遥か天を仰いで

昨日のブログに書いた方の容態が悪化しているとの連絡が今朝、家族からあった。医師の判断で全ての延命装置は外された・・・。

彼女が「もし、私に何かあったら歌ってください」と残して下さった手紙に書かれていた讃美歌を病室で歌った。

罪とがを赦され 神の子となりたる
わが霊の喜び  比べうるものなし

日もすがら証しせん 夜もすがら主を誉めん
み救いは絶えなり  み救いは奇しと

主のものとせられし わが身こそ幸なれ
感謝なき日はなく  賛美なき夜はなし

私は「昨日、希望は失望に終わることはない」と書いた。なぜなら「彼女は、なくてならぬものを知っているからだ」とも書いた。彼女の生涯を思い歌いながら、このことをさらに確信した。

たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたが私と共におられるからです。 聖書・詩篇23篇4節

天のお父さんの側で永遠に安らかに・・・。
ありがとう、そして、See you again.

マック

なくてならぬもの

昨日、教会に来ている方の手術があった。そして、今日、容態が悪化したとの連絡があり、また午後から手術があった。

彼女の傍らに立つ時に、ジーザスの言葉が思い起こされた。「なくてならぬものは多くはない。いや一つだけである」(聖書 ルカによる福音書10章42節)。

言うまでもない、ベッドの上に彼女は何も持っていくことはできなかった。自分が獲得したもの、集積したもの、何もかも。でも、今、病と戦っているこの方はジーザスが言った「なくてならぬもの」を確かにもっている。

それがある限り、希望は失望に終わらない。

マック

ハイジ

スイス生まれのJ・シュピーリという人が書いた「ハイジ」という作品が原作となっている「アルプスの少女ハイジ」という名作アニメを見たことがありますか?親のいないハイジがおじいさんの家に引き取られて、そこで暮らしていく生活の様が描かれています。その物語の中にこんな場面がありました。

ある日、ハイジの友達で足の不自由だったクララが歩けるようになった夜、ハイジはこう言いました「神さまって、あたしたちがいくらお祈りしても、それよりずっといいことをご存知の時は、決して聞き届けて下さらないけれど、でも、それはやっぱりいいことなのね。・・・だからね、もしこちらの思い通りにならなくても・・・・それっきりお祈りをやめてしまったりしてはだめよ。そうでなくって、今度はこうお祈りするの、分かりました、神様、あなたはきっともっといいことをご存知でしょうし、そのようにはからってくださると思って、安心しています」ってね。

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心はアルプスから、マックの自宅へ。そこではマックの子供達がチャンバラをしている。家の中にはあちこちに彼らが外で拾ってきた棒が転がっている。だんだんと彼らのチャンバラがエスカレートしていく。かといって、木の棒で物足りなくなった彼らが本物のナイフを願っても、買い与えることはない。そんなの当たり前。彼らの父としての当然の考え。今の彼らに相応しいものを与えようとするのが私の責任。そして、彼らにとっていいものなら、何でも与えたくなるのが親心。

GODは私たちの父なのだと聖書はいう。そして、驚くべきことにそのGODを「お父ちゃん」と呼んでもいいんだとも聖書は書いている。日本人なら「おっとさん、おとう、おやじ」といったところか。この天のお父ちゃんの前では私も子供。子煩悩な私のお父ちゃんは、きっと私にとって最善のことを願っているはず。だからハイジの祈りは私の祈り。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神が全てのことを働かせて万事を益としてくださることを、私たちは知っています」  聖書 ローマ8章28節

マック

虫とリップクリーム

今日は長男坊が「オールドタウン」という観光地に遠足に行ってきた。そこは「大草原の小さな家」のような昔ながらの町が残っているサンディエゴでも人気の観光地だ。なかなか楽しかったようで、色々と報告をするのだが、その中で彼が言うには、昔は虫をつぶして、その液をリップクリームにしていたということやお尻を葉っぱで拭いていたということを(ちょっと下品でごめんなさいな。でも、とても大切なことです。こんなことまで懇切丁寧に教えて下さる先生に敬意を込めて脱帽!)、やたら興奮して私に話していた。おそらく昔の人達の生活の様を聞いたのだと思うのだが、彼なりに驚きの話だったのだろう。

思えばワシも遠足に行ったけ。おやつは300円までで、駄菓子やに行ってふ菓子や5円煎餅を買ったよな。やたら興奮して遠足当日、ワシは朝6時ぐらいに登校していました。聞くこと、見ることが楽しかったなー。息子もそんなとびきりの時を過ごしているようだ。どんどん驚きの発見をしてほしい。なんつっても、ここはトム・ソーヤの国なのだから。

マック

追伸:ここ10日ほどコメントを残してくださった皆さん、コメントがうまく掲載されませんでしたことをお詫び申し上げます。原因を教えていただき調節しましたので、もう大丈夫です。これからもよかったらどうぞ。

世界連合軍

4年前、サンデイェゴで私は夜中に起きて、日本から中継されている日本代表とベルギー戦を観戦した。

8年前、沖永良部島で私は荷造りしながら、フランスから中継されている日本代表とアルゼンチン戦をラジオで聞いた(テレビは故障していた、よりによって)。

17年前、テネシー州で私は大学のサッカーチームに所属していた。チームメイトは南米からコロンビア、ペルー、ウルグアイ、カリブ海の国々からはトリーニダドバゴ、ケイマンアイランド、ハイチ、ヨーロッパからイングランド、そしてアフリカからはリベリアと、まさしく世界連合軍のようなチームだった。そして、そこに日本人の私がいた(ちなみにハイチ出身のアレンとリベリア出身のオーテイスは私のルームメートで、よく真剣に夜中までピンポンをしました。熱くなると飛び出すセリフは「我らが祖国、ハイチ代表のアレンは日本代表を今倒そうとしています」というようなアレンの愛国主義的な解説、そして「リベリア代表のオーテイスはハイチ代表を今、完全に撃沈しました」というような軍国主義的なオーテイスのセリフ・・・。今、思えばのどかなテネシーの夜でした)。

こんな仲間と共に週末には遠征があり、長いと片道6時間かけて他州へと試合に行った。バスの中はレゲエとサルサがジャンジャカと鳴り響き、立ち寄るレストランが食べ放題でもあったなら、厨房では皿が足りなくなって困っていたのではないかと思う。

今年もワールドカップがやってくる。このシーズン、いつもあの懐かしい仲間達の笑顔を思い出す。そして、あのサルサとレゲエのリズムを!とろけそうなBritish Englishを!ピンポンの白球の音を!

マック

JOHN Q

デンゼル・ワシントン主演の「JOHN Q」を観ました(二回目)。分かってはいたんだけれど、やっぱり泣けました。

内容はというと、自分の7、8歳の一人息子が生きるためには心臓移植が必要で・・・、でもJHON Q(ワシントン)の経済状態ではそれを断念しなければならないところに追い込まれて・・・、彼は人質と共に病院に立てこもります。最後には銃を自分の口につっこみ、自分が死ぬからその心臓を我が子に移植してくれって・・・。

自分の死を決意して衰弱している息子の枕元で、父としての最後の言葉を語るんだけれどJOHN Qがこう言うんだよ「まず、母さんの言うことをいつもよく聞くこと、将来、出会うだろうパートナーをプリンセスのように大切にすること、悪いことからは遠ざかること、父さんは絶対にお前を一人にはしない、いつもお前の心の中にいる・・・」。この辺りにくるとワシにはどうしてもクリネックスが必要となってしまうのです。そして、このJOHN Qの“やり方”を観る度にジーザスの姿とだぶってしまうのです。

JOHN Qの“やり方”って?

愛する者を救うために手段を選ばないということ。

マック

イースターに思うこと

あなたは3年半という年月で何を成し遂げることができるだろうか。ある人は外国語をマスターするかもしれない。ある人は何かの資格を手に入れるかもしれない。もし、何もしなければ、あっという間に流れてしまうのも、この3年と半年なのだ。

では、その3年半にあなたが語ったこと、行ったことが西暦4000年頃に幾十億人もの人達の人生に影響を与えることは可能だと思うだろうか。常識的な人ならこんな話、相手にもしてもらえないと思う。すなわち、そんなことありえないことなのだ。私達の孫達ぐらいが、かろうじで爺ちゃん、婆ちゃんはと思い出を話すくらいが関の山だと思う。

この考えられない影響を与えた方がジーザスである。バイブルに記されている彼の言動はその年30歳を過ぎたころから3年半の間のことを記録したものである。それが、今も私たちの人生に影響を与えている。今日はイースターで私たちの教会でも洗礼を受けられた方がいるが、今日という日に全世界の教会でどれだけの人がこのジーザスを己が主として新しい人生を歩み始めたか、その数はおびただしいものとなると思う。

先に「常識的な人ならこんな話、相手にもしてもらえないと思う」と私は書いた。そうだ、相手にできない話だ。でも、証拠は今、ここにある。それは、このジーザスによってその人き方が全く変ってしまった世界中の証人達の人生だ。

あなたはどう思うだろうか。もし、いつかこのクエスチョンに向き合うことがあったら、諦めないで取り組んでみて欲しい。必ず光を見出すことを信じている。

マック

日本語学校

先週の土曜日に長男の日本語学校入学式があった。この学校は毎週土曜日、朝9時から3時半まである。その名の通り、授業は全て日本語でなされ、日本の学校で一週間でやることを土曜日に集中的に学ぶらしい。

こうなると長男は月から金曜までは現地の学校に行き、土曜日は日本語学校、日曜日は教会と、なかなか忙しい一週間を送ることになる。宿題なども多いらしく、途中で止めていく子も多いという。

思えばうらやましいことだ。日本語、英語を自由自在に操ることができれば、二倍、いやそれ以上の世界を知り楽しむことができる。できたらこの特権を彼に与えたいと思うが、家内とは「まぁ、やれるところまで、やれたらいい」と大きく構えようということで一致している。

息子さん、まぁ、楽しんだらいい。日本とアメリカ、その違いもその内、分かってくることだろう。両国のいいものを存分に吸い込んで、伸び伸びと大きくなっていくことだ。おとうは君の成長を見守り祈っているよ。

マック