高所には要注意

king-david-on-balconyどちらも王様のおはなし。

一人はイスラエル二代目の王、ダビデ。彼は聖書において特筆すべき偉大な王でありました。しかし、そんな彼もいくつかの失敗を犯しました。

『春になって、王たちが戦いに出るに及んで、ダビデはヨアブおよび自分と共にいる家来たち、並びにイスラエルの全軍をつかわした。彼らはアンモンの人々を滅ぼし、ラバを包囲した。しかしダビデはエルサレムにとどまっていた。さて、ある日の夕暮、ダビデは床から起き出て、王の家の屋上を歩いていたが、屋上から、ひとりの女がからだを洗っているのを見た。その女は非常に美しかった』(サムエル記下11章1節‐2節)。

その後、彼はこの部下の妻をとり、彼女はダビデの子を身ごもり、ダビデは策略をもってその部下を戦場の最前線に送り戦死させました。

もう一人はバビロンのネブカデネザル。

『十二か月を経て後、王がバビロンの王宮の屋上を歩いていたとき、王は自ら言った、「この大いなるバビロンは、わたしの大いなる力をもって建てた王城であって、わが威光を輝かすものではないか」』(ダニエル4章29節ー30節)。

その後、神はネブカデネザルを獣のような様に変え、彼は地に落ちて生きるようになります。

この二人に共通していることは彼らはその時、王宮の屋上にいたということであり、また国は安泰であったということです。この二つの条件が重なり合い、自分よりも高いものが何もなく、全てのものが眼下にある状況で、彼らは勘違いしてしまったのです。「勘違い」と書きましたのは、私達の上には全ての主権者がいるということを見失ってしまったということです。

それでは私達の模範となるお方について。

『キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた』(ピリピ2章5節‐8節)

マック

追伸1:Pledge of Allegiance:I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.

 

 

 

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