現実的な投資の勧め

ルカ2章には幼子イエスを連れてヨセフとマリアがエルサレムに宮詣でをする場面が記録されています。その時、通常ユダヤ人はこの宮詣でで子羊のような動物を捧げるのですが、彼らは山鳩一つがい、もしくは家鳩のひなを宮に捧げたと聖書は記録しています。なぜでしょうか?なぜなら彼らには子羊は買えなかったからです。

主にある皆さん、イエス様は家庭の経済的な理由で買えないものがあり、買うことを我慢しなければならない家庭に育ったのです。

このことはすなわち生きることの厳しさを知っているお方が、生きることの厳しさを知っている者達に語りかけているということを表しています。

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現実的な投資の勧め
2019年4月7日

聖書にはイエス・キリストが語られた譬え話がたくさん記録されています。それらを読んでいて気がつかされることは、意外に思われるかもしれませんが、イエス・キリストはお金の話をよくしていたということです。

しかし、それもよく考えましたら当然と言えば当然なのです。なぜならイエス様自身、その年30歳まで大工として生計を立てていましたから、当然、木材の仕入れにどれだけ必要で、どうすれば収益が生まれるのかというようなことを考えなければ、自らも家族も食べていけなかったのですから。

私が小学生の頃、スポーツブランドのスニーカーがはやりました。でも、それらは私の家庭には高価なもので、私はノンブランドの靴をはいていました。

安いノンブランドの靴はブランドにあやかりたいのか、ブランドのデザインに極めて近いデザインでした。だいたい線が一本、少なかったり、多かったりするのです(我々はこの一本を気にして、そのために何倍ものお金を出しています)。

私はそのノンブランドの靴を流行りの靴に見せるために、カッターナイフで余分な線を切り取ったり、細工してあたかもブランドシューズのように改造して履いていました。

ルカ2章には幼子イエスを連れてヨセフとマリアがエルサレムに宮詣でをする場面が記録されています。その時、通常ユダヤ人はこの宮詣でで子羊のような動物を捧げるのですが、彼らは山鳩一つがい、もしくは家鳩のひなを宮に捧げたと聖書は記録しています。なぜでしょうか?なぜなら彼らには子羊は買えなかったからです。

主にある皆さん、イエス様は家庭の経済的な理由で買えないものがあり、買うことを我慢しなければならない家庭に育ったのです。

当時、エルサレムではすずめが売られていました。そのスズメの値段についてイエス様はかつてこう言われました。『二羽のすずめは1アサリオンで売られているではないか』(マタイ10章29節)

当時、二羽のすずめはセットで一アサリオンで売られていました。アサリオンとはお金の単位で、一アサリオンは一デナリオンの十六分の一です。一デナリオンとは当時の労働者の一日の賃金の相場でした。

その一アサリオンで二羽のすずめが買えたのです。そうすると一羽のすずめの値段はその半分、つまり日当の三十二分の一ということになりますが、そもそも雀は一羽では売りものにならなく、二羽セットにしないと商品価値がありませんでした。イエス様はこのような庶民の値段をよく知っておりました。

そしてさらにイエス様はスズメについてルカ12章ではこう言っています。『五羽のすずめは2アサリオンで売られているではないか』(ルカ12章6節)

さぁ先ほどの二羽で1アサリオン、この五羽で2アサリオン、どちらがお得ですか。頭の中で計算してみてください。そう五羽のほうは、現代的に言うのならBuy four get one freeであり、こちらの方がお得なのです。

これらのイエス様の言葉はエルサレムの路上で庶民が家計を気にしながら、買い物をしていた、その心をイエス様も持っておられたということを示しています。イエス様はこのように庶民の間で取り交わされていた値引き(ディスカウント)にまで心を向けていたのです。

さらにイエス様のたとえ話のなかには銀行にお金を預けて利子を得るというような話もでてきます。実際にご自身も家計が苦しい時にはお金を借りて利子を払っていたというようなこともなさっていたのかもしれません。

ですからこのお方は投資ということもご存知でした。アメリカでは「インベスメント」という言葉は聞き慣れた言葉です。皆さんの中にもリタイアメント後の資金として株等のインベストメントをしている方がいることでしょう。

そのためにどこに投資したらいいのかということを専門家から聞いたり、勉強している方もいることでしょう。法に触れないのであれば、神様が与えて下さったものを賢く管理して自分の人生設計を立てるということは、とても大切なことだと思います。

しかし、私達が考える投資以外にもっと確実な投資があると聖書は私達に語りかけます。それは生きるためのお金に無頓着なお方が語っているのではなくて、こちらのスズメの方があちらより安いということまで気にかけ、現実の厳しい家庭経済に向き合ったイエス様の言葉なのです。ある時、イエス様はこう言われました。

19あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。20むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。21あなたの宝のある所には、心もあるからである(マタイ6章19節―21節)

私達が地上に蓄えるものは虫が食い、さびがつき、時に盗人がそれを盗み出してしまう。そうですよ、この地にあるものは全て、失われ得るものだとイエス様は言われたのです。

皆さん、このイエス様の話は非実的な話ですか?いいえ、とても現実的な話です。まさしく、イエス様が言われている事こそが現実なのです。このように考えますと、これらの虫が食い、さびがつき、盗まれてしまうものを、がかけがえのないものだと考えて、これさえあれば私は大丈夫ですというように生きている私達の方が実は非現実的な生き方をしているということになります。

私達は何かに投資をする時に、その銘柄を慎重に調べて、投資します。なんでもいいやと銘柄を選ぶ人はいません。投資する価値のあるものにお金を託すのです。しかし、その慎重に選んだものが確実であるという保証もどこにもないのです。現代の投資で損失を得たという人は現代的には「虫に食われた」ということであり、「さびついた」ということでしょう。

ですからイエス様は現実的な視点をしかと踏まえて私達に勧めているのです。だから「虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない場所に宝を蓄えなさい」。

これを聞いて私達は思うのです「そんな場所があるのか!」。「あるのだ。それは天国なのだ」とイエスは言われるのです。

イエス様はルカ12章15節-21節で、私達のよく知るこんな譬えを話しました。

15それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。16そこで一つの譬を語られた、「ある金持の畑が豊作であった。17そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして 18言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。19そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。20すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。21自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

これは自分の財産を保管する場所を作って安泰に暮らそうという人の話です。確かにしばらくの間、その保管場所は保たれるかもしれませんが、この場合、その人の肉体がもちませんでしたという話です。

そうです、財産もですが、私達自身も弱り衰えて失われていくという現実です。しかも、それはいつ起こるか分からないのです。この人の場合、その夜のうちに命が取り去られるというのです。

皆さん、この譬え話は非現実的ですか。いいえ、なんと現実的な話でしょうか。このことに異論はありませんでしょう。

これらの現実を踏まえてあなた方には確実ないつまでも残る投資先が必要だろうとイエス様は言うのです。そして、それは言い方を変えるのなら価値のある投資先が必要だということです。マタイ13章44節―46節にはこのようなイエス様の言葉が記されています。

44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。46 高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。

私達が何かに投資しようとする時、私達は一つのことを考えます。それは「この投資は本当に価値あることなのか」この問いに対して、ここに書かれている言葉は何と大胆なことでしょうか。この箇所にはとてつもないことが書かれているのです。

44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

人が畑にある宝を見つけるならば、その人は喜びのあまり全ての持ち物を売り払って、それを手に入れるというのです。

45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。46 高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。

また、良い真珠を探している商人が、その高価な真珠を一つ見つけると、そのために持ち物をみんな売り払って、それを手に入れるというのです。

これはすごいことです。ここで記されている者達は全てと置き換えても、これらのものを手に入れるというのです。それほどそれは価値あるというのです。そして、それは「天国」だと言うのです。

ここまで話してきますと私達はあることに気がつきます。イエス様は確かに現実の世界に生き、それを承知し、現実的な勧めをわたしたちにしている。

しかし、その話に「天国」という言葉がでてきた・・・。そう「天国」は私達には現実的なものとは思われず、非現実的なものなのです。

なぜなら私達はあちらの世界については聖書に描写されていること以外は何も知らないものです。教会はイスラエルツアーを企画しますが、天国ツアーはないのです(行く前に一度、下見できたらいいですけどね)。

これまでイエス様が言われたこの世界の現実に対して私達は共感し、納得もできます。しかし、私達とイエス様との間には徹底的な違いがあります。それはイエス・キリストは「あちらの世界」を知っているお方であるということです。

そのお方が言うのです。「天国を知る、否、知るだけではない、実際にそこからここに来た私にしてみれば、もし、あなたたちが天国の価値を本当に知るのなら、あなたが今、所持しているものを全て失ってでも、それを得たいと思うだろう」と・・・。

しかし、悲しいかな、私達はその天国を見てきたわけではないし、その全貌を知らないゆえに、その価値が分からないのです。実感がないのです。

熱心なセールスマンであっても「あなたの全てを売り払ってでも、これを手に入れておきなさい」とまでは言わないでしょう。このようなことは余程の確信がなければ、あるいは詐欺師でなければ言えないでしょう。

しかし、イエス様にはその確信があったのです。その確信は揺らぐことがなかったのです。何度も申し上げますが、それはこの世界の我々庶民の心を全て知り尽くしているお方の言葉なのです。そのことを踏まえて、このお方はあなたの全てと交換してでも天国を得ることには価値があると断言しているのです。

皆さん、ご理解いただけると思いますが、私達の貯蓄をやめなさいと聖書は言ってはいません。私達の信仰は、それが不正によって集められたものでないならば、神様からの祝福としてそれらのものを受け取ることができ、それは自由に使うことが出来るものです。

老後の貯えも必要でありましょう。この事をいい加減にしていれば、誰かがその肩代りをすることになりますでしょう。私達は各々自分の人生に対して責任があります。

しかし、その地上に投資することだけに人生を費やしてはいけないと聖書は言うのです。天にも宝を蓄えなさい。その投資をし続けなさい。それこそが最も価値ある、決して失われることのない投資なのだとイエス様は私達に語り続けているのです。

最後のことをお話ししましょう。それは私達が「その投資から今、受けることができるもの」です。一般的に「投資」とは後になってその結実を手に入れることができるものです。しかし、驚くべき事にイエス様の言われている投資は今、まさしく私達に還元されているという話です。

どういうことでしょうか。ここまでお話ししてきました「天に宝を蓄える」ということは、すなわち「誰が見てなくても、全てを見ている神に真実を尽くして、天に宝を蓄えていくことを喜びとする」ということです。

そう、天に宝を蓄えるということに対してその残高のステイトメントが発行されることはありませんし、株価のようにその価値の変動を見ることもありません。この宝はその大小にかかわらず誰も知らないところでコツコツとなされていくものです。

このような生き方は今日「正直者は損をする」と言われて、揶揄されることがあります。そのことが反映しているのでしょうか、最近のニュースは日本の青少年の犯罪がこれまでは「窃盗」がダントツで一番多かったのに、今年から「詐欺」の数が窃盗を抜いたと伝えています。目の前にあるものをつかみ取って逃げていく窃盗ではなくて、巧妙に人に近づき、甘い言葉と共に嘘をつき、相手を騙し、それを奪うというのです。嘘をついて、人を騙しても手に入れればいいじゃないかという考えです。

しかし、これらの若者達の動向に反して、最近、この国や日本においてさえ起きていることはどういうことでしょうか。それは、今日の企業や会社は良心的、倫理的でなければビジネスができなくなりつつあるということです。

そのようなクリーンな企業だけに投資をするという投資会社も出てきているのです。そう、人はクリーンな企業を探し求め、それを評価しているのです。

人々はあらゆる詐欺やいいかげんな経営にうんざりしています。しっかりとまじめに仕事をしている人や会社を評価する時代がやってきているのです。それではまじめに仕事をしている人や会社とは何でしょうか。

それは「誰が見てなくても、真摯に仕事に取り組んでいる人達がいる会社」ということです。すなわち、これは「誰が見ていなくても、全てを見ている神に真実を尽くして、天に宝を蓄えていくことを喜びとする」ということなのです。

礼拝プログラムの「落穂」に松下電器の創業者である松下幸之助が、次の世代の国家指導者を育てるべく松下政経塾を創立し、そこで「天に宝を蓄える」ということを教えていたということを書きました。その目的は欧米の経営者を知るためであったということもあるでしょうが、松下氏はその洞察力をもって「天に宝を蓄える」ような生き方こそが、最終的に国家に対しても、また自分自身に対しても最高の益をもたらすものなのだということを理解し、それを塾生に伝えたかったのでしょう。

人間は有史以来、色々な経験をして、ここにきて聖書のメッセージの不変の正しさを実感しているのです。

イエスが語らえた魔法の言葉をご存知でしょう「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは全て添えて与えられる」(マタイ6章33節)

まず、天に宝を蓄えていくことを優先してごらんなさい。それによってこの地上でも多くの祝福をも受けることができるから。主にある皆さん、この言葉は、明日のことも分からない、空しいものに心を注いでいる“自称”現実主義者に対して、本物、筋金入りの“超現実”主義者イエス・キリストが私達に語りかけている言葉だということを心に刻みましょう。

私達は詩篇84篇11節の言葉を信じているでしょうか。『主なる神は日です、盾です。主は恵みと誉とを与え、直く歩む者に良い物を拒まれることはありません。』

「そんなこと言っているから、なまっちょろいんだよ」本当にそうでしょうか。イエス・キリストと私達、どちらがこの世界の現実を本当に知っているのでしょうか。

主にある皆さん、私達はイエス・キリストが言っていることに追いつかないのです。ですから、今日、お話しした言葉は私達が信じるべき言葉なのです。おそらく多くの私達は心の中で思うことでしょう「そうはいってもさ。現実と信仰は違うでしょう」。

もし現実と信仰が違うのなら、信仰をもつ意味はありませんでしょう。信仰が単なる気休めで、しばし夢見心地にさせてくれるものなら、それを続ける意味はありませんでしょう。

イエスの言っていることに私達は追いつかないのですから、信仰の世界とは信じて、一歩を踏み出してみて、その歩みをコツコツとし続けてみて、そんな日々を過ごした後になって、ふと自分のそれまでの歩みを振り返った時にやっと、ああ、本当にイエス様が言っていたことは正しかったのだとわかる世界なのです。

主にある皆さん、もう一度、このお方の前に自分の人生のプランを全てだして、このお方にリコミットしませんか。主イエスにあって現実的な人生プランを立て直しませんか?

私達はCD口座を更新する時にやってくる「グレース・ピリオド」を知っています(いいネーミングですね。「恵みの期間」です)。それは、貯蓄の満期が来てから一月なら一月、その期間にCD口座を更新するか、しないかを決めることができる期間のことです。

同じように神様も私達に今もグレース・ピリオドを与えてくださっております。そう、それは私達が自分で考え、自分で決めることができる期間です。しかし、その恵みの期間はいつまでも続くものではないのです。

だから聖書は今も語っているのです「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である」(Ⅱコリント6:2)。今日はバンクはおやすみです。しかし、今日も天の口座は開かれているのです!

『天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである』(マタイ13章44節)

あぁ、主イエスよ、私達にあなたと同じ心をお与えください。天に変わることなく蓄えられているものを喜び、その溢れんばかりの恵みと祝福が今も私達の上に豊かに注がれていることを信じ、主に感謝することができますように。お祈りしましょう。

How to Invest in REAL Estate
 Translation of sermon by Pastor Okura at San Diego Japanese Christian Church
Sunday, April 7, 2019

 The Bible contains many records of Jesus teaching in parables. When you read those parables, it may surprise you to realize how often Jesus Christ talked about money. Does it seem strange that Jesus taught a lot about money? Actually, it shouldn’t be so because, until he was around 30-years old, Jesus was making a living as a carpenter. Naturally, he had to think about the cost of his supplies and how to make some profit in order to help feed his family.

When I was in elementary school, sneakers of various sport brands became very popular. They were quite expensive, so my family could not afford to buy them. Instead, I wore cheaper generic sneakers that were designed to closely resemble those brand sneakers. Usually, their designs had an extra line or one less line compared to the brand sneakers. It’s kind of interesting to think that people are willing to pay several times more money for the extra line or one less line than the generic sneakers. I remember using a cutter knife to shave off the extra line on my sneakers, or doing other tricks to make my shoes look like they were the brand sneakers.

In the gospel of Luke in chapter 2, Joseph and Mary visit the temple in Jerusalem the infant Jesus. At that time, the Jewish people usually offered lambs at the temple. However, the Bible notes that Joseph and Mary bought a pair of doves or young pigeons. Why? It’s because they could not afford to buy a lamb. Brothers and sisters in Christ, did you know that Jesus grew up in a household where finances were tight?

In those times in Jerusalem, sparrows were also sold in the marketplace. Jesus referred to this when he said, “Are not two sparrows sold for one asarion?”(Matthew 10:29) It seems like a set of sparrows were sold for one asarion. Asarion is a unit of money. It was 1/16 of a denari. One denari was worth a day’s wage for laborers.Two sparrows cost 1 asarion. So, one sparrow would cost half of that, which would also be the equivalent of 1/32 of a day’s wage. The value of a sparrow was so small that it had to be paired to be worth one asarion. Jesus was well aware of the local prices of that day.

Jesus also referred to the price of sparrows in Luke 12:6 when he said, “Are not 5 sparrows sold for 2 asarion?” Now, let’s compare the prices; “2 sparrows for 1 asarion” and “5 sparrows for 2 asarion”. Which is a better deal? You can calculate in your head. The deal for 5 sparrows would be the better deal, in other words, offering the “buy 4 get 1 free” special.

Those words of Jesus show us that he was in the know about the lives of ordinary people that had to keep an eye on their finances as they shopped. He always cared about what kind of discounts were out there in the market.

Jesus also talked about putting money in the bank and earning some interest in one of his parables. Maybe Jesus even experienced having to borrow money from the bank and returning it with interest when things got tight in his house.

Therefore, Jesus was also familiar with the concept of investing. In the US, we talk a lot about investments. Some of you may have bought some stocks as an investment for life after retirement. Some of you may have consulted with specialists or researched about where to invest in. As long as it does not break the law, I think it is wise for people to make a life plan and manage their money that God has given them to the best of their ability.

However, the Bible talks about investing in something that will guarantee a better result. It is not about making a financial investment. Jesus was not clueless about the daily financial concerns of people. He had experienced life where money was tight for the family, and was well aware of the latest deals in the markets such as where you can get the best deal for sparrows.

In Matthew 6:19-21, Jesus says, “Do not store up for yourselves treasures on earth, where moths and vermin destroy, and where thieves break in and steal.  But store up for yourselves treasures in heaven, where moths and vermin do not destroy, and where thieves do not break in and steal. For where your treasure is, there your heart will be also.”What we store up on earth may be destroyed by worms or get stolen. Indeed, Jesus said that everything on this earth will come to pass

Brothers and sisters in Christ, do you think this story is far-fetched? No, it is actually very realistic and applicable to us. Jesus is talking about a very plausible situation. Although all the materialistic things we have can easily get destroyed, rusted, or stolen, believing them to be so precious and valuable that they will guarantee us happiness is the way of thinking and living that is actually unrealistic.

When we make an investment, we must look at many companies and choose wisely. No one just invests for the sake of doing so without careful considerations. People invest in what they believe is worth investing in. However, no matter how carefully you scrutinize the various options, there is no guarantee that you will make any profit in the future. People who say they lost a lot of money in investments are those whose earthly treasures were “destroyed by moths and vermin.” Therefore, when Jesus says, “store up for yourselves treasures in heaven, where moths and vermin do not destroy, and where thieves do not break in and steal.” he is giving us a very realistic and sensible recommendation.

When you hear those words of Jesus, you might wonder, “does such a place really exist?” Jesus says, “Yes, indeed, and that place is called heaven!”

Jesus spoke this well-known parable in Luke 12:15-21. “Watch out! Be on your guard against all kinds of greed; life does not consist in an abundance of possessions.” And he told them this parable: “The ground of a certain rich man yielded an abundant harvest.  He thought to himself, ‘What shall I do? I have no place to store my crops.’ “Then he said, ‘This is what I’ll do. I will tear down my barns and build bigger ones, and there I will store my surplus grain. And I’ll say to myself, “You have plenty of grain laid up for many years. Take life easy; eat, drink and be merry.”’ “But God said to him, ‘You fool! This very night your life will be demanded from you. Then who will get what you have prepared for yourself?’ “This is how it will be with whoever stores up things for themselves but is not rich toward God.”

This is a story about a man who hoped to secure his possessions and enjoy the rest of his life. Surely, his possessions would have been kept safely for some time, but in this man’s case, his own physical body did not last that long.

 

Indeed, the reality we have to face is that neither will our possessions nor our bodies remain secure forever. Both will one day come to an end. And nobody knows when that will happen. In this man’s case, his life was suddenly taken over night. Brothers and sisters, do you think this parable is an unrealistic story? Not at all. It is quite realistic and plausible. I hope no body will object to this.

Jesus is well aware of the frailty of our lives and this world, and tells us that we can invest in something that guarantees us results.  In other words, Jesus is saying that we need to invest in something better.

In Matthew 13:44-46, Jesus says, “The kingdom of heaven is like treasure hidden in a field. When a man found it, he hid it again, and then in his joy went and sold all he had and bought that field. Again, the kingdom of heaven is like a merchant looking for fine pearls. When he found one of great value, he went away and sold everything he had and bought it.”

When we think about making an investment, we first ask ourselves this; “is this investment is really worth it?” The Bible answers this question with a daring claim. God makes an incredible promise to us through this parable.

Matthew 13:44 starts out this way, “The kingdom of heaven is like treasure hidden in a field.  When a man found it, he hid it again, and then in his joy went and sold all he had and bought that field.” It says that if a man finds a treasure in his field, he will be so happy that he will sell everything he had in order to buy that field.

Jesus goes on in Matthew 13:45 goes on, “Again, the kingdom of heaven is like a merchant looking for fine pearls.  When he found one of great value, he went away and sold everything he had and bought it.” Again, in this parable, a pearl merchant finds one of great value, and sells everything he had to buy it.

These are amazing stories. Both men in the parables were determined to gain one thing at the cost of everything they had. What they had found was worth it. What was it that they had found? It was “heaven.”

I hope by now you will agree with me that Jesus was indeed familiar with the realities of this world, and is making us a very realistic recommendation to us.

However, you may stumble at the word, “heaven.” Usually, heaven seems like a far-fetched place instead of a real place. It is because other than what is described in the Bible, we don’t know much about heaven. Churches can organize excursions to Israel, but a trip to tour heaven doesn’t exist. I know that many of us wish we could get a little sneak preview of heaven before we actually go there.

We may resonate with Jesus’ teaching about the realities of this world. However, there is an ultimate difference between Jesus and us. The difference is the fact that Jesus Christ also knew the other world, or heaven, very well. The One who is in the know about heaven is saying to us, “As someone who knows life in heaven and who actually came from heaven, I can tell you that it is a place that you would want to go to, even if it cost everything you owned.”Sadly, we have never seen heaven, nor can we fully understand it. Therefore, we cannot grasp how valuable it is. It doesn’t seem real enough to us.

Even a passionate salesperson will never tell anyone, “you should get this, even if it means selling everything you have.” Only an overly zealous salesperson or a crook will say such a thing. However, Jesus Christ knew what he was talking about. He had unwavering confidence in saying what he said. I have already said this many times, but Jesus had a deep understanding of the life of the ordinary people in the world. With that full understanding, Jesus is asserting that heaven is worth gaining in exchange for everything in this world.

Brothers and sisters, I hope you understand that the Bible is not telling us to stop saving money. Our faith allows us to view money as a blessing from God that we are free to use as we please, as long as it was not gained unlawfully. I do think that saving up for retirement is an important thing to do. If we do not prepare well for this, we will end up being a burden on someone. Each of us needs to take responsibility for our own lives.

However, the Bible does warn us from spending too much time, money and energy into making financial investments. Jesus tells us that we are to store up treasures in heaven because that is the kind of investment that is truly valuable and worth our time, money and energy.

My last point today is about what we can gain now from investing in heaven. Generally, we only reap the fruit of our investments at a later time. However, as surprising as it may sound, Jesus says that investing in heaven actually reaps rewards in our current life.

Let’s unpack this a bit more. When we “store up treasures in heaven,” it means that we rejoice in the fact that whether someone sees it or not, we choose to sincerely invest in heavenly things, since our heavenly Father always sees what we do.

As we store up treasures in heaven, we won’t be getting any monthly statements. We won’t see its value increase or drop like our stock exchanges. The treasure keeps on being added up in our account no matter how large or small of an investment we are making. Some people might dismiss this way of life by saying that “honesty does not pay in this world.” This might be reflected in our society too.

I recently heard that in Japan, the most common crime among juveniles by far used to be theft. However, starting this year, scamming has overtaken the place of theft. Instead of taking something that is in front of them, juveniles are now choosing to sweet talk and lie to get close and deceive someone then steal from that person. It seems like they don’t hesitate to lie and cheat in order to get what they want.

On the contrary to this kind of social attitude, what has been happening in the US and even in Japan is quite remarkable. In today’s world, businesses and companies cannot operate if they are not ethical and altruistic. There is a rise in the number of  people who are calling to only invest in those so-called “clean” companies. So, people are actually evaluating companies by how “clean” they are.

People are sick of companies that cheat or are irresponsible. On the other hand, people and businesses that are committed to doing things the right way are gaining good reviews. Well, then what does honest people and honest companies look like? I think they are the ones who are committed to doing good work, whether they are seen or not. In other words, they are the ones that rejoice in storing up for themselves treasures in heaven.

In today’s bulletin’s, I wrote a column about Yukinosuke Matsushita, the founder of Matsushita Electronics. He founded the Matsushita Institute of Government and Management, with the vision of raising up the next generation of national leaders. It is said that he taught the students about “storing up treasures in heaven.” Mr. Matsushita came to realize and longed to teach his students that a life of “storing up treasures in heaven” was the way of life that ultimately reaped the best benefit to the nation and to oneself.

Over history, people with various experiences have come to affirm this Biblical message as being unchanging and true.

You probably have heard those magical words of Jesus. “Seek first the Kingdom of God and his righteousness. Then all these things will be added to you.”(Matthew 6:33)

Let’s try to make it our utmost priority to store up treasures in heaven. Such a life is sure to also reap many rewards on earth as well. Brothers and sisters in Christ, let us keep those words of Jesus Christ, the tried–and-true “post-realist,” close to our hearts. The self-styled “realists” of today are pouring their hearts into meaningless things, without any hope for tomorrow.

Do we believe the words of Pslam 84:11? “For the Lord God is a sun and shield; the Lord bestows favor and honor; no good thing does he withhold from those whose walk is blameless” Some of you may think that this kind of platitude doesn’t work in the real world. But, when you think about it, is it really so? Who knows this world better? Jesus Christ or us?

Brothers and sisters in Christ, we cannot measure up to living as Jesus did. But we can believe in His words. Yet, you still may say, “reality of this world and faith cannot exist together….” If the reality of this world and our faith cannot co-exist, there will be not point in having faith. If faith was simply a tool to bring temporary comfort and peace of mind, there won’t be a reason to continue keeping that faith.

Faith that Jesus calls us to have is lived out by taking one step at a time while believing in His Words. And as we keep walking with Him for each day of our lives, we will one day look back at our life and come to realize how trustworthy Jesus’s Words were.

Brothers and sisters in Christ, I encourage you to reevaluate your life one more time, and choose to recommit everything to Jesus. Won’t you make a truly reliable life plan by placing our Lord Jesus at the center?

We know about the “grace period” that we have when we renew our CD account. I like the name, grace period. When our savings come to maturity, we have a month to decide whether or not to renew the account.

Similarly, God gives us grace periods. It’s the time to think on our own in order to make an important decision. However, grace period will not last forever. Therefore, the Bible tells us, “now is the time of God’s favor, now is the day of salvation.” 2 Corinthians 6:2 Today, all banks are closed. However, today, our accounts in heaven are open!

“The kingdom of heaven is like treasure hidden in a field.  When a man found it, he hid it again, and then in his joy went and sold all he had and bought that field.”(Matthew 13:44)

Dear Lord Jesus, please give us hearts that seek after the same things as you. May we rejoice in what is stored up in heaven. May we trust that your abundant grace and blessings are being poured onto us even now, and always give you thanks.

Let’s pray.

本日のおもちかえり
2019年4月7日

1)イエス様は購入することを我慢しなければならない家庭に育ち、庶民の心を持っていたということを知る時に私達はイエス様に対してどんな思いを持ちますか(ルカ2章、マタイ10章29節、ルカ12章6節参考)。

 

2)マタイ6章19節―21節を読みましょう。「私達が獲得するものはいつまでも保持することができない」ということは非現実的な言葉ですか。現実的なことですか。

 

3)ルカ12章15節-21節を読みましょう。ここに書かれていることは非現実的なことですか。なぜですか?

 

4)マタイ13章44節―46節にはどんな勧めが書かれていますか。この言葉をあなたはどう思いますか。

 

5)これまでの御言葉からイエス様は「天国」に対して絶大な価値を置いていることに私達は気がつきます。しかし、私達はイエス様ほどに天国に価値を置いて生きることはありません。私達とイエス様の違いは何ですか。

 

6)あなたは「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは全て添えて与えられる」(マタイ6章33節)、『主なる神は日です、盾です。主は恵みと誉とを与え、直く歩む者に良い物を拒まれることはありませんという言葉は真理だと思いますか?

 

7)イエス様が私達の日常生活の厳しさを全て知っておりながらも上記の御言葉をもって、私達の生き方を語りかけていることから私達はどんなチャレンジを受け取りますか。

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