていました。

7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。8主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。9また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた』(創世記2章7節‐9節)。

神様は天地創造を終えられました時、眼下に広がるご自身の創造物を見て「はなはだよかった」(創世記1章31節)と言われました。その様はおそらく芸術家が自分の作品を作り終えて、しみじみとその作品を眺めながら、十分に満足のいく、どこにでも出すことができる自信作ができたという思いをもつようなことに通じるものでありましょう。ということは私達が自然の美しさに驚嘆する時、それが夕陽であったり、海の青さであったり、動物たちの驚嘆するような営みに感動する時に私達は神様が「はなはだよかった」と呼ばれたものに共感しているということになのです。

そして、驚くべきことは私達人間もこの神の被造物の一つであり、もともとは神様が「よかった」と評価されている者なのです。損得抜きの、また本能に逆行するような犠牲愛というようなものを私達が互いの内に見る時に、私達はその時、神様が言われた「よかった」の一端を人間の内に見ているのです。

アダムは初めの人として、神によってこの地にあらわれました。その時に、既にアダムには心というものがあり、その心を知る神は彼にパートナーとなるエバをお与えになりました。彼らは当初、神の最高傑作として、神のお墨付きである最高の環境の中に生まれたのです。しかしながらこのアダムとエバは最高の環境の中で問題を起こしたのです。サタンなるものが蛇のかたちをとってアダムとエバに近づいたのです。

1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。2女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、3ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。5それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。6女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。7すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。8彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した(創世記3章1節-8節)。

そうです、最高の環境の中で最悪のことが起きたのです。今朝、私達はこのことを心に刻みたいと思うのです。

そもそもなぜ神様は園に禁断の木を置いたのでしょうか。それがなければアダムとエバは問題を起こす必要がありませんでしたでしょう。しかし、私達がこの木が置かれた意味を思います時に、気がつかされることは、このような木がない限り、アダムとエバが自主的にどれだけ神が言われた言葉に信頼しているのか、どれだけ神を愛しているのかということを知る術はありませんでしょう。人間だけが「神のかたちにつくられた」というところの意味は、このように人間だけが神と愛と信頼によって成り立つ関係を築きうるものであるということだったのです。それゆえに無数に生息している木々の中に一本の、そうたった一本の禁断の木をお与えになったのです。

この園にあるもの全てに対して神様は彼らにそのマネージメントを委ね、彼らの思いのままにそこにある植物を食べてもよいと言われました。それらは彼らにとって最高、十二分なるものであり、言うまでもなく、それらだけで彼らは生きることができたのです。そのような意味でこのエデンの園に暮らす彼らは「さいわいな時」を過ごしていました。しかしながら神様のお墨付きがついた申し分のない最高の環境の中で、たった一つの不足にアダムとエバの心は捕われたのです。このようにアダムとエバを見ていますと、これが人間の姿であり、私達はそこに自分自身の姿を見出だしはしないでしょうか。

あのイスラエル二代目の王ダビデが自分の部下の妻との姦淫の罪を犯した時も、まったくこのアダムとエバと同じような状況にいたということを私達は知っています。その時、彼の治めるイスラエルの軍隊は彼らと神様が共にいたゆえに、向かうところ敵なしで、もはや自ら戦の陣頭指揮をとるまでもなく、昼間から彼は王宮で昼寝などをし、その眠りから目覚めた夕暮れ時、王宮のバルコニーに出てきた時に水浴びしている部下の妻を見たというところから大きな過ちを彼は起こすのです。

このダビデの過ちを指摘したナタンの言葉はアダムとエバが置かれていた最高の状況に通じるものがあるではないですか。

1主はナタンをダビデにつかわされたので、彼はダビデの所にきて言った、「ある町にふたりの人があって、ひとりは富み、ひとりは貧しかった。2富んでいる人は非常に多くの羊と牛を持っていたが、3貧しい人は自分が買った一頭の小さい雌の小羊のほかは何も持っていなかった。彼がそれを育てたので、その小羊は彼および彼の子供たちと共に成長し、彼の食物を食べ、彼のわんから飲み、彼のふところで寝て、彼にとっては娘のようであった。4時に、ひとりの旅びとが、その富んでいる人のもとにきたが、自分の羊または牛のうちから一頭を取って、自分の所にきた旅びとのために調理することを惜しみ、その貧しい人の小羊を取って、これを自分の所にきた人のために調理した」(サムエル記下12章1節-4節)

ダビデは一国の王として、飛びぬけて豊かで、彼が望むものは全てを持っていたことでしょう。しかし、彼は部下のたった一人の大切な妻に手を出し、彼女はダビデの子を身ごもり、その部下を戦いの最前線に送り、戦死させるのです。今日は割愛しますが、ダビデは自分がなしたこれらのことに対して、後に大変な苦しみを通らなければならなくなったのです。

アダムとエバは豊かに実を結ぶ無数の木に囲まれながら、禁じられていた一本の木の実に手を出してから、その心に恐れと羞恥心が生まれ、エデンの園を追われていき、地にさまようのです。その後の彼らがどんな人生を送ったか、その詳細は聖書に記録されてはおりませんが、この夫婦がかつてエデンの園に暮らしていた時を思い起こす時に、二人はきっとこう語り合ったのではないでしょうか。「あの時が私達の人生の最高の時であった。神の祝福が存分に注がれていた。しかし、私達はその祝福を忘れて、あの禁断の実に手を出してしまったのだ」と。そう、彼らは既に注がれている神の祝福に気がつかなかったのです。

ダビデも思ったことでしょう。「あの時が私の人生の最高の時であった。神様の祝福が私の上に存分に注がれていた。しかし、私はあの時、その祝福を忘れ、部下の妻を呼び寄せてしまったのだ」と。ダビデは既に注がれている神の祝福に気がつかなかったのです。

来週はサンクスギビング礼拝ですね。その名の通り、その日を語るには神様への感謝を抜きには語れませんでしょう。そして、これまでお話ししてきましたアダムとエバ、そしてダビデの失敗を考えます時に、彼らが最高の環境に置かれながらなしてしまったことに対する処方性は一つしかありませんでしょう。そうです、それは日々の生活に感謝をすることです。感謝が失われる時、私達のさいわいな時は、いくらでもさいわいとは程遠い時になりうるのです。あの時、蛇は何をもってアダムとエバに迫りましたか。そうです、蛇が二人の前にちらつかせたのは「不満」という思いだったのです。彼らが禁断の実に手を伸ばすためには、彼らの心から感謝を締め出し、不満をその心に押し込めるだけで十分だったのです。

私達にとりまして環境はとても大切なものであり、私達は常にさらによい環境をということを目指します。そして、それは決して悪いことではありません。しかし、たとえ完全な環境の中に身を置きましても私達の内には常に不足や不満を見出す心があるということを私達は知らなければなりません。

ですから今朝、私達は心に刻みましょう。「さいわいな時も、試みの時も」という言葉の「さいわいな時」が本当にさいわいな時であり続けるためには既に受けている日毎の神様の恵みに気がつき、それに感謝をし続ける以外にないということを。

ダビデが先の失敗を経験した後、おそらく、その晩年に残したであろう歌が詩篇103篇です。彼はその経験を通して、自分に必要不可欠なことはこのことなのだということを歌っています。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」 (詩篇103篇1節から2節(新改訳))

ここには普通に読めば読み過ごしてしまう言葉があります。それはダビデが誰に向かって「主をほめたたえよ。聖なる御名をほめたたえよ。主をほめたたえよ」と言っているのかということです。そうです、彼は「わがたましいよ、わがたましいよ」と自分の魂にむかって、「自分のうちにあるすべてのもの」に向かって彼は主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」と叫んだのです。

この言葉は神様が自分によくしてくださっていることを日々、思い起こし、それに対して常に感謝して生きよということです。そして、この心構えと共に生きたダビデの背中を生まれた時から間近に見ていた人、ダビデの王位を継いだ、息子のソロモンは箴言4章20節から27節にこんな言葉を書き残しています。

20わが子よ、わたしの言葉に心をとめ、わたしの語ることに耳を傾けよ。21それを、あなたの目から離さず、あなたの心のうちに守れ。22それは、これを得る者の命であり、またその全身を健やかにするからである。23油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。(箴言4章20節-27節)

 この23節を文語訳聖書はこう記しています。「すべての守るべき者よりもまさりて汝の心を守れ」。また新改訳聖書は「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ」と記しています。すなわち己の心を守ることは、他の全てのことよりもまず第一に優先すべきことなのであり、私達は力の限り、自分の心を見張る必要があるのだというのです。

 ソロモンは常日ごろ、父ダビデが自らの魂に語りかけている言葉を聞いていたのでしょう。まさしく自分の胸をたたくかのようにして、わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるなと唱え続ける父の姿です。そのことを唱えつ続けるダビデの生活の中にソロモンは、そこに人が神の前に生きるべき道を見出したのでしょう。

そしてソロモンはその父の姿からを悟ったのでしょう。「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである」(箴言4章23節)と。ソロモンは自分の父がエルサレムの城壁や兵力を補強することよりも、物見やぐらから敵を始終、見張ることよりも、まず自分の心を守ることに細心の注意を払っていたということ、なぜなら命の泉はその心から流れ出るものであり、そのところが守られているのなら、他の諸々のことからも守られるということを目の当たりに見続けてきたのです。

イスラエルという国はレバノン、ヨルダン、シリアという国に囲まれた小国です。そして、かつてその領有権を争ってこれらの国とかつては戦火を交えました。その時の主戦場になったのがイスラエル北西にあるゴラン高原です。人々はこの高原の所有権を勝ち取ろうとしました。彼らはなぜゴラン高原を欲しがったのでしょうか。なぜなら、ゴラン高原はガリラヤ湖と隣接しており、そこに流れる川の源流を有する場所だからです。

ご存じのようにイスラエルは乾燥地帯で水を確保することが困難な場所です。その国でゴランを制するということはイスラエルの水源を制するということで、それはイスラエルの生命線を握るということになるからです。そこを治めることはイコール、イスラエルを支配下に置くことができるということなのです。

そうです、水が湧き出るところ、泉を治めるところをいかに掌握するかというところが勝敗の行方を決めるのです。ダビデもソロモンもその水が湧き出る水こそが自分の心であることを知り、その心が常に神のなしてくださったことを忘れずに、感謝と共に生きるということに焦点をあてて生きることの幸いを歌っているのです。

既に与えられている神の恵みを忘れ、感謝を忘れる時に、私達は暴走し、とんでもないことをし始めます。私達の心はすぐに不満に支配されうるのです。不満に実権を握られた心を想像してみてください。そこから出てくるものに良きものを見出だすことができますか。いいえ、そこから湧き出てくる者は私達を窮地へと追い込むことでしょう。しかしその泉からわく水が感謝で満ちていたらどうですか。そこから湧き出てくる者は私達を引き上げるのみか、周りにいる者達の心をも潤していくことでしょう。

アダムとエバの息子達、その兄は弟を殺します。親にとりましてこれ以上の痛みがありますでしょうか。その時に神様は弟を殺した兄に語るのです。『罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません』まさしく、その言葉は彼の父母があの禁断の実を前にして聞くべき言葉だったのです。彼らはこの言葉どおりに、彼らの心の門口に待ち伏せていた、彼らを慕い忍び寄ってきた囁きに誘われてあの実を食べてしまったのです。

そうです、この誘いが私達にもすり寄ってきます。その門口にまで迫り、私達を慕っています。ゆえに私達は油断することなく、私達の心を守らなければならないのです。朝に夕に、ダビデのように「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」 (詩篇103篇1節から2節(新改訳))と言い続ける生涯こそが、私達の生きるべき道なのです。お祈りしましょう。

For Better or for Worse
The Importance of Knowing God’s Blessing
Adam and Eve
November 15th 2015

We finished our study series “knowing Christ” on the Gospel According to John last week. From today, we will start a new study series “For better or for worse” in line with our annual motto “For richer, for poorer, in sickness and in health”. We will look into the people from the Bible along with the theme, “For better or for worse”.

The first characters of the series are Adam and Eve. Genesis records that God created the first man and woman. Unlike other creatures, only they were created in God’s likeness, by God. God allowed Adam and Eve to live in the Garden of Eden, and to cherish and to enjoy everything there. They were in the perfect environment.

7 Then the Lord God formed a man[c] from the dust of the ground and breathed into his nostrils the breath of life, and the man became a living being.8 Now the Lord God had planted a garden in the east, in Eden; and there he put the man he had formed. 9 The Lord God made all kinds of trees grow out of the ground—trees that were pleasing to the eye and good for food. In the middle of the garden were the tree of life and the tree of the knowledge of good and evil. (Genesis 2: 7-9)

When God finished and saw all the creation that he had made, he said “it was very good”(Genesis 1: 31). It’s probably like an artist that looks at his finished artwork and is satisfied with his masterpiece. That means, when we are impressed and amazed by beautiful natural things, such as sunset, the blue ocean, and animals’ behaviour, we sympathize with God’s statement “it was very good”.

And, surprisingly we humans are one of his creations; God initially said “it was very good.”
When we see sacrifice and affection in us, without gain or loss that is against our human nature, we see some of what God said in us, in humans.

Adam was created on earth, by God, as the first man. Adam already had had a heart then, knowing that God gave him a partner, Eve. In the beginning, they were born in the perfect environment as God’s masterpiece. However, Adam and Eve created a problem in this perfect environment. Satan used a serpent and approached Adam and Eve.

3 Now the serpent was more crafty than any of the wild animals the Lord God had made. He said to the woman, “Did God really say, ‘You must not eat from any tree in the garden’?”
2 The woman said to the serpent, “We may eat fruit from the trees in the garden, 3 but God did say, ‘You must not eat fruit from the tree that is in the middle of the garden, and you must not touch it, or you will die.’”
4 “You will not certainly die,” the serpent said to the woman. 5 “For God knows that when you eat from it your eyes will be opened, and you will be like God, knowing good and evil.”
6 When the woman saw that the fruit of the tree was good for food and pleasing to the eye, and also desirable for gaining wisdom, she took some and ate it. She also gave some to her husband, who was with her, and he ate it. 7 Then the eyes of both of them were opened, and they realized they were naked; so they sewed fig leaves together and made coverings for themselves.8 Then the man and his wife heard the sound of the Lord God as he was walking in the garden in the cool of the day, and they hid from the Lord God among the trees of the garden. (Genesis 3:1-8)

That’s right. The worst thing had happened in the perfect environment. We want to keep this situation in mind, this morning.

Why did God put the forbidden tree in the garden in the first place? Adam and Eve probably didn’t have the ability to cause any problems, without the tree. However, when we think about the reason of placing this kind of tree in the garden, we realize that there was no way to measure how much Adam and Eve trust God’s word, and love God voluntary, without placing the tree like this. Only mankind was created “in God’s image”, that is only mankind could build a relationship with God based on love and trust. Hence, God placed only one forbidden tree among countless trees.

God let them rule over everything in the garden, and allowed them to eat the plants. That was the perfect situation, and they had more than enough food in which to live on. At that point, Adam and Eve were living “for better” in the Garden of Eden.

We know that David, the second king of Israel, was in the same situation as Adam and Eve when he committed adultery with a wife of his servant. At that time, the Army of the Israelites that David ruled was invincible, because God was with them. Therefore, King David himself didn’t take charge in battles, any longer. Instead, one evening, he made a big mistake when he saw one of his servant’s wives bathing from the roof, after he got up from his nap.

Nathan’s word points out David’s big mistake, which has much in common with Adam and Eve, in the perfect situation.
12 The Lord sent Nathan to David. When he came to him, he said, “There were two men in a certain town, one rich and the other poor. 2 The rich man had a very large number of sheep and cattle, 3 but the poor man had nothing except one little ewe lamb he had bought. He raised it, and it grew up with him and his children. It shared his food, drank from his cup and even slept in his arms. It was like a daughter to him.4 “Now a traveler came to the rich man, but the rich man refrained from taking one of his own sheep or cattle to prepare a meal for the traveler who had come to him. Instead, he took the ewe lamb that belonged to the poor man and prepared it for the one who had
come to him.” (2 Samuel 12:1-4)

King David was exceedingly wealthy, and he probably had everything he desired. However, he had an affair with his servant’s wife, and she conceived his child. Then, David sent the servant to the front of a battle and let him die. We will omit the story about David, but he suffered greatly later in his life, because all of these things that he had done.
In spite of being surrounded by countless, fruitful trees, Adam and Eve ate the fruit of the forbidden tree, and as a result, they felt fear and shame. They were banished from the Garden of Eden, and they wandered in the land. The details of how Adam and Eve lived their lives after that is not recorded in the Bible, but if they remembered when they lived in the Garden of Eden, they would probably say that “That was the best time of our lives. We had God’s blessings. But, we took these blessings for granted, and ate the forbidden fruit.”
David probably thought the same thing. “That was the best time in my life. God’s blessings, upon me. But, I took for granted his blessings, and I had an affair with my servant’s wife.” David did realize that God’s blessings were on him already.
We will have a Thanksgiving service next week. As you can tell, we can’t talk about Thanksgiving Day without thanking God. When we think about the mistakes made by Adam and Eve, and David despite being in the prefect environment, the only prescription to overcome the situation is to be thankful for the daily life we have. When we lose our gratitude to God for our blessings, the blessing moments can be far from the blessings. How did the serpent approach Adam and Eve in the Garden of Eden? Yes, the serpent was dangling the feeling of “dissatisfaction” in front of them. In order to make Adam and Eve reach out for the fruit of forbidden tree, the only thing the serpent had to do was to remove their gratitude of God, and to make them feel the emotion dissatisfaction.
The environment is very important to us, and we always search for a better environment. And, it’s not a bad thing. However, we must keep in mind that we always have the feeling of deficiency and dissatisfaction within us, even if when we were in the perfect environment.

Therefore, we shall keep in mind that the only way to maintain “for better” time, from the word, “for better or for worse”, we must recognize God’s blessings that we have every day, and keep being thankful to God.

Psalm 103 is a song David wrote, probably later in his life after David experienced his mistake. He sings about the necessary thing for him, that he found through the experience.
1 Praise the Lord, my soul;
all my inmost being, praise his holy name.
2 Praise the Lord, my soul,
and forget not all his benefits— (Psalm 103:1-2)
There are a few words we almost skip over if you don’t read it carefully. That is to whom David was saying “Praise the Lord. Praise his holy name. Praise the Lord.”
Yes, he shouted to himself “My soul, my soul” and “to all my inmost being” forget not all of God’s benefits.
The meaning of the words is to live our daily lives by not forgetting the good things God does for us, but always be thankful for them.
And, King Solomon, the son of King David, who grew up seeing his father’s attitude as shown in this psalm, wrote the following words in Proverbs 4:20-23.

20 My son, pay attention to what I say;
turn your ear to my words.
21 Do not let them out of your sight,
keep them within your heart;
22 for they are life to those who find them
and health to one’s whole body.
23 Above all else, guard your heart,
for everything you do flows from it. (Proverbs 4:20-23)

Bungoyaku seisyo文語訳聖書(Literary translation) says, “Guard your heart above all else ” *Just like NIV in English. Also, shinkaiyaku seisyo 新改訳聖書 (New Revised Version) says, “With all your power, guard, and watch over your heart.” That is to say, To guard your own heart is the first priority over all other things so that you need to guard your heart with all your power.

I assume that King Solomon heard the words that his father, David, was telling his own soul all of the time. Looking at his father who kept telling himself “Praise the Lord, my soul,
and forget not all his benefits” as if he is hitting his own chest, Solomon found out how people should live before God.
And then, by looking at his father, Solomon realized that “23 Above all else, guard your heart,
for everything you do flows from it.”
First, pay attention to guard your own heart, above either reinforcing a castle wall and military power of Jerusalem, or keeping watch over the enemy from a watchtower because everything you do flows from your heart. If your heart is guarded, you will be guarded from all other things.

Israel is a small country which is surrounded by Lebanon, Jordan, and Syria. And Israel once went to war against these countries to fight over the territorial rights. The main battle field of the wars was the Golan Heights, located in Northwest of Israel. The people were fighting over the heights. Why did they want to control the Golan Heights? Because the Golan Heights is adjacent to the Sea of Galilee, and the heights is the headstream of those rivers which run into the sea. As you know, Israel is in an arid zone, where it is difficult to secure water. For those countries, ruling Golan means ruling a Israeli water source; that is, to seize the power to control Israeli lifeline. That is what to rule Golan means; to put Israel under the control.
That’s right. How you take control of the source of water, where water springs out, decides victory or defeat. Both, David and Solomon realized that their own hearts are the water springs out. Therefore, they sing the song about living a blessed life, by focusing on not forgetting the good things God does for us, but always to be thankful for it.
When we forget about God’s blessings that we already have, and to be thankful, we lose control, and start doing terrible things. Quickly, our hearts can be taken over by the dissatisfaction. Imagine your heart is controlled by dissatisfaction. Can something that comes from there find good things? No, the things come out from there would drive us into a predicament. On the other hand, what does happen if the water springs out from our hearts filled with gratitude? Things come from there not only lift us up, but also enrich people’s hearts around us.

Adam and Eve had two sons. The older brother killed the younger brother. Can you imagine any further pain than this for a parent? When that happened, God spoke to the older brother who killed his younger brother.
sin is crouching at your door; it desires to have you, but you must rule over it. (Genesis 4:7)
These words are exactly what his parents should have listened to before they reached out for the forbidden fruit. They ate the fruit, as these words mention; they were seduced by sin, crouched at their door, and desired to have them.
That’s right. This temptation is drawing close to us. It is crouching at our door, and desiring to have us. Thus, we must guard our heart from the temptation. Keep telling ourselves day and night as David did
“1 Praise the Lord, my soul;
all my inmost being, praise his holy name.
2 Praise the Lord, my soul,
and forget not all his benefits—“
is the way we should live. Let us pray.
Translated by the Scarlett Family

本日のおもちかえり

2015年11月15日

1)創世記2章7節ー9節を読みましょう。このところからエデンの園はどんな場所であったのかが分かりますか。あなたは今、どんな状況の中、日々を過ごしていますか。

 

2)創世記3章1節ー8節を読みましょう。「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」という蛇の言葉はアダムとエバにどんな思いを起こさせたと思いますか。

 

3)アダムとエバは最高の環境の園を追われて出て行きました。最高の環境で最悪のことが起こるというようなことが時に、私達の人生にも起きることがあります。それはどんな時でしょうか。なぜ、それは起きてしまうのですか。

 

4)彼らは園に実るいかなるものも食べてよかったのです。そして、それは彼らには十分なるものでした。それにもかかわらず、彼らはなぜたった一本の禁じられた木に手を伸ばしたのでしょうか。

 

5)神様が既に私達に与えてくださっている恵みに気がつき、それに感謝するということはなぜ大切なのですか。

 

6)ダビデは望むものを全て持っていながら、部下の妻を奪いました。彼はそれゆえに多くの苦しみを通らなければならなくなります。その彼が後に『主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな』(詩篇103篇2節(新改訳))と言っていることは、彼のどんな心構えをあらわしていますか。

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