再考、永遠の命

『あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る』(創世記3章19節)。

以前、葬儀の備えのために、あるご遺族と葬儀者の方と打合せをしておりましたら、彼らが見せてくれたカタログの中に数年で土になるという骨壺がありました。そうです、その骨壺が土に埋められますと、やがてそれは土と同化し、やがてはその中にある遺骨も土となるのです。そんな骨壺を見ながら、私はこの創世記の言葉を思い起こしていました。そうです、この創世記に書かれていることは誰にも当てはまる私達の行く末なのです・・・・。

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再考、永遠の命

ヨハネ6章27節-30節

2014年12月7日

私達は「キリストを知る」というテーマのもと、ヨハネによる福音書を見ております。そのヨハネによる福音書ではイエス様が何度も“あること”について語っています。今日はその“あること”についてお話をしたく願っております。そのためにまず、まず旧約聖書が人の死と死後について何と言っているのかということをお話したく願っております。

旧約聖書における死生観

ご存知のように聖書には新約聖書と旧約聖書があります。ざっくりとこれを区別しますのなら、イエス・キリスト以前のことが記されているのが旧約聖書、そしてキリスト以後のことが書かれているのが新約聖書です。当然、どちらにも記されていることは神と人が織りなした出来事です。そして、その出来事の中で全ての人達に共通することは人は生まれ、死ぬということです。

そもそも人の命の初めについて聖書は神が人類最初の人、アダムを造られた様をこのように記しています。『7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった』(創世記2章7節)。この時点ではアダムは禁断の実を食べていませんから彼には「死」というものはありませんでした。しかし、読み進めていきますと、この後に彼は禁断の実を食べ、それゆえに死ぬという宿命を背負うことになります。『あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る』(創世記3章19節)。

以前、葬儀の備えのために、あるご遺族と葬儀者の方と打合せをしておりましたら、彼らが見せてくれたカタログの中に数年で土になるという骨壺がありました。そうです、その骨壺が土に埋められますと、やがてそれは土と同化し、やがてはその中にある遺骨も土となるのです。そんな骨壺を見ながら、私はこの創世記の言葉を思い起こしていました。そうです、この創世記に書かれていることは誰にも当てはまる私達の行く末なのです。

この死をどのように旧約聖書の時代の人達は受け止めていたのでしょうか。この後、ノアの洪水がありました後に神は人に言われました「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」(創世記6章3節)。そうです、先に人は「神の息」が吹き入れられて命あるものとされたとお話しました。創世記によりますと、神の息が吹き入れらて生きた者となったのは人間だけで、他の諸々の動物にその息は吹き入れられていません。そのことはすなわち、人は霊的な存在であるということです。このところが分かりますと、先週もお話しましたイエス様が「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る言葉によって生きる」という言葉の意味もお分かりになると思います。人は神の息によって生きた者となったのですから、ただ食べ物を食べていればいいように、そもそも造られていないのです。故に私達はどんなに十分に食べていても、飲んでいても心の渇きを覚えるのです。

さらにここから分かることは私達が死ぬということは、神によって吹き入れられた霊が私達の肉体にとどまらなくなる時だというのです。すなわち、私達は神の霊が内にとどまった肉体をまとって生きている者なのです。そうです、人は塵から造られた肉体をもち、その中に神によって吹き込まれた息によって生きているのです。よく私達は「息をお引き取りになりました」と言いますが、これは正しい表現で、そこには二つの意味があります。そうです、その本人が息をしなくなったということと、まさしく神によって吹き入れられた“息が引き取られた”ということ、それが私達の死なのです。その死について創世記、および申命記はこう記しています。

『7アブラハムの生涯は百七十五年であった。8アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた」(創世記25章7節-8節)。

「イサクの生涯は百八十年であった。イサクは息を引き取り、高齢のうちに満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。息子のエサウとヤコブが彼を葬った」(新共同訳:創世記35章28-29節)

「ヤコブは、息子たちに命じ終えると、寝床の上に足をそろえ、息を引き取り、先祖の列に加えられた」(新共同訳:創世記49章33節)。

この表現は民数記にも続き、モーセは「あなたは登って行くその山で死に、先祖の列に加えられる。兄弟アロンがホル山で死に、先祖の列に加えられたように」(新共同訳:申命記32章50節)。

死後についてこの旧約の時代の人々が考えたことは人は皆死に、死んだ者は先祖の列に加えられるということであり、ただそのことだけがたんたんと記されているだけで、死後の世界について具体的なことは何も語られていません。このことは一部の例外を除いて旧約聖書の死に対する一貫したスタンスを示しています。たとえば預言者イザヤはこんな言葉を残しています。

『あなたの死者は生き、彼らのなきがらは起きる。ちりに伏す者よ、さめて喜びうたえ』(イザヤ26章19節)。それまで人は死んで先祖の列に加えられると言われていたのに対して、ここでイザヤは「死者は生き、彼らは再び起きる」と言いました。

またイスラエルの二代目の王であり、イエス・キリストの系図に連なるダビデは詩篇に暗示となるような言葉を残しました。10あなたはわたしを陰府に捨ておかれず、あなたの聖者に墓を見させられないからである。11あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある』(詩篇16篇10節ー11節)。神様が彼にはたらきかけ、死後の世界についての啓示を彼に示されたのでありましょう。

さらに預言者エゼキエルは神によって多くの枯れ果てた人の骨が落ちている谷に導かれ、そのところで神の息が吹き込まれるとその骨が組み合わされておびただしい数の人間となったと記しています(エゼキエル37章1節-10節)。この預言は直接的には、当時まさしく枯れた骨のようになっていたイスラエルが復興することを預言したものでありますが、同時に神は死者を復活させることができるということも暗示しています。

ここまで駆け足で旧約聖書における死生観について書いてまいりました。旧約聖書のそれは、人には神の息が吹き入れられ、その息が引き取られると人は土の塵に返り、先祖に加えられるというものでした。それらに加えて、数人の人達によって、人は死後、眠ったような状態で地の深いところにおり、神はその人達をよみがえらせるだろうとも旧約聖書は語っています。しかし、これらの死後をうかがわせるような言葉は旧約聖書においてごくわずかで、そのほとんどはやはり、人は生まれ、死ぬという事実をただ記録しているにすぎないのです。それでは、これから新約聖書における死生観についてお話しさせていただきます。

新約聖書における死生観

言うまでもなく新約聖書になりましても人は生まれ死んでいきます。この人の宿命をイエス・キリストも何度も目の当たりにしてきたことでしょう。その一つにイエス様が親しくしていた友人、ラザロの死があります。イエス様はラザロが死に、その家族の者達が悲しんでいる様を見ました。その時のことをヨハネはこう記録しています。

32マリヤは、イエスのおられる所に行ってお目にかかり、その足もとにひれ伏して言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」。33イエスは、彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんになり、激しく感動し、また心を騒がせ、そして言われた、34「彼をどこに置いたのか」。彼らはイエスに言った、「主よ、きて、ごらん下さい」。35イエスは涙を流された。36するとユダヤ人たちは言った、「ああ、なんと彼を愛しておられたことか」』(ヨハネ11章32節-36節)

イエス様は自分が親しくしていた友人が死に、その家族が泣き悲しんでいるのを見て、激しく心が動かされて涙を流されたのです。このイエス様の心の様を新改訳聖書は「霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて」と記しています。このイエス様の感情はどのようなものだったのでしょうか。イエス様は何に対して憤りと動揺を感じたのでしょうか。パウロはそのことについてこう書いています

1こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。2なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである』(ローマ8章1節-2節)。

このところに「罪と死との法則」と書かれています。その死の法則はあのはじめの人、アダムが禁じられていた実を食べた後からこの世界に入ってきました。先ほど読みました『あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る』(創世記3章19節)という言葉こそ、神様がアダムが実を食べた直後に語った言葉なのです。この言葉は土から造られたあなたは土に返る、すなわちあなたは死ぬ者となったという罪と死との法則を示しています。

それ以降、人に死がもたらせられるというのは、物が地面に向かって必ず落ちるように、私達、生きとし生きる者の法則となりました。その法則にのっとって、たとえそれがイエス様の友人であっても、ラザロは死んだのです。そして、その法則に対して全く無力である彼の家族たちは愛する者の死を悲しみ、泣いたのです。イエス・キリストはその様を見て、憤りと動揺を感じました。さらに、その後には何と書かれていますか。イエスは涙を流された』(ヨハネ11章35節)のです。

主にある兄弟姉妹、イエス・キリストが本当に私達を愛しているというのなら、このお方が私達になそうとすることは何ですか。旧約の民達が口々に言ってきたようにた「ラザロも先祖の列に加えられたのだよ」とその家族に慰めの言葉を投げかけることでしょうか。いいえ、イエス様は私達に対する愛ゆえに、私達が必ず直面しなければならないこの死の法則を無効にする新たなる法則を打ち立てられたのです。

イエス様は愛する者達を悲しみのどん底に陥れる死、もっと言いますとあの創世記において人の心に生じた罪の結果として人類の宿命となったその死、すなわちその死を人にもたらしている罪ということについて憤られ、動揺したのです。

ですから、イエス様は私達をその法則から救うために、ご自身の命を犠牲とし、私達が負うべき負債を全て御身に負ってくださって、新しい法則をこの世界に打ち立てたのです。そう、そのことをパウロは書いているのです。1こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。2なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである』(ローマ8章1節-2節)。

今や、私たちは、罪と死の法則から解放されて、イエス・キリストにあっていのちの法則のもとに暮らしているのです。このことの素晴らしさゆえにイエス様は何度も罪と死の法則から命の法則に移された者達が与えられる「永遠の命」の約束について語っているのです。まさしく、今日冒頭にお話しましたヨハネによる福音書に書かれている“あること”とは「永遠の命」のことなのです。「死んで先祖の列に加えられる」というような言葉は新約聖書から消えてなくなり、イエス様は何度も何度も繰り返し、「永遠の命」について語られました。以下、これから読ませていただく言葉はイエス様が言われた言葉で、これらは全てヨハネによる福音書に記されているものです。

『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである』(ヨハネ3章16節)

『この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう』(ヨハネ4章13節、14節)

 27朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである』(ヨハネ6章27節)

39わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。40わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである』(ヨハネ6章39節-40節)。

27わたしの羊はわたしの声に聞き従う。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。28わたしは、彼らに永遠の命を与える。だから、彼らはいつまでも滅びることがなく、また、彼らをわたしの手から奪い去る者はない』(ヨハネ10章27節-28節)

2あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。3永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります』(ヨハネ17章2節-3節)。

これらの「永遠の命」は新約聖書に記されている言葉の一部であり、さらに多くの「永遠の命」の言及があります。このイエス・キリストの言葉を受けて、彼に従い生きたパウロをはじめ、その弟子達も「永遠の命」について何度も語っています。

20あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。21その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。22しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである。23罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである(ローマ6章22節ー23節)。

15「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。16しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。17世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に、世々限りなく、ほまれと栄光とがあるように、アァメン。(テモテ第一1章16節))

『信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい』(テモテ第一6章12節))

 1神の僕、イエス・キリストの使徒パウロからわたしが使徒とされたのは、神に選ばれた者たちの信仰を強め、また、信心にかなう真理の知識を彼らに得させるためであり、2偽りのない神が永遠の昔に約束された永遠のいのちの望みにおくのである(テトス1章1節-2節)。

20しかし、愛する者たちよ。あなたがたは、最も神聖な信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈り、21神の愛の中に自らを保ち、永遠のいのちを目あてとして、わたしたちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい』(ユダ1章21節)。

このような具合に、「永遠の命」とか「永遠に生きる」という表現は新約聖書に44回もでてきます。これに対して旧約聖書には「永遠の命」という言葉2回しか出てこず、しかも、それらは「永遠のいのち」こそが神と人間を完全に区別するものであるということを強調するために用いられているにすぎないのです。人は土から造られたのだから、土に返るものであり、永遠には生きえないという考えです。

しかし、イエス・キリストは私達と同じ肉体をとられてこの世界に来られ、その区別を取り除いてくださいました。あのラザロの死に向き合ったイエス様の心があらわすように、神は私達を愛されるゆえに、私達を絶望と悲しみの底に落とし込める死からの復活の法則を私達に与えてくださったのです。そして、その永遠の世界を知るお方は、この私達の生きる世界にも身を置かれることによって、私達に与えられる永遠の命というものがどんなに素晴らしいものかということを繰り返し、繰り返し、語られたのです。

永遠の命はこちらの世界の窓から眺めているのなら、単なる気休めにしか思えないものなのかもしれません。日々の生活に追われている私達にとってあまり自覚するものではないかもしれません。しかし、私達の人生において、少なくとも二回、この永遠の命というものが他の何よりも圧倒的に大切な意味のあるものとなる時がありまうす。そうです、一つは愛する者を天に送った時、そして、もう一つは自分自身がこの世を去ろうという、その時です。その時に私達の唯一の希望となるのは、このキリストが約束してくださっている永遠の命だけなのです。

あちらの世界からこちらの世界を見るのなら、その素晴らしさは比べものにならないようです。きっとかの地では、私達が無数の悲しみや理不尽の中に生きた、この地上での生活の帳尻が合わせられ、かつては理解ができなかったことが全て明らかにされるのでしょう。なぜ、それが分かりますか。人はそれが大切なものであり、素晴らしいものであればあるほど、事ある度にそのことを語り続けるからです。まさしく、イエス・キリストが口を開けば私達に語り続けていることは実に「永遠の命」だからです。

『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである』(ヨハネ3章16節)

39わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。40わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである』(ヨハネ6章39節-40節)。

これらのイエス様の言葉を読みますのなら、神がキリストをこの世に与えられたその理由は私達に永遠の命を与えるものであり、父なる神の私達に対するみ心は、キリストを信じる者が一人も滅びることなく永遠の命を得ることなのだということが分かります。こうなりますと先週、お話した言葉にもさらに合点がいきますでしょう。

朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい』 (ヨハネ6章27節)。神がそのひとり子イエスを私達にお与えくださったことは、私達が永遠の命を得るためであり、そうであるのなら、あなたたちの生涯は永遠の命に至る朽ちない食物のために働きなさいということも十分に合点のいくことではないでしょうか。

私達は去る一週間がそうであったように、来る一週間も神の命が私達の肉体にとどまっている限り、主と共に歩みます。しかし、誰しも、その息を引き取る時がきます。しかし、恐れることはありません、神は愛なり、ラザロの死に対して涙を流された私達の主イエス・キリストは、その先、私達がいくべき場所を備えてくださっているのです。私達が再び目を開ける時、私達はイエス様が何度も何度も語られた、まさしくその世界を垣間見、その世界において神と共に、そして愛する者達と共に永久に生きるのです。お祈りしましょう。

 

 

Reconsider, eternal life

John6:27-30

December 7, 2014

We are looking into the book of John to ‘know Christ.’  In this book of John, Jesus was preaching about “something” over and over.  Today, I would like to give you a message about this “something.”   For starters, I would like to talk about what the bible is telling us about death and how it will look like after we die in the Old Testament.

Biblical view of life and death in the Old Testament

As you know, there are two testaments in the bible.  What is inside of both the books? The Old Testament is written about before Christ, and the New Testament is written about after Christ.  Both of the testaments are all about stories between God and men.  And all through the bible, it’s said, all human being are born and then die.

The Bible says about very first man, Adam in Genesis chapter 2 verse seven7 Then the Lord God formed a man from the dust of the ground and breathed into his nostrils the breath of life, and the man became a living being. (Genesis2:7) At that point, Adam had not eaten the forbidden fruit so that he did not need to face “death.”  As we keep reading Genesis, we figure out that he ate the forbidden fruit and had to face the destiny of death.  “By the sweat of your brow you will eat your food until you return to the ground, since from it you were taken; for dust you are and to dust you will return.” (Genesis3:19)

When I had a meeting with a family who were preparing the funnel, they showed me a catalogue of the funnel.  I found a funeral urn that will turn to dust within some years.  Yes, this funeral urn will become dust and also the remains too.  This funeral urn reminded me of the verse of Genesis, chapter three verse nineteen.  This word is for all of our future.

How did people think about death in the Old Testament days?  After Noah’s ark events, God spoke to that; Genesis chapter six verse three.  Then the Lord said, “My Spirit will not contend with humans forever, for they are mortal; their days will be a hundred and twenty years.” (Genesis6:3)  Yes, I talked about we are to be living beings by the breath of God.  According to the Bible, there is only human beings to be living beings by the breath of God.  No other animal was breathed by God.  It means that human beings are a spiritual creature.

If you get it, you can also understand the meaning of the word of Jesus, Matthew4:4, Jesus answered, “It is written: ‘Man shall not live on bread alone, but on every word that comes from the mouth of God.’”  We are a living being by the breath of God, we are not made as a creature, who is just all right by eating food.  That is why we are still thirsty even after we eat and drink no matter how much.

Also we can figure out what to die means the breath of God won’t stay in the human body anymore.  That is to say we are living beings covered over God’s Spirit by a flesh body.

Yes, we have a flesh body made from dust, breathed into it by God.  In Japanese, we often say at the death of somebody, “His (Her) breath was taken away, now.” This is the right expression to explain the death.  There are two meaning in it.  Yes, when a person stops breathing, the breath breathed by God is taken away, this is the death for us.  Let us check Genesis and Deuteronomy what is said about the death.

7 Abraham lived a hundred and seventy-five years.  Then Abraham breathed his last and died at a good old age, an old man and full of years; and he was gathered to his people.

(Genesis 25:7-8)

 28 Isaac lived a hundred and eighty years.  29 Then he breathed his last and died and was gathered to his people, old and full of years. And his sons Esau and Jacob buried him. (Genesis35:28-29)

When Jacob had finished giving instructions to his sons, he drew his feet up into the bed, breathed his last and was gathered to his people.  (Genesis49:33)

This expression goes on and in Deuteronomy 32:50, we see how Moses died. There on the mountain that you have climbed you will die and be gathered to your people, just as your brother Aaron died on Mount Hor and was gathered to his people.  (Deuteronomy32:50)

In the days of the Old Testament, their thought about the death is that they die and be gathered to their people.  They are recorded just as news, there is nothing particular mentioning about the world after we die.  This is a style all through the Old Testament with a few exceptions.  Prophet, Isaiah said in chapter 26, verse19:

But your dead will live, LORD; their bodies will rise – let those who dwell in the dust, wake up and shout for joy.  Your dew is like the dew of the morning; the earth will give birth to her dead. (Isaiah26:19)  Instead of mentioning “a man dies and is gathered to his people”, Isaiah said, “your dead will live; their bodies will rise.”

And David, second king of Israel, also earthly family line of Jesus Christ, left prophetic words, in Psalm 16, verse ten to eleven.  Because you will not abandon me to the realm of the dead, nor will you let your faithful one see decay.  You make known to me the path of life; you will fill me with joy in your presence, with eternal pleasures at your right hand. (Psalm 16:10-11)  God revealed to David the path of life after the death.

 Furthermore, Ezekiel recorded that he was brought by God’s Spirit to the middle of valley by God, it was full of bone.  In the middle of the valley, God made breath enter them, then attached tendons to them and they came to life from Ezekiel 37:1-10.  This prophecy was about restoration of Israel, was dried out like a bone at the time of Ezekiel.  And also Ezekiel prophesized that God can make the dead come to life again.

We looked over the biblical view of life and dead in the Old Testament quickly.  The view of Old Testament about life and death is that we became a living being by God’s breath.  After the breath is taken away, his flesh body will turn to dust and be gathered to his people. In addition, some prophets mention men are in the depth under the earth, they are just sleeping there.  And God will make them live again in the Old Testament.  However, there are quite a few words about after death in the Old Testament, most of them are just a record, saying people are born and die.  Then, now I am telling you about the biblical view of life and death in the New Testament.

 The view of life and death in the New Testament

Needless to say, even after the New Testament days, people are born and then die.  I guess Jesus Christ was watching the destiny of us.  One of them was the death of Lazarus.  Jesus saw Lazarus’s family grieving over Lazarus’s death.  We see this in the book of John.

 32 When Mary reached the place where Jesus was and saw him, she fell at his feet and said, “Lord, if you had been here, my brother would not have died.” 33 When Jesus saw her weeping, and the Jews who had come along with her also weeping, he was deeply moved in spirit and troubled. 34 “Where have you laid him?” he asked.  “Come and see, Lord, “they replied. 35Jesus wept. 36 Then the Jews said, “See how he loved him!” (John 11:32-36)

Jesus wept because his friend died, saw his family’s grieving, he was shaken so bad by that.  John recorded the emotion of Jesus in chapter 11 verse 33, “He groaned in the spirit and was greatly troubled.  What was the emotion of Jesus exactly?  About what did he groan and was troubled?  Paul gives us an answer about it in Romans 8, 1-2.  1Therefore, there is now no condemnation for those who are in Christ Jesus, 2 because through Christ Jesus the law of the Spirit who gives life has set you free from the law of sin and death. (Romans 8:1-2)

 “The law of sin and death” in verse 2, this law of death started since the very first man, Adam ate the forbidden fruit; we read Genesis 3:9, just before;  By the sweat of your brow you will eat your food until your return to the ground, since from it you were taken; for dust you are and to dust you will return. (Genesis 3:19) Adam was told this by God right after he had eaten the fruit.  God said to him; “you will be return to dust because you were made from dust; this is talking about the law of sin and death.

Afterward, the death became our all living being’s law just as materials are falling from above to the ground.  According to this law, Lazarus died even though he was a friend of Jesus.

And his family wept for the death of a loved family member, they could not do anything against the law, the death.  Jesus Christ groaned and was troubled by watching them.  Furthermore, what did Bible say?  Jesus wept. (John11:35)

Brothers and sisters in Christ, what did Jesus do for us if he really love us?  Was he comforting them by saying “Lazarus was gathered to his people” just like people said in the Old Testament?”  No, Jesus brought us a new law to void the law of death that we must face because of his love towards us.

Jesus groaned and was troubled because of the sin that brought us the death, that push loving families down to the bottom of darkness of sad, that became destiny as a result of the sin of Adam in Genesis.

That is why Jesus sacrificed his own life to rescue us from the law of death, he redeemed all of our debts, our sins to bring us the new law.  Paul said that in Roman 8:1-2.  1Therefore, there is now no condemnation for those who are in Christ Jesus, 2 because through Christ Jesus the law of the Spirit who gives life has set you free from the law of sin and death. (Romans 8:1-2)

Now we were set free from the law of sin and death, can live under the law of life in Christ Jesus.  So that he talked about the promise, “eternal life”, we are given by believing Jesus, “eternal life”, we were moved out from the law of life and death to the new law of life.  This is it, that “something”, I talked in the beginning this morning; something in the book of John is “eternal life.”  We don’t see the sentence “he died and was gathered to his people” anymore in the New Testament, instead of that, Jesus talked about “eternal life” repeatedly.

“For God so loved the world that he gave his one and only Son, that whoever believes in him shall not perish but have eternal life. (John 3:16)

13 Jesus answered , “Everyone who drinks this water will be thirsty again, 14 but whoever drinks the water I give them will never thirst.  Indeed, the water I give them will become in them a spring of water welling up to eternal life. (John4:13-14)

 27 Do not work for food that spoils, but for food that endures to eternal life, which the Son of Man will give you.  For on him God the Father has placed his seal of approval.”  (John6:27)

39 And this is the will of him who sent me  that I shall lose none of all those he has given me, but raise them up at the last day.  40 For my Father’s will is that everyone who looks to the Son and believes in him shall have eternal life, and I will raise them up at the last day.”(John 6:39-40)

27My sheep listen to my voice; I know them, and they follow me. 28 I give them eternal life, and they shall never perish; no one will snatch them out of my hand. (John10:27-28)

 2 For you granted him authority over all people that he might give eternal life to all those you have given him. 3 Now this is eternal life; that they may know you, the only true God, and Jesus Christ, whom you have sent. (John 17:2-3)

This ‘eternal life’, we just read are only some of them in the New Testament, there are more. The message of this ‘eternal life’ from Jesus was delivered by Paul and his disciples over and over.

20 When you were slaves to sin, you were free from the control of righteousness. 21 What benefit did you reap at that time from the things you are now ashamed of? Those things result in death! 22 But now that you have been set free from sin and have become slaves of God, the benefit you reap leads to holiness, and the result is eternal life. 23 For the wages of sin is death, but the gift of God is eternal life in Christ Jesus our Lord. (Romans6:20-23)  

15 Here is a trustworthy saying that deserves full acceptance: Christ Jesus came into the world to save sinners of whom I am the worst. 16 But for that very reason I was shown mercy so that in me, the worst of sinners, Christ Jesus might display his unlimited patience as an example for those who would believe on him and receive eternal life. 17 Now to the king eternal, immortal, invisible, the only God, be honor and glory for ever and ever. Amen.

(1Timothy1:15-17)

12 Fight the good fight of the faith. Take hold of the eternal life to which you were called when you made your good confession in the presence of many witnesses. (1Timothy6:12)

 1 Paul, a servant of God and apostle of Jesus Christ for the faith of God’s elect and their knowledge of the truth that leads to godliness- 2 in the hope of eternal life, which God, who does not lie, promised before the beginning of time, (Titus1:1-2)

 20 But you, dear friends, build yourselves up in your most holy faith and pray in the Holy Spirit.  21 Keep yourselves in God’s love as you wait for the mercy of our Lord Jesus Christ to bring you to eternal life. (Jude1:20-21)

We can go on and on, these expressions “eternal life” or “live eternally” show up forty four times in the New Testament.  To the contrary, we find “eternal life” only two times in the Old Testament.  And “eternal life” in the Old Testament was used to emphasize complete separation between God and man.  Man was made from dust, so that he should return to dust, no eternal life.

However, Jesus Christ came to earth with the same body as ours.  He came down to earth to get rid of the separation between God and man.  Jesus, who wept for his friend, Lazarus’ death, loves us so much that he voided the law of death. The death push us down to darkest spot of despair and sorrow.  He gave the new law of resurrection instead of the law of death.  And Jesus, he knew the eternal world, he was talking about how magnificent the eternal life is over and over by putting himself in our world.

Eternal life does not sound real as long as we are just imaging it from the window of this world.  We don’t have time to stop and think what it really means, because we are chased by daily life every day.  However, two times in our life at least, the meaning of eternal life would overwhelm us.  When? One is when we send our loved one to heaven.  And the other one is when we are going to die.  At these last moments of our life, the eternal life, that Jesus promised, will become only our hope.

If we could see this world from that world, Impressiveness of that world, heaven seems to be nothing to be compared.  I guess, in that world, numberless sorrow, unreasonable events what we did not understand, everything will be revealed.  Why do we know that?  The more wonderful, the more we talked.   Evidently, that is what Jesus kept talking about when he opened his mouth, about “eternal life.”

16 For God so loved the world that he gave his one and only Son, that whoever believes in him shall not perish but have eternal life. (John 3:16)

39 And this is the will of him who sent Me, that I shall lose none of all that he has given me, but raise them up at the last day. 40 For my Father’s will is that everyone who looks to the Son and believes in him shall have eternal life, and I will raise them up at the last day.” (John 6:39-40)

When we read these words from Jesus, we understand the reason why God gave Jesus to us.  Because God wants to give us eternal life.  He wants all of us who believes in Jesus to get eternal life.  Then, now, you are clearer about what I talked about last week.

27 Do not work for food that spoils, but for food that endures to eternal life, which the Son of Man will give you.  For on him God the Father has placed his seal of approval.”(John6:27)  God gave his only beloved son, Jesus, to give us eternal life.  If so, we understand why he commanded not to work for food that spoils, but for food that endures to eternal life.

Just like last week, we will walk with the Lord as long as God’s Spirit is dwelling in our body.  However, all of us will face the moment when the breath will be taken away eventually.  However, you have nothing to worry about.  God is love.  Jesus, who wept for Lazarus, for his death, prepared for us to go after we die.  When we will open our eyes again, we will see our loved ones together in heaven, what

Jesus was talking about over and over.  Let’s pray.

Translated by Miyako Crosetti

本日のおもちかえり

2014年12月7日

1)創世記2章7節、3章19節、6章3節を読みましょう。ここから「息」を「霊」として考えますと私達の命はどのようなものであることが分かりますか。「息を引き取りました」ということにはどんな意味がありますか。

 

2)旧約聖書では人が亡くなると、彼らは「先祖の列に加えられた」と度々、書かれています。しかし、そこには、それ以上のことは書かれていません。彼らの死生観とはどのようなものだったと想像できますか。

 

3)旧約聖書は幾つかの例外はありますが、ほとんど「死後」について触れていません。イザヤ26章19節、詩篇16篇10節ー11節、エゼキエル37章1節-10節から分かることは何ですか。

 

4)ローマ8章1節-2節を読みましょう。ここに記されている「罪と死との法則」とは何でしょうか。なぜ、「罪と死」は一組となって法則となっているのですか。

 

5)ヨハネ11章32節-36節を読みましょう。このところにはイエス様の感情があらわに記録されています。なぜ、イエス様は激しく感動し、心を騒がせ(新改訳聖書には「霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて」と書かれています)、涙を流したのでしょうか。4)のことを踏まえて考えましょう。イエス様は何に憤りを感じたのですか。

 

6)再度、ローマ8章1節-2節を読みましょう。なぜ私達は罪と死との法則から解放されているのですか。

 

7)イエス様が語られた以下の言葉を読みましょう。ヨハネ3章16節、ヨハネ4章13節、14節、ヨハネ6章27節、ヨハネ6章39節-40節、ヨハネ10章27節-28節、ヨハネ17章2節-3節)。なぜ、これだけイエス様は「永遠の命」の約束について語っていると思いますか。

 

8)永遠の命の約束とは将来の希望のみならず、今という時にも大きな影響を与えます。この約束は私達の今日をどのように変える力がありますか。

 

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