映画

昨日は休日だったので、映画に行きました。ある方から無料入場券とフリーのポップコーン&ソフトドリンク券までいただき、まさしく至れり尽くせりでありました。さらに、アメリカの平日の映画館は最高です。何せ自分の前に誰もお客さんがいないほど空いているからです。もうそれはリッチなマイ・シアターです。

昨日、観たのは「Freedomland」。色々と考えさせられた作品でした。「Crash」と共に、アメリカ社会が抱えている問題をよく表現しています。Samuel L. Jacksonは「Coach Carter」でも好演していたけれど、存在感のある私の好きな役者です。

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話は変わりますが、96年から98年まで、私は鹿児島県奄美諸島にある沖永良部という島の教会にいたことがあります(この島は野田知佑とか椎名誠が隠れ場としている観光地化されていない島で、彼らの著書にもこの島の話しが時々出てきます。当時の私はそんなこともあって、なぜか彼らの本を愛読していました)。沖永良部島には全国に名を馳せているチェーン店は「ほかほか弁当」以外はなく、どうしてなかなか素朴な島でした。

そんな島で暮らしながら、年に一、二度、東京に出ることがありました。さすがに、そんな時は人ごみが懐かしく、新宿辺りを歩きました。そして、コマ劇場あたりの映画館に飛び込み、飛行機の時間ギリギリまで映画館をはしごしていました。

映画について童門冬二という人が、こんなことを書いています。

自分の人生経験を豊かにするには、自分の経験だけでは限りがある。そこへいくと、映画というのは必ず人間問題を扱うものであって、どんな小さな町の小さな家族の物語であっても、それは人生の一角を切り取って提示してくれる作品なのだ。「童門式 超時間活用法」中央公論社より。

私はそんなことを読むと「そうだよねー、童門さん、そうだよねー」などと思ってしまうのです。

人生は一人につき一つだもんね。でも映画を通して、自分以外の人の人生を、その人と同じ目線で歩くことができるんだよね。ジーザスも天国を指差していたけれど、地面すれすれを歩かれたものね。

マック

Phobia

まぁまぁ、とりあえず以下の単語の意味を考えてみてくださいな。

1 Deipnophobia
2 Japanophobia
3 Ostraconophobia
4 Paraskavedekatriaphobia
5 Phobiaphobia
6 SoceraphobiaPhobia
7 Peladophobia
8 Geniophobia
9 Pteronophobia

これ、なんだと思います?Phobiaの意味が分かる人はちょっと想像ついたかもしれませんね。Phobiaとは恐怖症という意味です。これらは・・・。

1 夕飯の会話恐怖症
2 日本恐怖症
3 ヒトデ恐怖症
4 13日の金曜日恐怖症
5 恐怖症恐怖症
6 義理の親恐怖症
7 はげ恐怖症
8 あご恐怖症
9 羽毛でくすぐられることへの恐怖症 

すごいでしょ。第一、これらっていい加減な単語ではなくて、これらは全て医学書や文献に書かれているものなんだそうです。そして、もっとスゴイことをシェアーしましょう。以下のウエブを見てください。

www.phobialist.com

驚いたでしょう。のけぞってしまったでしょ。唸ったでしょ。「おーい、ちょっと来て見てみろよ」って誰かを呼んだ人いるでしょ。私達、人間の間には500以上の恐怖症があるんだって!

ところで、聖書の中で最も煩瑣に出てくる命令は何だか知ってますか。それは、「恐れるな」です。その数が366回!!その多さにも驚くけれど、何がスゴイって、一年365日、毎日「恐れるな」ってGODは私たちに語りかけているってことです。すごいよね。そして、聖書の中で、恐れるなって言葉の背後には「私が共にいるから」という意味がこめられているんだよ。

マック

追伸:私はこういうマニアックなものが好きなので、全てのPhobiaが載ったポスターを随分前に注文しました。時々、出してきては「フゥーム」と眺めています。

奇跡

牧師をしているとねー、色々と興味深いことを聞くんですよ。多いのはねー、こんなお話・・・。

「聖書は文句なしで素晴らしい書物ですよね。私の処世訓にもなっているし、歴史上の人物もこの書にすごい影響を受けてきましたからね。でもね、一つ、どうしても受け入れられないのは、あの奇跡ですよ、奇跡!キリストの一声で嵐が静まったとか、病人が癒されたとか・・・。あれさえなければ、もっと聖書に親しみがわくのにねー」。

そんな時、マックは心の中で答えている。

「そうですかー。でも、もし聖書の中に奇跡が何一つ書かれていなければ、きっとこんなことを言ってくる人もいるんでしょうねー。“聖書って神について書いているんじゃないのー。それなら、こんなありきたりのことばかりじゃなくて、神らしく奇跡の一つでも書かれているはずじゃないのー”」。

「ホームラン」という言葉を使わずに王貞治の伝記が書けますかいな。「ブラジル」という言葉を使わずに三浦知良の伝記が書けますかいな。「ロッキード」という言葉を使わずに田中角栄の伝記が書けますかいな。「世俗牧師宣言」という言葉を使わずにパスターマックの伝記が書けますかいな(オイオイ、調子のりすぎっ)

じゃー最後。「奇跡」がなくて神について語れますかいな。無理なこと言ってもらっちゃ困ります。

自分の生まれる日も自分で選ぶことができない。昨日の晩飯に何を食べたのかを覚えていることすらできない。今は平成何年なのか、てんで分からない。そんな私たちが、このちっぽけな脳みそで「奇跡なんて私には理解できるものじゃないから、イヤダ、イヤダ、絶対イヤダ!」と言われてもねー。この頼りない頭で理解できちゃったら、もうそれは神じゃありませんものねー。

マック

追伸:ところで、おとといの昼食、何だったか覚えておりますか?

強い男

私には腰痛があった。数年前には年に数回は激痛が私の腰を襲った。そうなると、結構惨めなもので、腰を70度くらいに曲げて歩かなくてはならず、当然、私生活と仕事にも大きな影響を与えた。

これではいかんと一年以上前から時間がある時にジムに行くようになり、機器の上を走っている。元来、黙々と走るようなストイックさを持ち合わせていないので、その時間を読書に使っている。外で走りながら、本は読めないので、これには感謝している。そのおかげかこの一年は腰痛が全くなかった。一石二鳥だ。

アメリカのジムに行くと、回りには筋肉モリモリの男達が闊歩している。中には私の太ももくらいの腕をもった輩もいて、その筋肉を何に使うのだろうと余計なことを考えている。彼らは確かに力持ちであるに違いない。確かに「わしは強いぜ」というような気迫を全身からかもしだしている。

ところで、私の書棚に「父親よ!わが子と向き合って人生を語れ」という本があり、その中に「本当の強さ」というテーマがあるので、今日はシェアーしよう。そのタイトルにあるように、この本は父親から息子への語りかけである。

君は、まわりの人から「臆病者」とやじられても、ケンカをせずにその場を立ち去れるか?君は恋人にしたいと思っていた女性が自分の友達のガールフレンドだった場合、彼女に近づかないでいられるか?ドラッグやアルコールを勧められて断れるか?君はこれらのことを独善的な気持ちからではなく、親切と確信に満ちた気分ですることができるか?もしできるなら、君は強い。君を肉体的に打ち負かせる男たちよりはるかに強い。本当の強さとは力のことではなく、健全な意思のことなのだ。

高齢の両親と一緒に暮らすことを選んだ男や、バイオリンや量子物理学を学ぶために膨大な時間を費やす男は、他人には見えない内面の強さを持っている。束縛されない生活を送りたいという思いを抑えて、子供のために優しい父親になることを選んだ男は強い。しかし、その強さは表面にはでてこない。

本当の強さは確固たる信念の核心にある。だから、本当の強さを持っている男は恐怖心を寄せ付けない。宗教改革を行ったマルティン・ルターは、そのことをはっきりと言葉で表現した。彼は神のビジョンのために立ち上がり「私はここに立つ。それ以外のことはできない」といった。君がそう言えるようになった時、他の全てのことは問題ではなくなるだろう。
              
「父親よ!わが子と向き合って人生を語れ」PHP ケント・ネルバーン著から抜粋

本当の強さは確固たる信念の核心にある・・・。肝に銘じたい。

マック

フィギアと教習所

もう、あえて説明するまでもなく昨晩も子供達は8時前にベッドに行かされた。女子フィギアスケートのフリースタイル決勝があるからだ。私も家内につき合い、色々なスケーターの滑りをこの度は見させていただいた。

まず関心することはよく、あの滑りの順番(といいましょうかルートといいましょうか)と体の動きを覚えているなと思うこと。各国代表のパフォーマンスを見ながら、若かりし頃、中型バイクの免許をとるために通っていた教習場の実技試験を思い出してしまった。止まるところで止まり、やたらと前後左右を確認し、指定されたルートを走らなければならない。けっこう教官に怒られていた私にとって、それだけでも彼女達の姿は尊敬に値するものでした。

そして、最後の最後に日本にもメダルがきましたね。荒川さん、あなたは世界の強豪の中で輝いていましたよ。村主さんもよくがんばりました。あなたの回転に勝る人はいませんでした。安藤さん、あなたは今年の経験があるから2010年のホープとなることでしょう。

フィギアが何も分からないオジサンですが、なぜか昨日、今日と屈伸運動を始めたりしました。娘を見つつ、この子なんかもスケートどうだろうなどと、ちょっとだけ考えたりもしました。

マック

竜馬とジーザス

私がまだ17歳の頃、幕末の志士、坂本竜馬に惹かれたことがあった。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで、心打たれたのだ。

彼の生涯は面白い。小さな頃は泣き虫で、自分の名前すら書くことができなかった。しかし、剣術を習うにつれて、その生涯が大きく変っていく・・・。33歳の若さで暗殺されるまでのその生涯に対して歴史家たちは、彼がいなければ明治維新は違ったものになっていただろうというような大きな評価を与えている。

そんな彼が薩摩の西郷隆盛、大久保一蔵(後の利通)、陸奥宗光らと新しい明治政府の役職についての話し合いをもったことがった。どうやらその人名案は竜馬が作ったらしい。西郷らはその案を手に取り、一人一人の名前を見た。

ところが、そこに竜馬の名前はなかった。維新の最大の功労者であった彼は願えば、総理大臣にもなれた男である。不思議に思った西郷は彼に言った「竜馬さぁ、こん中におまんさぁの名が落ちちょりもんど」。

それに対して竜馬は答えたという「わしかいのう。わしは世界の海援隊でもやりますかいのー」。その場に居合わせた後の外務大臣、陸奥宗光にとって、その一言一言は生涯忘れられないものとなり、後年、繰り返し言ったそうだ「あの時の坂本は西郷よりも二枚も三枚も大きく見えた」。

こういう男に男は惚れるんだろうね(実際、男だけではなく、竜馬の人生にはいつも彼を支える女性達の献身的な姿がある)。

ジーザスの生涯もこの竜馬の生き方に似ている。ジーザスを取り巻く群集は何度もジーザスに言った「あなたこそ、私たちの王となるべきお方だ」。しかし、ジーザスは確実に王になれる可能性を拒み、十字架の道を歩んだ・・・。

「イエスを信じなさい」。私たちはそう言ってきたし、言われてきた。しかし、日本人に向けて特別な言い方があるのではないかといつも考えている(これがワシの生涯のテーマ)。それは「このジーザスの生き方にあんたは惚れないかね」ということだ。ジーザスについて思い巡らす人生がそんなところから始まっても私はいいと思う。

マック

世界に24枚のTシャツ

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今日、小包が我が家に届いた。どこからか?あの映画ロッキーでスタローンが朝もやの中、ジョギングしていたフィラデルフィアからだ。誰からか?このブログでも度々、コメントを残してくれている“たしん”こと田崎真一からだ。何が届いた?Tシャツの山だ!

実はこんなことがあった・・・。

たしんが私に「パスターマックオリジナルTシャツを作ってやるよ」と言ってきたのが一月ほど前。私はてっきり一枚のTシャツかと思っていた。しかし、来たのはダンボール箱。そこには22枚のTシャツ!!!

そのTシャツがすごいのなんの!前には大きな青太字でPASTOR MAC,そしてその下にはthe pilgrimの文字!裏面には、「ジーザス道 黒帯」と日本語筆字でデカデカと書かれている。昔、アントニオ猪木が背中に“闘魂”と刺繍したガウンを着ていたが、格闘技好きのたしんが猪木を意識したかどうかは定かではない。でも、このTシャツは人を振り向かせるインパクトがある。 

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そこでだ、たしんには許可をいただいていないが(たしん、よろしく!)、今回、パスターマックの世俗牧師宣言ブログ愛読者3名に厳選な抽選によりこのTシャツをプレゼントしよう思う。これは価値があります。なんといっても世界に24枚(たしんが2枚を持っている)しかない貴重なものです。

mmokura@aol.comまで連絡を下さい。日本でもベトナムでもパラグアイでも、どこでも発送します。締め切りは3月10日アメリカ西部時間午後8時まで。

たしん、ありがとう!気に入ったぜ!

マック

追伸:実はワシはこのブログに画像を入れることができないのだ。そこで、わが敬愛するブログアドバイザーであるM氏に近々、このTシャツの写真を入れていただきたいと願っている。Mさん、よろしくおねがいしまぁーす。

2つのJ

今日は朝から家内とある作戦を立てていた。それは、我が家の次男坊(注1)を夜7時には寝かせつけるというものだ。ちなみに私達はいつも8時には彼を寝かせようとしているので(注2)、通常よりもかなり早い。

なぜか?なぜなら、今日、アメリカではNBCで午後8時から冬季オリンピックの女子フィギア・スケートが放映されるからだ(注3)。女子フィギアには日本から村主、安藤、荒川が出場する。家内はこのフィギアが大好きなのだ。それは私がサッカー日本代表に思いを寄せるのと同じ気持ちなのだろうと、今回、私は彼女の計画を全面的にバックアップすることにした。

作戦の方であるが、こんな具合だ。つまり、次男坊はいつも昼寝をするのだが、今日だけはその昼寝をなるべくさせず(息子よ、スマン。ワシらは何と自己中心なのだ!)、早く寝かせようというものなのだ。

そして、この作戦は成功し、彼は今、爆睡している(注4)。そして、家内は今、オリンピックを見ている最中なのだ。やはり、私たちは日本が気になり、日本に頑張って欲しいのだ。

内村鑑三(1861-1930)はその生涯を2つのJにかけると言った。一つはJESUS、一つはJAPAN!私たちもそうありたいと願っている。

マック

(注1-我が家の次男坊)
よくこの次男坊の話がでてくるが、確かに彼は今、我が家のキーパーソンで彼をどのように取り扱うかが、家族メンバーの課題となりつつある。

(注2-8時に寝かせる)
といってもをそれはあくまでも目標であって、いつも現実は程遠い。

(注3-8時のオリンピック)
実はこれは録画であり、私はその結果を今、知ってしまっている。しかし、家内はその結果を聞くことを固く拒んでおり、私も彼女を尊重し心の中にしまっている。

(注4-爆睡している息子)
明日、十二分にエネルギーを蓄えた彼にてこずることを私たちは覚悟しているのだ!その困難を知りつつ、この作戦を実行しているのだ!