喜んで弱さを誇ろう!

スポーツジムに行きますと多くの方達が鏡の前で重いものを持ち上げています。人は自ら苦労して重いものを運ばなくていいようにトラックやエレベーターを発明しましたが、おもしろいことに、ジムにいる人達はこめかみの血管が切れるような真っ赤な顔をしながら、何度も何度も重いものを持ち上げたり、降ろしたりしています。

私達が日常の生活の中で持ち上げなければならない物というのは限られていますので、明らかに彼らの筋肉は日常生活には必要のないものに思われます。でも彼らはせっせと体を大きくします。そうです、「筋肉」とは「力」と「強さ」の象徴と思われるているからです(ちなみにジムでこのようなトレーニングをしている9割の人は男達です。昔から今も、男はどこかで強さと力を求めているようです)。

さて今朝、私達が考えたいことは、人間とはそもそもそんなに強い者なのかということです。10年がんばって身に着けた筋肉も一本の鉄パイプに勝つことはできませんでしょう。人前で国家天下を語り、大言壮語(たいげんそうご)しておりながら、車のパーキングチケットを切られただけで落ち込んだり、自分で固く決意したことも三日ともたないことがよくあるのです。実に人の弱さをあげるのなら、それはきりがありません。

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喜んで弱さを誇ろう!
2018年10月7日

子供、特に男の子は「棒」が好きです。どこで覚えてきたのか、我々は行く先々で棒を拾ってきては、それを振り回します。私が子供の頃、我が家にはそんな棒が常時10本はあり、いつもちゃんばらをしていました。

そして、そんな私達の関心はやがて「棒」から「鉄砲」に向けられていきました。銀玉鉄砲というものがあり、友達と基地を作り、よく戦争ごっこをしました。ご存知ではないかもしれませんが、私はかつてアメリカ兵でした。そう、私が小学生の頃、テレビでは「コンバット」が放映されており、私はいつもビッグ・モンローだったのです。これが昭和という時代の男の子の遊びでした。そう、私達は戦いが好きだったのです。

今日、普通の人間であるならば誰も「戦争」を望みません。しかし、このように人は好んで棒を振り回したり、おもちゃの鉄砲を「バンバン」と打ちまくって、戦いごっこをするのですから、私達の心の奥にはどこかで戦いを好むという性質があるのかもしれません。

戦いと聞きますと、そこには色々な意味があります。スポーツ競技でも戦いという言葉は使われますし、自分との戦いとか、病気との戦いとか、お話ししているように戦争の時にもこの言葉は使われます。

そして、戦いにいつもついてまわるのは「勝敗」です。私は友達に勝つために必死に棒を振り回し、自分との戦いに勝つために自らを鼓舞します。オリンピックでは勝ち負けが明らかにされ、一番をとったものは誰よりも高い所に立ち、黄金のメダルが授与されるのです。

それがなんであれ、私達が一度、戦いに臨むのなら、負けることを好みません。そして、勝つために必要なものは「強さ」だと私達は思っています。弱いと私達は戦いに勝つことはできないと思い、私達は強さを求めるのです。そして、私達が「強い」という言葉を使う時に、この言葉にはいつも「力」という言葉が寄り添っているのです。

スポーツジムに行きますと多くの方達が鏡の前で重いものを持ち上げています。人は自ら苦労して重いものを運ばなくていいようにトラックやエレベーターを発明しましたが、おもしろいことに、ジムにいる人達はこめかみの血管が切れるような真っ赤な顔をしながら、何度も何度も重いものを持ち上げたり、降ろしたりしています。

私達が日常の生活の中で持ち上げなければならない物というのは限られていますので、明らかに彼らの筋肉は日常生活には必要のないものに思われます。でも彼らはせっせと体を大きくします。そうです、「筋肉」とは「力」と「強さ」の象徴と思われるているからです(ちなみにジムでこのようなトレーニングをしている9割の人は男達です。昔から今も、男はどこかで強さと力を求めているようです)。

さて今朝、私達が考えたいことは、人間とはそもそもそんなに強い者なのかということです。10年がんばって身に着けた筋肉も一本の鉄パイプに勝つことはできませんでしょう。人前で国家天下を語り、大言壮語(たいげんそうご)しておりながら、車のパーキングチケットを切られただけで落ち込んだり、自分で固く決意したことも三日ともたないことがよくあるのです。実に人の弱さをあげるのなら、それはきりがありません。

そして聖書の人間観というのも最初から最後まで「人間は不完全で弱い」ということなのです。最近のアクション映画のヒーローは何千発もの銃弾を受けていながら、どういわけか彼らに銃弾は当たらず、たくましく、かっこよく躍動しています。このような映画よりもはるかに聖書に書かれている人間のほうが現実的なのです。

パウロとバルナバという人が聖書の中にいますが、彼らはルステラという町で一人の足の不自由な人を癒したということが聖書に書かれています(使徒行伝14章8節―15節)。それを見ていた人達は皆、口々に声を張り上げて「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」(11)と彼らを神とし、崇拝しようとしました。そう、ここが分かれ道、ここで勘違いしますと彼は邪悪なカルトのリーダーとなります。

しかし、それらの熱狂と興奮に対して彼らは叫びました「皆さん、なぜこんなことをするのか。私たちとても、あなたがたと同じ人間です」(15)。彼らのこの言葉は人間は決して神などになることはできないのだ、私たちは皆、同じように弱く欠点のある人間なのだということを示しているのです。

しかし、そんなパウロも若かりし時、もっと言いますと、イエス・キリストに出会う前にはそうとうに強気な人生を送っていました。彼はピリピ書3章5節―6節において自らがかつて胸に抱いていた勲章の数々をこう言い表しています。

⑤わたしは八日目に割礼を受けた者、イスラエルの民族に属する者、ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法の上ではパリサイ人、⑥熱心の点では教会の迫害者、律法の義については落ち度のない者である」。

これらのことは全て、当時の人達が一目置くようなパウロの経歴であり、この経歴イコール、彼の将来は保証されているようなものであり、明らかにそこには彼のプライドが見え隠れします。彼はこれらをもって自分の強さ、優秀さ、力というものを誇示しているのです。

そうです、ここには自分を「かいかぶるなよ、自分は一目置かれる人間なのだ!」という気負いがこめられています。しかし、彼はこの後すぐの七節において、こんな言葉をつけ加えているのです。「 しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになりました」(7)。

彼はこれら今まで自分の勲章と思っていたようなものを、キリストのゆえに、すなわちキリストに出会うことによって、損と思うようになったと言うのです。これは驚くべき彼の価値観の転換を意味します。そうです、今まで「このことを前面に押し出して、俺はこの世界を生きていくのだ!」と思っていた、その彼の拠りどころが全く変わってしまったのです。

そして、そのような価値転換をしたパウロが、目を向けるようになっていったことは「自分の弱さ」ということでした。彼はイエスに出会うことにより、自分は弱い者であるということに目が開かれていったのです。そう、パウロとイエスの出会いはこのようなものでした。使徒行伝の9章1節―9節に詳しく書かれています。

「①さてサウロ(パウロ)は、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、②ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。③ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。④彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。⑤そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。⑥さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。⑦サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声だけは聞えたが、だれも見えなかった。⑧サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。そこで人々は、彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。⑨彼は三日間、目が見えず、また食べることも飲むこともしなかった。

キリスト教徒を迫害していたパウロは、彼らへの殺害の息をはずませながら、ダマスコに向かう途中、天からの光によって地に倒されました。そして、イエス・キリストの言葉を聞いたというのです。その所で彼は視力を三日間失い、食べることも、飲むこともしなかったというのです。殺害の息をはずませながら、先にお話ししました彼の諸々の勲章と共に意気揚々であった彼は一転、全く打ちのめされてしまったのです。

数日であっても視力を失うということはパウロにとって大きな出来事であり、彼はその時に色々なことを教えられたのだと思います。それまでは自分の生まれとか、家柄、学歴というものが心のどこかにあったことでしょう。しかし、その時の彼に、それらのものは全く意味のないもので、彼は自分ひとりではもはや前にも後にも動けなくなったのです。

主にある皆さん、パウロは自他ともに認める、そうそうたる経歴の持ち主です。しかし、たった一つの出来事で、それらは全て吹っ飛んでしまったのです。そして、そのようなことはいつでも私達の人生にも起こりうることなのです。

このダマスコへの途上の出来事について、使徒行伝26章14節はパウロが強い光に倒された時に「なぜ私を迫害するのか。とげのあるむちをければ、傷を負うだけである」というイエスの声を記録しています。彼はその時、自分が迫害しているイエスは、自分がまともに張り合って勝てる相手では到底ないということを知ったに違いありません。

神の前に私達が立つときに、私達がどんなに最高の知識を有する者であっても、どんなにいい血筋を引く者であっても、権力を持っている者であっても、それらは全く意味のないものとなるのです。

もし、パウロにこの出会いがなければ、彼のパワーゲームはこの後も続いていったことでしょう。そして、それは他人事ではなく、私達の人生も勝ったか、負けたかというような自分の力を拠り所としていくことになりうるのです。

パウロの相手は人間を越えた存在であり、彼がかつて自分の強さの根拠と思っていたものも、このお方の前では無に等しいということを彼は悟りました。故にこの経験以降、彼は自分の強さを誇ることをせずに、何度もそ自分の弱さについてためらうことなく書き記すようになりました。

彼がそんな「自分の弱さ」について書いている手紙のほとんどはコリントの教会へ宛てた「コリント人への手紙第一と第二」に集中して書かれているということは、興味深い事です。当時コリントの町というのは、善が悪とされ、悪が善とされるような闇の力がうごめくような町でありました。

彼はそのコリントに入って伝道していく時の彼の気持ちをコリント人への第一の手紙2章3節に記しています「わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった」。また、コリント人への第二の手紙13章4節でパウロは「このように、わたしたちもキリストにあって弱い者であるが・・・」とも言っています。

コリントでの伝道は困難を極めたと思います。想像してみてください、まさしく邪悪が街の隅々にまで満ちているような街の辻に立って伝道しても、誰も耳を傾けない、嘲笑とヤジが飛び交い、挙句の果てには命の危険まで感じるような状況、それでも彼は力をふりしぼって福音を語り続けたのでしょう。でも、そこで明らかになったことは自らの恐れと不安、そして自分は全く無力なものであるということです。

しかし、パウロはこれらの困難な経験と同時に、自らの肉体に課せられたものを通して、大事な真理に目が開かれていきます。それがコリント人への第二の手紙12章7節―10節に書かれています。

7そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。8このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。9ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。10だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである』(コリント第二の手紙12章7節-10節)。

彼はコリントの街で打ちひしがれました。さらに追い打ちをかけるように自らの肉体にも課題が見つかりました。学者達はこの「肉体のとげ」を「てんかん」、あるいは「極度の視力障害」であったのではないかと言っていますが、とにかく、その身体的状態は彼の気力をそいで十分すぎるようなことであったことは間違いありません。

ゆえに彼はそれを取り去ってくださるように三度、まさしく命がけて神に祈りました。しかし、彼に告げる主の言葉は「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」(9)ということでした。

このような思いがけない神の御心を受け入れるまでパウロがどれだけの時を要したのか、そのことは定かではありません。しばらくは自分の弱さに心が向けられ続けたかもしれません。しかし、彼はこの神の御心を信じ、受け止め、一つの核心にいたりました。それは「自分が弱い時にこそ強い」(10)という真理でした。

この言葉は文法的におかしいのです。「弱い」と言っていながら「強い」というのですから。しかし、彼はそうなのだと言っているのです。仮に彼が先ほど挙げました自分の強みを存分に用いて生きたとしてもたかが知れています。しかし、本当に自分の弱さに気がつき、そのことにより、自分の力をはるかに超えた神により頼むのであるのなら、私は強い、そのほうがはるかに強いということをパウロは悟ったのです。

ペテロとヨハネというキリストの弟子がいます。この二人は他の弟子達と共にイエス様が十字架にかかる直前に「自分達の中で誰が一番、偉いか」と総論をしていました。争論と言うのですから、かなりはげしいやりとりだったのでしょう。そして、これは男達の争いですから、言い方を変えれば結局のところ、彼らは「俺たちの間で誰が一番、タフで力があるか」というようなことを相手に認めさせようとしていたのだろうと想像できます。

しかし、この直後に彼らの鼻はへし折られたのです。そう、イエス様はこの後に捕えられていきます。俺こそが一番、力があるというのなら、勇気があるというのなら、イエスがとらえられていく時に、なぜイエス様を救おうとしなかったのでしょうか。そうです、彼らはそれぞれ蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。ペテロはかろうじで剣を振り上げ、イエスを守ろうとしましたが、それも力のない抵抗、単なるその場限りの強がりであることは明らかでした。

このペテロとヨハネが復活のイエスに出会い、聖霊を受け、もう一度、イエスと共に生きる、イエスを宣べ伝えていく使命に立つようになります。そして、エルサレムに再び、姿をあらわします。その時に生まれながら足の動かない男に会います。この男はこの二人を見て施しを乞います(使徒行伝3章1節ー10節)。

これに対して二人は彼をじっと見つめ、こう言います「金銀はわたしにはない」(6)。彼らはここであえて「金銀」と言いましたが、それは彼らが持っていないものの一部であって、実際にはもはや私達の内に、あなたに何かをしてあげられるような力は何もないということを意味していました。

ただ自分の内にあるものはイエス・キリストの御名による力だけが残っており、それならあなたに差し上げることができると彼らは「しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」(6)と言ったのです。そうしましたら、そのイエスの力によりこの男は癒されたというのです。

以降、このことを皮切りに、使徒行伝はかつて自らの力に行き詰まったイエスの弟子達がキリストの御名のもとになしていく力ある業によって、宣教がなされていく様子を記録しています。こうして、彼らの力ではなく、イエスの力によりキリスト教はエルサレムから全世界に広がったのです。いう間でもなく、その証拠は今日、私達が全世界で見ることができる教会とクリスチャンにあります。

私達はなかなか自分の弱さを認めることをしません。時に私達は自分の弱さを隠そうとします。隠して、自分は強いのだということをアピールしようとします。しかしながら、そもそも強くない者が、自分は強いのだということを証明しようとするからこじれるのです。そのことゆえに時に家庭や社会が混乱するのです。

ですから今朝、私達は「喜んで自分の弱さを誇ろう」と言ったパウロが「私はキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう」(コリント第二の手紙12章10節)と言ったその言葉を心にとめましょう。そうです、彼はキリストの力が自分にあらわれるために、自分の弱さを受け入れようと言ったのです。

自分の力を誇りとしようする人はたくさんいます。しかし、自分の弱さを誇る人に私達は出会うことがありません。しかし、ここに自分の弱さを誇る人がいます。

そして、その自分の弱さを認めたパウロは神の立ち合いのもと、本当の意味で強い人となったのです。なぜなら、それまで「俺が、俺が、私が、私が」という思いが私達の内なる神の力をとどめていた、その詰まりが取り除けられたからです。

もうあと数か月でクリスマスがやってきます。その時、神は小さな赤ん坊になられました。小さな赤ちゃんを誰が怖がるでしょうか。弱い小さな赤ん坊は、完全に他者に依存するしかありません。そのように、多くの人の助けなくして、食べることも飲むこともできない無力な姿に神はなられました。人の助けを頼りにして成長し、その中で生活し、良い知らせを伝えました。そうです、実に神は、ご自分の宣教のわざの実現を、人に全く依存するほどまでに弱くなられることにより成し遂げたのです。

このことは神が人の姿をとったということの奥義です。神は私たちと何ら異なることのない人となられました。それは、全くの無力さによって、人が固辞している力を打ち破るためです。これこそ、イエス・キリストの物語がその最初から私達に伝えていることなのです。

そして、この物語はどのように終結したのでしょうか。それは、手と足を釘で打ちつけられ、無力な人間さながらに裸で吊るされた十字架の上です。生まれてすぐ飼い葉桶に寝かされた無力さは、十字架にかけられるという無力さとなりました。人々は彼をあざけり、笑いものとし、顔につばをかけ、そして叫びました。

他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から下りるがいい。そうすれば、信じてやろう」(マタイ27章42節)。

彼らがいいたいことは、「お前の力を見せて見ろ」ということでしょう。そう、「神としての力を見せてみろ」ということです。しかし、イエス様はそれを誇示しようとはしませんでした。

イエス様は十字架にかけられ、動物の骨が埋め込まれた鞭で打たれて肉が砕け、弟子達の裏切りや敵から受けるののしりで心が傷つきました。彼の心身は激痛におそわれ、彼の霊は見捨てられ、闇に覆われました。その姿は全くの弱さ、無力そのものです。しかし、その無力さ、弱さの中に実は、以降、神の栄光が全世界に輝き続ける力があますところなく注がれていたのです。

聖書は私達の弱さを包み隠さずに明らかにします。私達はその弱さを嘆いたり、隠す必要はないと言います。なぜなら、その弱さの中にこそ、神の力は現れるからです。そして、私達がその弱さをキリストにあって誇ることができるのであれば、人生にはもう何も恐れるものはありません。

自分の弱さを誇り、神の力に寄り頼む、これこそが私達が持ちうる真の強さの極みではないでしょうか。「わたしは弱い時にこそ、強い」。この言葉が私達の確信となり、この言葉と共に生きていくことができますように。そして、そのことにより私達が神のなさるみわざを仰ぎ見させていただけますように。お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2018年10月7日

1)なぜ子供(特に男の子)は棒や鉄砲が好きなのでしょうか。

 

2)「強さ」「力」「勝つ」ということはなぜ私達を惹きつけるのでしょうか。

 

3)そもそも私達は強いと思いますか?なぜそう思いますか。使徒行伝14章8節―15節においてパウロとアロンが言った「私達とてあなたがたと同じ人間です」という言葉は何を意味していますか。

 

4)ピリピ書3章5節―6節を読みましょう。これらはかつてパウロが拠り所にしていたことです。しかし、これらのことに対してどのように思いが変わりましたか(7節)?

 

5)使徒行伝9章1節―9節にはかつてキリスト教徒を迫害していたパウロの回心が書かれています。視力を失ったということはパウロにどんなインパクトを与えたと思いますか。

 

6)ギリシアのコリントという町でパウロは伝道をしました。この町は邪悪で満ちた町でした。このコリントの教会にあてて送られたパウロの手紙の言葉をどう思いますか(コリント人への第一の手紙2章3節、コリント人への第二の手紙 13章4節)。

 

7)コリント第二の手紙12章7節-10節を読みましょう。パウロは肉体に癒されることがない病をもっていたようです。この弱さに対して彼は何といっていますか。なぜ、彼はこのように言うことができたのでしょうか(10節)。

 

8)イエス様の誕生と十字架はどんな弱さで満ちていますか。しかし、そこにはどんな計り知れない強さがありますか。

 

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