結婚とは(1)

「結婚」という言葉をグーグルで画像検索しますと、タキシードを着た花婿とウエディングドレスを着た花嫁の写真ばかりが出てきます。仕事柄、結婚を控えたカップルと結婚前のカウンセリングをする際、結婚式や新婚旅行についての話はよく聞きますが「結婚ってそもそも何ですか?」と質問するカップルはいません。

水を差す気持ちはありませんが、結婚式や新婚旅行は長い結婚生活の一日、もしくは数日のことであり、最も大切なのはそれ以降の普通の日々だと思うのですが。

夫となる人、妻となる人の間で「結婚に対する共通理解」がなければ、遅かれ早かれ食い違いというものが生まれ、時に大きなチャレンジに向き合うことになります。皆さんにとって結婚とは何でしょうか?お考えになったことがあるでしょうか。

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結婚について(1)
2019年3月10日

かつて日本の雑誌が「夫婦を漢字一文字で表すと?」というアンケートをとりました。それによりますと20代夫婦は「絆」が一位。60代夫婦は「忍」が一位であったといいます。

40年の年月を経て「絆」が「忍」に変容していく、その実態は何なのか。このようなことを考えますと、そもそも「結婚とは何なのか」ということを私達は考えます。

「結婚」という言葉をグーグルで画像検索しますと、タキシードを着た花婿とウエディングドレスを着た花嫁の写真ばかりが出てきます。仕事柄、結婚を控えたカップルと結婚前のカウンセリングをする際、結婚式や新婚旅行についての話はよく聞きますが「結婚ってそもそも何ですか?」と質問するカップルはいません。

水を差す気持ちはありませんが、結婚式や新婚旅行は長い結婚生活の一日、もしくは数日のことであり、最も大切なのはそれ以降の普通の日々だと思うのですが。

夫となる人、妻となる人の間で「結婚に対する共通理解」がなければ、遅かれ早かれ食い違いというものが生まれ、時に大きなチャレンジに向き合うことになります。皆さんにとって結婚とは何でしょうか?お考えになったことがあるでしょうか。

聖書の一番最初には創世記が記されています。その創世記は開口一番「はじめに神は天と地とを創造された」と始まります。

そして、神は5日をかけて宇宙と自然界のあらゆるものを創造します。そして、6日目にアダムとイブという男と女を神様は創造します。聖書はこの男女の関係をこう説明しています「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった」(創世記2章24節、25節)。

すなわち、聖書はその冒頭に夫婦となるということ、すなわち「結婚」を取り上げているのです。そして、その後に50章まで続く創世記は何について触れているのか、先週もお話ししましたように、それは一組の男女が夫婦となり、その家庭が形成されていき、その家庭の中で起きてくる様々な人間の姿が描かれている書なのです。先週はその中のノアの家族についてお話しさせていただいたのです。

聖書が66巻あるその一番最初に、夫婦と家族について書いているということは、あたかも私達が生きるにあたり、このことが全ての土台となるのだということを暗示しているようです。

この世界には色々な問題があります。人は「法律改正」や「教育改革」によって、その問題を解決しようとしますが、実のところ、最も大切なことは人間が育まれ、そして巣立っていく、その源なる家族というものに着目する必要があるのではないでしょうか。

先週、お話ししましたマザーテレサの言葉が思い起こされます「もし、世界を変えたいと思うなら、家に帰りなさい、そして家族を愛しなさい」。そして、この「家族」の始まりは一人の男と一人の女なのです。

今日はこれらのことを踏まえて聖書から結婚について原則的なことを二つ、お話します。このことはとても大切ですので、来週も第二部としてこのテーマでお話ししたく願っています。

ある方にとりまして結婚は今の自分とは関係ないと思われる方がいるかと思いません。しかし、聖書が語りかけることは全て、そのトピックス以上の意味がそこには含まれており、神と人間に対する普遍の真理へと私達を導いてくれるものです。さぁ、それでは最初に結婚とは「創造の完成」であるということについてお話ししましょう。

創造の完成

何事も「ある事がら」の意味や目的というものを深く知りたいのなら、まずはその「始まり」に目を向けるべきです。この原則に従い、最初に男と女が創造された記録について創世記を紐解いてみましょう。

最初に創世記2章18節の言葉を見てみましょう「神である主は仰せられた「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう」。

スッと読んでしまえば何の変哲もない言葉かもしれません。エデンの園の最初の住人はアダム。このアダムに対して人類最初の女性エバが与えられたというのです。

創世記は壮大な天地創造のドラマで幕を開けます。第一章では物理的世界の第一原因である神が私たちの住む太陽系や銀河、地球を構成している様々なものを造られる様がうかがい知れます。

それは光から始まり、水、魚、、鳥、哺乳類と創造されていきます(興味深いことにこの順番は今日、進化論が言うところの順番と同じです)。そして、神様はその度ごとに自らが造られたものを見て「良しとされた」と創世記は記録しています(創世記1章3節,10節,12節、18節、21節)。

そして、その全ての働きを総括して その一番最後に「それは、はなはだよかった」(創世記1章31節)と書いています。それは「これ以上ないほどに最高によかった」ということです。それはデタラメなものではなくて、そこには美しい秩序があったのです。

私たちは自然を見て、感動することが度々あります。皆さんも海に沈む夕日や、道端に咲いている一輪の花に息を飲んだということがあるでしょう。それもそのはず、私達は神が「とても良い」と言われた自信作を見ているのですから。

しかし、ここにきて神様はたった一つだけ「よくないこと」について触れています。何だと思いますか。それは、「人が一人でいるのは良くない」(創世記2章18節)ということなのです。

最初に神のかたちに造られたアダムの上には創造者である神がおられ、その神のもとに彼は生活するようになりました。そして、彼には神からしっかり管理とケアーをするようにと託された動植物がいました。しかし、彼には共に神の前に生き、与えられている使命に生きるパートナーがいなかったのです。そこで神様はアダムとエバを与え、彼らは共に生きるようになったのです。

このところで私達が心に留めなければならないことは、この二人の男女が結ばれるということは、一連の天地創造と区別されてはいないということです。すなわち、結婚は天地創造の秩序の一つであり、もっと言いますと、この男と女の結婚なしに天地創造は完成しなかったのです。これが聖書における結婚の位置づけです。そこに秩序がある限り、そこには法則もあるわけで、結婚には意味とルールがあるのです。

私達がこのように結婚の原点というものを見、万物が健全に存続していくためにこのことが欠かすことのできないものであり、そこには私達の個人的な決断以上のものがあると分かるならば、私達は結婚を非常に尊いものとして尊重することになります。こうなってくると「結婚とは一枚の紙切れ」ではないということが分かってきます。

結婚とは二人だけの事柄ではなく、そこには神の創造の秩序が関わっている。そして、神の創造の一部である、この結婚生活を通して、その夫婦は、二人の生涯を通して創造の始めなる神の栄光を表すという目的が与えられているのです。

ここで注意していただきたいことは、私達は今、ここで結婚というものに注目していますが、それでは未婚者や独身者はどうなるのかということです。

イエス様は生涯、独身で過ごされた方ですし、イエス自身もマタイ伝の中で言っています「というのは、母の胎から、そのように生まれついた独身者がいます。また、人から独身者にさせられた者もいます。また、天の御国のために、自分から独身者になった者もいるからです。それができる者はそれを受け入れなさい」(マタイ19:12)。

自らも独身でありましたパウロもⅠコリント7章で結婚と独身について触れています。「わたしはあなたがたが思い煩わないようにしていてほしい。未婚の男子は主のことに心を配って、どうかして妻を喜ばせようとして、その心が分かれるのである。未婚の婦人とおとめとは、主のことに心をくばって、身も魂もきよくなろうとするが、結婚した婦人はこの世のことに心をくばって、どうかして夫を喜ばせようとする。わたしがこう言うのは、あなたがたの利益になると思うからであって、あなたがたを束縛するためではない。そうではなく、正しい生活を送って、余念なく主に奉仕させたいからである」。

独身として生きるということが、既婚者と比べて云々ということが言われることがあります。しかし、聖書はこの二つの間に優劣をつけてはいません。かえって、独身であることによって、余念なく神に仕えることができることを記しており、それはとても尊いことなのだと記しています。

すなわち、既婚者であっても、独身者であっても、その人が置かれている状況でその人に託されている使命があるのです。二つ目の事、それは「二人は一体となる」ということです。

二人は一体となる

もう一つ大切な聖書箇所を見てみましょう。「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった」(創世記2章24節―25節)。

エペソ書の中でパウロはこの箇所を取り上げて「この奥義は大きい」(エペソ5章31節)と言っています。聖書はこの人類最初の男と女について、「男と女は一体」となると言い、それを「奥義」と呼んでいます。これは文字通り、二つのものが一つとなるということです。

創世記2章21節―22節を見ますと「そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つをとって、その所を肉でふさがれた。主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた」と書かれています。

この「あばら骨」とはへブル語で「サイド」という意味があります。あばら骨は私たちが触って分かるように右左にあります。その一つをとって女を作ったのです。すなわち、ここにきてイブはアダムのサイドから造られました。その彼女がアダムと結ばれるということは、まさしく取られたサイドが元に戻ることであり、それは一つとなるということです。

人間が感じるストレスのランクを記した表があります。私たちは常に何かしらのストレスの中に生きていますが、そのストレスランキングの一番は何か知っていますか。一番は「愛する者との死別」です。そして「離婚」も上位にあります。その前も後もとてつもないエネルギーと癒しと回復を必要とするものです。なぜなら、これらにはかつて一つであったものが、裂かれる痛みがともなうからです。

ここでいう「結び合う」という言葉には二つの意味があると思います。まず、精神的・霊的な意味で一つとなるということ。そして、肉体的に一つとなるということです。そして、これらは区別されるものではなく、二つにして一つなのです。そして、ここで使われている「結び合う」という言葉には「接着する」という意味が込められているのです。

昔、アロンアルファという瞬間強力接着剤が世に出てきた時、子供だった私はそれで色々なものをくっけて遊びました。そんな時、指と指をくっつけましたところ、本当にとれなくなり、カッターで皮を剥がなくてはならなくなり、泣き泣き指と指を離しました。

なぜ、死別や離婚が痛みをもつのか。一つであったものが、結び合い、接着していた者同士が離されるからです。その痛みは計り知れません。聖書は絶対に離婚はいけないとは言っていません。そこには色々な事情があるからです。しかし、その痛みはとても大きいものでありましょう。

ですから、どうにかそれが回避できたらと思います。ゆえに牧師は結婚式において、誓約が終わり、いよいよ、最期に二人が手を組んで退場する時に、祈り心をこめてこう宣言をします。

今、太郎と花子は神とここに集まった家族・友人の前に互いに結婚の誓いをし、その証拠として共に手を取り合い、指輪の交換をすることにより彼らの決意を証明しました。そこで、私は今、ここでお二人が父なる神、子なる神、聖霊なる神の名のもとに夫婦であることを宣言します。神が結び合わせたものを誰も引き離してはなりません。アーメン

日本人の間でキリスト教式の結婚式は依然、人気が高く、今日の結婚式の6割がたはチャペルでなされるといいます。日本のホテルには立派なチャペルを併設している所があります。中には本物の牧師ではない者もおり、どういうわけか欧米の牧師(役者?)に人気があります。「あなたは、かーみの前で・・・」とたどたどしい日本語が魅力的なのでしょうか。

チェペルの結婚式でウエディングドレスを着て、新郎新婦共々に神の前に誓約をするということは、神聖でロマンチックなものとして受け入れられているのかもしれません。でもその式の後にこれらのカップルが日曜礼拝に行き始めるかと言うかと、そんなことはないのです。

それよりも式後の祝会、そしてしばしの新婚旅行のことで新郎新婦の心はその時、いっぱいなのかもしれません。彼らはしばらくのハネムーンピリオドを楽しみますでしょう。しかし、そこから先は互いの裏も表も見せ合う日々のルーティンが続きます。先のアンケートに従えば、これらの年月を経て行きついた先に「忍耐」という結論が出てくるというのです。

「二人が一つとなる」ということについて、どうしても語らなければならないことがあります。それは聖書は「夫婦の性的な交わり」を「その妻を知る」という言い方をしているということです(創世記4章1節)。別の言い方をすれば性の交わりとは、正しい意味で「相手、異性を知る」ことのスタートなのです。

私たち男と女は体の形が違います。そして、それは姿だけではなく、男性と女性は考え方が違います。以前、「Men Are from Mars, Women Are from Venus」という本が話題となりました。まさしく男は火星から、女は彗星からやってきたかのように男女は色々なことが全く異なるのだということを説明する本です。

結婚生活とはその神が各々に与えられている考え方の違いを発見していく、果てしのない旅が始まるということです。互いに相手はまさしく「神の秘めごと」、すなわち「神秘」に包まれているのです。その今まで向き合うこともなかった相手に自分を隠すことなく、全身で向き合うことが性です。

そして、この知るというのは、互いの体の相違だけではなく、互いの深い心の内までも知るということです。一つとなるということは相手の心も体も知るということを土台にしています。そして、これには終わりがありません。私たちは生涯かけて自分の向き合うパートナーを知っていくのです

しかし、今日、この「知る」ということに対して、最近「お試し」ということが当たり前になってきています。今日の世界においてこの「お試し」はもはや普通に受け入れられ、それが効率的だと奨励さえされるようになりました。今日、お試しはショッピングだけのことではないのです。

この辺りのことについて、「小さな命を守る会」の主事をしている水谷潔先生が「命と性の日記」というブログでこんなことを書いておりました。アメリカで300万部以上売り上げ、世界で34の言語に翻訳されているというゲーリー・チャップマン著 「愛を伝える五つの方法」 という本があります。

 その本にはアメリカでなされた調査結果として「結婚前に同棲したカップルの離婚率は同棲しなかったカップルより高い」ということを示しています。つまり、このことは同棲が結婚のお試し期間として機能していないということを表しています。

このことについてチャップマンは「結婚は模擬実験ができないもの結婚関係の中心は「コミットメント」、すなわち「献身」と「約束」があると言っています(まさしくその通りです。これが結婚の本質です)

しかし、同棲にはこれらがなく、どちらか一方が立ち去ろうと思った時点で立ち去ることができると説明しています。

するどい言葉です。結婚生活の本質が共同生活をすることや性関係だけなら、確かに同棲によって相手を知ることができ、生涯のパートナーとしてふさわしいかどうかの判断材料にもできるでしょう。

しかし、このことには致命的な欠陥があるのです。それは結婚の本質がコミットメント(忠誠)なら、同棲によるお試し期間は無意味なことだということです。

結婚関係同様の生活を送っているように思えても、コミットメントがなければ、それは結婚の真似事にもならないでしょう。「どちらか一方が嫌になればやめてもよい」という関係はいつまでたっても結婚の準備にも、お試しにもなっていないということを私達は知らなければなりません。

もうお気づきでしょう、確かに彼らは結婚前に互いを知ることができる、しかし、それは先にお話ししました聖書がいうところの「知る」とは異なるのです。

そもそも、そのお試し期間は誰のためにあるのかといえば、相手のためではないでしょう。自分のためでしょう。この人は自分に合うのか、私のためのあなたという考え。つまりその中心には自分がいます。

インテリアと同じように、生涯のパートナーも自分の快適な生活環境のために必要なもの。彼、彼女は自分の生活の必要や性的欲求を満たす生活環境の一部としてのパートナーなのでしょうか。

 「人生を共に生きることを約束していない」のですからその関係は、条件と期限つきです。食品の賞味期限が過ぎれば、廃棄や交換がなされるように、相手が自分の望んでいる生活環境を提供できない人になれば、お別れそして、交換。

考えてみれば同棲という生活形態は、高度産業化社会の中、すべてを消費者目線で生きる現代人らしい歪み、その場での直感や感情や衝動に生き、何ものにもコミットできない現代人らしい寂しさの表れではないかと先生は書いています。

「恋して、交際、性関係、離別」というパターンを繰り返すだけの恋愛、結婚を考えて同棲を始めても、結婚に移行しない場合の傷や痛み。同棲を経て結婚したカップルの女性は、結婚後に深い怒りを持っているとの記述もあります。

もしかしたら、自分をお試し商品として、好ましくなければ使い捨てにしようとした互いへの怒りが心の深層にあるのかもしれません。聖書、箴言にはこのような言葉があります。

あなたは自分の水ためから水を飲み、自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。あなたのを外にまきちらし、水の流れを、ちまたに流してよかろうか。それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。あなたの泉に祝福を受けさせ、あなたの若い時の妻を楽しめ。彼女は愛らしい雌じか、美しい鹿のようだ。いつも、その乳房をもって満足し、その愛をもって常に喜べ」(箴言5章15-19)。

この箴言には「あなたの泉に祝福を受けさせ」と書かれていますが、この箇所に限れば、この泉とは妻のことであり、すなわち愛は一方通行ではない、それは常に相手にその愛を与えていくということなのです。そして、それは肉体的な関係のみに限ることではなく、私達の全人格を通してそのことはなされていくべきものなのだと聖書はいうのです。

結婚は神の前にコミットした男女が一体となることです。もちろん、二人の生活には様々な違いがあるでしょう。しかし「私のためのあなた」ではなく、「あなたのための私」というコミットメントが、結婚生活の中に起きる諸々の問題に二人で向き合い、それを乗り越えていく力となるのです。

結婚について今日はお話ししました。今日はここまでにしましょう。皆さんはどう思われたでしょうか。生まれて初めてこんな話を聞いたという方、いるかもしれません。なんとも時代遅れも甚だしいと思われた方もいるかもしれません。もしかしたら、腹をたてた方もいるかもしれません。

しかし、私は信じます。おそらくこの地上で私達の幸いを最も願っている人が、私達に最も厳しい言葉を包み隠さずに語りかけるということを。神はあなたを愛している。その愛は時代遅れと言うような言葉で取り消すことが出来ない、もっと本質的なものであり、私達の存在を根底から支えるものです。

今日、この世界の有様を垣間見る時に、この聖書が今も私達に語り続けている言葉の中に私達が従うべき真理があるようには思われないでしょうか。もし、そう思われる方がいらっしゃるのでしたら、もう一度、この原点に立ち返り、ここから始めましょう。それでは、また来週、このテーマについて続きをお話しします。

お祈りしましょう。

Redefining Marriage
2 Sermons by Pastor Makoto Okura of San Diego Japanese Christian Church
March 10 & 17, 2019
 Redefining Marriage (Part 1)

There was once a survey organized by a Japanese magazine that asked married couples this question; “if you were to describe marriage with one Chinese character (kanji), what will it be?” The most popular answer for couples in their 20s was the letter “bond.”  The most popular character picked by couples in their 60s was the letter “forbearance.”

It makes us wonder, what it is that shifts the outlook on marriage from “bond” to “forbearance” in 40 years? Furthermore, what is the meaning of marriage in the first place?

When you do a search for google images for the word “marriage,” you mostly get pictures of a groom in a tux and a bride in a wedding gown. As a pastor, I have done many premarital counseling. Often times, it is easier for couples to discuss about their wedding ceremony and their plans for the honeymoon. However, not many couples ask me, “Pastor, what is the meaning of marriage?”

I don’t mean to spoil their excitement, but a wedding day or a honeymoon only lasts for a short time in the span of married life. The most important part of married life is how the couple will live out the rest of their ordinary days.

If the groom-to-be and the bride-to-be are not on the same page about what marriage is about, sooner or later, they will start to notice a rift between them. This rift may snowball into a big challenge one day. Brothers and sisters, how would you define marriage? Have you ever actually thought about it?

The first book of the Bible is the book of Genesis. It starts out like this, “In the Beginning, God created the heavens and the earth.” God created the universe and the natural world over the next five days. And on the sixth day, God created a man and woman named Adam and Eve.

The Bible describes the relationship between this man and woman in the following way: “That is why a man leaves his father and mother and is united to his wife, and they become one flesh. Adam and his wife were both naked, and they felt no shame. (Genesis 2:24-25)

As you can see, the concept of marriage and a married couple are mentioned in the forefront of the Bible. The book of Genesis is 50-chapters long, and goes on to illustrate how this first couple created the first family, and how their family affairs unfolded. Last week, I highlighted the story of Noah and his family in my sermon.

The fact that a husband, a wife, and their family are mentioned in the very first book of the Bible, which contains 66 books, seems to foretell how foundational those ideas are for all human lives.

Our world is full of problems. People try to resolve those problems through reforming the constitution, reforming education, etc. However, maybe we need to pay closer attention to revising our idea of family, since family is the place that nurtures and shapes people the most before they enter the real world.

I am reminded of the words of Mother Teresa who said, “If you want to change the world, go home, and love your family.” And the origin of every family boils down to a man and a woman.

Keeping these things in mind, I would like to talk about two fundamental concepts about marriage from the Bible. Since this is such an important topic, I will continue on this topic next week as well.

Some of you may think that you have nothing to do with marriage. However, when the Bible talks about any topic, there is always a larger implication beyond the topic itself. Understanding those implications will lead us into grasping God’s unchanging truth towards humans.

So, let’s get started onto the first point.  It is that marriage signifies the completion of the creation.

Marriage signifies the completion of the creation.

If we want to understand anything at a deeper level, we need to look into its origins. So, let’s try to uncover the meaning of marriage by taking a look at how the first man and woman were created from the book of Genesis.

Genesis 2:18 says, The Lord God said, “It is not good for the man to be alone. I will make a helper suitable for him.” It’s easy to gloss over those words. Adam was the first resident of the Garden of Eden. Eve was the first woman who was created for Adam.

The book of Genesis opens its curtains with a grandiose story of the creation of the heavens and the earth. In the first chapter, God is busy creating all the physical matters of the solar system, galaxies, and everything that the earth is composed of.

God begins with creating light, next comes water, fish, birds, then animals. I find it interesting that this order is similar to the order of our evolution theory. Genesis notes that each time God created different things, He saw what he had made, and called it “good.”

And at the very end of his work of creation, God saw everything that He had made, said it was “very good” (Genesis 1:31). That means that the world God had made was as good as it could get. The world was not just put together in a haphazard way, but with careful attention to detail and in a beautiful order by God.

We often experience being deeply moved by the beauty of nature. You may have felt touched by watching the sun set into the ocean or by spotting a wildflower on a roadside. It’s no surprise that we feel this way towards nature since those are snippets of God’s handiwork that He had called “very good.”

But, did you notice that there was only one thing that God had said was “not good” about the world He had created? What was it? It was the fact that the man is alone.

Adam was created by God to know Him and to live under His care. God entrusted Adam to take care of the plants and the animals He had created. However, Adam did not have a partner of equal value with whom to share life and the responsibilities and work given by God.  Therefore, God gave Adam Eve to be his life partner.

We need to remember that the story of the man and the woman being joined in marriage and the story of the creation of the heavens and the earth are not separate entities. In fact, marriage was part of the order and beauty of the creation of the earth. In other words, the creation of the earth would not have been complete without the marriage of Adam and Eve. This is how central of a place marriage holds in the Bible.

And as long as there is order, there are rules that go along with it. Therefore, we can understand that marriage has significance, and also comes with certain rules.

As we understand the origin of marriage, and come to see it as an essential aspect for the order and function of this world, we can safely say that marriage must be understood as something much more than personal decisions of two individuals. Marriage becomes a sacred and precious undertaking. Marriage is no longer simply a transaction on a piece of paper.

Marriage involves not only the two people who are getting married, but also God-ordained framework within the created world. Through marriage, the husband and wife are to live out their mandate to glorify their creator God.

I should point out one thing here. By focusing on the topic of marriage, where does that leave people who are single or divorced?

Jesus spent his whole life as a single man. Jesus himself says in the gospel of Matthew 19:12 “For there are eunuchs who were born that way, and there are eunuchs who have been made eunuchs by others—and there are those who choose to live like eunuchs for the sake of the kingdom of heaven. The one who can accept this should accept it.”

 The apostle Paul also lived a single life, and mentions marriage and singleness in 1 Corinthians 7. “I would like you to be free from concern. An unmarried man is concerned about the Lord’s affairs—how he can please the Lord. But a married man is concerned about the affairs of this world—how he can please his wife— and his interests are divided. An unmarried woman or virgin is concerned about the Lord’s affairs: Her aim is to be devoted to the Lord in both body and spirit. But a married woman is concerned about the affairs of this world—how she can please her husband.  I am saying this for your own good, not to restrict you, but that you may live in a right way in undivided devotion to the Lord.”

Singleness is often compared as being better or worse than being married.  However, the Bible does not make those kinds of judgment about which is better. The Bible says that those who are single are able to devote themselves to the Lord’s service, which is a very honorable thing. Therefore, what the Bible is saying is whether people are married or single, there are ways for them to serve God in different ways and capacities.

The Two Becoming One Flesh

Let’s move on to the second topic on marriage. It’s about the two becoming one flesh.

We will take a look at another important Biblical passage on marriage from Genesis 2:24-25 “That is why a man leaves his father and mother and is united to his wife, and they become one flesh. Adam and his wife were both naked, and they felt no shame.”

In the Letter to the Ephesians, the apostle Paul refers to the Genesis passage and says that, “This is a profound mystery.” The Bible calls the first man and woman became one flesh. This is indeed a profound mystery.

When we look at Genesis 2:21-22, it says, “So the Lord God caused the man to fall into a deep sleep; and while he was sleeping, he took one of the man’s ribs and then closed up the place with flesh.  Then the Lord God made a woman from the rib he had taken out of the man, and he brought her to the man.”

The word for rib in Hebrew contains the meaning  “the side.” As you can feel it in your body, we have rib bones on our right and left sides. God took one of those ribs out of Adam to create Eve. Eve was created from one side of Adam. The fact that Eve was united with Adam in marriage means that a part of Adam’s side that was taken had now returned to him. Therefore, they became one flesh again.

There is a list that ranks events in life that bring the highest stress level on us. We all live under some level of stress all the time, but do you know what kind of events cause us the highest level on stress in our lives? It is being separated from our loved ones by death. Divorce is also ranked high up on the list. Those events require an enormous amount of emotional energy for those who are going through them as well as for healing and recovery. The reason why it is so is because there is so much pain in having something that was one be torn apart.

The phrase “become one flesh” has two connotations for the couple. Firstly, it’s the union on a mental and spiritual level for them. Secondly, it’s the physical union of a man and a woman. However, those two aspects cannot be separated from each other, and are part of the same package. Also, another way of looking at becoming one is to understand it as being glued together.

In Japan, there is a powerful superglue called alonalfa. It first came out when I was a child, and I was fascinated with it. I went around gluing many things together. One day, I accidentally got my fingers glued together. I had to use a paper knife to separate my fingers. I vividly remember crying as the skin had to be peeled off by the blade.

Why does death and divorce bring about so much pain in us? It’s because people who used to be one, united and glued, are now ripped apart. There is unimaginable pain in that. The Bible does not denounce divorce. There are many circumstances where it becomes permissible. However, there is always a lot of pain that is caused from divorce.

Therefore, we must try to minimize taking that route.

Therefore, at the end of the wedding ceremony, after the vows are made and when the couple is about to walk about of the sanctuary, the minister officiating the wedding declares, “Now that so and so have given themselves to each other by solemn vows, with the joining of hands, and the giving and receiving of rings, I announce that they are husband and wife, in the name of God the Father, Jesus the Son, and the Holy Spirit. Let those whom God has joined together, let no one put asunder. Amen.”

Christian-style weddings continue to be very popular in Japan. It is said that 60 percent of weddings taking place in Japan these days are performed in chapels. Many Japanese hotels have built a chapel to be used for weddings. It seems like many unlicensed ministers (somehow, Westerners seem to be on high demand for this role) officiate the ceremony. Maybe people are enthralled by the foreigners that officiate the wedding speaking “broken Japanese.”

It seems that the idea of having a Christian wedding, wearing a white dress and making vows in the chapel is received as a very romantic way to celebrate the special day. Unfortunately, it does not necessarily translate into couples starting to  attend church services on Sundays.

On the wedding day, the couple is probably thinking more about their reception and their honeymoon instead of about God. They will enjoy their honeymoon for some time. But then comes the time to discover each other for who they really are through the daily routines. Going back to the first survey I mentioned today, as the years go by, the couple comes to the conclusion that marriage is best described as “forbearance.”

There is one more thing I need to mention about the concept of the two becoming one flesh. It’s the fact that the Bible calls the sexual intercourse between husband and wife as “knowing each other.” In other words, the correct way of understanding sexual intercourse would be to see it as an act of knowing your partner for life in a deeper sense.

Male and female bodies are very different in nature. Not just in their physiology, but also in the way they think. A while ago, a book titled, “Men are from Mars, Women are from Venus” became very popular. The book explained how men and women are fundamentally different beings as if they come from different planets.

In married life, the couple embarks on a journey to discover how differently they think and act.  It is indeed a “profound mystery” for the couple to come to truly understand each other. Sexual intercourse is the act of revealing all of yourself to the partner without any reservation.

And in the process of knowing each other, the couple comes to understand each other’s physical differences as well as the depth of each other’s hearts. The Bible assumes that the couple becomes one on the basis of deepening their relationship both physically and emotionally. There is no end to this life-long process of getting to know each other.

However, a very different notion about marriage is becoming the norm today. In our world today, couples often decide to, and are generally encouraged to, live together before marriage to “try it out” on the basis that will be more productive in the end. Now we can even try out marriage, just like trying things out when we go shopping.

I read an interesting blog written by  Kiyoshi Mizutani, who leads an organization in Japan to protect lives of preborn babies. The blog mentioned the book “5 Love Lanugages” by Gary Chapman. This book sold over 3 million copies in the US and has been translated into 34 languages around the world. The book referred to a survey taken in the US. The survey found out that couples that had lived together before marriage had a higher divorce rate compared to couples that chose not to live together before marriage. This verifies that having a trial period does not actually help in real marriage.

Reflecting on this survey result, Chapman says, “You can’t have a trial run at marriage.” He goes on to say,  “What lies at the core of the marital relationship is commitment.  In other words, it’s about dedication and keeping the vow. Couples that live together before marriage lack this commitment, so when one side feels like leaving the relationship, there is an easy way out.”

Those are pointed words. If the essence of marriage was limited to cohabiting and having a sexual relationship, living together before marriage will certainly allow the couple to get to know each other to some degree to determine their compatibility.

However, there is a detrimental flaw to this kind of attitude. Since the actual essence of marriage is commitment, the approach to simply “try it out” for a period actually defeats the purpose.

Even if the couple appears to be married from the outside, if they have not made the commitment to each other yet, it will only be like pretend-play. As long as there is an understanding that you can walk out of it if you don’t like it, such practice does not amount to any preparation for marriage, nor as real trial period for marriage.

You probably get it by now that two people can deepen their relationship with each other from living together before marriage. However, the nature and the degree of “getting to know each other” are completely different from the Biblical definition of what marriage is actually about.

When you think about it, who is the one hoping to benefit from living together before marriage? The answer is “me”. Each person trying to figure out if the other person is compatible to him or her. Basically, it’s a self-centered way of approaching marriage.

We are starting to view our life partners as interior decorations that should serve us in making our lives more pleasant. We need to reexamine if the purpose for having a marriage partner is only to fulfill our daily and sexual needs.

When two people do not make a commitment to live out the rest of their lives together, that relationship remains very conditional. Just as food with past expiration dates gets thrown out or gets exchanged for a newer product, we are beginning to treat people in a similar manner. If someone is unable to provide what I want, we part ways and find a replacement.

Gary Chapman goes on to write that the increase in couples that cohabit before marriage is a social phenomenon that reflects the loneliness of modern people. They have grown up during a time of technological and industrial advancement, which has led people to have a consumerist mindset.  People today live out of their instincts, impulses, and emotions, without making any lasting commitments.

Many people go through cycles of “falling in love, starting a relationship, becoming sexually intimate, then breaking up.” People may feel great pain and wounds from having had relationships where they lived together with someone but didn’t reach the point of getting married. Some women remain feeling bitter and resentful towards their partners even after marriage. Maybe deep down in their hearts, they still feel used by each other as trial products.

In the Bible, the book of Proverbs says this: “Drink water from your own cistern, running water from your own well. Should your springs overflow in the streets, your streams of water in the public squares? Let them be yours alone, never to be shared with strangers. May your fountain be blessed, and may you rejoice in the wife of your youth. A loving doe, a graceful deer— may her breasts satisfy you always, may you ever be intoxicated with her love.”

When this proverb says, “may your fountain be blessed,” it is talking about the wife. So, it is saying that love is not meant to be one-directional. Love always gives to each other. The Bible says that this giving of and to each other is not in relation to physical relationship, but also includes giving of all of who we are as a person.

Marriage is the transaction of a man and a woman committing themselves to become one before God. Of course, those two people will have to face many differences in their lives together. However, if they are committed to be there for each other, rather than to use each other for their needs, they will find the strength to overcome any problems and challenges that may arise in their marriage.

Brothers and sisters, today, we started to reexamine what marriage is about. We’ll stop here for now.

What are your thoughts? Maybe, it was the first time you heard anything like this. Some of you may think that what I shared this morning sounds too old-fashioned. I may have even offended some of you.

However, I am convinced that the One who loves us and wants the best for us will not hold back from speaking words that may seem too harsh to us. God loves you. God’s love never becomes outdated, nor His ways old-fashioned. God’s love is the most fundamental and powerful source that upholds and sustains our existence.

Wouldn’t you agree that when you look around our world today, it is filled with pain and brokenness? In such a world, the Bible is the one thing we can rely on to show us the Truth that we need to take heed and obey. If you agree with me, let’s go back to the origin of marriage and start over. I will continue on this theme next week.

Let’s pray.

本日のおもちかえり
2019年3月10日

1)「夫婦を漢字一文字で表すと?」というアンケートに対して20代夫婦が「絆」、60代夫婦が「忍」を一番多くあげた、この40年の変遷をあなたはどう説明できますか?

 

2)あなたは「結婚とは何なのだろう」と自らに問うたことがありますか。あなたが今、持っている答えは何ですか。この答が夫婦ともに異なる時に、どのようなことが起こる可能性がありますか。

 

3)創世記2章18節を読みましょう。「人がひとりでいるのはよくない」と思われた神様の理由は何だと思いますか?

 

4)創世記において神様は天地万物を創造され、その秩序の中に男女が一つとなること(すなわち結婚)を組み入れられました。このことを知る時に、私達は結婚の意味についてあらためてどんな視点が与えられますか?

 

5)既婚、未婚に優劣はありません。聖書は独身者について何と言っていますか(マタイ19章12節、Ⅰコリント7章32節―35節)。

 

6)創世記2章24節―25節を読みましょう。パウロはこのことを奥義と呼んでいます」(エペソ5章31節)。なぜ、このことは大切なのでしょうか。あなたはこの短い一文の中にどんな神様のメッセージをくみとりますか?

 

7)聖書は「夫婦の性的な交わり」を「その妻を知る」という言い方をしています(創世記4章1節、他、随所)。この「知る」ということは「肉体的、霊的」なことを意味します。夫婦がその違いを知り、それを理解し、受け入れ合っていくことはなぜ大切なのでしょうか。

 

8)箴言5章15-19を読みましょう。「あなたの泉」が「自分の妻」であるとするのなら、この箇所は「私のためのあなた」ではなく、「あなたのための私」というコミットメントを書いています。これらのことを踏まえて、あらためて「結婚」とは何ですか?

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