イスラエルが証明すること

20世紀最大の歴史家トインビーは「ユダヤ人が存在していること自体が奇跡である」と言い、歴史哲学者ヘーゲルは「歴史は絶対的な理性によって導かれている」と言いました。

かつてイスラエルの外交官が「どうしたら神の存在を証明できるか」と問われたのに対して「我々、イスラエルの歴史を見れば、神の存在は証明できる」と言ったといいますが、まさしくその通りであることをイスラエルの歴史は私達に語っています。彼らの歴史を見て分かることは、それが偶然の産物なのではなく、確かに彼らの背後には絶対的な理性が存在しているということなのです。

「神なんかいない、そんなの人間が生み出した作り話だ」と思われる方は大勢います。しかし、学校で学んだ歴史年表を見てください。今日の朝刊を見てください。ただ見るだけではない、新聞の上にバイブルを、タイム誌の上にバイブルを置いて読んでみてください。そこにはこれまでの世界に、そして今も働かれている神の刻印がいたるところに刻まれているのです。

Video Hosting Service

マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。

●メッセージ音声
Podcast (iTunes)
Podcast (RSS Feed)
Podcast (Google Play Music)

 詳しい方法はこちら。

本日のメッセージ原稿、おもちかえりはこちらから ↓

イスラエルが証明すること                          ローマ人への手紙9章1節―5節
2017年1月21日

皆さんは「イスラエル」という国の名前を聞いて何を思うでしょうか。ダビデの星が描かれた白と青の国旗を思う人がいるかもしれませんし、パレスチナ問題や世界最強と言われている諜報機関モサドを思い起こす人がいるかもしれません。また嘆きの壁や黒いコートを着たユダヤ人を思い起こす人もいるかもしれません。

イスラエルには現在、約802万人が住んでおり、その内の75.3%、604万人がユダヤ人、約20.7%、166万人がアラブ人で、残り4パーセント、32万人がサマリア人などの少数派となっています。

イスラエルの面積は日本の四国ほどしかなく、その中にあるエルサレムの旧市街はディズニーランドより少し大きいほどですが、その場所こそが全世界40億人のユダヤ教徒、イスラム教徒、そしてキリスト教徒の聖地となっているのです。

イスラエルは常に世界が注視している国で、アメリカのみならず、諸外国においてもニュース、新聞は常にイスラエルの動向を伝えています。昨年、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都とする発言をしましたが、その時、誰もが「これは大変なことになる」と思いました。なぜなら、この一言が世界に与えるインパクトを私達は知っており、実際にイスラエルに住むパレスチナ人、世界中のアラブ人がこの声明に猛烈に反発し死者まで出ています。言うまでもなく、この発言がイスラエルの「エルサレム」でありましたから、このような事態となっていることを私達は知っています。

「イスラエル」という名前が歴史に出てきた、その時について聖書の中に記録されています。創世記35章においてアブラハムの孫にあたりますヤコブに対して神様は彼を「イスラエル」と呼びました。そして、聖書はこのイスラエルと神の物語を紡いでいきます。

ここで、今日の聖書箇所になるのですが、このローマ書を書いたパウロはイスラエルの民、すなわちユダヤ人に対してローマ9章4節―5節にこう書いています。「彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、また父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストもまた彼らから出られたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン」。

このパウロが言っている言葉からも分かりますように、そして私達がよく聞く言葉である「イスラエル民族は神から選ばれた民」、すなわち「選民」であるということが明確にここには書かれているのです。

20世紀の偉大な神学者にカール・バルトという人がいますが、彼はこのローマ人の手紙は3つに区分される書いています。すなわち、この手紙を魚に例えて、1章から8章までと12章から最後の章までは魚の身の部分であり、そこは食べられると言うのです。そして、今日見ております9章から11章は背骨に当たる部分で、骨ですから食べることはできないし、うっかりすると骨が喉に引っかかるようにとっつきにくいところであるといいます。しかしながら、この背骨がなければローマ書は成り立たないのです。

それではこのローマ書の9書から11書までには何が書かれているかといいますと、9章には「イスラエルの選び」、10章には「イスラエルの責任」、そして11章には「イスラエルの回復」と「イスラエル」についてパウロは書き記しているのです。自らもイスラエル民族の血を引くユダヤ人であったパウロがなぜ3章を割いてイスラエルについて書いているかと言いますと、そこにはパウロがこれからイエス・キリストを伝えるべく邁進するにあたり一つの課題があったからです。

その課題とは神はかつて旧約聖書に記録されている時代には「イスラエル」を選び、イスラエルと共にその御業をなされてきたけれど、今やその神のはたらきはユダヤ人を超えて異邦人(ユダヤ人以外の全ての民族)にまで拡大しており、それでは「イスラエルはもはや用なしとなってしまったのか」という問いかけでした。

神は全ての異邦人、すなわち人類の救いのために、イスラエルという国をただ「駒」として用いたにすぎないのか。自らもユダヤ人でありましたパウロにとってこのことに光があてられて、そこに明確な神の御心を見出さなければ、彼はその先に進むことができず、また同胞ユダヤ人に対してもこのことをどのように伝えればいいのかということは彼が必ず向き合わなければならないことだったのです。そして、パウロはその中で神からの啓示を受けたのでありましょう、彼が受けたことをこのローマ書の三つの章に書き記しているのです。

これらの背景がありまして、先に読みましたようにパウロはまずイスラエルを神はどのように取り扱ってくださったかということをここに書いているのです。すなわち「神様がくださった「もろもろの契約も、数々の約束もあなたたちのもの」であったことを示し、その後に「万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アーメン」という言葉で閉じたのです。すなわち、神は万物の上にある時空を超えたお方であり、全てを見据えているその所から今日までのイスラエルを導いて来られたではないかというのです。

皆さん、私達が聖書を調べていく時に、このパウロの言葉は本当だということが分かります。まさしく、このイスラエルは神と彼らとの間になされた数々の約束と契約のうちに現在も存在している国であり、その約束と契約は今も有効であり、さらに言えば、その約束が成就するために我々の歴史は動いていると言っても過言ではないのです。

いい機会ですので、今日はこのイスラエルについてお話ししましょう。聖書はこのイスラエルに世界の日時計となる役割を与えています。すなわちイスラエルを見る時に世界の歴史がどこまで来ているかということを知ることができるということです。イスラエルは終末の時を知る日時計なのです。

ユダヤ人と聞いて、私達が真っ先に思い起こすのはあのホロコーストでしょう。ナチス・ドイツにより600万ものユダヤ人が殺害されたという出来事です。しかし、彼らの歴史を見るならば、彼らへの迫害はあのホロコーストだけではないのです。

エルサレムが紀元70年、ローマ帝国によって滅ぼされて以来、ローマ皇帝のもと、数十万人のユダヤ人が殺され、多くの者達は世界に離散していきました。さらに11世紀から13世紀に活動した十字軍はパレスチナに残っていたユダヤ人を迫害し、彼らは世界に離散しました。

1290年には英国に逃れ住んでいたユダヤ人達は追放され、1306年にも数万人ものユダヤ人が死刑を宣告されフランスから追放されました。その後、ヨーロッパでペストが大流行し多くの者達が命を落とした時も、ユダヤ人がペストの原因だとされ、多くのユダヤ人が迫害され、命を奪われました。このようにして彼らはイスラエルから離散した先々でも迫害を受け、さらに世界各地に散っていったのです(落穂にその彼らの主な迫害の歴史が記されています)。

このように迫害により命を奪われたユダヤ人の数を並べていると実感がありませんが、過去に殺害されたユダヤ人の数はサンディエゴに住む人たちが一人残さずに数度、殺され尽くしたようなものです。

そして、驚くべきことは歴史上、類を見ない最も不幸な迫害を被ったこの民族の苦難を聖書は今から約3500年以上も前から克明に預言していたのです。紀元前15世紀に書かれた旧約聖書の申命記28章64節―67節にはこのような言葉が記されています。

64主は地のこのはてから、かのはてまでのもろもろの民のうちにあなたがたを散らされるであろう。その所で、あなたもあなたの先祖たちも知らなかった木や石で造ったほかの神々にあなたは仕えるであろう。65その国々の民のうちであなたは安きを得ず、また足の裏を休める所も得られないであろう。主はその所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を打ちしおれさせられるであろう。66あなたの命は細い糸にかかっているようになり、夜昼恐れおののいて、その命もおぼつかなく思うであろう。67あなたが心にいだく恐れと、目に見るものによって、朝には『ああ夕であればよいのに』と言い、夕には『ああ朝であればよいのに』と言うであろう。

ここに書かれている「あなた」とは言うまでもなくユダヤ人のことを意味しています。さらには紀元前8世紀(今から約2700年前)に活躍したホセアという預言者もこのような預言をしています(ホセア9章17節)「 彼らは聞き従わないので、わが神はこれを捨てられる。彼らはもろもろの国民のうちに、さすらい人となる」。

ここでホセアが書いている「彼ら」も明らかにユダヤ人でして、彼らは「さすらい人」となるとはっきり預言されています。すなわち、この言葉はユダヤ民族が「流浪の民」として生きなければならないということでして、この言葉が成就したことを否定する人は今日いません。

先の申命記28章はイスラエルの民を前にしてモーセが語った言葉です。そこにはもし、彼らが神に聞き従うのなら祝福を得るが、そうでないなら彼らは呪いを受けるというものです。そして、結論から言いますと、このイスラエルの民は神の言葉と教えに従うことがありませんでした。そしてその場合、どうなるかということが申命記28章36節にはこう書かれているのです。

主はあなたとあなたが立てた王とを携えて、あなたもあなたの先祖も知らない国に移されるであろう。あなたはそこで木や石で造ったほかの神々に仕えるであろう」。

これはユダヤ人が「ある国」に連れて行かれることを預言しています。このことについて、この申命記が記されてから800年後(今から2700年前)、預言者イザヤはバビロンという国がイスラエルの民を虜にするということを預言しています。

イザヤ39章6節「見よ、すべてあなたの家にある物およびあなたの先祖達が今日までに積み蓄えた物がバビロンに運び去られる日が来る。何も残るものはない」と主が言われます。

そして、この預言は的中しました。申命記の預言から900年後の紀元前587年(今から2615年前)、イザヤがこの預言をしてから100年後にネブカデネザル率いるバビロン帝国の軍隊がイスラエルを攻め、遂にエルサレムは陥落し、生き残った民はバビロンに連れて行かれたのです。俗にいうバビロン捕囚です(余談になりますが、このバビロンがあった土地というのは、現在のイラクであり、あのサダムフセインは湾岸戦争の頃、自分は現代のネブカデネザルだと言い物議をかもしました。中東で今、起きていることは、聖書に記されている史実とどこかでつながっているのです)。

さらに驚くべきことに紀元前600年頃、すなわちこのバビロンの捕囚が起きる前に活動した預言者エレミヤは、まだその時には起きていないこのユダヤ民族の捕囚期間は70年であろうということを預言しています

この地はみな滅ぼされて荒地となる。そしてその国々は七十年の間、バビロンの王に仕える」(エレミヤ25章11節)。

このようなことは当たらなければエレミヤはほら吹きであったということで終わるのですが、驚くべきことにエレミヤが言った通りにユダヤ人はエレミヤが言った期間を経てバビロンから解放され祖国に帰還しました。そして、その時にユダヤ人を解放し、祖国に帰還することを許可したのは、バビロンを征服したペルシャの王クロスでありました。

驚くべきことに(まさしく、それは鳥肌がたつようことです)、このバビロンを征服したペルシャのクロスはなんと彼が生まれる約170年も前に預言者イザヤがその彼の名前を実名で名指ししてこう預言しているのです。

「またクロスについては、彼はわが牧者、わが目的をことごとく成し遂げると言い、エルサレムについては再び建てられると言い、神殿については、あなたの基がすえられる」と言う(イザヤ44章28節)。

「わたしは義をもってクロスを起こした。わたしは彼のすべての道をまっすぐにしよう。彼はわが町を建て、わが捕囚を価のためでなく、また報いのためでもなく解き放つ」と万群の主は言われる(45章13節)。

まさしくこのペルシアのクロス王によりバビロンに捕囚となっていたユダヤ人はイスラエルに帰還する道が備えられたのです。

イザヤがこのことを記して後、約800年後、紀元68年から始まったユダヤ人のローマに対する独立運動に対してローマ軍はエルサレムを徹底的に破壊して、数十万人ものユダヤ人の犠牲者がでました。以来、紀元70年からユダヤ人は 約1900年もの間、国を持たない流浪の民となったのです。

このことに関しては紀元30年頃、イエス様もイスラエルについて、このようなことを語っていました。ルカ21章24節、「彼らは剣の刃に倒れ、また捕えられて諸国へ引き行かれるであろう。そしてエルサレムは異邦人の時期が満ちるまで、彼らに踏みにじられるているであろう」。このことはイスラエルがローマにより徹底的な打撃を受け、後にエルサレムは諸々の異邦人によって治められたことで、そのことは歴史が証明しているとおりです。まさしく「異邦人の時期が満ちるまで、彼らは踏みにじられ、世界各地に流浪するだろう」という言葉通りに、世界史は動いたのです。

そして、そのことをエゼキエルという預言者は紀元前580年頃にこう預言していたのです。「わたしはあなたがたを諸国民の中から導き出し、万国から集めて、あなたがたの国に行かせる」(エゼキエル36章24節)「主なる神はこう言われる。見よ、わたしはイスラエルの人々を、その行った国々から取り出し、四方から彼らを集めて、その地に導く」(エゼキエル37章21節)。

今までお話ししてきた預言をはじめ、これらの預言は何を言っているのか。明らかに散り散りになったイスラエルの民達が、その散った国々から再び集められるというのです。

しかし、多くの現代の歴史学者や神学者達すらも、このイスラエルに対する神の約束に対しては懐疑的であったのです。なぜなら、私達が歴史で学んだようにユダヤ人とローマ帝国の間に紀元66年から70年にかけてなされたユダヤ戦争により、エルサレムはローマ帝国によって徹底的に破壊されて以来、実に1900年もの間、彼らは自分の国を持たずに世界各地に離散していたからです。そして、その期間、先に言いましたように、聖書が言っているように人類史上、類のない迫害を受けて徹底的に叩かれてきたのです。

しかし、皆さん、世界中の人々がまさしく度肝が抜かれる出来事が起きたのです。1948年5月14日、イスラエルという国が再び、歴史の中にその姿を現したのです。1900年間、歴史から消えていた国家が再び起こったのです。そして、歴史から1900年間、失われていた古代へブル語を現代のへブル語に彼らは復活して、今日彼らはそのへブル語を使っているのです。そこには今日、お話ししました預言の言葉が全て書かれていました。

分かりやすくいいますと、1900年前に日本民族が徹底的に滅ぼされて、日本民族が世界に散っていき(これは世界各地で純粋な日本民族がいなくなっていく可能性を意味します。私達の日系アメリカ人を見れば分かります。3世、4世になればもう彼らの言葉も文化もアメリカ人です)、そして、その散った先々で何百万人と言われる者たちが虐殺され、しかし、その彼らが1900年後に首都、東京に集まり、日本国を建国したということ。そして、1900年間、絶滅していた日本語を復元して、今、その日本語を使っているということ。主にある皆さん、私達と同じ文化を持ち、私達と変わらない流暢な日本語を話している日系三世、四世がこの国にどれだけいますか。これはわずか3、4世代前の話です。ユダヤ民族の状況は1900年にもおよんだ民族離散の話なのです。

しかし1900年もの年を経て、彼らは再びエルサレムに帰還したのです。これらのことは全て歴史教科書に記されていることで、この史実を否定する者はいません。さらに驚くべきことにあの死海写本が一人のベドゥインの少年により死海の側のクムランから発見されたのはいつだと思いますか。イスラエルが建国されたひと月前の1948年の4月だったのです。

神は予めイスラエルの建国を前に、今、お話ししました全ての預言が書き記されている写本をこの世界に明らかにし、ここに書かれている通りに確かにイスラエルは再び起こるというかの如くにその預言を成就されたのです。主にある皆さん、明らかにこの世界は私達の思いの届かないところで動いています。

皆さん、私たちはそれなりに常識的な大人です。何が可能か、不可能かぐらいの分別はつくでしょう。それなら、ここまでお話ししてきたユダヤ民族に起きたことは人間的に考えたら可能ですか。偶然ですか。彼らは運がよかったのですか。違いますでしょう、これらのことはことごとく古の昔から預言されていたことであり、それらはことごとく成就して今日に至っていることを私達は否定できないのです。まさしくHistoryはHis Story、彼、すなわち神が紡いでいる物語なのです。

20世紀最大の歴史家トインビーは「ユダヤ人が存在していること自体が奇跡である」と言いましたがまさしくそのとおりなのです。歴史哲学者ヘーゲルは「歴史は絶対的な理性によって導かれている」といいました。かつてイスラエルの外交官が「どうしたら神の存在を証明できるか」と問われたのに対して「我々、イスラエルの歴史を見れば、神の存在は証明できる」と言ったといいまずが、まさしくその通りだと思います。歴史はただやみくもに偶然の産物として今日あるのではなく、確かにこの歴史の背後には絶対的な理性が存在していると言ったのです。

そして皆さん、私達一人一人もこの神の歴史の中の一部なのです。今日、お話したイスラエルという国家の6000年にもおよぶ長い歴史に比べたら、私達の70、80年の人生などは短いものです。しかし、このイスラエルという国家を生み出し、そして、今日、この歴史の中に再び、1900年ぶりにこの世界にその国家を起こされた神様は、私達の人生にも関わっておられ、その生涯を導いて下さるのです。そうです、まさしく神の目は万物の上にあり、この世界の歴史を導かれているのです。そして、その神の目は私達一人一人の上に注がれているのです。それが先週、お話ししました「摂理」ということです。

ある人は「神なんかいない、そんなの人間が生み出した作り話だ」と思われるかもしれない。しかし、学校で学んだ歴史年表を見てください。今日の朝刊を見てください。ただ見るだけではない、新聞の上にバイブルを、タイム誌の上にバイブルを置いて読んでみてください。そこにはこれまでの世界に今も働かれている神の刻印がいたるところに刻まれているのです。この歴史に起きた事実を否定することはできませんでしょう。

そして、このことをお心におとめください。聖書に記されている預言がこれまでことごとく成就してきたということはどういうことなのかということを。そのことは聖書が未だ起きていないことについて触れているこの世界の未来の預言が成就することは確実であるということです。このことを心に留めて生きる者はさいわいです。

神が存在するのか否かは二分の一の確率です。もし、神が存在し、この世界の歴史を支配し、その高きところからその歴史を一つのところへと導いておられ、しかもその神が我々を愛し、我々の人生と共にをあるというのなら、我々の最善の生き方はこの神と共に生きることであるということは明らかではないでしょうか。人生はギャンブルではありませんが、神はいるか、いないかという二者択一であるのなら、よくよくこのことを考えてみる価値はあるのではないでしょうか。

皆さん、私達が毎週、教会で聞いている「神」とは私達の必要な時にだけ、呼び出して、願いを叶えてくれるような私達にとって都合のいい召使ではありません。人間がこねたり、刻んだりして陳列して、時々、埃をはらってやらなければならない神々ではないのです。私達の神とはエジプトのパロ、バビロニアのネブカデネザル、ペルシアのクロス、ローマのカイザルを手中に収め、その御計画を成就されたきたお方なのです。

そして、この世界を今もその手中に置き、刻一刻と聖書に書かれている預言を成就させる神であり、その神が私達一人一人の人生にも関わっているのです。そう、私達の人生にも深い関心をもたれ、一人一人に与えられている一生を通して、先週もお話ししましたように、我々がキリストに似た者にかたち造られることを願われているお方なのです。あなたの2018年、志高く、この人の歴史を支配され、万物の上におられる神様と共に歩んで生きませんか。神は今日も働かれ、神は生きておられます。お祈りしましょう。

本日のおもちかえり                             2017年1月21日

1)皆さんは「イスラエル」という国の名前を聞いて何を思いますか。イスラエルが世界に与えている影響にはどんなものがありますか。

 

2)トランプ大統領がエルサレムを首都とすると宣言してから、アラブ諸国が猛反発をしました。なぜですか。

 

3)ローマ9章4節―5節を読みましょう。ここには何が書かれていますか。旧約聖書には何が書かれていますか。聖書の中でユダヤ人はどのような位置づけがなされていますか。

 

4)パウロはなぜローマ書において三章も使ってイスラエルについて書いているのですか。

5)申命記28章36節、64節―67節、ホセア9章17節を読みましょう。これらの言葉は何を預言していますか→イザヤ39章6節。

 

6)イザヤはバビロンを征服するペルシャのクロスについて彼が生まれる170年も前に彼の名前を名指しして、彼が何を成し遂げるかを記録しました。イザヤ44章28節、45章13節。このようなあり得ない預言についてあなたはどう考えますか。

 

7)ルカ21章24節のイエス様の言葉を読みましょう。この後、紀元70年からユダヤ民族は世界に離散しました。しかし、1948年5月14日、彼らのイスラエルは1900年ぶりに建国され、彼らは再びイスラエルに帰還し、先祖たちが話していたヘブル語が復活しました。この歴史的事実をあなたはどう受け止めますか。

 

8)20世紀最大の歴史家トインビーは「ユダヤ人が存在していること自体が奇跡である」(29世紀最大の歴史家、トインビー)。「歴史は絶対的な理性によって導かれている」(歴史哲学者、ヘーゲル)。これらの言葉をどう思いますか。

 

9)人間の歴史の主である神があなたの人生(歴史)にも関わっているということはどういうことですか。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。
よろしければ応援クリックをお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください