罪人よ!

サバティカル、二週目の日曜日は自宅から歩いて数分の教会へ。この教会はサンディエゴで一番大きな教会のブランチ。朝8時の第一礼拝でしたが、多くの人達が集まっていました。

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どう考えてもライブハウスのような会場で賛美が捧げられ、メイン会場となっている教会からライブ映像でシニアパスタ―のメッセージ。

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この教会で体験したこと。

1)メッセージの中で数日前にダラスで起きた警察官襲撃を受けて、隣の人と手を取り合って祈る時、ひざまづいて祈る時がパスタ―の呼びかけによりなされる(ここではこのようなことがよくなされているようで、会衆はすぐに各々、シートから立ち上がり、床にひざまづきました。そして、翌日にこの教会でそのための祈祷会を持つとのアナウンスがなされました)。

2)襲撃事件があった数時間後、自らの父親も息子も警察官であるパスターはサンディエゴ警察に電話を入れ、教会として今すぐに祈り人をそちらに送りたいと願っていると伝え、警察署の了承を受けたそうです。この日もユニフォーム姿の警察官を三人礼拝に招き(そのうちの一人はこの教会のメンバー)、一人一人とハグし、皆で彼らのために祈りました。

3)パスターのメッセージの中心は「神は我々を神のかたちに造られた」のであって、そこには黒人も白人もアジア人もない。ソシャルャネットワークやマスコミが何を言おうと、我々はバイブルの教えに立つ。人間が互いをどう見るのかということではなく、神は人をどう見ているのかということに徹底的にフォーカスしようという勧めがなされ、最後に聖餐式がもたれました。

私はこの度、はじめてこの教会に行きましたが、礼拝堂に入った時、ここにいる方達は人生の困難に直面している(きた)方達だなということを直観として感じました。そして、その中の一人と不思議な出会いをしました。その時、私は会場の一番うしろに一人で座っていたのですが、隣に男性がおり、パスターの勧めにより礼拝中に彼と手を握って祈りあいました。彼の祈りを聞きながら、この人は神を第一として日々を送っている人だなと感じました。

礼拝後、彼は新来会者である自分を心にかけてくれ、コーヒーを片手に私達はしばらく話をしました。終始、笑みをたたえる彼は自らの人生について語りだし、自分は四回、結婚をし、かつてはドラッグにおぼれてどん底だったと言いました。欲しいものを手に入れるために妻をも人に与えていた、そんな滅茶苦茶な生き方をしていたというのです。しかし、2002年、彼は個人的にイエス・キリストと出会い、その日から全てが変わったというのです(そのことは彼の顔の輝きを見れば分かりました)。現在、彼は市内の工事現場から出される土砂を運搬するトラックのドライバーをしていると言いました。この教会には数回の礼拝があるけれど、自分は毎週、朝、第一の礼拝に出ている。神を第一として生きることの幸いを知っているからと彼は私に語りかけました(どちらが牧師でしょうか 笑)。私は彼に「今朝、あなたに出会ったことは偶然ではなく神の導きを感じる。あなたが分かち合ってくれたことは、私にとって大きな恵みであり、励ましとなったよ」と話し、私達は笑顔で再会を約束しました。

前週の礼拝で考えていたこと、「神が教会だけに託しておられる使命」ということについて、神様ははっきりと牧師のメッセージと一人のブラザーとの出会いをとおして、私に答えを与えてくれました。

「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう」(ルカ15章7節)。

マック

追伸:来週はもう一つ、気になっている教会に行ってみます。


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