新しい身分に生きる

もし今日、「この$1のくじは当たり券であって、これを買うならば、あなたの口座には30億円が入ってくるよ」と言われれば、そして、本当にその話が事実であるならば、それを$1出して買わない人はいないと思います。「えー、$1出すのはモッタイナイ!」と言う人や、「どうしようかな、一晩考えさせて!」と言う人はいないと思います。私たちはスグに1ドルを差し出すでしょう。

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新しい身分に生きる
2019年2月24日

聖書を拝読します。ガラテヤ3章23節―29節。

23しかし、信仰が現れる前には、わたしたちは律法の下で監視されており、やがて啓示される信仰の時まで閉じ込められていた。24このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育係となったのである。25しかし、いったん信仰が現れた以上、わたしたちは、もはや養育係のもとにはいない。26あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。27キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。28もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。29もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。

 私には三つの身分証明があります。パスポート、運転免許書、そしてソシャル・セキュリティカード。これらの証明書は私がどんな人間であるかを証明してくれるものです。

私達がクリスチャンになると私達には新しい身分が与えられます。それは、目に見える形で与えられるものではありませんが、確かにそれは神様から与えられるのです。そのことについて今日は私達の三つの身分についてお話したいと思います。

神様が私たちに与えてくださる第一のものは「神の子」となるということです。

神の子となる

今日の聖書箇所の26節を見ますと「あなたがたは皆、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである」と書かれています。そして、この箇所の前の24節、25節あたりを見ますと「養育係」という言葉を私たちは見出します。養育係とは親以外の者で子供を養い育てる者のことを言います。

そして、この箇所によりますと人はかつてこの養育係のもとで育ってきたというのです。そして、その養育係とは何なのかと言いますと神が彼らに与えた「律法」なのだということが23、24節を見ます時に分かります。

聖書を全て読もうとする者は旧約聖書のレビ記、民数記、申命記においてこの律法の山が前途に立ちはだかっていることを知ります。もう、それこそ「なんだ、これは!」というほどに圧倒される律法の山々です。「こうしてはならない、こうしなければならない」と言う言葉が延々と続きます。正直な気持ち、こんな律法をなぜ、神は定められたのかという疑問がわいてきます。

実はこの律法は私たちが真に神の子となるために、そこに導かれるために必要なものなのです。なぜなら、このようなルールがなければ、私たちがしていることが良いことなのか、悪いことなのかの区別ができないからです。スピード制限の交通標識があって、初めて私たちは法定速度を守っているのか、破っているのかを知ることができるのです。

それはローマ書でパウロも指摘しているとおりなのです。それでは、わたしたちは、なんと言おうか。律法は罪なのか。断じてそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったであろう。すなわち、もし律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりなるものを知らなかったであろう』(ローマ7章7節)。

ですから律法は鏡のようなもので、その鏡に私達の姿が映されることによって私達は自分を知るのです。そして、そこには律法を守れない自分の姿が映ります。その鏡は自分の姿を映すことしかできないのであって、心にとどめて下さい、鏡に映る顔の汚れを鏡で洗い流すことはできないのです。

このことについてもパウロははっきりと明言しています。「律法によっては、罪の自覚が生じるのみである」(ローマ3章20節)

このことゆえに確かに神が与えたもう律法が必要なのです。律法のないところに、罪の自覚は生じません。そして、律法によって明らかにされた私達の罪、その罪はイエスの十字架によって赦されるのです。実に律法は養育係として私達をイエス・キリストへと出会わせ、私達を神へと導いていくのです。

聖書はおもしろい表現をこの後のガラテヤ書4章6節でしています。それは私たちがこの神を「アバ、父よ」と呼ぶことが出来るというのです。「アバ」とはユダヤ社会で幼子が親しみをこめてその父親を「お父ちゃん」と呼ぶことです。英語で言うならば父を「ダディ」と呼ぶことと同じなのです。

私達に養育係りは必要でした。しかし、いつまでも「罪を犯してしまった」という律法の中に私たちは生きるのではありません。

26節に「あなたがたは皆、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである」とあるように、私たちの罪はイエス・キリストの十字架によって赦されたのです。それゆえに私たちは父なる神の子として、この律法から解き離れて自由に生きることができるのです。

私たちの二つ目の身分として私たちはキリストにあって他のクリスチャンと一つとなるということです。

キリストにあって一つとなる

クリスチャンとなる時に、私達はキリストにある家族に属します。それは、他のクリスチャンです。なぜなら、私たちは共通のお方を父に持つからです。そこには国籍の違いはありません。その人の身分とか性別の違いもなく、神を父とする家族は一つなのだというのです。

そのことが26節から28節にこう説明されています「26あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。27キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。28もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。(ガラテヤ3章26節―28節)。

もちろんクリスチャンになるということで互いに同じ屋根の下で暮らすということはありません。どこかのカルト宗教のように、出家して、自分も財産も全て捧げるということでもありません。たとえそのような目に見える形では一つに見えずとも、私たちはキリストにあって一つだと聖書はいうのです。

コリント人への第一の手紙12章においてパウロは私たちがキリストにあって一つであるということを、人間の体に譬えました。私たちは、それぞれがキリストの体の各器官だと彼は言うのです。

えぇ、あの人が私と結びついているなんて、何の接点もありませんという方がいるかもしれません。しかし、誰でもキリストにあるならば、私たちは一つの体の一部なのです。あなたの両隣の人を見てください。おそらく、生まれも育ちも違うし、年齢も離れているかもしれない、しかし、あなたもあなたの両隣の人も神を父とする神の子であり、私達はキリストの体の一部なのです。

3つ目のこと、それは私たちは神の相続人となるということです。

神の相続人となる

皆さんは誰かの相続人になっているでしょうか。相続するのも色々あって、相続税がかかったりとかえって苦労する方もいるようです。

しかし、今日、記されている聖書の約束は驚くべきものなのです。「相続」なんて自分には関係ないと思っていたのに、いいや、あなたは私の相続人なのだとここに記されているのです。

私の家の側のセブンイレブンに行きますと販売中のくじの賞金総額が張られています。時々、その額が100ミリオンであったりするのを見ることがあります。これだけのものがあったらものすごい教会が建つだろうなとチラッと考えることがあります。

私たちは神の相続人になるのです。これは100ミリオンが当たるどころの話ではありません。ビル・ゲイツの相続人になることも比較できません。

あのグランドキャニオンもエベレストも所有しておられるばかりか、あのオリオンも火星も所有しておられる、そして、永遠の時をも所有しておられる方を私たちは「父さん」と呼ぶことができ、私達はその相続人なのだというのです。

皆さん、もし、今日、「この$1のくじは当たり券であって、これを買うならば、あなたの口座には30億円が入ってくるよ」と言われれば、そして、本当にその話が事実であるならば、それを$1出して買わない人はいないと思います。「えー、$1出すのはモッタイナイ!」と言う人や、「どうしようかな、一晩考えさせて!」と言う人はいないと思います。私たちはスグに1ドルを差し出すでしょう。

私が教会と家を行き来する道すがらに大きな看板があります。かつてその看板に満面の笑みを浮かべた人の顔がありました。何の看板か。それは、サンディエゴにある某カジノで5万ドルをあてた人だそうです。あの看板を見る人は心の中で思うのでしょうか。「よし、待ってろよ、次は俺の番だ」。

ガラテヤ3章29節「もし、キリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による(神の)相続人なのである」。

私達はとてつもない約束を見過ごしています。どれだけの人がこの驚くべき約束には見向きもしないで、日夜、宝くじやカジノで大金を、人生を失っているのでしょうか。

私達の身分証明には「神の子」「神の家族」「神の相続人」というスタンプが押されているのです。そして、それはキリストにある全ての人に約束されているものなのです。あなたはこの三つを確かに自分のものとしているでしょうか?

お祈りしましょう。

神様は世の中には手に入れることができないもの、お金で買えないもの、自分の努力で掴みとることができないものがあります。今日は、そのような3つのものを見てきました「神の子となること」「神の家族になること」「神の相続人になること」。これらの素晴らしい約束が私たちに与えられていることを感謝します。

「いつでもあなたにこれらを与えるよ」とあなたは言っていて下さるのですから、「ありがとうございます」と信仰を持って受け取ることができますように。そして、この3つの身分証明と共に、私たちの人生を生きることができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

Living with a New Status
Feb 24, 2019

Let us read the book of Galatians 3:23-29.

For those who speak English, during this sermon, I will quote a couple of the Bibles verses and read it in Japanese, but I will not read the same verses in English to save time, especially long verses, but you will see the English verses on the screen along with Japanese, so please read it while I am reading. Thank you! So, this is Galatians 3:23-29;

23 Before the coming of this faith, we were held in custody under the law, locked up until the faith that was to come would be revealed. 24 So the law was our guardian until Christ came that we might be justified by faith. 25 Now that this faith has come, we are no longer under a guardian.26 So in Christ Jesus you are all children of God through faith, 27 for all of you who were baptized into Christ have clothed yourselves with Christ.28 There is neither Jew nor Gentile, neither slave nor free, nor is there male and female, for you are all one in Christ Jesus. 29 If you belong to Christ, then you are Abraham’s seed, and heirs according to the promise.

 I have three different kinds of identification. Passport, Driver’s License and Social Security Card. These identifications tell you about who I am.

When we become a Christian, we are given a new status. The status is not visible but it is surely given by God. I would like to share about three statuses today.

First of all, what God gives to us is adoption as “a child of God”.

To be a child of God

Today’s verses 26 says; “you are all sons of God through faith in Christ Jesus”, and in verses 24 and 25, we find the word “Guardian. A guardian is someone who is not a parent, but fosters a child.

And according to this verse, the people of Israel were fostered by the Guardian, and according to verses 23 and 24, the Guardian is the LAW which God gave to them.

For those who try to read the whole Bible, they will face the book of Leviticus, Numbers and Deuteronomy in the Old Testament. And these books are filled with a lot of laws and these laws confront us just like a big mountain. The mountain makes us overwhelmed! The laws repeatedly command “You should not do this or you have to do that” Honestly speaking many of us must question why God gave us such numerous of laws.

Actually, we need these laws to be a child of God, because without the rules, we do not know what is good and what is bad. We can only know whether we are following the law or violating the law by looking at the speed limit on the traffic sign.

This is exactly what Apostle Paul indicated in Romans 7:7. What shall we say, then? Is the law sinful? Certainly not! Nevertheless, I would not have known what sin was had it not been for the law. For I would not have known what coveting really was if the law had not said, “You shall not covet.” (Romans 7:7)

Therefore, the law is like a mirror we see reflections of ourselves in. And when we see ourselves in the mirror, we find that we cannot follow the law. A mirror can only reflect us, please keep in your mind, we cannot wash the dirt off of our face with the mirror.

Paul also clearly mentioned about this, “through the law we become conscious of our sin” (Romans 3:20).

Therefore, we really need the God given law. Without the law, we never know about our sins. The law makes us aware of our sins and the sins will be forgiven by the cross of Jesus Christ. Truly, the law, our guardian helps us encounter Jesus, and leads us to God.

There is an interesting expression in Galatians 4:6 which is that we can call God “Abba, Father”. “Abba” is a word used by little Jewish children to call their father. It is almost like “daddy”.

We needed our guardian, but we do not keep living with the guardian. We should not remain in the status of “I have committed sins” forever.

Like verse 26 said; we are all sons of God through faith in Christ Jesus, our sins were forgiven by the cross of Jesus Christ. Therefore, we can live freely from the law and live as God’s son.

As our second status, we become one with other Christians in the name of Christ.

We become one in the name of Christ.

When we become a Christian, we belong to new family in Christ. That family includes all Christians, because we have the same father. There is not a difference of nationality. There is no difference of each person’s status and gender, but we are the one under our same father.
Verses 26 -28 explained about it “You are all sons of God through faith in Christ Jesus, for all of you who were baptized into Christ have clothed yourselves with Christ. There is neither Jew nor Greek, slave nor free, male nor female, for you are all one in Christ Jesus”. (Galatians 3:26-28).

Of course, we do not live together in the same house by becoming Christian. We do not leave our family nor dedicate all our fortune like a cult. Even though we are not able to see visibly, the Bible says we are one in Christ.

In 1 Corinthians 12, Paul says we are one in Jesus Christ and explains this with a metaphor of the human body. He says we are each a part of the body of Christ.

Some people may think, I have no connection with that person. But we are one body in Christ. Look at the person next to you. They have probably lived a different life style and their age is different, but you and they are both a child of the same father, God and we all to the body of Christ.

The third status is that we are the successor of God.

To be an heir of God.

Is anyone here a successor to someone? There are different types of inheritance, and sometimes a successor is burdened by inheritance tax.

The promise of an inheritance that the Bible promises to us is astonishing. I thought the word inheritance has nothing to do with me, but the Bible said, I am God’s heir!

There is a Seven Eleven near my house. I stop by sometime and see the amount of money that can be won in the lottery. Sometimes the prize is like 100 million dollars. I do not buy any lottery tickets, but sometimes I glance to think if I get this amount of money, we can have an amazing church building.

We will become heirs to God. We cannot compare this with the prize of 100 million dollars. We cannot compare God’s inheritance and Bill Gate’s inheritance.

Our heavenly father who possesses not only the Grand Canyon and Mt Everest but also Orion and Mars, and we can call Him “daddy” and be heirs to Him.

If somebody asked you today, “If you pay 1 dollar for this winning lottery ticket, you will receive 30 million dollars in your account” and if the story was indeed true, nobody would hesitate to pay 1 dollar for 30 million dollars. Nobody would say, “Oh no, I do not want to pay 1 dollar” or “Well let me think tonight, and then I will respond tomorrow”. We surely would pay 1 dollar quickly.

I saw a big billboard while I was driving home from church. There was a huge picture of a smiling face on it. What was the sign for? The person on the board got 50 thousand dollars at a Casino. People probably see the picture and say to themselves “I will be the next one”.

Galatians 3:29 said “If you belong to Christ, then you are Abraham’s seed, and heirs according to the promise.”

We have missed a tremendous promise from God. How many people do not even consider this amazing promise and spend time and money for lottery and Casino?

The promises for us is so wonderful. God will stamp on our identification, that we are a child of God, that we are in the family of God, and that we are heirs to God. And these are promised to everyone in Christ. Do you have these three statuses?

Let’s pray

Our heavenly father, there are things in this world that we cannot buy or obtain by our own effort. We have seen these three things today. To be a child of God, to be a family of God, and to be God’s heir, thank you that you give us these precious statuses.

You said “I will give you these anytime” so may we receive that by our faith with thanksgiving, and may all of us live our life with these three identifications. We pray these things in precious Jesus name, amen.

Translated by Makoto Okura and Edited by Kou Okura.

本日のおもちかえり
2019年2月24日

1)ガラテヤ3章23節―29節を読みましょう。ここに記されている「律法」 (23節、24節)と「養育係」(24)の関係について説明しましょう。養育係という言葉からその係のどんな役割をあなたは想像しますか?

 

2)なぜ神様は私達に「十字架」の前に「律法」をお与えになったのですか。ローマ7章7節を読んでみましょう。

 

3)パウロは「律法によっては、罪の自覚が生じるのみである」(ローマ3章20節)と書きました。なぜ罪の自覚を持つことは大切ですか。

 

4)私達は神様が与えてくださった律法を全て守ることができますか。

 

5)私達が律法から十字架に導かれていく時に私達はどんな身分が与えられますか。ガラテヤ3章26節を読みましょう。

 

6)神の子とされた私達は誰しもがキリストにあって一つとなるという根拠はどこにありますか。ガラテヤ3章26節―28節を読みましょう。

 

7)子供が親の相続を受けとるように、神の子とされた私達は神様の相続人だと聖書は言います(ガラテヤ3章29節)。自分が神の相続人とされているということを知る時にあなたはどんなことを考えますか。神の相続規模はいかほどですか。

 

8)自分は「神の子」「神の家族」「神の相続人」であることを知らずに生きるのと、知って生きるのでは私達の人生にどんな違いが生まれてきますか?


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