私達のピンチをチャンスに変える神

今でも忘れることができません。とてつもない孤独に襲われ、島の空港の滑走路脇の誰もいないビーチに行き、鹿児島に向かって離陸するプロペラ機の腹を見上げた時のことを。その時に思いました、あれに乗れば鹿児島に行けて、そこから東京に行けるんだなと。

しかし、目を転じれば、その島には二つの「充実した図書館」と「世界最高の海」がありました。そして、都会で失われた「純朴で人情に溢れた人達」がいました。

特にすることがないし、行く所もないので毎週、図書館に行きました。あの二年の間、私はひたすら本を読み、信徒の方達の畑を手伝い、おじいちゃん、おばあちゃんの話を聞き、海で釣り糸を垂れました。一人身でしたので一人で考える時間が、夜空を見上げる時間が十分にありました・・・。

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私達のピンチをチャンスに変える神
2020年5月3日

先週は「奴隷の全ての男の子は川に捨てよ」というエジプトの王パロの命令に対して神様が介入し、それに年若い少女達がリスポンスしたことにより、幼子モーセの命が救われ、その後、彼はエジプトの王室に引き取られて、そこで世界最高の教育を受けたということをお話ししました。

当時のエジプトは世界一の先進国でした。ピラミッドをはじめとする土木技術、天文学、数学、そして医学、これらは世界で群を抜いていました。モーセはその齢、40になるまでその恵まれた環境に身を置き、帝王学を学びました。後にステパノは「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ」(使徒行伝7章22節)と書き残しました。

そのような日々を送りながら、ある日、こんなことがモーセの身の上に起こりました。11 モーセが成長して後、ある日のこと、同胞の所に出て行って、そのはげしい労役を見た。彼はひとりのエジプトびとが、同胞のひとりであるヘブルびとを打つのを見たので、12 左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。13 次の日また出て行って、ふたりのヘブルびとが互に争っているのを見、悪い方の男に言った、「あなたはなぜ、あなたの友を打つのですか」。14 彼は言った、「だれがあなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。エジプトびとを殺したように、あなたはわたしを殺そうと思うのですか」。モーセは恐れた。そしてあの事がきっと知れたのだと思った。15 パロはこの事を聞いて、モーセを殺そうとした。しかしモーセはパロの前をのがれて、ミデヤンの地に行き、井戸のかたわらに座していた(出エジプト記2章11節―15節)。

ある日、モーセは同胞ヘブル人がエジプト人によって激しい労役を課せられているのを見ました。さらにそれのみならず一人のヘブル人がエジプト人に打たれているのを見ました。

モーセはエジプトで育ちましたが、その体にはヘブル人の血が流れています。それゆえに心に憤りを感じたのでしょう。辺りを見回し誰もいないのを見て、そのエジプト人を打ち殺してしまいました。そして、その死体を砂の中に隠したのです。

このことが起きた時、モーセは40歳となっていました。もう青年とは言えない、ある意味、人生経験もある程度して、体力もまだあり、一番、旺盛に働ける時だったに違いありません。彼の自信というものがその言動に見受けられます。

しかし、翌日、またモーセが出て行ってみると、今度は二人の同胞へブル人が互いに争っているのを見ました。彼はその二人のためを思い、その仲裁にあたろうとしました。

しかし、その一人がモーセに言ったのです「誰があなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。エジプト人を殺したように、あなたは私を殺そうと思うのですか」(14)。

それを聞いた「モーセは恐れた」(14)と聖書は記しています。昨日、自分がしたことが既に知れ渡っている。同胞の民を助けるためにしたことなのに、その同胞の者から、この言葉を聞いた。

さらにそのことはエジプトの王、パロにも伝わり、パロはモーセを殺そうとしました。それゆえ、モーセはミデアンの地へと逃れていくのです。

聖書には「ミデアンの地」としか書かれていませんが、そこはエジプトの都会の喧騒を何も感じない、何もない荒野であったといいます。逃亡ですから、まさしく着の身着のまま彼は逃げたに違いありません。そして、そこで不思議な導きの中、チッポラという一人の女性と出会い、彼女はモーセの妻となり、以後彼はこのミデアンの荒野で家庭をもちます。

彼がエジプト人を打った時、彼の腕力と知力はピークであったことでしょう。しかし、その一番、絶頂の時に彼は知と富とに満ちたエジプトを離れ、何もないミデアンの荒野に逃亡し、それから40年、身を隠すようにして、そこに暮らしたのです。

私達の多くは今、ソシャルディスタンスを保ち、ウイルスから身を隠すようにして日々を過ごしています。その生活は今日は一歩も外に出ていないという日があるような非日常です。先日、久しぶりに娘を連れて誰もいない教会にきましたところ、娘はしみじみと外の世界を見るのは一月ぶりだと言っていました。

一月ならまだしも、モーセは40年もの間、つまりその年80歳になるまで世の中と断絶したような場所で羊を飼う者となりました。追われる身ですから、巷に姿を現すわけにはいきません。そのような意味で彼は社会との距離を置きました。モーセは人生のプライムタイムを閉ざされた場所で過ごしたのです。

私達は彼の一日を容易に想像することができます。朝、まだ暗いうちに起きて、羊を連れ出して荒野に出て行く。わずかに生える緑の草を探し、一日、荒野をめぐり、羊を養う。中東の灼熱の太陽がモーセを照らし続ける。

そして、夕になると真っ赤な太陽が、何もない大地に沈んでいく。陽が沈んだ荒野の気温はぐんと下がり、野に眠る。そんな日々が一月、一年、十年、そして四十年続く。

灼熱の太陽で焼けたその顔には深いシワが増え、明らかに体力の衰えも感じる。血気盛んにエジプト人の胸ぐらを掴んだ日が遠い昔のように思えてくる・・・。

私達は現在、朝、起きて、食べて、仕事がある人はコンピューターに向かい、昼がくるとランチを食べ、少し昼寝して、再びコンピューターに向かい合い、息抜きに草花に水をやり、夕食を食べて、テレビを見て眠ります。

この生活がこれから40年続くとは思いませんが、日々、この国でのウイルスの現状を見聞きする限り、この生活はまだしばらく続くように思えます。

この一月でシワが増え、体力が落ちて歩けなくなったという方はいないと思いますが、髪の毛が伸びたけれど、散髪する場所がないという方ならいるかもしれません。

当たり前のようにポットラックランチを持ち寄って教会に来ていた日々やサンタバーバラで修養会に参加していた日々が遠い昔のように思えてくる。それが現在の私達の姿です。

かつてモーセがエジプトの王宮にいた時には役人や国民がモーセの前に膝まずきました。しかし、今、彼の前にいるのは羊の群れです。かつて心を熱くした思いは全て、みな遠い昔のことになってしまい、自分の人生はこのまま人知れず、この荒野で終わるのだろうと彼は思っていたに違いありません。

私達も思うことがあります。一体、今、自分置かれている状況は何なのか。子供達はいつまでオンラインで学ぶのだろうか。このようなことで子供達の学力は保たれるのか。私は再び、あの仕事にフルタイムで戻れるのか。せっかく軌道に乗っていたビジネスも振り出しに戻ることだろう、何という遠回りをしているのだろうか、またあの時の状態に戻ることができるのだろうか。そんなことを考えている方達はたくさんいると思います。

これらのことを考えますと、私達は今、モーセがミディアンの荒野で感じていたことと同じような思いと共に今をすごしているのかもしれません・・・。

しかし、皆さん、そんな私達に一つ、グッドニュースがあります。それは幸いなことにモーセの経験は既に起きたことであり、私達の手元にある聖書はその過程と結末を記録しているということです。

ここに神の御言葉の醍醐味があります。このモーセの過程と結末から私達は神の私達に対する御心とその御手の業を知ることができるからです。

このモーセの生涯を見ていく時に、私達には気がつかされることがあります。それは彼の生涯は常に二つの視点で動いていたということです。一つ、それはモーセの視点、すなわち人間の視点。そして、もう一つは神様の視点です。

私達は常に自分の考えに従い、一喜一憂して生きています。しかし、私達はとても大切なことを忘れています。それは、私達はこの世界を自分の思いと共に、神様の視点をもって見ていく特権が与えられているということです。

モーセは苦しむ仲間を救うためにエジプト人を打ちました。そこにはモーセの同胞への特別な思いがありました。それゆえにエジプト人を打ったのです。しかし、その彼に対して向けられていた視線がありました。それは父なる神の視点でした。

この時のことをステパノは使徒行伝7章23節―25節にこう記しています「40歳になった時、モーセは自分の兄弟であるイスラエル人たちのために尽くすことを思い立った。ところが、その一人がいじめられているのを見て、これをかばい、虐待されているその人のために、相手のエジプト人を撃って仕返しをした。彼は自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである

 モーセは自分の手によって神が兄弟たちを救ってくれることを願っていました。私たちには何の違和感もなく感じるこのモーセの姿に課題がありました。それは激情して、自分の力によって問題を解決しようとし、そのことを皆が悟ると思っていたという彼の姿です。

そうです、先にお話ししましたように40歳の男がそれまで世界最高の学問を積んできた、自分に仕える僕が何人もいる、そのような状況に置かれていれば、やがてその人は「自分の手によって、全ての事はどうにでもなる」というような思いにいたります。

「自分の手」とは何か。それは彼が蓄えた知識であり、経験であり、気力であり、体力であり、エジプト王朝が彼に委ねている特権でありましょう。これら自分の手にあるもので、同胞の民を救おう。そして、そのことを彼らも認めるだろうという皮算用。

このことを聞いて私達は何の問題も感じないかもしれません。しかし、神様の側からモーセを見る時に、そこには課題がありました。それは、その時モーセは確かに「エジプトの王子」ではありましたが、神に全幅の信頼を置く「神の人」ではなかったということでした。

神様のお心の中には後にこのモーセをリーダーとしてヘブルの民をエジプトから救い出すという計画が既にあったと思います。しかし、彼がその時に持っていた心ではそれを成し遂げることはできない。彼に絶対不可欠なことは己の力に頼るのではなく、神に全てを委ねることでした。

皆さん、モーセがミデアンの地に移されたことは彼の言動の結果です。しかし、神様は彼にとって不本意な場所の環境を用いてモーセに神の学科を学ばせたのです。

当初、ミデアンでの数年、モーセは再起の機会をうかがっていたかもしれません。しかし、その機会は待てども暮らせどもやってこない。子が与えられ、家庭があり、そのうちに日々の生活を保つことだけに没頭し、来る日も来る日も何も変わらない単調な毎日。

何もない大地に陽がのぼり、時がくれば大地に陽は沈んでいく。その繰り返し。年齢を重ね、気力も体力も失われていく。彼の人生は、このまま忘却の彼方に葬り去られるかのように思われました。

この世の教育は人を賢くします。しかし、神の教育は人をまず、むなしくします」。モーセは自分の内に誇示できるようなものを持つことができなくなりました。神様はむなしくない器を用いることはおできになりません。一見、無意味、無駄に思えたその40年の間に神様はモーセを着々と神の僕として造り上げていかれました。

創世記46章34節を見てみますと「羊を飼う者はすべて、エジプト人に忌み嫌われる」と書かれています。「エジプトのあらゆる学問」を究めたモーセは、かつて自分が王子として暮らしていた国の者達が忌み嫌うことに40年を注ぎました。

しかし、そのことこそが後に、彼がイスラエルの民を40年、荒野で導くために絶対不可欠な経験となりました。

詩篇77章20節は言っています「あなたは、その民をモーセとアロンの手によって羊の群れのように導かれた」。聖書が度々、羊の性質と人間の性質を同等に扱っていることを私達は知っています。

そうです、モーセが荒野でイスラエルの民を導くために必要なことは彼らを羊の群れのように導くことでした。彼はそのために40年間、羊を熟知する仕事に徹したのです。それはイコール、後に彼が牧者としてイスラエルの民の先頭に立つために必要なことでした。

民数記12章3節にはモーセは「全ての人に勝って柔和であった」と書かれています。柔和というキャラクターは、ある日、突然、与えられるものではなくて、そのためには自らが砕かれるという門をくぐらなければ獲得できません。

自分の思う通りに動かない羊を導くには長い年月の訓練が必要だったでしょう。モーセは「自分の思うようにはいかない」ということを無数に経験することにより、彼は「全ての人に勝る柔和」を獲得したのです。そうです、柔和でなければ、あの頑ななイスラエルの民を忍耐をもって導くことなどできないのです。

羊の毛を刈って、加工し、毛布を作ること、乳をしぼること、乳製品の製造、毛皮をはいで天幕や上着を作ること、肉を塩づけして貯蔵すること、他民族との交渉と物々交換のやり方、また荒野の地理、天候、風土、そこに住む遊牧民の言葉と習慣を知る。

エジプトにいればこんなことは全て自分に仕えている僕がやってくれることです。しかし、モーセは額に汗して自分でこれらの働きを一つ一つ、身に覚えていきました。そして、これらのことはことごとく後のモーセがリーダーとして熟知しておくべきことでした。彼は40年の間に荒野で生きるプロフェッショナルとなりました。

エジプトの宮殿で日夜、繰り広げられた諸々のエンターテイメントはモーセを楽しませたことでしょう。暇をもてあそぶようなことがないほとの楽しみがあったことでしょう。

しかし、ミデアンでの日々にはそんなものは何もなく、彼は静寂の中で一人、かつてアブラハムがしたように、天の星を見上げ、永遠に思いを寄せ、神が先祖になされた約束を思い起こしたことでしょう。

このような生活をして、あの大胆にして自信満々、傲慢であったモーセの性格は練られ、彼はいまや円熟した神の人と変えられたのです。

そして、その時なのです、神はモーセに語りかけます。 さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう』(出エジプト記3章10節)という神のミッションが彼に告げられたのは。

神様はモーセをエジプトのパロのもとに送り、そこに捕らわれている数百万もの同胞の民を救い出す、そのためのリーダーとしてモーセをたてたのです。

誰もそんなプランを思い描いた人はいなかったことでしょう。モーセ本人ですら、そんなことは考えたこともなかったことでしょう。しかし、それが神様の計画でした。神様の計画はあまりにも壮大で私たちには掴みきれないのです。

主にある皆さん、今日はモーセの40年間をお話ししました。この40年を私達が通ってきたこの一か月、さらにはこれからの数か月と置き換えてみてください。

ここに大切なポイントがあります。もし、このモーセのミディアンの荒野での日々を自分の今に信仰をもって置き換えるのであるなら、私達のこの数か月は私達にとりまして、私達の否定的な思いに反して、とてつもない収穫の日々となります。

多くの人は今の生活に対して「自由がない状態」「したいことができない」と苛立つでしょう。しかし、私達は覚えたい。このチャンスを無にしてはいけない。人間のピンチは神のチャンスなのです。これからの人生がどうのように導かれるのか、それは今にかかっていると言っても決して過言ではないのです。

預言者イザヤはかつて神の御言葉を書き留めました。8 わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。9 天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。10 天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。11 このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。12 あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれて行く。山と丘とはあなたの前に声を放って喜び歌い、野にある木はみな手を打つ。13 いとすぎは、いばらに代って生え、ミルトスの木は、おどろに代って生える。これは主の記念となり、また、とこしえのしるしとなって、絶えることはない」(イザヤ55章8節―13節)

神様の思いと道は私達の思いと道とは全く異なる。天から降る雨や雪が大地を潤し、そこに新しい命と収穫を得させるように、神の言葉もむなしく天にはかえらないと主は言われる。その言葉は神の喜ばれることを成し、命じ送ったことをなす。

「いばら」が生えているような場所だと思っていた場所が、天に向かって堂々と垂直に伸びる「いとすぎ」が生えるような場所に帰られる。「おどろ」とは草木の乱れ茂った場所、そんな混乱している場所が、可憐な白い花を咲かすミルトスの木が群生するような場所になるというのです。

主にある皆さん、自分の予定と計画で心を満たしてはなりません。私達の今に対して抱いておられる神のご計画を決して忘れてはなりません。

「取り去られている、失っていると嘆く」のと「次なる飛躍のために今、整えられている」と受け止めるのとでは天と地の差があるのです。

私は沖永良部という離島に二年二か月いたということ、皆さんはご存知だと思います。当時、その島にはコンビニはなく、娯楽と呼ばれるものは一切、ありませんでした。

今でも忘れることができません。とてつもない孤独に襲われ、島の空港の滑走路脇の誰もいないビーチに行き、鹿児島に向かって離陸するプロペラ機の腹を見上げた時のことを。その時に思いました、あれに乗れば鹿児島に行けて、そこから東京に行けるんだなーと。

しかし、目を転じれば、その島には二つの「充実した図書館」と「世界最高の海」がありました。そして、都会で失われた純朴で人情に溢れた人達がいました。

特にすることがないし、行く所もないので毎週、図書館に行きました。あの二年の間、私はひたすら本を読み、信徒の方達の畑を手伝い、おじいちゃん、おばあちゃんの話を聞き、海で釣り糸を垂れました。一人身でしたので一人で考える時間が、夜空を見上げる時間が十分にありました。

あれから20年以上が経って、今、思うのです。確かに島には世的なものは何もありませんでした。しかし、どれだけ多くの事を神様はあの場所で私に教えてくれたかと。

その時に教えていただいたことが、後の20年の私をどれだけ助け、支えてくれたかということにあらためて気がつかされ、自分の思いをはるかに超えた神様の計画の大きさにあらためて頭を垂れるのです。

覚えていますか、先週の話を。イエス・キリストは言われました。「あなたがたはこの世にあっては悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16章33節)

「勇気をだしなさい」。神が御手を動かされている時には私達のリスポンスが必要なのです。

私は最近、こう思い始めました。コロナによって私達は色々なものを失うことでしょう。しかし、もし私達がこの期間に神の御心に思いを止めることなく、それに対して何も応答をせずにこの時を過ぎこしてしまうのなら、そのことこそがこのコロナの最大の損失だと。

既に神様は私達の心に介入している、語りかけていると信じています。そのことに対して私達は勇気をもって一歩前にでませんか。その一歩の先に神とあなたが歩む道が天にまでつながっているのです。

私が言っているのは頼もしいあの人、この人ではないのです。私が言っているのは、この天地万物を支配しておられるお方であり、私達のために命を捨てられた牧者なるキリストと共に歩むということを言っているのです。このようなことをミスしていいのでしょうか。

神は神を愛する者達、すなわり、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ8章28節)と聖書の言葉は私達に今も語りかけます。

神様のご介入、そのことに勇気をもって応える者達と共に神様ははたらき、全ての事を万事、益として下さる。このことを信仰をもって受け止める者はさいわいだと心から思います。お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2020年5月3日

1)モーセはナイル川から救い出され、40歳になるまでエジプトであらゆる学問を教え込まれました。モーセの人生全体を踏まえて考えるのなら、このことにはどんな意味がありますか。

 

2)出エジプト記2章11節―15節を読みましょう。モーセが同胞のヘブル人を打った動機は何だったと思いますか。あなたは自分の体に流れている日本人としての血について考えたことがありますか。

 

3)モーセが暮らした「エジプトの宮殿」と「ミデアンの荒野」での暮らしのギャップはどれくらいあると思いますか。あなたは不本意な場所とか、都落ち(左遷)と思われるようなことを経験したことがありますか。その時、どう思いましたか。そこに意味を見出していますか。

 

4)モーセがミデアンの荒野の40年の間に得たものは何ですか。この経験なくして、宮殿の暮らしの経験だけで彼はイスラエルの民を救い出し、40年の間、荒野で民を守り導くことができたでしょうか。

 

5)モーセは自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていましたが、実際には彼らはそれを悟りませんでした(使徒行伝7章25節)。ここからうかがい知れるモーセの心はどんなものですか。

 

6)神様はミデアンでモーセに何を教えようとされたのでしょうか。なぜ自分が無知であり、無力であり、むなしいものであることを知ることは大切なのですか。私達のピンチは神様のチャンスであるということはどういうことですか。

 

7)イザヤ55章8節―13節を読みましょう。ここからあなたに語りかける神様のメッセージは何ですか。


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