ネヘミヤ記:事を成し遂げる秘訣

日本に住んでいました時、結婚をする時に「御言葉が与えられましたか」とか、初めて遣わされる教会について祈っている時に「御言葉が与えられましたか」と言われました。「御言葉が与えられたか」とは聖書の約束の言葉によって、コーリング(召命)を受けたかという意味で、これがあるかないかということが後々になってジワリジワリと効いてきます。なぜなら、「これでよかったのだろうか」、「続けていくことができるだろうか」ということが私達の長い人生には起きてくるからです。自分が考えて決めたことを揺るがすようなことが必ず起こってくるからです。でも、その時にこのコーリングがあるのなら私達はそのようなところも乗り越えていくことができるのです。主が自分を導かれたのだということを知っているからです。

 

今日礼拝でお話した「日英メッセージ原稿」と「本日のおもちかえり」です。礼拝プログラムはこちらから。今日はネット環境に問題があり、ライブで放映できませんでした。御迷惑をおかけして申しわけございませんでした。

マック

 


 

ネヘミヤ記:事を成し遂げる秘訣

2012年6月23日

バビロン捕囚により南ユダ王国からバビロンに捕らえ移された多くの人の中にユダヤ人、ネヘミヤという人がいます。彼はそのバビロンがペルシヤによって滅ぼされた後も、ペルシヤの王であったアルタクセルクセスに献酌官として仕えました。献酌官とは王の口に入る食物に対して責任をもつ者のことで、食べ物、飲み物に毒を盛るということがなされていた時代にあって、王が一番、信頼を置く人間がその任にあたりました。捕囚の民でありながらそのようなポストに置かれていたネヘミヤがどんな人であったかということがうかがい知れます。

 このネヘミヤのもとに彼の祖国を見てきた者が訪ねてきたので、ネヘミヤはエルサレムが現在、どうなっているかを尋ねました。その時にネヘミヤが聞いた言葉は「かの州で捕囚を免れて生き残った者は大いなる悩みと、はずかしめのうちにあり、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼かれたままであります」(ネヘミヤ1章4節)ということでした。ネヘミヤは祖国エルサレムの城壁がまだ崩れたままであるということを聞き、愕然としたのです。

 今日、私達は世界中で起きていることをライブで知ることができます。日本にいる人よりも早く、こちらアメリカで日本の情報を得るというようなことも起こります。最近、シリア人の知り合いと彼の国で起きているアサド大統領による国民への弾圧について話しました。自分が暮らしていた町のあの道、この家が滅茶苦茶に破壊されている映像が連日、ニュースで流されている、それを見るということはどんなに辛いことかとシリアのために祈らされました。

母国の惨状をネヘミヤは聞き、座って泣き、嘆き、断食しながら数日の間、祈り、四ヶ月後に決意して、自分が仕えておりました王に自国の状態を直訴したのです。

『わたしはまた王に申しあげた、「もし王がよしとされるならば、川向こうの州の知事たちに与える手紙をわたしに賜わり、わたしがユダに行きつくまで、彼らがわたしを通過させるようにしてください。8また王の山林を管理するアサフに与える手紙をも賜わり、神殿に属する城の門を建てるため、また町の石がき、およびわたしの住むべき家を建てるために用いる材木をわたしに与えるようにしてください」。わたしの神がよくわたしを助けられたので、王はわたしの願いを許された。9そこでわたしは川向こうの州の知事たちの所へ行って、王の手紙を渡した。なお王は軍の長および騎兵をわたしと共につかわした』(ネヘミヤ2章7節-9節)。

この直訴を王は快く受け入れ、紀元前444年、王は彼にエルサレムにいたるまでの手外と共に、護衛をつけて、また工事に必要な材木までも提供し、ネヘミヤを遣わしたのです。

自分の捕えられてきた者に対してその祖国の再建のために時間を与え、しかも護衛やその再建に必要な材木等まで提供してくれたことは普段、どれだけネヘミヤが王に真実に仕えていたか、王はそのことをどんなに喜んでいたかということの証であり、同時に、このような普通では考えられないことが起きたという、その背後におられる神様の存在というものを私達は知るのです。

今日はこのネヘミヤがどのように彼に与えられたビジョンを成し遂げていったのか、その秘訣というものをネヘミヤ記から見ていきたいと願っています。それを見ることにより、私達がその人生の中で何か大切なことを成す時に、どのようにそれに取りかかることができたらいいのかということを知ることができたらと願っております。まず最初に「神の導きを知る」ということを考えてみましょう。

神の導きを知る。 

祖国エルサレムの惨状を知りましたネヘミヤには幾つかの選択があったと思います。彼は祖国の現状を憂い、遠く離れた異国ペルシアから祈り続けることもできたでしょうし、自分以外の誰かを派遣することもできたでしょう。しかし、彼が選んだことは自らがそこに赴き、城壁を築き直すために陣頭指揮をとるということでした。

祖国を憂えるということでは、昨年、私達も同じようなことを体験しました。世界があの東日本大震災の惨状に悲しみを感じましたが、特に日本を母国と呼ぶ私達にはさらに深い悲しみがありました。ですからそのことに対してある者は現地に赴き、ある者は何かできないかと義援金を送りました。全ての人が現地に行って、全ての人が義援金をしたわけではありませんでした。中には祈ることこそが自分にできることだと思われた方もいることでしょう。

このような時に、自分はどうすべきかと神様に示されることを私達は「コーリング」と呼びます。日本語では「召命」と言われています。ネヘミヤはこの城壁の修復に対して自らが現地に行くということについて、神様からのコーリングがあったのでしょうか。2章12節にこう書かれています。「神がエルサレムのためになそうとして、わたしの心に入れられたことを・・・云々」。新改訳では「わたしの神がわたしの心を動かして」と書いています。

彼はこの後にも触れますが城壁を築きなおすために様々な妨害に直面します。しかし、彼の意思は固く、毅然とした態度で城壁の再建を成し遂げていきました。時にコーリングとは牧師になるとか、宣教師になるとかという時だけ使われる特別なものだと思われる方がいるかもしれませんが、そうではありません。実際にネヘミヤは祭司ではなく、一行政の役人だったのです。

日本に住んでいました時、結婚をする時に「御言葉が与えられましたか」とか、初めて遣わされる教会について祈っている時に「御言葉が与えられましたか」と言われました。「御言葉が与えられたか」とは聖書の約束の言葉によって、コーリングを受けたかという意味で、これがあるかないかということが後々になってジワリジワリと効いてきます。なぜなら、「これでよかったのだろうか」、「続けていくことができるだろうか」ということが私達の長い人生には起きてくるからです。自分が考えて決めたことを揺るがすようなことが必ず起こってくるからです。でも、その時にこのコーリングがあるのなら私達はそのようなところも乗り越えていくことができるのです。主が自分を導かれたのだということを知っているからです。

私が神学校を卒業して初めて任わされました鹿児島県奄美諸島に行く前、神様は詩篇139篇9節の『わたしがあけぼのの翼をかって、海の果てに住んでも、あなたのみ手はその所でわたしを導き、あなたの右の手はわたしを支えられます』という約束の言葉をくださり、この言葉が私の背中を押してくれました。そして、その島に滞在した二年余りの中、「もうだめだ」という時に、私を支えてくれたものは、私の能力や努力だとか、誰彼の存在ではなくて、この約束の言葉でした。コーリングに対する確信を求めて、それが与えられて、成すべきことに踏み出すということ、私達にとってこれは何よりも最も大切なことなのです。次に「現状を知り、祈る」ということをみていきましょう。

現状を知り、祈る。 

コーリングを与えられたら、後は信仰をもって闇雲の前進するかといいますとそうではありません。ネヘミヤはエルサレムに着いてまず何をしたのでしょうか。

11わたしはエルサレムに着いて、そこに三日滞在した後、12夜中に起き出た。数人の者がわたしに伴ったが、わたしは、神がエルサレムのためになそうとして、わたしの心に入れられたことを、だれにも告げ知らせず、またわたしが乗った獣のほかには、獣をつれて行かなかった。13わたしは夜中に出て谷の門を通り、龍の井戸および糞の門に行って、エルサレムのくずれた城壁や、火に焼かれた門を調査し、14また泉の門および王の池に行ったが、わたしの乗っている獣の通るべき所もなかった。15わたしはまたその夜のうちに谷に沿って上り、城壁を調査したうえ、身をめぐらして、谷の門を通って帰った。16つかさたちは、わたしがどこへ行ったか、何をしたかを知らなかった。わたしはまたユダヤ人にも、祭司たちにも、尊い人たちにも、つかさたちにも、その他工事をする人々にもまだ知らせなかった』(ネヘミヤ2章11節-16節)。

エルサレムに到着しますと、ネヘミヤはまず極秘に夜中のうちに起きて、エルサレム市街をめぐり綿密にその現状を調査し、自らがこれから成そうとする再建計画をたてました。とにかくコーリングに従って行けば何もせずとも、神様が何とかしてくれるということではなくて、一歩を踏み出したら自分が置かれている現状をしっかりと調査し、自らがすべきことを諦めずに継続し、同時に祈り続けることによって、彼はその再建にあたったのです。彼がどれだけ祈りつつ、この再建をしたかその全てを取り上げることができませんが、彼が再建に対して最善をしながらも、神に祈ったという箇所はネヘミヤ記のいたるところにあります(1:5-11,2:4、4:4、5:19、6:9,14、13:14,22,29,31)

エルサレムの再建はネヘミヤの「祈り」と「実践」という両輪があって進められたのです。自らは全く何もしないで、ただ祈っています。主は成し遂げられますということではなく、また祈ることをせずに、ただ自分の努力こそが全てであるかのように動き回るというのでもなく、その両方をもって神様のコーリングに私達はこたえていくのです。次に「ビジョンには問題が伴う」ということをお話しましょう。

ビジョンには問題が伴う。 

神様によって召しだされたはたらきであっても私達は必ずといっていいほど、様々な問題に直面します。そのはたらきそのものを阻止しようとする力が襲ってくることもあります。ネヘミヤの場合も例外ではなく、その再建を始めるや否や、それを阻止しようとする力が臨み、それは城壁が完成するまで続きました。ネヘミヤが受けた試練の幾つかを読んでみましょう。ネヘミヤ6章1節-9節にこう書かれています。

 

1サンバラテ、トビヤ、アラビヤびとガシムおよびその他のわれわれの敵は、わたしが城壁を築き終って、一つの破れも残らないと聞いた。(しかしその時にはまだ門のとびらをつけていなかったのである)2そこでサンバラテとガシムはわたしに使者をつかわして言った、「さあ、われわれはオノの平野にある一つの村で会見しよう」と。彼らはわたしに危害を加えようと考えていたのである。3それでわたしは彼らに使者をつかわして言わせた、「わたしは大いなる工事をしているから下って行くことはできない。どうしてこの工事をさしおいて、あなたがたの所へ下って行き、その間、工事をやめることができようか」。4彼らは四度までこのようにわたしに人をつかわしたが、わたしは同じように彼らに答えた。5ところが、サンバラテは五度目にそのしもべを前のようにわたしにつかわした。その手には開封の手紙を携えていた。6その中に次のようにしるしてあった、「諸国民の間に言い伝えられ、またガシムも言っているが、あなたはユダヤ人と共に反乱を企て、これがために城壁を築いている。またその言うところによれば、あなたは彼らの王になろうとしている。7またあなたは預言者を立てて、あなたのことをエルサレムにのべ伝えさせ、『ユダに王がある』と言わせているが、そのことはこの言葉のとおり王に聞えるでしょう。それゆえ、今おいでなさい。われわれは共に相談しましょう」。8そこでわたしは彼に人をつかわして言わせた、「あなたの言うようなことはしていません。あなたはそれを自分の心から造り出したのです」と。9彼らはみな「彼らの手が弱って工事をやめるようになれば、工事は成就しないだろう」と考えて、われわれをおどそうとしたのである。しかし神よ、どうぞいまわたしの手を強めてください。

ここに書かれていますことは最後に「脅し」と書かれていますが、まさしく脅迫です。一節にありますようにネヘミヤを脅してくる人は一人ではなく複数いました。彼はしきりにネヘミヤに会おうと言ってきます。しかし、ネヘミヤはそれらをことごとく断り続け、いよいよ五度目に彼らが送ってきた手紙には諸国民の間に言い伝えられ、またガシムも言っているが、あなたはユダヤ人と共に反乱を企て、これがために城壁を築いている。またその言うところによれば、あなたは彼らの王になろうとしている」と書かれています。

今も昔も変わりません。彼らは「皆があなたを非難している」というのです。その地域では一目置かれるガシムもあなたを非難しているというのです。「皆が言っている」とはよく私達が聞く言葉です。そして、この言葉はとてもインパクトのある言葉、いったこれまでどれだけ多くの人達が、この言葉の前にその志を失ってしまったことでしょうか。この言葉を使う人達は「皆が言っている」というぼんやりとした無責任な言葉を用いながら、自分が欲っしていることを要求していることが多々あるのです。

彼らの脅迫は執拗であり、よく練られたもの策略に満ちていました。以下、このようなことも書かれています。

10さてわたしはメヘタベルの子デラヤの子シマヤの家に行ったところ、彼は閉じこもっていて言った、「われわれは神の宮すなわち神殿の中で会合し、神殿の戸を閉じておきましょう。 

彼らはあなたを殺そうとして来るからです。きっと夜のうちにあなたを殺そうとして来るでしょう」。11わたしは言った、「わたしのような者がどうして逃げられよう。わたしのような者でだれが神殿にはいって命を全うすることができよう。わたしははいらない」。12わたしは悟った。神が彼をつかわされたのではない。彼がわたしにむかってこの預言を伝えたのは、トビヤとサンバラテが彼を買収したためである。13彼が買収されたのはこの事のためである。すなわちわたしを恐れさせ、わたしにこのようにさせて、罪を犯させ、わたしに悪名をきせて侮辱するためであった。(ネヘミヤ6章9節-13節)。 

買収されたシマヤは「追っ手から見を隠すために神殿の中で会合しましょう」とネヘミヤに言います。一見、ネヘミヤの安全を思っている善意の言葉のように見えます。しかし、当時、神殿に入ることができたのは祭司のみであったということを思います時に、彼がそこに入ってしまうことにより、彼に罪を犯させ、そのところから彼を窮地に陥れようとしたのです。皆さん、このように私達を貶めようとする攻撃は善意に満ちた言葉で私達に忍び寄ってくるのです。このようなことは今日でもいたるところにあるのです。

これらのことについて、やはりそのような攻撃を幾たびも経験したイエス様の弟子、ペテロはこう記しています。『愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚きあやしむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、喜びにあふれるためである』(ペテロ第一の手紙4章12,13節)。

皆さん、ペテロはこれらのことを思いがけないことだ驚き怪しむなというのです。なぜなら、それは必ずやってくるからです。彼はかえってこれらの苦しみにあずかればあずかるほどに喜ぶがよいと言っています。それはキリストの栄光が現れる際に喜びがあふれるためだからだというのです。

このペテロの言葉の原型はこのネヘミヤ記にあります。すなわちユダヤの民達がその心に憂いを持っている時にネヘミヤを初めリーダー達が彼らを励ました言葉です。彼らは民に向かい言ったのです『主を喜ぶことはあなたがたの力です』(ネヘミヤ8章10節)。幾たびもの困難を乗り越えさせる秘訣はその困難に心を支配されてしまうことではなく、生きて私達と共にはたらかれる主を喜ぶことなのです。

ネヘミヤは幾多の試練にも動じませんでした。なぜ、彼は動じなかったのでしょうか。先ほどお話しましたように、彼に与えられたコーリングに立っていたからです。外からのいかなる攻撃に対しても彼には神に召されて、私はそのために今ここにあるという思いがあったからです。このようなネヘミヤのような困難は主に召された者達が皆、かたちこそは異なっても経験することです。パウロはあの有名な言葉を残して、自らが立っていることに対して神様は最善を成してくださるという信仰を言い表しています。

「神は神を愛する者達、すなわち、ご計画に従って、召された者達と共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを私達は知っている」(ローマ8章28節)。そうです、ここには「ご計画に従って召された者達と共に働いて」と書かれています。「コーリング」を受けている者に対して主は万事を益としてくださるというのです。

皆さんはこれから何かに取り掛かろうとしていることがありますか。それは本当に神様の御心にかなったことなのかと祈り求めていますか。その応答をいただいていますか。神様に祈り求めましょう。そして、確かにそのことに対して自分はコーリングを受けているという確信をいただいたのなら、全力を尽くしてそのことにあたりましょう。

そのことに取り掛かりますと、様々な問題が起きてくることでしょう。自らの最善を尽くすと同時に、神様から必要な助けがありますように日々、祈りましょう。もう駄目だと思われる時にこそ、自分の限界を嘆くのではなくて、私達と共におられる主を喜びましょう。私達はその困難の中に神を体験することでしょう。そして、やがてそのことは成し遂げられることでしょう。私達はその時、神様だけをほめたたえるのです。お祈りしましょう。

 Secret of Accomplishment

Book of Nehemiah

06 – 24 – 2012

  There was a man named Nehemiah who was a Jewish and who was amongst one of the many people that was captured and moved to Babylonia from the Kingdom of Southern Judah. He served as a cup bearer to Altaxerxes, the King of of Persia, even after the Babylonia was destroyed by the Persia. To be a Cup bearer, he must be a trustworthy person that king must have a trust in him since cup bearer have responsibility for checking all the drinks and the foods for poisons before they are served to the king. Now we know what kind of person Nehemiah was by the post he held even though he was a prisoner.

  Some men, who saw the Judah, came to visit  Nehemiah, so he asked them what Jerusalem looks like now. What he heard was “Those who survived the exile and are back in the province are in great trouble and disgrace. The wall of Jerusalem is broken down, and its gates have been burned with fire. ” (Nehemiah 1; 3) Nehemiah was shocked to hear that the wall of Jerusalem is still broken down.

  In these days, we know what is happenings in the world through live medias. It is possible to get an Japanese information in America before people in Japan knows about. Recently, I talk with a Syrian man whom I know, about what is happenings in his home country regarding President Assad's crack down on his country men. The pictures of streets and houses that were destroyed in his old town, which he used to live, were broadcast daily. How difficult it is to watch such things and I could only pray for the Syria.

  After hearing about sad plight of his mother country, Nehemiah sat & cried, grief, fast & prayed for several days. After four month, Nehemiah decided and appealed to the king that he served for, regarding plight of his mother country.

 7 I also said to him, “If it pleases the king, may I have letters to the governors of Trans-Euphrates, so that they will provide me safe-conduct until I arrive in Judah? 8 And may I have a letter to Asaph, keeper of the king's forest, so he will give me timber to make beams for the gates of the citadel by the temple and for the city wall and for the residence I will occupy?” And because the gracious hand of my God was on me, the king granted my requests. 9 So went to the governors of Trans-Euphrates and gave them the king’s letters. The king had also sent army officers and cavalry with me. (Nehemiah 2; 7–9)

 King accepted his appeal gladly, and in BC 444, sent out Nehemiah with the letters that are necessary until he reaches Jerusalem, with army officers and cavalry. He  even gave him timbers that are necessary for the constructions. It proves that how faithfully Nehemiah has served the king and how happy the king was by granting him a time off so he can rebuild the mother country. Even providing him with the guards and materials for rebuilding. At same time, we recognize the existence of the God behind all these things that took place that normally can not imagine happening.

 

Today, I wish to look at secret of how Nehemiah accomplished his vision that was giving to him from the Book of Nehemiah. Through it, I wish to find out how we can tackle it in order to accomplish some thing that is important in our life. First let think about “Knowing the God's Guidance”

  Knowing the God's Guidance

  After knowing sad plight of home land, Jerusalem, Nehemiah must had several choices. Worrying about condition of his home land, he could have kept praying from foreign country of Persia. He could have send some one else beside himself.But he choose to be there in order to take personal charge of rebuilding of the walls.

  Worrying about home land, we to have experienced similar things last year. World felt sad about the terrible sight of Japan earthquake disaster , especially for those of us who called Japan a mother country, felt sorrow toward it. Because of it, some people went to the disaster areas and some people have contributed money and materials. Not all of the people went to the area nor gave things. Some might felt only things that they can do were to pray.

  We call it a “calling” when the God tells us what we should do in time like this. In Japanese we call it a “shimei”. Did Nehemiah had a calling from the God to go to Jerusalem himself in order to restore the walls? In chapter 2, verse 12 says “I had not told anyone what my God had put in my heart to do for Jerusalem”

  He has faced all sorts of obstacles for rebuilding the walls. With strong intention and dauntless manner, he has succeeded in rebuilding of the walls. Some people thinks that calling only occurs on the special occasion such as a person becoming a pastor or missionary. But it is not so. As a matter of fact, Nehemiah was not a priest but he was an administrative government official.

  When I was living in Japan, I was asked “did you received the words from the  bible” when I was ready to get married and when I was praying for the first church that I was assigned to. “Receiving the words from the bible” means getting a calling from the promised words of the bible. You will understand later on that whether you received the words or not. Because it occurs in our long life span that we ask “is it right thing to do?” or “can I continues doing it?” It always occurs  when you think and decide to do it by yourself that something will try to undermines it. However, we can overcome it, if we have a calling because we know that the God is leading us.

  Before I went Amami Islands in Kagoshima prefecture where I was assigned after graduating from Bible Seminary, the Load gave me the promised words from the bible Psalm 139; verses 9 & 10: “If I rise on the wings of the dawn, if I settle on the far side of the sea, even there your hand will guide me, your right hand will hold me fast.” These words encouraged me. During my 2 years plus stay in that Islands, these promised words supported me when I felt helplessness, rather than my own capabilities nor my own efforts or of existent of the people. More than any thing else, most important thing, for us, is to realize that it is coming from the God, receive the calling that is giving to us, and take a step to accomplish it. Lets look at next subject “Knowing existing situation and pray.”

  Knowing existing situation and pray

  When you receive a calling, It is not to go forward haphazardly with the faith. Than what did Nehemiah do after arriving in Jerusalem?

 11 I went to Jerusalem, and after staying there three days 12 I set out during the night with a few others. I had not told anyone what my God had put in my heart to do for Jerusalem. There were no mounts with me except the one I was riding on 13 By night I went out through the Valley Gate toward the Jackal Well and the Dung Gate, examining the walls of Jerusalem, which had been broken down, and its gates, which had been destroyed by fire. 14 Then I moved on toward the Fountain Gate and the King’s Pool, but there was not enough room for my mount to get through; 15 so I went up the valley by night, examining the wall. Finally, I turned back and reentered through the Valley Gate. 16 The officials did not know where I had gone or what I was doing, because as yet I had said nothing to the Jews or the priests or nobles or officials or any others who would be doing the work. (Nehemiah 2; 11 – 16)

  When Nehemiah arrived in Jerusalem, in strict secrecy, he got up in middle of night and carefully inspected the condition of the town of Jerusalem. Than he established the rebuilding plan for what is to be accomplish in the days ahead.

 He took charge of reconstruction by carefully inspecting the condition of the town, continued doing what have to be done without given up and at same time prayed continuously, instead of following the Gods calling only hoping that everything will be accomplished without putting any effort of his-own. I can not tell you how much he prayed, and accomplished the rebuilding, but many places in the  Book of Nehemiah tells you how much efforts he put on and prayed at same time. (1: 5 -11, 2: 4, 4: 4, 5: 19, 6: 9, 13: 14, 14, 22, 29, 31)

  Rebuilding of Jerusalem proceeded with two things put together, they are Nehemiah's “prayer” and “his belief.” Just praying without doing anything yourself hoping that the God will take care every thing or running around with all your efforts trying to accomplish on your own without any prayers are not the solutions. You have to use both together in order to answer the Gods callings

Next let me talk about “problems that accompany vision”

   Problems that Accompanies Vision

  We always run into problems even thought it's a Gods calling. Sometime some unknown forces will try to prevent work from proceeding. Nehemiah too was not an exception. Soon as he started rebuilding, he was faced with a force that tried to obstruct it and continued until rebuilding of walls was completed. Lets read some of the ordeals that Nehemiah faced . They are written in the Book of Nehemiah 6:  verses 1 thru 9:

  When word came to Sanballat, Tobiah, Geshem the Arab and the rest of our enemies that I had rebuilt the wall and not a gap was left in it—though up to that time I had not set the doors in the gates— 2 Sanballat and Geshem sent me this message: “Come, let us meet together in one of the villages on the plain of Ono. ”But they were scheming to harm me; 3 so I sent messengers to them with this reply: “I am carrying on a great project and cannot go down. Why should the work stop while I leave it and go down to you?” 4 Four times they sent me the same message, and each time I gave them the same answer. 5 Then, the fifth time, Sanballat sent his aide to me with the same message, and in his hand was an unsealed letter 6 in which was written “It is reported among the nations—and Geshem says it is true—that you and the Jews are plotting to revolt, and therefore you are building the wall. Moreover, according to these reports you are about to become their king 7 and have even appointed prophets to make this proclamation about you in Jerusalem: ‘There is a king in Judah!’ Now this report will get back to the king; so come, let us meet together.” 8 I sent him this reply: “Nothing like what you are saying is happening; you are just making it up out of your head.” 9 They were all trying to frighten us, thinking, “Their hands will get too weak for the work, and it will not be completed.” But I prayed, “Now strengthen my hands.”

  It uses the words “frighten us” in last sentence. Its definitely is a threat. Not only one but there were several people who are trying to scare Nehemiah as mentioned in verse 1.They keep telling him that they wanted to meet with him. But each time Nehemiah refused. But on fifth latter, it said; It is reported among the nations—and Geshem says it is true—that you and the Jews are plotting to revolt, and therefore you are building the wall. Moreover, according to these reports you are about to become their king.

  There has been no changes between then and now. They are saying “everybody is criticizing you.” They are also saying that Geshem, who was well known in that area, also is criticizing you. We often hear a phrase “Everybody is saying—.” And this phrase has a strong impact on the people. I wonder how many people lost their will because of this words. Often people, who use this irresponsible phrase “everybody is saying—”, are asking for something that they have desired.  Their threats were persistent and filled with elaborated artifice. It is also written as follows:

  10 One day I went to the house of Shemaiah son of Delaiah, the son of Mehetabel, who was shut in at his home. He said, “Let us meet in the house of God, inside the temple , and let us close the temple doors, because men are coming to kill you—by night they are coming to kill you.” 11 But I said,“Should a man like me run away? Or should someone like me go into the temple to save his life? I will not go!” 12 I realized that God had not sent him, but that he had prophesied against me because Tobiah and Sanballat had hired him. 13 He had been hired to intimidate me so that I would commit a sin by doing this, and then they would give me a bad name to discredit me.

  Shemaiah, who was bribed, said to Nehemiah “ in order to hide from pursuers,let us meet inside the temple.” At first glance, it sound like he is concerned about Nehemiah's safety. But if you think about it, the only persons that could enter the temple were the priest. By going into the temple, Nehemiah will commit a crime and through it put himself on corner. An assault, that is trying to trap us, will sneak up on us by using full of well intention words. This kind of thing happens every where, today.

 For those happening, Peter who was a disciple of Jesus Christ who has experienced similar assault many times said: Dear friends, do not be surprised at the fiery ordeal that has come on you to test you, as though something strange were happening to you. But rejoice inasmuch as you participate in the sufferings of Christ, so that you may be overjoyed when his glory is revealed.(1 Peter 4: 13 & 14)

 Peter is saying not to be alarmed because they will certainly come. He is also saying be rejoice when you suffer more and more so that you may be overjoyed when Jesus Christ glory is revealed.

  An original form of these Peter's words belongs to the Book of Nehemiah. When people of Judah were suffering in their heart, Nehemiah and their leaders used these words to encourage them. They said to them: “Do not grieved, for the joy of the Lord is your strength.” Secret of overcoming the repeated sufferings in our heart is not to be control by suffering in our heart but rejoice the Lord who is living and working with us.

  Nehemiah remained unperturbed by all sort of trials. Why was he not perturbed? As I said before, he stood firmly with the calling that the God has given him. He was able to withstand all kind of assaults that came from outside, because he felt he was here now because of the Gods calling. Like difficulties that Nehemiah experienced, everyone who receives the calling from the Lord will experience it in a different ways. Paul expressed his faith by leaving that famous words that the God will do the best for you where ever you are.

   (Romans8: 28) And we know that in all things God works for the good of those who love  him, who have been called according to his purpose.Yes, in here its says; “God works for the good of those who love  him, who have been called according to his purpose.” For those who have been called, God will make everything good for them.

 Do you have any plan or project that your are about to start ?. Are you praying and asking God that if it truly fulfills the Gods will ?. Have you receive the answer ?.

First, lets pray and ask God and than if you are certain that you have received the calling, than with all your might, undertake it.

  Once you started it, you probably will run into all sorts of problems. Lets do our best and at same time pray daily asking God for necessary help. Rejoice the Lord who is with us when we feel helpless rather than bemoan our limitations. We probably experience the Lord when we are in midst of difficulty. And before long, we will complete the project. And at that moment, we only praise the Lord.

 Lets pray. 

 Translated by Mr. Dick Fukushima

 本日のおもちかえり

2012年6月23日

1)ユダヤ人ネヘミヤはペルシアに仕えておりながら祖国のことを忘れることなく暮らしていました。ある時、その祖国の現状を知った時(ネヘミヤ1章4節)、彼は嘆き、断食して祈り、ある決断をします(ネヘミヤ2章7節-9節)。あなたが母国日本に対していだいている思いとはどんなものですか?

 

2)ネヘミヤの決断と行動についてネヘミヤ記2章12節は「神がエルサレムのためになそうとして、わたしの心に入れられたことを・・・(わたしの神がわたしの心を動かして 新改訳)」と記しています。このことを私達は神様からのコーリング(召命)と呼んでいます。ネヘミヤは祭司ではなく行政の役人でした。今日、私達はどんなコーリングを神様からいただきますか。

 

3)神様からのコーリングは、与えられた後に神様が自動的に全てを導かれるということではありません。ネヘミヤはまずエルサレムに赴き、自らの足で調査し、実際に城壁再建のために具体的に働き、同時に常に祈り続けました(ネヘミヤ1:5-11,2:4、4:4、5:19、6:9,14、13:14,22,29,31)。「実際のはたらき」と「祈り」が両輪となっていることはなぜ大切なのでしょうか。

 

 4)城壁の再建には多くの問題がありました。ネヘミヤ6章1節-9節を読みましょう。「皆もいっている。あの人も言っている」と非難されるとなぜ、私達は気持ちが萎えてしまうのでしょうか。なぜネヘミヤはそのような状況の中でも再建を断行することができたと思いますか。

 

 5)コーリングに応えていく時に直面する諸々の問題についてペテロはペテロ第一の手紙4章12,13節に記しています。なぜ「降りかかって来る試練を驚き怪しむ」なとペテロはここで言っているのでしょうか。

 

6)ペテロの「喜ぶがよい」という言葉はこのネヘミヤ記にも『主を喜ぶことはあなたがたの力です』(ネヘミヤ8章10節)という言葉で記されています。なぜ、主を喜ぶことは私達の力なのですか。

 

 


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。
よろしければ応援クリックをお願いします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください