仮の宿に暮らしている私達

寄留者とは「仮の場所に住んでいる人」ということです。私は先週、池袋の安宿の一室にいました。スーツケースを一つだけ持って、そこにやってきました。その宿に四泊して帰ってきました。ですから、それは明らかに旅であり、私はしばし東京という町に寄留したのです。

同じように聖書は一つ所に80年住んでいても、私達は旅人であり、私達は仮りの場所に住んでいるのだと言います。そうです、少しばかりそこに留まる日数は多く、荷物も多いのですが、この地上での人生も借り宿なのです。

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仮の宿に暮らしている私達
2019年1月27日

マイクとジョンという二人の高齢の男性がいました。彼らはいつも町のカフェでコーヒーを一緒に飲み、色々なことを話すことを楽しみにしていました。彼らは若い時、マイクは三塁手として、ジョンはピッチャーとして地元の野球チームで活躍していたため、毎日のように野球の話をしていました。そんなある時、二人はこんな話をしました「天国にも野球チームはあるのだろうか」。

それから一年後、マイクはジョンより先に召されていきました。仲間を失ったジョンは悲しみの中を暮らしていました。そんなある晩、ジョンの夢の中にマイクがあらわれたのです。そして、ニコニコしながらジョンに言いました「ジョン、グッドニュースが一つ、そしてバッドニュースが一つある。グッドニュースは天国にも野球チームがあるということ、現に俺も今、そこで三塁手としてプレイしている。そして、バッドニュース、それは・・・、(マイク、遠慮せずに言ってくれよ)今週、金曜日の先発ピッチャーが発表されたのだけれど、お前が先発予定だ」。

時々、このように私達の会話の中に、ジョークの中に「天国」が見え隠れします。映画やドラマでも天国をテーマにしたものがあります。しかし、それはどこか、おとぎ話のようで、今いちピンときません。

しかし、聖書は確かに天国はあると言っています。ヘブル人への手紙11章13節―16節を読みましょう。

⑬これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを自ら言いあらわした。⑭そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。⑮もし、その出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。⑯しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。

この聖書箇所から今日は「仮りの宿に生きている私達」ということをお話ししたく願っています。

寄留者とは「仮の場所に住んでいる人」ということです。私は先週、池袋の安宿の一室にいました。スーツケースを一つだけ持って、そこにやってきました。その宿に四泊して帰ってきました。ですから、それは明らかに旅であり、私はしばし東京という町に寄留したのです。

同じように聖書は一つ所に80年住んでいても、私達は旅人であり、私達は仮りの場所に住んでいるのだと言います。そうです、少しばかりそこに留まる日数は多く、荷物も多いのですが、この地上での人生も借り宿なのです。

今、読みましたへブル人への手紙11章13節は「これらの人は・・」という言葉で始まっています。日本語の文法でこのような文がきました時は、当然、その文章の前に「これらの人」が描かれているのです。

この前の箇所に記されているへブル11章13節の前には7人の名前が挙げられています。その人達の名前は「アベル、エノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、サラ」です。そして、これらの人たちにおそらく共通していたことは、彼らのほとんどが、自分の生まれ育った場所、すなわち故郷を離れて生きた人たちでありました。

そして、これらの人達は皆、自分達の故郷はこの世のものではなく、それは天にある故郷だということを知っていたということなのです。

詩篇39篇4節-7節を読んでみましょう

主よ、わが終りと、わが日の数のどれほどであるかを私に知らせ、わが命のいかにはかないかを知らせてください。見よ、あなたはわたしの日をつかのまとされました。わたしの一生はあなたの前では無にひとしいのです。まことに、すべての人はその盛んな時でも息にすぎません。まことに人は影のように、さまよいます。まことに彼らはむなしい事のために騒ぎまわるのです。彼は積みたくわえるけれども、誰がそれを収めるかを知りません。主よ、今わたしは何を待ち望みましょう。わたしの望みはあなたにあります」。

この詩篇を書いた人は言いました「神よ、私の命がいかにはかないかを教えてください。この私の一生はに等しい、その人生の絶頂にあるような時でさえも、それはにすぎないことを。それはのようなもので、私たちは空しいことのために騒ぎまわり、私たちが汗水垂らして蓄えたものも、それが最終的に誰の手にわたるかも知らない者です」。

はかない」「」「」「」これらの言葉は何を意味しているのか。「はかない」とはあっけないということ。「無」とはそれこそ何もないこと。「息」とは一瞬になされるもので「影」とは少しの間そこにあるもので、すぐに消えてしまうものです。すなわち、これらのものは全て「つかの間」ということを現しています。私たちの人生ははかなく、無で、息で、影のようにつかの間のものだというのです。

日本の歌に「ふるさと」という唱歌があります「うさぎ、追いしーかの山、小鮒釣りし、かの川―」。「ふるさと」を広辞苑で調べると、まず「自分が生まれた地」と書かれています。

多くの私たちの心からそのふるさとへの思いが消えることはありません。ふるさとの歌を聞くと、あっという間に私たちの心はあの町、この町へと飛んでいく。そこが田舎であるならば、田んぼの匂い、蝉の鳴き声を新緑の香り、川のせせらぎの音、私も今でもそれらを思い起こすことができるます。

しかし、一つ残念なことがある。それは、多くのこれらのふるさとも変化をするということです。今、私たちが自分のふるさとに帰郷すると、ほとんどの場合、その町並みの変り様、そこに住む人たちの変化に気がつきます。

今、私自身、自分が置かれている状況を考える時にも思うことがあります。先週、私は母を訪ねましたが、この母もいつか主の元に帰っていく時がきますでしょう。そうしたら、おそらく私が母国、日本に行くことは少なくなるということです。私にとっての文字通り母国と呼んでいた意味が失われるからです。

これらのことを先ほどの七人はそのことに気がついていたのでしょう。故に彼らはそのような故郷を思うのではなく「天にあるふるさとを恋い慕っていた」のです。そして、13節にあるように「はるかにそれを望み見て喜んだ」のです。そして、神ご自身が彼らのために都を用意されていたのです。

ローマ書を書いたパウロはその8章18節―25節においてこのようなみ言葉を残しています

18わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。19被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。20なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、21かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。22実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。23それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。25もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである」。

へブル書に書かれている人たちは望んでいるものがありました。そして、このパウロも24節で言っています「わたしたちは、この望みによって救われている」。どの望みか、すなわちその前に彼が記しているように、私たちがやがて栄光の体に変えられること、神の子たる身分が授けられていること、すなわち、それは私達が天のふるさとにやがて帰るということであり、その望みによって救われているというのです。

海外に暮らす者が覚悟しなければならないこと、それはもう一度、あの祖国の土を踏む事ができないかもしれないということです。それは年齢に関係はなく、誰にも起りうることです。訪日してアメリカに帰る時に、空港ロビーで「これが最後の訪日になるかもな」と胸に詰まる思いで飛行機に搭乗なさった方がこの中にいるかもしれない。

しかし、私たちには天のふるさとが保証されています。地球上のふるさとを「仮のふるさと」と説明するなら、私たちの命の始まりを与えて下さった父なる神がおられる地を私たちは真のふるさとと呼ぶのです。

神学者でもあり、クリスチャン作家でもあったC S ルイスが書いた「ナルニア国物語」のシリーズを読んだことがある人がいるでしょうか。その最終章となります「ナルニア国物語・最後の戦い」はこの長い物語のクライマックスであるにもかかわらず、ありふれた「それで皆は幸せになりました」という終り方をしていません。

ナルニア国物語」のシリーズの中には、わくわくするような冒険や旅の様子が描かれていますが、そのシリーズの最後でルイスは「これから本当の物語が始まる」ことを告げています。

それまでのナル二ア国の数々の冒険は「物語の表紙やタイトルページにすぎない」と言うのです。本当の第一章はようやくこれからスタートするというのです。そして、それらとは地上でまだ誰も読んだことのない物語であって、これから永遠に続くもので、一章先へ進むごとに、さらに素晴らしい話になる。と記されています。

すなわちルイスが言っていることは「えーここまで読んだ冒険物語は全部、本当に素晴らしい話の前書きでしかなかったの!こんなにおもしろい出来事が全部、これから始まるもっと素晴らしい話の予告だったなんて!」ということなのです。

主にある兄弟姉妹、私たちの真のふるさとは天にあるのです。私たちはこの望みに生きる者たちなのです。

天のお父様、御名を崇めます。今朝、私達に約束されている故郷について心を向けることが出来ましたことを感謝します。この色あせることのない、永遠のふるさとを目指して一日一日を大切に精一杯、生きていくことができるようにお導きください。主イエス・キリストの御名によりお祈りします。アーメン

We are living at temporary house.
Jan 27, 2019

There are two elder men named Mike and John. They always had coffee at a café in their town and enjoyed the chat. When they were young, Mike was the third baseman and John was a pitcher in the local baseball team, so their chat was always about baseball, and one day they discussed, is there a baseball team in heaven?

After one year, Mike was passed away and went to heaven. John lost his best friend and lived with grief. One night, Mike was appeared in John’s dream and said with a smile, “Hey John, I have good and bad news for you, good news, we have a baseball team in heaven and actually, I am enjoying it as a third baseman. Bud news・・・, what is that?  Mike, tell me! John said. We were announced next Friday’s starter and seems like you will throw the ball.

In our conversation or even in our jokes, we mention about heaven. We can see heaven in movies and drama, but most of the time these heavens sound like a fairy tale.

But the Bible said surely there is a heaven. Let us read the book of Hebrew 11:13-16.

For those who speak English, during this sermon, I will quote a couple of the Bibles verses and read it in Japanese, but I will not read the same verses in English to save time, especially long verses, but you will see the English verses on the screen along with Japanese, so please read it while I am reading. Thank you!

So this is Hebrews 11:13-16;

13All these people were still living by faith when they died. They did not receive the things promised; they only saw them and welcomed them from a distance. And they admitted that they were aliens and strangers on earth. 14People who say such things show that they are looking for a country of their own. 15If they had been thinking of the country they had left; they would have had opportunity to return. 16Instead, they were longing for a better country—a heavenly one. Therefore, God is not ashamed to be called their God, for he has prepared a city for them.

I would like to share about “we are living at the temporal place”.

The meaning of Alien is the person who stays in a temporal place. I was at a motel in Ikebukuro, Tokyo last week. I brought one suitcase with me. I stayed there for four days. So clearly it was travel and I was an alien in Tokyo.

The Bible also tells us we are the traveler and we are living temporal place even though we have been living there for eighty years with a lot of stuff. Yes, the life is only a little bit longer and a little bit lot of stuff we possess, but still we are alien on the earth.

Today’s Bible verses, Hebrews 11:13 begin with “all these people”. In grammar, these all people are written before that sentence. Let’s me explain this little bit.

These all people were written before verses 13, there are seven people written there “Abel, Enoch, Noah, Abraham, Isaac, Jacob and Sara”, and most of them had been lived apart from their home country.

And these people knew their country is not on this earth, but it is the heavenly country. Please read Psalm 39:4-7

“Show me, O LORD, my life’s end and the number of my days; let me know how fleeting my life is. 5 You have made my days a mere handbreadth; the span of my years is as nothing before you. Each man’s life is but a breath. 6 Man is a mere phantom as he goes to and fro: He bustles about, but only in vain; he heaps up wealth, not knowing who will get it. 7 “But now, Lord, what do I look for? My hope is in you.

The author said “God, teach me how the fleet is my life. The span of my years is nothing. Even though my life is at the height zenith, it is just a breath. My life is just a phantom, and we go to and fro for empty. We do not know who will take our wealth.

“Fleet” “Nothing” “Breath” “Phantom”. What is the meaning of these words? Fleet is just an instant, nothing is nothing, Breath is done by in a moment, Phantom remains just short time, and disappear. Every theses word shows us a passing moment, and these explain about our life.

In Japanese folk song, we have a so-called, “Furusato-Hometown”. The song is about our home town. The song starts like “We chased a rabbit in the mountain and fished little fish at the river. When we looked at the word “hometown” in Japanese dictionary; they said that is the place we were born”.

Many of us never forget our hometown. When we, Japanese listen to the song, our heart goes to our hometown. If the town is in a country, we can still remember the smell of rice field and fresh green, the cry of locust and the sound of a little stream.

But one thing unfortunate in hometown, which is those hometowns are also changing. When we go back to our hometown, usually, we notice the change of stores and house on a street and people who live there.

And when I ponder about my current situation, I realize one thing. I visited my mother last week but someday she will going back to our father’s place, when that moment had come I feel I will not going back to Japan as often as I visit go now. Because the meaning of my mother country is ended.

The previous seven people knew it, therefore they were longing for a better heavenly country and God has prepared a city for them. Please read in English Bible, Romans 8:18-25

Apostle Paul said in the book of Romans 8:18-25; 18I consider that our present sufferings are not worth comparing with the glory that will be revealed in us. 19The creation waits in eager expectation for the sons of God to be revealed. 20For the creation was subjected to frustration, not by its own choice, but by the will of the one who subjected it, in hope 21that the creation itself will be liberated from its bondage to decay and brought into the glorious freedom of the children of God. 22We know that the whole creation has been groaning as in the pains of childbirth right up to the present time. 23Not only so, but we ourselves, who have the first fruits of the Spirit, groan inwardly as we wait eagerly for our adoption as sons, the redemption of our bodies. 24For in this hope we were saved. But hope that is seen is no hope at all. Who hopes for what he already has? 25But if we hope for what we do not yet have, we wait for it patiently.

The people in the book of Hebrews has thing longed for, and apostle Paul also said in verse 24; “For in this hope, we were saved” What hope is that? The hope is written prior to that. His hope is “Our body will be changed to the glorious body, to adopt as God’s son and that means we will go back to our heavenly home someday”. Paul said we are saving by these hope.

Those who live abroad always accept the possibility of not back to our home country again in our life. It does not matter our age but it will happen to anyone. Some people might think after spent days in Japan and when they come back to State, they might think this trip might be my last visit to Japan.

But God prepared the heavenly home for us. If we call our home town on earth “temporary”, we call the place where there is our heavenly father, we call that place “our true house”.

World famous theologian and well known Christian writer, CS Lewis wrote “The Chronicles of Narnia”. I think you might read this story before. The series is ended with the chapter of “The last battle”, and in that conclusion does not say something like “finally everybody became happy”.

Lewis describes exciting adventures and journey and in its very last page Lewis wrote: “the true story will just begin”.

The stories by then are just a front cover of book or title page. The chapter one is just beginning, and nobody read these stories on the earth and the stories will continue eternally, and the story is getting greater and greater.

Lewis said here “The adventure you read was just an introduction! These all adventures are just an announcement of the forthcoming great story! It is an introduction before the wonderful story will begin!

Brothers and sisters, our true hometown is in heaven. We are living now by this hope. Let’s pray.

Heavenly Father, we praise your name. Thank you that we could make sure about the goal today. The country is not fade away but that country will continue eternally. May you lead us to that eternal country, and live our daily life with our best. We pray these things in precious Jesus name, Amen.

Translated by Makoto Okura

本日のおもちかえり
2019年1月27日

1)世の中で「天国」について話されることがありますが、どのように語られることが多いと思いますか。

 

2)ヘブル人への手紙11章13節―16節を読みましょう。「旅人」、「寄留者」という言葉からあなたはどんなイメージを持ちますか。

 

3)私達はこの世にあっては「旅人」であり「寄留者」であり、私達には本当の故郷が用意されているということを自覚することは私達の日常生活にどんな影響を与えますか。

 

4)詩篇39篇4節-7節を読みましょう。『わたしの一生はあなたの前では無にひとしいのです。まことに、すべての人はその盛んな時でも息にすぎません。まことに人は影のように、さまよいます。まことに彼らはむなしい事のために騒ぎまわるのです』という言葉は私達にどんな内省をうながしますか?

  

5)ローマ8章18節―25節を読みましょう。『今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない」(18)。この言葉はこの世界で苦しみを感じている私達にどんな希望を与えてくれますか。ここに記されている「わたしたちに現されようとする栄光」とはどんなものだと思いますか。

 

6)『わたしたちは、この望みによって救われているのである』(24)。この望みとは何ですか。

 

7)なぜ『目に見える望みは望みではない』(24)のですか。普段、私達が望みを置いていることは何ですか?それは本当に私達の希望となり得るものですか。

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