モーセ2:このままでは終わらない

私は「沈まぬ太陽」という作品を読んだことがないので、このドラマがどんな結末になるのか分からずにおりますが、私はドラマの中の恩地元本人ではなく、この物語をテレビ番組として見ている視聴者ですので、「恩地よ、このままでは終わらないぞ」という思いを持ちながら見ています。そうです、「かつての同僚、行天四郎は己が信念を曲げ、日本で出世街道を歩んでいるけれど、あなたは彼とは比べものにならないほどの貴重な体験をしている。そして、それは必ず後にとてつもない力となって返ってくるはず」と確信しているのです。

そして、ふと思うのです。私が恩地に対して抱いている思いは、どちらかというと神様の視点に近いのです。なぜなら、ドラマの中の恩地は先が見えずに、その日その日に精
一杯なのですが、私はこのドラマにおいて恩地がそのままで終わるはずがないということを知っているからです。ここがドラマの中の恩地とテレビの視聴者との徹底的な違いであり、それはそのまま今、諸々のことに直面して一喜一憂している私達と全てを存じていらっしゃる神様との違いなのです・・・。

今日は事情によりユーストリームの放映がありませんでした。

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モーセ2:このままでは終わらない
2017年1月15日

先週の日曜日にお話ししました。私達が過ごしました2016年という一年は確かに「私達の人生の一部」となりました。私達が歩み始めています2017年もこれから「私達の人生の一部」となります。しかし、2016年の一年間も2017年の一年間も「私達の人生の全て」ではありません。それらは私達が重ねてきました、そしてこれからさらに生きていく「人生の一部」にすぎないのです。

しかし、時に私達はその一年が全てであるかのように勝ち誇ったり、反対に深く落ち込んでしまうことがあります。いいえ、一年と言うまでもなく、ある一日をして、自分が人生の勝利者と思い、反対に自分は敗北者だとも思います。

先週はモーセの誕生から40歳の時までのことについてお話ししました。彼は気力、体力共に最も充実している時に、勇み立ちますが、もろくも挫折し、エジプトを追われて、ミデアンの荒野に逃れていきます。それはモーセの人生の全てではなく、モーセの人生の一部でした。後、40年間、モーセはこの荒野で暮らすことになります。しかし、それもモーセの人生ではありません。その40年もモーセの人生の一部なのです。

先週はイエス・キリストがなぜペテロという男を12弟子の一人として選んだのかということについてもお話ししました。使徒行伝はこのペテロについて人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った(使徒行伝4章13節)と記しています。そう、彼は無学な、ただの人でした。しかし、イエス様はこのペテロを選びました。ペテロは漁師であり、日々の重労働は彼に屈強な肉体を与えたことでしょう。ですから体力には問題はなかったでしょう。しかし、そのキャラクターには大いに問題がありました。彼は情に厚い人で、情熱はあるのですが、多くの失態をおかしました。気が短いところもありましたし、余計な一言が多いのです。

しかし、それでもイエス様は彼を選びました。なぜなら、彼は自分の心にある罪というものに気がつくセンスを持っていたからです。彼は神の前に自分は罪人であるということを誰よりも知っている人でありました。イエス様はそのところに着目しました。性格的に知的にペテロ以上の人はエルサレムにもガリラヤにもたくさんいたはずです。しかし、ペテロにはそんな心があったのです。言うなれば、他のことが足りなくても、粗削りの性格であっても、神の前に自分はどんな人間なのかということを知っているのなら、神様はその人を作り変えることができるのです。なぜなら、その下地が十分にその人にはあるからです。ペテロに関していえば、彼が足りないものは後に整えられるということをイエス様は知っていたのでしょう。そして、実際に彼は後に別人のように変えられ、初代教会のリーダーとなるのです。

さてモーセです。40歳の頃、同胞への思いからエジプト人を打った時、彼の腕力と知力は充実していました。しかし、その一番充実していた時に彼は何もないミデアンの荒野に逃亡したのです。1、2年ならまだしも、彼はそこに40年もの間、すなわちその年 80歳になるまでその所で羊飼いとしての生活をしたのです。彼の人生のプライムタイムを彼は何もない荒野で過ごしたのです。このようなことを私達は「都落ち」とか「左遷」と言います。

物を失うならまた取りかえすことができます。しかし、時間だけはそうはいきません。そのような意味でモーセは自分の人生のうち、40年という長い年月をとても単調な日々に費やしたのです。

彼はそこでチッポラという女性に出会い、彼女はモーセの妻となり、家庭を築きます。夫であり、父となったモーセは来る日も来る日も朝、まだ暗いうちに起きて、羊を連れ出して荒野に出て行き、どうやらこうやらわずかに生える緑の草を探し、羊を養うような毎日を過ごしていたのだろうと想像します。乾ききった大地に照りつける太陽が日中、焼けつくようにモーセを照らし、夕になると真っ赤な太陽が大地に沈んでいく。そんな単調な毎日が一月、一年、十年、そして四十年続く。自分の周りの環境は何も変化しませんが、モーセ自身は齢をとり、顔にはシワが増え、髭には白いものが混じってきます。それがモーセのミデアンでの日々でした。

かつては同胞をエジプトから救い出すのだという熱い思いをもっていました。実際にそれが可能なのではないかと思うほどに、彼はエジプトという国の中枢にいました。エジプトの王宮にいた時は召使が彼の前に膝まずきました。しかし、今、彼の前に伏しているのは羊の群れです。自分の人生はこのまま人知れずに、この荒野で終わるのだろうと思ったに違いありません。

創世記46章34節を見てみますと「羊を飼う者はすべて、エジプト人に忌み嫌われる」と書かれています。「エジプトのあらゆる学問」を究めたモーセは、かつて自分が王子として住んでいたエジプト人の忌み嫌うことに40年を注ぐことになりました。

弱い羊を養い導くためには、忍耐を要します。性急なモーセも、羊と共にゆるやかに歩むことを学ばなければなりませんでした。そして、それこそがこの後、彼が数百万ものイスラエルの民を40年もの間、荒野で導くために絶対不可欠なことでした。詩篇77章20節は言っています「あなたは、その民をモーセとアロンの手によって羊の群れのように導かれた」。また、民数記12:3にはモーセは「全ての人に勝って柔和であった」と書かれています。自分の思う通りには動かない羊を導くには長い年月の訓練が必要だったでしょう。そして、それによって学んだことが彼の後に不可欠ななことになりました。「自分の思うようにはいかない」という中で、彼は「全ての人に勝る柔和」を得たのです。

これらの事は全て、このミデアンの40年に培ったものだったのです。空虚と思われる荒野の40年こそが次に進むためにモーセにとって最も必要な場所だったのです。荒野で額に汗して働くということ、それはエジプトの宮殿ではしたくても経験できない事でした。羊の毛を刈って、加工し、毛布を作る、乳をしぼる、乳製品の製造、毛皮をはいで天幕や上着を作ること、肉を塩づけして貯蔵すること、他の遊牧民との交渉のし方、荒野の地理、天候、風土、言葉。これらはエジプトでは何一つ学べないことでした。そして、なによりも荒野の静寂の中で静かに神と自分に向き合う日々・・・。

誰も気がつかなかったでしょう。モーセ本人ですら気がつくことはなかったことでしょう。しかし、それが神の計画でした。モーセは知らぬ内に‶その日″のために整えられていったのです。神様の計画はあまりにも高くて壮大で私たちには掴みきれません。この無意味に思えるようなミデアンの荒野での経験なくして、この後の40年、彼が数百万ものイスラエルの民をエジプトから導き、荒野を旅するということは成し遂げられませんでした。もし彼がエジプトで机上の学びだけをした直後にイスラエルの民と共に荒野へと導かれていくのなら、彼らは過酷な荒野での生活に打ちのめされてしまったことでしょう。

神は神を愛する者達、すなわり、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ8章28節)とあるとおりです。

そんなミデアンの40年が経った頃、モーセは神の山ホレブにやって来ました。ふと見ると、しばが燃えているのが見えました。しかし、その火は確かに燃えているのですが、そのしばはなくならないのです。こんなことはありえないことです。物が燃えているのに、それが燃えつきないということはありえません。

彼は私たちも、おそらくそうするように、こう思いました「行って、なぜしばが燃え尽きないのか見てみよう」。彼がそのしばに近づき、見定めようとした時に、神はしばの中から彼を呼んで言ったのです「モーセよ、モーセよ」。彼は「ここにいます」と答えました。神様は言われました「ここに近づいてはいけない。あなたの足から靴をぬぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」(出エジプト3章5節)。

今、イスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプト人が彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」(出エジプト3章9節‐10節)。

ちょっとお待ちください!この時、モーセはいくつになっていましたか?彼はその年、80歳となっていたのです。人間の年齢として考えるならば、どう考えても、それは無理であり、不可能なことであります。40年におよぶミデアンの働きからリタイヤして、後は自分の子供や孫に任せて身を引く年齢です。言うまでもなくそのことをモーセ自身もよく分かっており、彼はすかさず答えています「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」(出エジプト3章11節)。

かつて意気揚々、体から力がみなぎり、あのエジプト人を打ち負かした時ならまだしも、まだ気持ちにおいても力満ちる時ならまだしも、彼のそれら可能性のある年月は寂しい荒野の40年で過ぎ去ってしまいました。なぜに、そんなプライムタイムを見過ごして、80歳になった彼に神様は声をかけるのか・・・。

なぜこの40年の間に神様は気力体力共に一番、脂がのっている若い人に、このミッションを任せなかったのか?それに相応しいと思われる者達もきっといたことでしょう。しかし、このことが神の計画であり、このことが神様のみ心だったのです。モーセのうちにあった己の力だけにより頼む心は砕かれ、彼の心はそのことを認めるにいたりました。今後の生活はただ上からの神の力による以外はない。私がこれから成そうとすることは、あなたの力によらず、完全に私の力によるのだということを神は示されたのです。その時がくるまで神様は待たれたのです。

これらの事をモーセにさらに確認させるように神さまは燃えるしばを眺めるモーセに言われたのです「ここに近づいてはいけない。足から靴を脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである

これからあの巨大なエジプトから、そこに奴隷となる同胞の民を救うために、神様はモーセのために燃えるしばの傍に幾千もの鎧と剣を備えてはいませんでした。これから色々と必要だからと軍資金をしばの傍らに置くこともなさいませんでした。ただ一言、神様は言われたのです、「あなたの靴を脱ぎなさい

地震が起きた時に、被災者にとって一番、大変なことは靴をはかずに裸足で逃げることだということを聞いたことがあります。このようなことは実際、体験しないと分からないのですが・・・。でも、想像してみてください、夜中、寝静まっている時に、大きな地震で家が揺れる。全ての物は床に叩きつけられ、全ての棚は倒れ、陶器が砕けて散乱している。停電となり、とにかく外に逃げようという時、もし靴がなかったらどうですか。メチャメチャに割れたガラスの上を裸足で歩くことを考えただけで、足の裏がうずきます。灼熱の太陽によって焼けるほどに熱くなり、砂の中に眠る様々な危険な昆虫や動物がいて、サボテンやらごつごつとした岩や石が転がる荒野を裸足で歩いている人はいません。それは不可能なのです。そのようなところで靴を脱いで生きることはできないのです。

しかし、神様はモーセに「あなたの靴を脱ぎなさい」と言われました。この言葉に従う時にモーセはあのエジプトと向き合うために完全に整えられたのです。このことを通して己の力により頼むのではない、完全に神だけにより頼んでいく、そのことを神様はモーセに示されたのです。彼がエジプトの学問を究めつくした時、人はその時が来たと思います。しかし、その時は神の時ではなく、彼が完全に神様だけに寄り頼んだ時こそが"その時"だったのです。そう、そのことを学ぶ年月がミデアンでの40年だったのです。

あのアブラハムに「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう」(創世記12:1-2)と神様のお声がかかったのはいつでしたか?彼が75歳の時でした。モーセと同じように、かつて持っていた自分の力が、そぎ落とされた後のことでした。

あのギデオンが敵と対する時に、彼のもとには32000人の兵士がいました。しかし、神様は彼に語られたのです「あなたと共におる民はあまりに多い。おそらくイスラエルはわたしに向かってみずから誇り、わたしは自身の手で自分を救ったのだと言うのであろう」(士師記7章)。

ゆえに神様は32000いた兵士を10000に減らし、されに、それが最終的に300人へと減らされました。戦の勝ち負けは兵士の数によります。これは、私たちの常識です。しかし、神はあえて完全に無力な者達をして、完全に神に委ねることを彼らに教え、勝利をとられたのです。

イエス様が自身で選ばれた12弟子たちはどうでしょうか。このグループを見た者達は、「さすがにイエスだ、いい人材だ」という人たちでしたか。いいえ、彼らを見た人たちは驚き呆れたに違いありません。神様は不完全な者を選ばれましたが、後に彼らが完全に神に信頼することにより、驚くべき神のみ業がなされたのです。

山崎豊子さんの小説をもとにして作られましたドラマ、「沈まぬ太陽」を観ています。主人公の恩地元(おんちはじめ)は国民航空の労働組合委員長を務めたためにパキスタンのカラチ、イランのテヘラン、アフリカのナイロビと僻地に送られ続けます。当初パキスタンは二年、テヘランも期間限定と言われて赴任します。その過酷な赴任は家族にも少なからぬ影響を与え、いよいよテヘラン任務を終え、帰国だろうという矢先に今度はアフリカへの辞令がきます。そのために母親の死に目にも立ち会うことが出来ません。その間、心が折れてしまうようなことを恩地は幾たびも経験します。そうです、彼には先が見えないのです。帰国日が決まっているのなら、その日を目指して、それを励みに業務にあたることが出来ますでしょう。しかし、会社からは何度も裏切られ続けます。

私は「沈まぬ太陽」という作品を読んだことがないので、このドラマがどんな結末になるのか分からずにおりますが、私はドラマの中の恩地元本人ではなく、この物語をテレビ番組として見ている視聴者ですので、「恩地よ、このままでは終わらないぞ」という思いを持ちながら見ています。そうです、「かつての同僚、行天四郎は己が信念を曲げ、日本で出世街道を歩んでいるけれど、あなたは彼とは比べものにならないほどの貴重な体験をしている。そして、それは必ず後にとてつもない力となって返ってくるはず」と確信しているのです。

そして、ふと思うのです。私が恩地に対して抱いている思いは、どちらかというと神様の視点に近いのです。なぜなら、ドラマの中の恩地は先が見えずに、その日その日に精一杯なのですが、私はこのドラマにおいて恩地がそのままで終わるはずがないということを知っているからです。ここがドラマの中の恩地とテレビの視聴者との徹底的な違いであり、それはそのまま今、諸々のことに直面して一喜一憂している私達と全てを存じていらっしゃる神様との違いなのです。

私達は思うことがあります。一体、この自分が今おかれている状況は何なのか。この状況の中で自分は埋もれていくのか。何という遠回りをしているのだろうか。このことが自分の人生にとって何か益となるのだろうか。モーセの場合もそうなのです。普通に考えればモーセの生涯はかつてのエジプトの王子が、逃亡して荒野でその生涯を終えたということで終わるのです。しかし、私たちが信仰の目をもってこの物語を見ていくのなら、私たちには到底、思いも浮かばないことが、このモーセの40年にあることを見出すことができるのです。

私達にはその時はなぜ、このような状況に自分が置かれているのだろうと分からないことが多々あります。しかし、そのような時にこそ神様は私達に語りかけております。その直面している問題よりももっと大切な、私達に益となることに気がついてほしいことがあるのです。そして、それを知る時に私達は確かに昨日の自分とは違う自分となっているのです。ましてやその時に自分の弱さということに気がつかされるのなら、私達は神の力に目を注ぐことができるようになるのです。言うまでもない、私達の力と知恵はいかほどのものでしょう、それに対して神の力と知恵はどんなに大いなるものでありましょう。

主にある兄弟姉妹、どうかこのことを心に留めて今日はお帰りください。今日の挫折が人生の全てではありません。昨年、一年間、試練ばかりだったということが私達の人生の全てではありません。その一日は、その一年はその前後と関わり合って一つ所に向かっているのです。私達はまだ私達の人生の全体を見ていないのです。ですから私達は下を向いて絶望するのではなく、上を見上げて神のみ心に思いを寄せるのです。今日も一日、精一杯、私達ができる最善を尽くしましょう。己が限界を謙虚に認め、神により頼みましょう。私達の人生は私達の最善と神の摂理によって、その完成の途上にあるのですから。お祈りしましょう。

Moses 2   It can’t end like this

As I have spoken of last week, the year of 2016 has passed, and become “a part of our life”.  And the year of 2017 which has just started will also become “a part of our life” later.  The year of 2016 and 2017 is not the entirety of our lives. It is a just short period of time in our life in the past and in the future.

However, we boast in victory of ourselves easily, or on the other hand, we get depressed badly as if that one year is our whole life.   Far from it, we decide whether we are winners or losers of our life by the results of a single day.

Last week, I told you about Moses’ life from his birth to his age of forty. When he was having a fulfilling life, both mentally and physically, he tried to save his people but failed and broke down.  He was exiled from Egypt and escaped to the wilderness of Midian.  What happened to him there was not the entirety of his life but just a part of it.  Later, he lived in this wilderness for forty years.  But that was not the entirety of his life either.  This period of forty years is also just a part of his life.

Last week, I spoke of why Jesus chose Peter as one of his twelve disciples.  It is written in Acts, “13When they saw the courage of Peter and John and realized that they were unschooled, ordinary men, they were astonished and they took note that these men had been with Jesus.” (Acts 4:13)   Yes.  Peter was an uneducated ordinary man.  But Jesus chose this man.  He was a fisher man who had strong muscles from his work.  So his physical strength was not a problem to him at all.  But his character had problems.  He had a warm heart and was very passionate. But he blundered a lot.  He was short tempered and always had to say one word too many.

But Jesus dared to choose Peter as his disciple.  It is because Peter was sensitive to his sins in his heart.  He knew that he was a sinner before God more than anyone else.  Jesus’ attention was on this particular point.   There must have been those with better character or those more intelligent in Jerusalem or in the area of Galilee.   But Peter had such a heart to realize his sins.  It means no matter how a person is imperfect or no matter how his character is unrefined, God can make him change as long as he knows who he is before God.  It is because a person is well grounded to be changed.  Regarding Peter, Jesus knew that God will make up his weakness, and will prepare him as a disciple later.  As a result, Peter was changed like a different person and became a leader of the church.

Let’s go back to Moses.  When he killed the Egyptian at the age of forty because of his heart to the Hebrews, his people, he was full in strength and in wisdom.  But he had to escape to the wilderness of Midian at the most substantial time of his life.  He did not live in Midian for a mere year or two but he lived there for forty years as a shepherd until the age of eighty.  He spent his prime time in the wilderness where there was nothing.   We would call this a “demotion “or an “exile from the capital.”

If we lose something, we can get it back.  But we can’t take back time.  Moses spent a very monotonous life there for forty long years.

He met a woman named Zipporah there.  She became his wife and Moses raised a family.  I can imagine his daily life.  He woke up early in the morning before dawn and took his sheep out to the field.  He managed to find just enough of the scarce green grass to take care of his flock.  During the day, the burning sun shone down on the dry land and scorched Moses. In the evening, he saw the red sun setting in the land.  The monotonous day like this continued for a month, for a year, for even ten years then for forty years.  Although his surroundings never changed, Moses himself aged with wrinkles on his face and gray hairs in his beard.  This was Moses’ days in Midian.

He once had a burning passion to save his people from Egypt.  Actually, he was in the center of Egypt where it seemed possible to use his power to save the Hebrews.  There was a time when Moses’ servants fell down on their knees before him in the palace in Egypt.  But now in the field, only sheep laid down before him.  He must have thought that his life would end in this wilderness.

In Genesis chapter 46 verse 34, it is written, “For all shepherds are detestable to the Egyptians.”  Moses who pursued all kinds of studies in Egypt and lived as a prince had to work for forty years as a shepherd, which the Egyptians detested very much.

A shepherd needs patience to lead his helpless sheep.  Moses who was impatient had to learn to walk slowly with his sheep.  But this was the most important character he needed in order to lead several million Israelites in the wilderness for forty years, later in his life.  Psalms chapter 77 verse 20 says,” You led your people like a flock by the hand of Moses and Aaron.”   It also says in Numbers chapter 12 verse 3,” (Now Moses was a very humble man, more humble than anyone else on the face of the earth.)  He needed years and months to learn how to lead the sheep that would not move as he wished.  And this was crucial later in his life.  He was able to gain humbleness which was written in the Bible as “more humble than anyone else” through his work which “didn’t go as he wished.”

These were all learned during his forty years in Midian. The forty years of life in the wilderness seemed meaningless.  But it was the most crucial place for Moses to experience in order to take the next step.   Working with sweat from his forehead was the experience he couldn’t have in the palace even if he had wanted to.  Shearing the sheep, spinning their wool and weaving it, milking the sheep, making dairy products, skinning the animals to make tents and clothes, preserving salted meat, learning the way to negotiate with other nomads.  Learning about geographical features, weather, climate, and languages.  He would not have been able to learn anything like this in Egypt.   But the best thing he experienced among those was to face God in the silence of the wilderness every day.

No one knew.  Even Moses didn’t know.  But this was God’s plan. Without knowing, he was prepared for “The day”.  God’s plan is too high and too magnificent for us to see.    It was impossible for Moses to lead millions of Israelites from Egypt and roam with them in the wilderness for forty years without the experience he had in the Midian, which at the time seemed to be meaningless.    If Moses was led to the desert with the Israelites with only the wisdom from books, he would have been dejected by the severe life in the wilderness.

It is as written in the Bible “And we know that in all things God works for the good of those who love him, who have been called according to his purpose.” (Romans 8:28)

Moses came to Horeb, the mountain of God.  He saw the burning bush.  Strange to say, it was burning but didn’t burn up.  It is impossible for something to be burning but to never disintegrate.

Moses took action.  We would probably do the same.  He said “I will go over and see this strange sight”.  When he approached the bush and tried to see what it was, God called him from the burning bush.  “Moses! Moses!” and Moses answered, “Here I am.” “Do not come any closer,” God said. “Take off your sandals, for the place where you are standing is holy ground.”(Exodus 3:5)

And now the cry of the Israelites has reached me, and I have seen the way the Egyptians are oppressing them. 10 So now, go. I am sending you to Pharaoh to bring my people the Israelites out of Egypt.” (Exodus 3:9-10)

Wait a minute!  How old was Moses at that time?  He was 80 years old.  From our point of view, it is impossible for an eighty year old person to do such a thing. It is the age to retire after working in Midian for forty years and to leave his work to his children and grandchildren.   Needless to say, he knew about it and answered God immediately.   “Who am I that I should go to Pharaoh and bring the Israelites out of Egypt?”(Exodus 3:11)

It would be understandable if Moses had been called by God when he was full of power, when he had slain the Egyptian.  The window of opportunity had passed while he spent his time in the wilderness quietly for 40 years.   Why did God ignore Moses in his prime?  And why did God call Moses at his age of 80.

Why didn’t God give the mission to a younger person who is of their best both mentally and physically?  There may have been others suitable for God’s mission.  But this is God’s plan and His will.  Moses who had thought that he could do anything with his strength was totally crushed.  Now he realized that he couldn’t depend on anything but God.  God showed Moses that what would become will not be done in his own strength, but be done entirely by God.  God had been waited until this time had come.

God told Moses who saw the burning bush, “Do not come any closer.  Take off your sandals for the place where you are standing is holy ground.” as if to confirm this.

God did not prepare thousands of armors and swords in the burning bush to free his people from slavery in Egypt.  God did not leave money along the bush towards this effort.  God said just one word to Moses.  “Take off your sandals.”

I have heard that the biggest problem for victims of an earthquake is to run away without wearing their shoes.  It is hard to know without having experience.  But imagine being in an earthquake.  During the night, the house suddenly starts to shake violently.  Every thing falls on the floor.  All the shelves fall and the plates shatter all around.  There is a power failure.  In this situation, what would happen if we go out without wearing shoes?  My sole is sore just imagining myself walking on the broken glass shards with bare feet.  In the desert, sand gets very hot under the scorching sun and there are dangerous insects and animals living in the sand.  So nobody wants to walk without shoes in the desert, where cactuses and rocks are.  It is impossible to live without shoes.

But God told Moses, “Take off your sandals.”  When he obeyed God’s word, he was now prepared to face Egypt.  Through this incident, God taught him to rely on God completely, rather than his own strength.  People may think that it is the time for Moses to stand up for his people when he had completed his studies in Egypt.  But it was not God’s timing.  The time had come when Moses relied solely on God.  Forty years of Midian was the time he needed to learn how to be obedient to God.

How old was Abraham when God called him? “The Lord had said to Abram, “Go from your country, your people and your father’s household to the land I will show you. “I will make you into a great nation, and I will bless you; I will make your name great, and you will be a blessing. (Genesis 12:1-2)  It was at the age of 75.  It was the time when his physical strength had been taken away like Moses.

When Gideon fought with his enemies, he had 32,000 soldiers at first.  “But God told to him.  “You have too many men. I cannot deliver Midian into their hands, or Israel would boast against me, ‘My own strength has saved me.’ (Judges 7:2)

This is why God reduced the number of soldiers from 32,000 to 10,000, and again reduced to them to 300 in the end.  It is our common sense to decide the win or loss of a fight by the number of soldiers.  But God dared to choose only a few to gain victory because He wanted to teach them how to rely on God,

How about the disciples whom Jesus had picked himself?  Are they a group of people that others agreed to and praised?  No.  People must have been surprised and shocked.  God chose the imperfect.  But when they relied on God completely, God showed us His amazing work.

I watch a Japanese TV drama titled “Shizumanu Taiyo” meaning “The Sun that never sets”   In the story, Hajime Onchi, the hero, is sent to remote countries starting with Karachi in Pakistan, Tehran in Iran, and Nairobi of Kenya in Africa.  It was because he became a leader of the labor union of a National Air Line.   At first, he was told to work in Karachi for just two years.  Then he was sent to Tehran, where he was scheduled to work for temporarily, but he was made to stay much longer.  This hard assignment also influenced his family.  When he was expecting to leaving for Japan after Tehran, he was told again to go to Africa.  Because of this assignment, he was not able to be present at his mother’s death.  During this period of time, he experienced many hardships that crushed his heart, time after time.   Yes.   He can’t see his future.  If they know when their assignment is set to be over, they can set goals for themselves and work hard aiming for that goal.  But his company didn’t keep their promises and let him down many times.

Since I have never read this novel, I don’t know what will happen in the end.  I am not Hajime Onchi in this drama but just a TV viewer.  So I watch it thinking, “Hajime Onchi, you can’t end like this.”  I cheer him up and say, “Your previous co-worker, Mr. Shiro Gyoten, compromised his belief to race up the promotion ladder in Japan, but you had so many precious experiences no one could have.  It can’t compare with Mr. Gyoten’s achievements.  I am sure that these experiences will come back to you as a fruitful result later.”

Then I think like this.  My heart towards Mr. Onchi may be similar to God’s view.   I know that Mr. Onchi can’t end like this.  On the other hand, Mr. Onchi can’t see his future, and he only works day by day.  This is the huge difference between the hero in this drama and TV viewers like me.   And it may be the same situation between us and God, because we live restlessly every day but God knows everything about us.

We have doubts about our life.  What is our situation now?  Are we going to be buried in a society like this?  Why do we go the long way round?  Does this have any benefit to our life?  Same questions could be applied to Moses.  Normally we would think that Moses, who used to be a prince of Egypt, ended his life in the wildness after running away from Egypt.  However, if we see his life with our faith, we can find something extraordinary we would never have expected in these forty years.

There are many times when we find ourselves in situations we don’t understand.   But this is the time when God tells us something.   He wants us to realize that there are more important things in our life than the situation we are facing now.  When we realize this, we notice that we are different from who we were yesterday.  Moreover, if you find your weakness, we can see God’s power.  Needless to say, we know how small our strengths and wisdoms are.  But God’s wisdom and power is so magnificent.

Brothers and sisters in Christ.  Please remember this to take home in your hearts.  Your failure today is not all about your life.  Hard experiences you have had this past year is not the entirety of your life.  Yesterday and the past year are all linked together to other days and years to lead to one direction.  We don’t see the whole picture of our lives yet.  So please don’t look down and be burdened. Instead, look up and ask God’s will.  Let’s do our best today and every day.   Humbly admit your limit and rely on God.  Our life is still on the route to a successful completion through our best effort and God’s providence.  Let’s pray.

Translated by Takako Nishii & Shirah Vogt

本日のおもちかえり
2017年1月15日

1)なぜ自分の人生をある一時期だけで評価するのではなく、全体をもって評価することは大切なのでしょうか。

 

2)エジプトの王子であったモーセはミデアンの荒野に逃亡して、そこで40年を暮らしました。私達は聖書を通してモーセの人生の全体を知っています。このミデアンの荒野での40年にはどんな意味がありましたか。

 

3)あなたは「マイナス」に思えるようなことが、転じて「プラス」になったという経験をしたことがありますか。マイナスの状況から教えられたことがありますか。そのことはあなたにとってどれくらい価値あることとなりましたか。

 

4)民数記12章3節は「全ての人に勝って柔和であった」とモーセを評しています。このモーセの柔和はどこで培われたものでしょうか。イスラエルの民を導くにあたり、このモーセの性質はなぜ必要でしたか?

 

5)神様は燃えるしばを前にモーセに「あなたの足から靴をぬぎなさい」(出エジプト3章5節)と語りかけました。このことは何を意味しますか。

 

6)なぜこの言葉に続いて神様はモーセに「さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」(出エジプト3章9節‐10節)と言われたのでしょうか。神様はどのようにして人を用いられますか。

 

7)自分の願い通り、思い通りにならない時に神様は私達に大切な何かを気がつかせようとしていると私達が受け止めることはなぜ大切ですか。

 

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