ハングリアン民族

主の使は再びきて、彼にさわって言った、「起きて食べなさい。道が遠くて耐えられないでしょうから」 彼は起きて食べ、かつ飲み、その食物で力づいて四十日四十夜行って、神の山ホレブに着いた』 (列王記上19章7節-8節)

chronicle_image_10今や世界でも有名となりました日清のカップヌードルが発売されたのは1971年でした。それまでになかったものが世に登場しましたので、もの珍しさもあって、しばしの間はたくさん売れたようですが、やがて売れ行きが低迷してしましったようです。

そんな時、浅間山荘事件が起きました(1972年2月)。連合赤軍が人質をとって浅間山荘に立てこもったのです。場所は長野県の山間部、真冬ということもあり気温は氷点下、多くの機動隊が昼夜、山荘をとり囲みましたが、問題は不便な場所での食料の確保でした。そこで注目されたのが日清のカップヌードル。その時、日清は多くの在庫を抱えており、それを警察に寄付したのです。そして、このことが予想外の宣伝効果を生みだすことになりました。そうです、連日、報道される浅間山からのTV中継に厳しい寒さの中、湯気を上げながら、おいしそうにカップヌードルを食べる機動隊の姿が全国に発信されたのです。以来、カップヌードルは大ヒットとなり、今日にいたっています(こちらでは土地柄に合わせてハラペーニョ味のものも売られていますね)。

さて今日からカップラーメン・フェローシップを始めます。主にある兄弟姉妹ともうちょっと色々なお話がしたいという方、どうぞごゆるりとお交わりの時をお持ちください。「赤いきつね」と「緑のたぬき」を用意しています。牧師までお声をおかけください。                (8月14日 礼拝プログラム 落穂より)

うどんそば晩餐

マック

追伸:日清のカップラーメンといえばこんなCMがありましたね。これを見ると、あの時代の自分の姿すら思い起こします。映像・音楽・言葉が全てことごとく洗練されていた逸品なのでしょうね。

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