父の日に贈る言葉

今日は父の日です。この日に私達は南ユダ王国に在位した20名の王達の中から、アハズ、ヒゼキヤ、マナセの三人をみてみたいと思います。なぜ彼らを取り上げるかといいますと、彼らはそれぞれ父子関係でありながら、以下のような治世を送ったからです。

アハズ(ヒゼキヤの父):偶像崇拝をすすめ、幼子を生贄とするような王。

ヒゼキヤ(アハズの子でありマナセの父):南ユダ王国の王の中で最も真実に神に仕えた王。

マナセ(アハズの孫でありヒゼキヤの子):偶像崇拝をすすめ、祖父と同じように幼子を生贄とした王。

「親(父)を見れば子が分かる」「子を見れば親(父)が分かる」ということが全くあてはまらない彼らの治世には何があったのか。その核心に迫りたいと思います。そして、それをそのまま父の日に父達に贈る言葉とさせていただきます。

   

↓ ↓今日の「日英両語の礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえり」です↓ ↓。本日の礼拝プログラムはこちらからどうぞ。

マック 

父の日に贈る言葉

2012年6月17日

 1914年、5月の第二日曜日、アメリカはその日を「母の日」として定めました。今日も私達はこの日を大切にしています。さあ、それでは質問です。私達は今日、父の日を迎えていますが、この父の日がアメリカで定められたのはいつだったかご存知ですか。母の日から遅れること二ヶ月、1914年7月だったでしょうか。それとも遅れに遅れて翌年1915年2月だったでしょうか。いいえ、それは1972年で、母の日が定められてから実に58年後だったのです。母の日が定められた時に「母の日があるのだから、やはり父の日も決めなくちゃいけない」という意見は当然、きっと、おそらく・・・あったと信じているのですが、それが実際に定められるのに58年かかったということ、ここに何か大切な真理が隠されているように私は勝手に感じております(このことに深入りしますと抜け出すことができなくなりそうですのでここまでとします)。

私達は毎週、聖書の中の一書を見ております。先々週は南ユダ王国の中の一人の王、ヒゼキヤに注目しました。彼は南ユダ王国の信仰を立て直した王で、聖書はその王国に在位した20人の王の中で特別に彼を賞賛しています。このヒゼキヤのことについて調べているうちに興味深いことを知りました。それはヒゼキヤの前後にいた彼の父であるアハズとその息子であるマナセについてであります。父の日であるこの日、この三代にわたる祖父、父、子という関係から私達は幾つかのことを心に留めたいと願っています。まず最初にアハズの子ヒゼキヤについて聖書、歴代志下29章から見てみましょう。

アハズの子ヒゼキヤ 

1ヒゼキヤは王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はアビヤと言って、ゼカリヤの娘である。2ヒゼキヤは父ダビデがすべてなしたように主の良しと見られることをした。3彼はその治世の第一年の一月に主の宮の戸を開き、かつこれを繕った。(歴代志下29章1節-3節)

 このところを見ますと「ヒゼキヤは父ダビデがすべてなしたように主の良しと見られることをした」と書かれていますので、ヒゼキヤはダビデの息子だったのかと思いがちですが、実際はそうではなく彼はアハズという王の子でした。ダビデの息子と書かれているのは当時のユダヤ民族が自分達の祖先であるダビデを父のように慕い敬っていたからだと思われます。それではヒゼキヤの父、アハズとはどのような人間だったのでしょうか。

『1アハズは王となった時二十歳で、十六年の間エルサレムで世を治めたが、その父ダビデとは違って、主の良しと見られることを行わず、2イスラエルの王たちの道に歩み、またもろもろのバアルのために鋳た像を造り、3ベンヒンノムの谷で香をたき、その子らを火に焼いて供え物とするなど、主がイスラエルの人々の前から追い払われた異邦人の憎むべき行いにならい、4また高き所の上、丘の上、すべての青木の下で犠牲をささげ、香をたいた』(歴代志下28章1節-4節)

 ここでも「その父ダビデ」とありますが、先に述べた理由と同じ理由で、アハズはダビデの息子ではありません。このアハズはユダの王でありながら、主の良しとすることはなさず、主を拝することもなく、バアルという太陽神を拝み、幼子を火で焼いて捧げたりしました。後にアハズの息子ヒゼキヤは父について、彼が主に不忠実であったために主の憤りが南ユダ王国に臨んだと臆することなく書いており(歴代志下29章6節‐8節)、はたして南ユダ王国はヒゼキヤの言ったとおり様々な災いを受けました。

 しかし、ヒセキヤはその父の歩みを踏襲せずに主への礼拝を復興しました。先々週お話しましたように彼はその治世につきましたら、すぐに、それまで埃がかぶっていた宮の窓を開き、祭壇で犠牲を捧げ、過ぎ越しの祭りをもう一度復活させました。その手腕は敏速で彼は次から次へとその改革を進めていきました。ヒゼキヤは全て父親がないがしろにしていたものを整え修正し、神様を礼拝したのです。そしてヒゼキヤのもと、南ユダ王国の民も再び、一同が喜んで神様に仕えるようになり、アッシリアが攻めてきた時も神様は奇跡的な方法をもってこの南ユダを守られたのです。実にこうして最悪の父から南ユダの治世の中で最も真実に神に仕えた王が出たのです。そして、このヒゼキヤもその王位を退く時が来、彼の息子、マナセがその跡を継いだのです。マナセについて聖書はこう記しています。

 1マナセは十二歳で王となり、五十五年の間エルサレムで世を治めた。2彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われた国々の民の憎むべき行いに見ならって、主の目の前に悪を行った。3すなわち、その父ヒゼキヤがこわした高き所を再び築き、またもろもろのバアルのために祭壇を設け、アシラ像を造り、天の万象を拝んで、これに仕え、4また主が「わが名は永遠にエルサレムにある」と言われた主の宮のうちに数個の祭壇を築き、5主の宮の二つの庭に天の万象のために祭壇を築いた。6彼はまたベンヒンノムの谷でその子供を火に焼いて供え物とし、占いをし、魔法をつかい、まじないを行い、口寄せと、占い師を任用するなど、主の前に多くの悪を行って、その怒りをひき起した(歴代志下33章1節-6節)。

 何も言うことはありません。マナセは父ヒゼキヤが主のために築いた全てのものを壊し、そこに再び祖父が拝んでいたバアルの偶像を置いたのです。祖父がしていたように再び、子を焼いて供え物とし、占い、魔法、まじない、口寄せをもって国の指針を知ろうとしました。彼はヒゼキヤの子でありながら、父が築いた良きものをことごとくなきものにしたのです。

 「子を見れば親が分かる」「親を見れば子が分かる」とはよく言われます。それはある程度、正しいでしょう。しかしながら、もしその言葉に従いますならヒゼキヤは父アハズのごとく、ことごとく神に反する王となったとしてもおかしくありません。しかし、彼は王の座に着くやいなや、父が怠っていたこと、なさずにいたことをことごく復活させ、南ユダの民が一丸となって神を崇めるようにしたのです。反対にマナセは父ヒゼキヤに習わずに「これでもか!」とばかりに、父が神様に築き上げたものを破壊し、主の前に悪の限りを尽くしました。

皆さん、この三代にわたる男達の姿を知るにつけ、私は頭を抱えてしまったのです。「はたして父というものが信仰に立って家族と共に生きるということはどういうことなのだろうか」と。「この史実を私達はどのように受け止めたらいいのだろう。ここから私達が聞くべき神様からのメッセージはあるのだろうか」。

注意深く、じっくりと何度も聖書を読んでみました。そうしますとアハズとヒゼキヤについて、ヒゼキヤとマナセについてそれぞれ見出したことがありますのでお話しましょう。まず神に背いた人生を送ったアハズを父としながらも、その父とは全く別の生き方をして神に従ったヒゼキヤについてです。

おそらく人の中で私達に最も大きな影響を与える人は私達の親でありましょう。その父が最悪であったヒゼキヤはなぜに南ユダ王国史上最も忠実に神に従う王となりえたのか。もう一度、歴代志下29章1節-3節を読みましょう。

1ヒゼキヤは王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はアビヤと言って、ゼカリヤの娘である。2ヒゼキヤは父ダビデがすべてなしたように主の良しと見られることをした。3彼はその治世の第一年の一月に主の宮の戸を開き、かつこれを繕った。(歴代志下29章1節-3節)

この中に「おやっ」と思われるものがあります。何だかお分かりになりますか。そうです、ここにはこう書いてある。『その母はアビヤと言って、ゼカリヤの娘である』

先ほど同じような言葉としてそれぞれぞアハズとマナセの治世の始まりについても読みました。しかし、その中には母親の名前は何も記されていません。しかし、このヒゼキヤについて書かれているところにだけその母の名前とヒゼキヤの祖父の名前が記されています。これは聖書の中でも異例の記述でありまして、普通はこのような場合、父親の名前は記されても母親の名前は記述されないことが多いのです。ということは、この記述には理由があったのではないかと思われます。

お分かりになると思います。なぜヒゼキヤは父の生き方を継承しなかったのでしょうか。子は確かに親の影響を全身で受けます。しかし、親は父だけではありません。ヒゼキヤの場合、母からその影響を多大に受けていたに違いありません。では、その母とはどんな人だったのか。資料はありません。唯一の手がかりは彼女の父、ゼカリヤです。あえてこの歴代志にゼカリヤの母親の父の名前まで記録した異例の人、ゼカリヤとはどんな人だったのでしょうか。

ヒゼキヤの父はアハズ、そしてアハズの父はヨタムでした。そしてヨタムの父はウジヤ王でした。そのウジヤ王に仕えた人にゼカリヤがいます。どのように彼はウジヤ王に仕えたかといいますと、聖書にこのような記述があります。

『ウジヤは父アマジヤがしたように、全て主の良しと見られることを行った。彼は神を恐れることを自分に教えたゼカリヤの世にある日の間、神を求めることを努めた。彼が主を求めた間、神は彼を栄えさせた』(歴代志下26章4節、5節)。

ゼカリヤとはウジヤ王の信仰の教師のような存在で、彼が神を恐れることをウジヤに教えたゆえに、彼は神からの祝福を受けたのです。詳細は記されていませんが、このゼカリヤの娘アビヤがヒゼキヤの母であるとするならば、たとえ父親が滅茶苦茶であっても子であるヒゼキヤは主を恐れて育ったのです。

なんか「父の日」ですのに、結局、母の素晴らしさを話しています(このところに先の58年の謎が隠されているのかもしれません)。私達はこのところから幾つかの励ましのメッセージを受けます。それは子を育てるということはどちらかの親によってなされるものではなくて、父と母とによって成されるということです。この世界には夫婦の数だけ、父母の数だけ、それぞれ異なった家庭の状況や事情というものがあります。

中にはもう父親が全く家庭を顧みなくなってしまったとか、逆に母親がそんな状態だという人もいるかもしれません。今日シングルマザーという言葉もよく聞きます。私も母親に育てられました。その背景には人には知りえない色々な事情があることでしょう。しかし、このヒゼキヤの人生はそんな私達に希望を与えるものです。

たとえ自分の伴侶が共にいないという状況の中にあっても、神を恐れて子を育てていくのです。もちろん子も成長の過程で親に反抗したり、色々なところを通っていくことでしょう。しかし、神を恐れて子を育てていく時に、神様が私達の行き届かないところを助け、その子を育んでくれると信じます。

既に祖父母となっている方達、もう自分の役目は終わったなどと言わないでください。「ゼカリヤ」という名前はヘブル語で「神は覚えておられた」という意味があります。ゼカリヤが神を恐れて生きたということを神は覚えておられ、その影響は孫にまでいたったということ、そしてそれが孫を、ひいては南ユダの祝福になったという祖父母が持ちうるこの壮大な影響力を忘れないでください。

そして、お父さん達、この中のどこに父へのメッセージがあるのかと我々は思います。あります。家庭は自分一人で形作るものではないということです。私達は母親達と58年の差をつけられた者達です。謙虚に妻のはたらきを認め、感謝しましょう。彼女達は私達が足りないところを補ってくれているのです(どこが父の日のメッセージでしょうか 笑)。妻を愛するということ、それが夫、そして父にとって最大の使命です。

さて、次の親子に取り組みましょう。このヒゼキヤの跡を継いで王となりましたその子、マナセです。

マナセの祖父になりますヒゼキヤの父アハズは神の御心に生きることがなく、その子ヒゼキヤは父が成した全てのことを変え、南ユダの民を神へと向かわせました。しかし、その子、マナセはどうでしょうか。彼は父ヒゼキヤが再建したものを全てことごとく無きものにし、再び偶像へとはしり、祖父がしていたように子を焼いて犠牲として神々に捧げたというのです。

 

先ほども申し上げました。「子を見れば親が分かる」「親を見れば子が分かる」とはよく言われます。それはある程度、正しいでしょう。しかしながら、もしその言葉に従いますならマナセは父ヒゼキヤのごとく、神に忠実に従う王となったとしてもおかしくありません。しかし、彼は王の座に着くやいなや、父が築き上げたものを、父が全て処分したものをことごく復活させ、「これでもか!」とばかりに主の前に悪の限りを尽くしました。

悪い父から悪い子が育って、いい父からいい子が育ってというのなら分かりやすく、話しやすい。しかし、そうはならないのが私達の世界です。なぜ、そうはならないのでしょうか。私も悩みました。でも答えはきわめて単純なものでした。人は生きているからです。生きており、私達は神様からそれぞれ自由な意思を与えられているからです。

私達が「生きている」ということと「自由意志が与えられている」ということは、すなわち私達はいかなる者にも成り得る者であるということです。

なぜ、マナセがそのようになってしまったか、その理由を明確に聖書は記していません。しかし、与えられている聖書の記述から想像できることがあります。それは彼の父ヒゼキヤが成したことを見る時に彼が神様に対して熱心であったということです。それは祖父と母譲り、彼は神を恐れ、王位につくやいなや次々と改革をしていき、短期間の間に南ユダを神と共に歩む国として再建しました。彼の指揮のもと成し遂げられたことが歴代志下29章から32章までびっしり書かれていますが、彼が成したことは国の信仰の復興のみならず、国の防衛のための事業にまでおよび、現在もエルサレムの地下を流れるヒゼキヤトンネルの大事業たるや彼が成したことは賞賛以外にありません。そして、これらに加えてアッシリアからの攻撃を受け、彼は王としてその国難に向き合ったのです。

彼がどれほど熱心にその国の改革と防衛に取り組んでいたかということが分かります。しかし、ここで一つ、当たり前のことを申し上げます。ヒゼキヤといえども一人の人間、彼に与えられているのは一日24時間です。その中で彼が成したことを思いますときに、その時間のほとんどは国政のために使われたのではないかということです。

これから話そうとしていることがお分かりになると思います。このようなことを私はサムエル記をお話ししました時に「大祭司エリ」と「サムエル」の子達がどうなったかというところでもお話しました。エリもサムエルも国民から最も敬意を受けた神の僕でした。しかし、彼らの子達はことごとく神の前に悪を行い、それゆえに彼らの跡を継ぐことができずに、イスラエルの中に王政というものが入ってきたとお話しました。

ヒゼキヤもエリもサムエルも国のこと、すなわち自分の仕事に熱心だったのです。情熱があったのです。それ自体は素晴らしいことです。私達にとって情熱はとても大切なものです。情熱がなければ事は成りません。しかし、その情熱の背後で、ないがしろにされて、泣いている人達がいるかもしれないということを私達は知らなければなりません。そして、その泣いている人達とは私達にとって一番、身近な者達なのです。

アメリカに来て驚いたのはこちらの牧師達がいつも「家族、家族」と言っているということでした。私は牧師の子として日本で育ちましたが、当時の日本では「教会」が牧師家庭の中心でした。住んでいる場所も教会ですから、全てが教会を中心に動きます。ですから時に牧師の子供達が多くの犠牲を払いました。親達は全き献身者となるべく、まさしく家族を犠牲にして伝道牧会に没頭してきたのです。そして、私自身、そのことゆえに起きる問題というものを幾つも目の当たりにしてきたのです。その問題とはヒゼキヤ、エリ、サムエルに起きた問題と同等のものです。

そんな所に生まれ育った者ですから「家族、家族」と言っているこちらの牧師達の姿はカルチャーショックでした。「家族」がまさしく水戸黄門の印籠のようになっているのです。それを持ち出せば多くのことが免除されるようなことです。

しかしながら、おもしろい現象が日本で起きたのです。特に私の世代の牧師の子たちの間でそれは顕著でした。多くの牧師の子達はその人生のどこかで「牧師だけにはならない」という決心をします。しかし、親達が火の玉となって伝道をしていたその牧師の子たちが親の歩んだその同じ道を歩みだし、牧師となっていったのです。彼らは24時間、牧師というものが何をしているのかということを全て承知の上で、そのあとを歩んでいるのです。

その一人が私自身で今、私は牧師となりました。なぜなのか。本当に不思議です。まさしく神様のあわれみです。でも一つ、私の背を押したことがありました。それは時に家族すらも顧みずに主に仕えた母の情熱でした。私達は成長していくにつれて、本物を求めるようになります。その時に私の心を神様に引き戻したのは、家族をも顧みずにその使命に没頭した母の働きに本物を感じたからです。もし、家族という印籠と共に、主に仕えるはたらきをいつも免除していたら、私は今、牧師ではなく、信仰も失っていたかもしれません。

さて、この神に背いたマナセはどのように人生を送っていったのでしょうか。歴代志下33章13節に興味深いことが書かれています。

10主はマナセおよびその民に告げられたが、彼らは心に留めなかった。11それゆえ、主はアッスリヤの王の軍勢の諸将をこれに攻めこさせられたので、彼らはマナセをかぎで捕え、青銅のかせにつないで、バビロンに引いて行った。12彼は悩みにあうに及んで、その神、主に願い求め、その先祖の神の前に大いに身を低くして、13神に祈ったので、神はその祈を受けいれ、その願いを聞き、彼をエルサレムに連れ帰って、再び国に臨ませられた。これによってマナセは主こそ、まことに神にいますことを知った。14この後、彼はダビデの町の外の石がきをギホンの西の方の谷のうちに築き、魚の門の入口にまで及ぼし、またオペルに石がきをめぐらして、非常に高くこれを築き上げ、ユダのすべての堅固な町に軍長を置き、15また主の宮から、異邦の神々および偶像を取り除き、主の宮の山とエルサレムに自分で築いたすべての祭壇を取り除いて、町の外に投げ捨て、16主の祭壇を築き直して、酬恩祭および感謝の犠牲を、その上にささげ、ユダに命じてイスラエルの神、主に仕えさせた。17しかし民は、なお高き所で犠牲をささげた。

ただしその神、主にのみささげた(歴代志下33章10節-17節)。

 

これらのことから私達は悟るのです。私達は確かに忙しい。しかし、家族と共に生きる時間をもつように心がけましょう。私達の熱心が彼らの涙とならないようにしっかりとその時間を作り出しましょう。しかし、同時に「ここぞ」という時は家族を放ってでも主に従いましょう。信仰なき子達もやがて様々な試練に出会うでしょう。自分はこれから何を信じて生きていけばいいのかというまさしく実存的な問いに向き合う時です。その逆境の時に彼らが思い起こすのは、父母が全てを犠牲にしてまでも神様に従ったというその姿なのではないかと思います。その本物を彼らが思い起こすときに、彼らは父母が生きたその信仰に生きるようになるでしょう。マナセが逆境に置かれた時、そうその時、彼は思い起こしたに違いない。父ヒゼキヤが命をかけて神様に従っていたその後姿を!

今日は父の日です。この世界で父として生きるということは何と大変なことかと思います。私達が直面する問題は1+1=2というような公式で解けるようなものではありません。しかし、私達はこれらのことを一人で解くのではありません。そこには妻や私達の父母もおり、主にある兄弟姉妹もおります。どうか皆さんの上に日ごとに必要な知恵が神様から与えられますように。その時、その時に、自分が何を第一とすべきかということを神様が私達に教え示してくださいますように。全ての父親達の上に心からのエールと、神様の祝福がありますようにお祈りします。

Words on Father’s Day

 June 17, 2012

 In 1914, second Sunday of May was designated as a “Mother’s Day” in USA. And we honor this day each year. Here is a question. Today is a Father’s day. Then, when was this Father’s day established in USA? Was it two months after the Mother’s day, namely July of 1914? Or, was it much later in February of 1915? No, actually it was 1972, 58 years after the establishment of Mother’s day. When Mother’s day was established, I am sure some felt that fathers should have their own day. Could have. But, it took as much as 58 years to be established. I personally feel that there is some lesson here.  (I do not want to get into this speculation too deep. I am sure I will get into some trouble.)

 We have been studying one book of the Bible each week. Two weeks ago, we talked about one king, Hezekiah of south kingdom of Judah. He brought back the faith to the kingdom of Judah, and the Bible singles out this king and praises him. I have found something interesting about this Hezekiah. It is about his father Ahaz before and his son Manasseh after. On this Father’s day, I would like to study this three generations, grandfather, father and son. First of all, let’s look at Hezekiah, son of Ahaz from II Chrinicles Chapter 29.

 Hezekiah, son of Ahaz

 1Hezekiah was twenty-five years old when he became king, and he reigned in Jerusalem twenty-nine years. His mother’s name was Abijah daughter of Zechariah. 2He did what was right in the eyes of the LORD, just as his father David had done. 3In the first month of the first year of his reign, he opened the doors of the temple of the LORD and repaired them. (II Chronicles 29:1-3)

 This section says that Hezekiah “did what was right in the eyes of the Lord, just as his father David had done.” We get an impression that Hezekiah was son of David. But actually, he was a son of king Ahaz. The reason for the expression “son of David” is that Judahites respected their ancestor David as their own father. Then, what kind of person was Ahaz, father of Hezekiah?

1Ahaz was twenty years old when he became king, and he reigned in Jerusalem sixteen years. Unlike David his father, he did not do what was right in the eyes of the LORD. 2He walked in the ways of the kings of Israel and also made cast idols for worshiping the Baals. 3He burned sacrifices in the Valley of Ben Hinnom and sacrificed his sons in the fire, following the detestable ways of the nations the LORD had driven out before the Israelites. 4He offered sacrifices and burned incense at the high places, on the hilltops and under every spreading tree. (II Chronicles 28:1-4)

 Here also we see the expression “David his father”. But, for the same reason, Ahaz was actually not his son. Ahaz was a king of Judah, but he did not do what was right in the eyes of the Lord, did not worship the Lord, worshipped Baal the Sun God, and sacrificed young children. Later, his son Hezekiah mentions that his father Ahaz was unfaithful, and the anger of the Lord fell on Judah (II Chronicles 29:6-8). And the nation of Judah did indeed encounter terrible consequences.

 But, Hezekiah did not follow his father’s steps, and revived the worship of the Lord. As we discussed two weeks ago, immediately after becoming the king, he re-opened the doors of the temple, offered burnt offerings, and revived the celebration of the Passover. He was swift and decisive. He introduced changes one after another. Hezekiah worshiped the Lord and revived what his father had neglected. And, under Hezekiah, the people of Judah started to worship the Lord gladly once again, and when Assyrian army attacked them, God protected the Judah nation in a miraculous way. Here, from the worst father came the most faithful and the most respected king. When this Hezekiah stepped down, his son Manasseh took over as the king. The Bible describes Manasseh in this way.

 1Manasseh was twelve years old when he became king, and he reigned in Jerusalem fifty-five years. 2He did evil in the eyes of the LORD, following the detestable practices of the nations the LORD had driven out before the Israelites. 3He rebuilt the high places his father Hezekiah had demolished; he also erected altars to the Baals and made Asherah poles. He bowed down to all the starry hosts and worshiped them. 4He built altars in the temple of the LORD, of which the LORD had said, “My Name will remain in Jerusalem forever.” 5In both courts of the temple of the LORD, he built altars to all the starry hosts. 6He sacrificed his sons in the fire in the Valley of Ben Hinnom, practiced sorcery, divination and witchcraft, and consulted mediums and spiritists. He did much evil in the eyes of the LORD, provoking him to anger. (II Chronicles 33-1-6)

 I have nothing to add. Manasseh destroyed everything his father Hezekiah had built up, and replaced it with the altar of the Baals, which his grandfather used to worship. Just as his grandfather had done, he sacrifices children as offerings, practiced sorcery, and consulted mediums and witches for guidance.  He was a son of Hezekiah, but destroyed every good thing his father had brought in.

 They say: “Like father, like son”, “You can tell son if you see father.” Perhaps this is true some of the time. But, if this is true, Hezekiah should have become a king just like his father Ahaz who was against the Lord. But, the moment he took reign, he restored what his father had neglected and ignored, and lead the nation of Judah in worshipping the Lord again. And Manasseh did not follow the footsteps of his father Hezekiah and destroyed everything his father had built for the Lord, and did everything bad in the eyes of the Lord.

 These three generations of men puzzled me and gave me headache. I wondered what is the role of the father in the faith of family? How are we to interpret this history? Is there any message here from the Lord?

 I read the Bible more carefully, several times. I have found something about Ahaz and Hezekiah, and Hezekiah and Manasseh. I would like to share what I have found out. First, let me talk about Hezekiah, son on Ahaz. Hezekiah lived entirely different life from his father and followed the Lord.

 Fathers are the most influential character in our life. Hezekiah had the worst father. Nevertheless, Hezekiah became a king who was the most faithful in the history of Judah nation. Let us read Chronicles 29:1-3 once again.

 1Hezekiah was twenty-five years old when he became king, and he reigned in Jerusalem twenty-nine years. His mother’s name was Abijah daughter of Zechariah. 2He did what was right in the eyes of the LORD, just as his father David had done. 3In the first month of the first year of his reign, he opened the doors of the temple of the LORD and repaired them. (II Chronicles 29:1-3)

 One thing should have caught your eyes here. What do you see? It says: “His mother’s name was Abijah daughter of Zechariah.”

 We read similar statement at the beginning of the reign of Ahaz and Manasseh. But, none of them mentioned name of the mother. But the description about Hezekiah mentions his mother’s name and his grandfather’s name. This is very rare in the Bible, since in most cases, name of the father is mentioned, but not that of the mother. There must have been a reason for this.

 I hope you can see. Why did Hezekiah not follow his father’s way of living? Children are influenced by their parents. But, father is not the only parent. Hezekiah must have been influenced by his mother greatly. What kind of mother was she? The Bible does not mention any details. However, it says her father was Zechariah. Then, who was this Zechariah that was mentioned as the father of one mother in the Chronicles?

 Father of Hezekiah was Ahaz, and his father was Jotham. Father of Jotham was Uzziah.

King Uzziah had Zechariah who served him. How did Zechariah serve King Uzziah? The Bible says about Uzziah:

 4He did what was right in the eyes of the LORD, just as his father Amaziah had done. 5He sought God during the days of Zechariah, who instructed him in the fear of God. As long as he sought the LORD, God gave him success. (II Chronicles 26:4-5)

 Zechariah was like a teacher of faith to King Uzziah, and Zechariah taught the king about the fear of God. And, for this Uzziah was successful. Although no details are mentioned, if the daughter Abijah of Zechariah was the mother of Hezekiah, Hezekiah must have grown up fearing God in spite of his father.

 This is the Father’s day, and I am praising mothers. (Perhaps this is the reason for 58 year delay.) We learn some encouraging message from this story. And that is, children are raised not by one of the parents, but by both father and mother. In this world, there are as many different families as there are couples, and parents.

 Perhaps some father has abandoned the family. Or, it is mother who has done so. We hear the word “single mother” often. I was raised by a mother alone. There must be thousands of reasons for such family situation. But, this life of Hezekiah gives us hope in our life.

 Even if one of the spouses is gone, children can grow up fearing God. Naturally, children would rebel against parents and meander through life. But, if we fear God and raise children accordingly, God will provide where we are lacking, and would help us raise children.

 If you are already grandparents, please do not think that you are no longer involved.

The name Zechariah means “God remembers” in Hebrew.

God remembered that Zechariah feared God, and his influence extended even to the grandchildren. Thus, he influenced not only grandchildren but also the nation of Judah with God’s blessing. Please remember how important the influence of grandparents is.

 And fathers among you, you must be wondering if there is any message here to fathers. Yes, there is. And that is family is not formed by you alone. We are 58 years behind mothers. We should humbly recognize the works of spouse and thank her. These ladies make up for us where we are lacking.  (So, where is the message for the Father’s day?) Love your wife. That is the greatest mission of the husband and the father.

 Let’s talk about father and son. Manasseh succeeded Hezekiah and became a king.

 The grandfather of Manasseh, father of Hezekiah, Ahaz did not please God at all. His son Hezekiah changed everything father did and turned people of Judah back to the Lord. But, how about his son, Manasseh? He destroyed everything his father Hezekiah did and turned back to idol worshipping, and encouraged sacrificing children as offerings just like his grandfather did.

 I said “Like father, like son”, “You can tell children from parents.” This must be true to some extent. But, if it were true, Manasseh should have become a king faithful to God just like his father Hezekiah was. But, as soon as he took his reign, he destroyed everything his father had restored and did everything against the way of the Lord.

 If bad fathers bring about bad children, and good fathers brings about good children, the things are simple. But, that is not true in this world. Then, why it is not so? I too questioned this. The answer turned out to be very simple. We are living creatures. We are alive and God has granted us freedom of thought and action.

 We are alive and we are given freedom. That means we can be anybody we want to become.

 Why did Manasseh grow up to be like him? The Bible does not explain the details. But, we can guess what had happened from what is mentioned in the Bible. When he watched his father Hezekiah, his father was very dedicated to the Lord. Like his grandfather and mother, he feared God and brought changes to his kingdom from the very first day, and Judah started to walk the way of the Lord again. Things he had done under his leadership are described in detail in Chapters 29 through 32 of the II Chronicles. He not only restored the faith of the nation, but he built up defense of his nation. Hezekiah Tunnel that runs under Jerusalem even today, is one of his great works. In addition, he had to face attack from Assyria and defend the nation in crisis.

 He must have dedicated himself completely to the re-building and defense of the nation.

But, let me point out one obvious thing. Hezekiah was a human, after all, with 24 hours given in one day. When we look at what he has accomplished, we can guess that almost all of his time was devoted to running his country.

 Now, perhaps you can guess where I am going. In the book of Samuel, I also mentioned what had happened to the children of the High Priest Eli and children of Samuel. Both Eli and Samuel were servants of God who had won the respect of the nation. But, their children did bad things in the eyes of the Lord. That is why they could not succeed their father and Israel had to establish kings.

 Hezekiah, Eli, and Samuel were all very dedicated to their tasks. They had burning desire to succeed. That is good. We must have such burning desire, too, without such desire, we cannot succeed. But, behind such burning desire, we must remember that there could be tears of the people who were neglected by father. And these people in tears are the dearest people in our life.

 What surprised me when I came to USA is that minister talked about family all the time. I grew up as a child of a minister. But, in Japan then, the “church” was the center of the life of a minister. The family lived in the church building. So, everything was centered on the church. For that reason, often, children had to suffer hardship. Ministers dedicated themselves to God and sacrificed their family in favor of ministry. And, I have experienced firsthand what the children had to go through. These were the same problems the children of Hezekiah, Eli, and Samuel had to experience.

 Since I had grown up in such a family, it was a culture shock to see ministers here who talked about their family all the time.  “Family” was at the forefront of their minds. Everything had lower priority than the family.

 There was an interesting phenomenon in Japan. It was very noticeable among children of ministers then. Many children of ministers decided that they would NOT become ministers. But, such children of ministers turned out to choose the way of ministry just like their parents. They knew firsthand what the life of a minster is going to be like 24 hours a day. And yet, they decided to walk the same road.

 I am one of them. I became a minister. How did this happen? It is a mystery and a grace of God. But I do know one thing that pushed me to the ministry. It was the burning desire and dedication my mother had shown in serving the Lord. As we grow, we seek out what is true and genuine. What brought me back to God is the truth I found in the life of my mother who had sacrificed the family for God. If family were the top priority, and family were used as an excuse, I do not believe I became a minister and would have lost my faith in God.

 Now, how did this Manasseh, who turned his back to God, live? II Chronicles Chapter 33 writes:

 10The LORD spoke to Manasseh and his people, but they paid no attention. 11So the LORD brought against them the army commanders of the king of Assyria, who took Manasseh prisoner, put a hook in his nose, bound him with bronze shackles and took him to Babylon. 12In his distress he sought the favor of the LORD his God and humbled himself greatly before the God of his fathers. 13And when he prayed to him, the LORD was moved by his entreaty and listened to his plea; so he brought him back to Jerusalem and to his kingdom. Then Manasseh knew that the LORD is God. 14Afterward he rebuilt the outer wall of the City of David, west of the Gihon spring in the valley, as far as the entrance of the Fish Gate and encircling the hill of Ophel; he also made it much higher. He stationed military commanders in all the fortified cities in Judah. 15He got rid of the foreign gods and removed the image from the temple of the LORD, as well as all the altars he had built on the temple hill and in Jerusalem; and he threw them out of the city. 16Then he restored the altar of the LORD and sacrificed fellowship offerings and thank offerings on it, and told Judah to serve the LORD, the God of Israel. 17The people, however, continued to sacrifice at the high places, but only to the LORD their God. (II Chronicles 33:10-17)

 We come to one realization from this. We are busy for sure. But, we should try to find time to be with the family. Let us make time for the family so that our burning desire to succeed would not cause tears. But, when it is critical, we should follow God even if we must neglect the family. Children would face many hardship in life in due time. That is when they have to ask what to believe. That is when they must face life. At such time, they will remember their father and mother who served God sacrificing everything. When they recall the true and genuine life in such memory, they will also choose to live the life of faith that their parents followed. When Manasseh was in the middle of hardship, he must have recalled his father Hezekiah who had staked his own life to follow the Lord.

 Today is the Father’s day. It might not be easy to live the life of a father. Life is not as easy as adding 1 and 1 to get 2 all the time. But, we are not alone when we face the challenge. We have spouse and our own parents, and brothers and sisters in Christ. May the necessary wisdom be granted to you each day from God. And, I hope God will show us what should be the top priority in each day. I am praying for all the father. May the blessing of the Lord upon you all.

 Translated by Dr. Yasuhisa Hosomatsu

 

本日のおもちかえり

2012年6月17日

 1)悪名高く、背教に走ったアハズ王(歴代志下28章1節-4節)から南ユダ王国史上、最も篤く神に仕えたヒゼキヤ王(歴代志下29章1節-3節)が育ち、そのヒゼキヤ王から彼が神様のために築き上げたものをことごとく無きものにしたマナセ王(歴代志下33章1節-6節)が育ったということについて、あなたは何を思いますか。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

 

 2)歴代志下29章1節-2節の『ヒゼキヤは王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はアビヤと言って、ゼカリヤの娘である。ヒゼキヤは父ダビデがすべてなしたように主の良しと見られることをした』(ヒゼキ歴代志下29章1節-3節)からヒゼキヤが善王となりえたどんな理由を見出すことができますか。(ヒント:歴代志下26章4節、5節)。

 

3)あなたはなぜ善王ヒゼキヤから悪王マナセが育ったと思いますか。善王であるということはイコール良き父親なのでしょうか。国民に支持される善王はイコールよく家庭を治めていると言えますか。

 

 4)あなたが悪の道を歩んでいたとしたら、父母のどんな姿がその所からあなたを良き道へと連れ返すと思いますか。

 

5)あなたの父親との思い出を思い起こしてみましょう。あなたが今、父親に一番、感謝していることは何ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

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