御言葉に導かれる生涯の祝福:大倉美香姉

大倉牧師が訪日中ですので、今日の礼拝では大倉美香姉が証をしてくれました。

私の両親は結婚して日田市で開拓伝道を始めました。その頃両親が所属していた教団は南アフリカから来られた宣教師夫妻を中心に始められた、日本でも教会の少ないといわれていた大分県内で開拓していこうというビジョンを持った日本地方伝道団という小さな教団でした。両親の開拓した日田の教会も、他の幾つかの教会もそれぞれ両親と同じような世代の若い牧師夫妻によって開拓されていった教会の集まりでしたので、教団からの援助というのも保証されず、経済的にも貧しく、我が家は兄弟もその当時は6人でしたが、後に7人となり、9人家族の大家族だったので、その生活は大変だったと思います・・・。

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御言葉に導かれる生涯の祝福

私はアメリカに来て21年が経ちましたが、礼拝で講壇に立つのは今回が初めてです。主人が訪日することになり、証しでいいから話すように、とのことで、この度証しをさせていただく機会が与えられ、神様に感謝しています。何を証ししたらいいのか考えている中で、ちょうど先週はサンクスギヴィングを迎え、皆さんもこの一年を振り返って神様に感謝を捧げたことと思いますが、この一年だけではなく、これまでの私の歩みの中で神様がどのように私を導いてきてくださったか、特に御言葉によって私の歩みを示し、導かれてきたことがどんなに大きな祝福であったかについて証しさせていただきたいと思っています。

私は、大分県にある日田市という田舎町で牧師家庭の長女として生まれ育ちました。母は、私がお腹の中にいる時に、ミカ書6章8節の御言葉を示されて私の名前を「美香」と名付けようと決めていたそうです。

「主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」ミカ6章8節

私の両親は結婚して日田市で開拓伝道を始めました。その頃両親が所属していた教団は南アフリカから来られた宣教師夫妻を中心に始められた、日本でも教会の少ないといわれていた大分県内で開拓していこうというビジョンを持った日本地方伝道団という小さな教団でした。両親の開拓した日田の教会も、他の幾つかの教会もそれぞれ両親と同じような世代の若い牧師夫妻によって開拓されていった教会の集まりでしたので、教団からの援助というのも保証されず、経済的にも貧しく、我が家は兄弟もその当時は6人でしたが、後に7人となり、9人家族の大家族だったので、その生活は大変だったと思います。

両親が牧師でしたので、私は生まれる前から教会に住むという特権が与えられ、幼い時から食べる前、寝る前にはお祈りをする習慣の中で生活し、毎週ごとに教会でもたれるサンデースクールや礼拝にも参加し、神様の存在をごく自然に受け入れていました。

聖書に書かれているイエス様の十字架による罪からの救いについても、教会でも家でも耳にタコができるほど聞いていましたので、素直に信じていました。でも今振り返ってみれば、それは頭での知識としての理解だったのではないかと思います。

ですから、罪ということも人に嘘をついたり、喧嘩したり、親のいうことを聞かなかったりという目に見えるものとして現れる行為や行動に基づいたものが罪だという認識でしかありませんでした。私も罪人だけど、あの人この人も同じように罪人だというような。

小さい頃は素直に神様の存在を信じてはいましたが、開拓伝道で忙しく飛び回っている両親が私達家族を犠牲にして教会を優先している姿に淋しさを感じてもいました。教会ですから、毎週日曜日は礼拝があるため、学校の友達が家族でどこかに出かけたりしているのを聞くたびにうらやましい思いがしたことや、当時は日曜日に運動会を行うのが一般的だったので、両親がいない中兄弟だけでお弁当を食べたのも淋しかったのを覚えています。

また、家が教会ということで、学校で「アーメン、ソーメン、冷ソーメン」とからかわれたりすることもあったため、教会に住んでいることを恥ずかしく思う思いや、なるべくクリスチャンであることを隠したいというような思いもありました。そして、何より家族を犠牲にしてまで神様を第一にして教会で主に仕えているのに、教会の中で起きる問題に悩んだり、苦しんだりしている両親の姿を子どもながらに見てきて、神様のことは信じるけれども私はそんな苦労をしたくないと思っていました。

そんな私にとって転機となったのは、中学3年生の夏に参加した青年バイブルキャンプでした。参加者のほとんどは高校生、大学生、社会人という私よりも年齢が上の方々でしたが、共に賛美したり、ゲームをして楽しみ、メッセージに耳を傾ける数日間を過ごしました。

そして、集会の後にカウンセリングの時間がもたれ、その教会の副牧師の女性の先生が私との時間をとってくださいました。話をしていく中で、その時初めて個人的な私の罪ということが示されたのです。それまで聖書の話しを散々聞いてきましたし、内容も理解していましたが、嘘をつくとか、意地悪をするという目に見える形で現れるものだけでなく、心の中にある汚い醜いものが私自身の中にあるということ、全世界の人の罪を負ってくださったけれども、私自身のためのイエス・キリストの十字架だったのだということがわかったのです。

中学生という多感な時期で、クラスメートとの人間関係等、それなりに悩みを抱えていました。特に私にその頃重荷となっていたのが、どうしても受け入れることのできない苦手な人がいたことでした。その人がすること、話すこと、何もかもを受け入れられずにいました。そんな心の中にある汚い醜い思いが私の罪なのだと示され、その先生は一つの御言葉を与えて下さいました。

「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しい方であるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめてくださる」Ⅰヨハネ1章9節

私の人をゆるすことができない罪を具体的に示され、その罪を告白するならば神様は真実なお方、私の罪をゆるし、すべての不義からきよめてくださるとの御言葉にあるように、神様の前に悔い改めの祈りをして信じる決心をしたのです。

その時与えられた喜びは、それまで味わったことのないものだったと記憶しています。それまでは、礼拝やサンデースクールに出席するのは教会に住んでいるのだから当然するべき義務のように感じていましたし、嫌々なところも多分にあったのですが、クリスチャンの兄弟姉妹と共に賛美をささげること、主にある交わりというのがこんなに素晴らしいものだったのかと感激したのを覚えています。

そして高校一年生のクリスマスに受洗へと導かれました。

高校生になり、将来の進路を考える時になって、音楽の好きだった私はとりあえず音楽の先生にでもなって平日は普通に生活して、日曜日には奏楽の奉仕でもしてクリスチャンとして歩んでいこうというような短絡的な思いでいました。けれども神様は私を一般の大学ではなく東京基督教大学(Tokyo Christian University)というクリスチャンの神学校であり大学でもある学校へと導かれました。

その大学は神学科と国際キリスト教学科という二つの学科があり、神学科は主に牧師や宣教師になりたいと願う人達が学び、国際キリスト教学科はもっと幅広い信徒として献身したいと願う方々に門戸が開かれていました。私は苦労している両親の姿を見てきたので直接献身して牧師になりたいという願いは持てず、信徒として教会で仕えていきたいという思いで国際キリスト教学科に入り、聖書の学び、また興味のあったパイプオルガンのレッスンを受けたり、教会音楽の学びもさせていただきました。

それまで九州の田舎で育ってきたので、私の周りにいるクリスチャンは限られた人だけでしたが、大学に入った時に多くの同年代の若いクリスチャンに出会い、共に学んだり寮生活をおくることは大きな刺激を受ける時でもあり、多くの貴重な経験をする機会となりました。

もちろん楽しいことばかりではなく、クリスチャン、しかも献身した人の集まりであるはずのこの学園にこんな人がいるのかとか、こんなことが起こるのか、というようなことも数多くありました。

ここでの4年間は、私のそれまで親から受け継いだ信仰でしかなかったものが、自分の信仰として確立させられる時でした。自分で聖書を読み、祈り、そして神様からの語りかけを聞く、いわゆるデボーションということを知り、実際にデボーションを通して神様の前に日ごとに出ること、そして取り扱っていただくようになったのもこの時期でした。そこから日々神様の愛や、恵み、時にはそれでいいのか?という問いかけを聞いたりすることも学び、具体的に自分の歩みを神様の御言葉によって決断し、歩ませていただくことの大切さを学んでいきました。

TCUでの4年目を迎え、卒業後の進路について祈り始めた時、国際キリスト教学科で学んだといっても何か資格が取れるわけでもなく、具体的に就職するのか?どいういう道に進めばいいのかわからずにいました。祈り求めつついる中、朝毎のデボーションの時に神様が聖書の御言葉を通して私に語りかけてくださいました。

「彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために、生きるためである」Ⅱコリント5章15節

御言葉が示されると同時にそれまでに経験してきた幾つかの光景が浮かんできました。

この4年間、夏になると長野県の松原湖というところにあるキャンプ場でもたれる小学生キャンプのカウンセラーや音楽スタッフとして毎年奉仕していました。それぞれのキャンプの最終日にはキャンプファイヤーをしながら、そのキャンプで決心したことをシェアーする時を持つのですが、小学生のまだ幼い子ども達がイエス様を信じ救われ、そして堂々と大きくなったら牧師になりたい、宣教師になってイエス様を伝えたい!と宣言する子ども達の純粋に神様に救われたことを感謝し自分をささげようとする姿を見てきました。

また、週末や水曜日になるとそれぞれの教会に遣わされていき、教会の働きを通して訓練を受ける機会がありましたが、ある年には水曜日の祈祷会に行く前の約1時間、駅前の広場で毎週路傍伝道をしたことがありました。毎週、ギターやマイクを抱えて数人の神学生と一緒に賛美し、時にはマイクを握ってショートメッセージを語り、教会の案内や特別な集会のチラシを配ったりするのですが、たくさんの人が足早に駅から出てくる中でチラシを受け取ってくれる人は本当にわずかだったこと、またわざわざ目の前で受け取ったチラシを破り捨てるようなことをする人を目にしてきました。その時に、こんなにも多くの人がイエス様を知らずに、また求めることもせずに自分の生活に追われ生きているのだという現実を見せられたのです。

それまで、直接献身はしない、貧乏は嫌だし母のような苦労だけはしたくないから牧師夫人には絶対なりたくない、と宣言していた私でしたが、ただ信徒として自分の必要を満たす生活をしながら、日曜日だけ主に仕えようというのは自己中心な生き方なのではないかと思いました。

そうではなく、私のために死んでよみがえってくださった方、イエス・キリストに生涯をささげて生きるようにと神様は私に求めておられるのだと示されたのです。

直接主に仕える生涯を歩みたいという献身の思いを新たにした私は、母教会がその時には既に日本ホーリネス教団に所属していましたので、TCUを卒業して、更に牧師になるための訓練を受けるために、東京聖書学院(Tokyo Biblical Seminary)に入学するよう導かれていきました。

TCUの頃は、早天祈祷会も行ったり行かなかったり、行かないことのほうが多い怠け者の私でしたが、聖書学院ではそれもゆるされず、毎朝6時からの早天祈祷会に始まり掃除、授業、そして週一回の公園伝道や病院訪問伝道等の課外活動、週末になると、それぞれの奉仕教会へと遣わされていき、牧師先生の働きを間近で見せていただきながら訓練を受けるという生活を3年間続けました。

ここでの学び、訓練は聖書を学ぶことの楽しさ、奥深さを知ると同時に、自分の霊性というものを養う大切さを教えられました。主人の母がその頃女子寮舎監として私達女子寮生を指導していたのですが、大切なのは聖書の知識や教養ではなくその人の人となりであり、神様とのゆるぎない関係からくる霊性だと厳しく教えられました。また、母は自分の姿を通して無言の圧力ではありませんが、実際に教会に遣わされて私達が苦労しなくて済むようにと色々なところで手本を示してくれていました。

3年間の学びを終え卒業して、私が最初に遣わされたのは沖縄県那覇市にある那覇ホーリネス教会でした。そこに遣わされることになった時、卒業したばかりの若い私が果たして教会で仕えていけるのだろうかと不安になっていたのですが、やはり神様は御言葉をもって励ましてくださいました。

ヨシュアがモーセが死んだ後、イスラエルの民を率いていよいよ約束の地に入る時に語られた言葉です。少し長いですが、読ませていただきます。

主のしもべモーセが死んだ後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに言われた、「わたしのしもべモーセは死んだ。それゆえ、今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい。あなたがたが、足の裏で踏む所はみな、わたしがモーセに約束したように、あなたがたに与えるであろう。あなたがたの領域は、荒野からレバノンに及び、また大川ユフラテからヘテびとの全地にわたり、日の入る方の大海に達するであろう。あなたが生きながらえる日の間、あなたに当たることのできる者は、ひとりもないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共におるであろう。わたしはあなたを見放すことも、見捨てることもしない。強く、また雄々しくあれ。あなたはこの民に、わたしが彼らに与えると、その先祖たちに誓った地を獲させなければならない。ただ強く、また雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法をことごとく守って行い、これを離れて右にも左にも曲がってはならない。それはすべてあなたが行くところで、勝利を得るためである。この律法の書をあなたの口から話すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう。わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。」 ヨシュア1章1-9節

偉大な指導者モーセを失ったヨシュアにとって、この先大丈夫だろうかと不安になる中で神様の言葉がどんなにか心強く、また強い励ましとなったことでしょうか。私にとっても、まだ見ぬ沖縄の地に遣わされていくことは主が共に行ってくださるのだという大いなる励ましとなりました。

那覇教会での生活はたった一年でしたが、主任牧師の高橋秀夫先生、五子先生ご夫妻のもとで、いわばインターンのような形で特にサンデースクールの子ども達や、中高生、青年会の若い人達との関わりを中心に、週日は祈祷会や家庭集会等、とにかく先生の後にくっついて見習いのように過ごした、そんな恵みに満ちた日々でした。

沖縄という独特の文化や言葉が残る中での働きは、長年そこで牧会されてきた先生ご夫妻にとっては色々なご苦労があったことかと思いますが、私にとってはまるで先生ご夫妻の娘のように可愛がっていただき、牧会者である先生方の生き様を通して本当に多くのことを身をもって教えていただいた時でした。

その後、主人との結婚に導かれました。主人との結婚についても、詳しいことは省きますが、結婚にあたっても神様は御言葉を与えて決断させてくださいました。主人は学院にいる頃からインドに行ったり、龍馬を訪ねて旅をしたこと、アメリカに留学していたことを証ししていましたので、私とは全くビジョンや向かう方向が違う人だと思い込んでいましたので、結婚相手として考えたこともありませんでした。けれども、結婚のために祈っていく中で神様はこの時も御言葉を示してくださったのです。

「何よりもまず、互いの愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。不平を言わずに、互いにもてなし合いなさい。あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理人として、それをお互いのために役立てるべきである。語るものは、神の御言を語る者にふさわしく語り、奉仕する者は、神から賜る力による者にふさわしく奉仕すべきである。それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、神があがめられるためである」Ⅰペテロ1章8-11節

私たちは全く与えられている賜物が違うように見えるけれど、お互いのために役立てる時、神様があがめられる結果となるのだと確信が与えられて、この結婚は神様の御心なのだと決断することができました。だからといって、自動的に幸せな結婚生活が保てるかといえば、その後のたゆまぬ努力も必要とはなりますが、神様が備えてくださった伴侶だという確信は、時に本当にこの人で良かったのだろうかというようなところを通る時に大切なものとなってくるように思います。

結婚して二か月でアメリカに来る時にも、私にとっては生まれて初めての海外で、しかも旅行ではなくそこに住む日本人への伝道をするということは、大きな不安や恐れがありました。けれでも、神様はこの時も私に自分の力で頑張るのではない、神様ご自身が共にいて下さると御言葉によって励ましてくださいました。その時、使っていたデボーション用のテキストの中に文語訳で

「わが臨在、汝と共に行くべし」と書かれていたのですが、モーセに対して神様が語られた御言葉でした。

「わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう」                出エジプト33章14節

神様ご自身が私と一緒に行ってくださるなら、きっとどこに行っても大丈夫だという平安をいただきました。

その後21年が過ぎましたが、これまでの間にも主はその時々に必要な御言葉をもって私の歩みを支え、励まし、そして導いてきてくださいました。

今日は私の個人的な歩みの中に働いてくださった神様の導きについて証しさせていただきましたが、皆さんはいかがでしょうか?

きっと、ここにおられる皆さんお一人お一人救われた時に与えられた御言葉、人生の選択を迫られる時に与えられた御言葉、節目節目に御言葉をもって神様は導いてきてくださったのではないかと思います。それは何も人生の節目に限られたことだけでなく、日ごとに語りかけておられる神様の御声だと思うのです。神様は私だけに特別に語りかけておられる方ではありません。そして、いつも私が神様の声を聞き分けて、従ってきたかというとそうではなく失敗してしまうことの方が多いような毎日です。けれども、時に応じて励まされたり、平安を与えられたり、勇気づけられたりしながら、私達クリスチャンはクリスチャンの旅路を歩んでいくのではないでしょうか。それは、時に自分にとって心地よいものばかりでない時もあります。心に強く刺さるような言葉を示されることもあるかもしれません。本当にそっちでいいのか?こちらに歩むべきではないかと方向転換を求められるような時もあるでしょう。

けれども、私達の最善を願っておられる神様は確かに私達を私達にとってより良い道へと御言葉をもって語りかけつつ、導いておられるお方なのです。そして、主の導きに従って歩む時、約束しておられる豊かな祝福を与えて下さるお方なのです。

この主の語りかけを朝毎に聞いて始める生活を、皆さんにもぜひ知っていただきたい、既に知っておられる方もたくさんいらっしゃることと思いますが、クリスチャン生涯をかけてこの恵みの奥深さを知っていく者とさせていただきたいと思います。

お祈りさせていただきます。

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