途中経過

実に一週間ぶりのアップです。無事に日本に着きました。私は今、家内の実家のある大分県佐伯にいます。幸いなことに到着と同時に九州地方の梅雨明け。連日、蝉が鳴いてギンギンの夏となっています。

おとといは川で泳ぎ、沢蟹を捕まえ、今日は船で釣りに出かけました。ここは関アジで有名な土地、その海で2時間ほどで30匹ほどのアジ(40CM級!)とタイを釣りました。長男も一緒に行きましたが、彼もがんがんと釣り上げ、な、なんと2キロにもなる真鯛を自分だけで釣り上げました。

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そんなこんなで日本の正しい夏を楽しんでいます。これからアジ刺し、タイ刺しづくめであります。いただきます。

マック

それでは、これにて!

明朝、日本に向かいます。この度、記録的な豪雨にみまわれた九州オンリーの訪日となります。もしかしたら、サンデイェゴにいた8年間で降った雨より多い雨を、この二週間だけで体験するかもしれません。沖永良部にいた頃には、毎週、訪問を受けていました台風さんにも再会するかもしれません。8年間、全くお会いすることもなかったモスキートーさん達に相当の献血をしてくることにもなるでしょう。全てを覚悟して行ってきます。郷に入ったら郷に従えです。

この間にブログがどうなるか、今はお答えできません。もしチャンスがあれば、日出る国からの報告をアップしたいと思っています。

おっと、ここで洗濯が終わったようです
ということで、それでは、これにて!

マック

ゴルフ

ゴルフを楽しむ人たちが大勢いますね。私の知り合いでもリタイアしてからは、毎日ゴルフをしている人がいます。日本がバブルに浮かれていた時、数千万円もするようなゴルフ会員権が売れに売れたとも聞きました。

ゴルフってどんなスポーツと聞かれたら、多くの人は答えます。海亀の卵のような白い球を打って、最後に缶詰一つほどの穴にその球を入れるスポーツ。もちろん、プレイ中のかけ引き、球を打つ時の強弱、色々奥は深いでしょう。でも、シンプルに言えば、確かにボールをいかに少なく打って、最後に穴に入れられるかを競うスポーツですよね。ということは、あの缶詰大の穴あってのゴルフであって、あの穴がなければ、ゴルフは何もおもしろくないのでしょうね。

これって私たちの人生もそうかなと思うわけですよ。最後に行き着く所知らずに、人生前向きに生きろよと言われても、そりゃ、若い時はガムシャラでいいけれど、後々、結構、ガックリくるってことあるんじゃないんですかねー。穴のないゴルフが全然おもしろくないように、人生半ばくらいで、結構、退屈になるかもしれませんね。

維新の志士、高杉晋作は「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心 なりけり」と言いましたが、私は恐れ多くも「おもしろきことなき世をおもしろく すみなすものは栄光のゴールなりけり」とでも謹んで歌わせていただきましょうか。

なぜならバイブルには私達の向かう最後のゴールが書かれているんですよ。私は皆さんと同じように世俗を生きるしがない牧師ですが、このゴールを知ってからというもの、本当に毎日が楽しくなりました。もちろん、コースを外れたり、空振りしたり、こけたり、痛い目にもあったり、色々ありますけれど、でもゴールはハッキリしているのだから、また歩き出せばいいのですから。

ただこの一事を努めている。すなわち、後ろのものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。新約聖書 ピリピ3章13ー14節

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Pho

眩しい陽が傾き、涼しい風が吹く今夕、夕飯の自炊が続いていた私は、以前から聞いていたベトナム料理屋に行った。その店はEl Cajon Blvdという通りにある。この界隈にはベトナムの店が多くあり、なかなかワクワクしてくる町並みだ。

その店の名はPho Hoaという。Phoとはベトナム語で麺のことで、さながらそこはベトナム麺専門店とも言えるのだろうか。初めての店だったので、ドアを開けて驚いた。中は大衆食堂のような佇まいで、ベトナムの音楽が流れている。来ている客も全てベトナム人。じいちゃん、ばあちゃん、そしてその娘と孫たちだろうか、母国語を話し、楽しそうに麺をすすっている。オーダーを取りにきたオニイサンに英語は通じず、それでもどうにかオーダーをとりつけた。

すぐに目の前にはアツアツのPhoが置かれる。少し生の牛肉とその内臓という具、それに生もやし、生ミントを入れて麺をすする。うまい!さながらサイゴン(現ホーチミン)で一人旅をしているような気持ちになる。お腹いっぱい食べてこれで$6!月曜日にはメキシコにどっぷりつかったが、今日はしばしベトナムを訪ねたような贅沢な気持ちになった。

単身生活もあと二晩。最後はチャイナへの旅で締めくくろうかね。

マック

思えば遠くへ来たもんだ

韓国2年 東京2年 千葉3年 栃木4年 千葉1年 神奈川6年 アメリカ4年       神奈川1年 東京3年 鹿児島2年 アメリカ8年
 
上記は私が生まれてから今日までに住んだ土地とそこにいた年月です。気がつけば、サンディエゴが人生で一番長く住んだ土地となっており、日毎にその記録は更新中です。私は来週、訪日しますが、この住み慣れた土地を出てみて、外からこの地をどんな思いで眺めるのか、その時の自分の気持ちが今からとても興味深いのです。

マック

追伸:昔、神奈川に住んでいた頃、原付バイク(カブ)で日本を旅したことがありますが、愛媛県の端っこまできて、その上には山口県があることに気がついて思わず、海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」を口ずさみました。でも、今はもっと遠くに来てしまったようです。

追伸2:そういえばこの歌の最後は「この先どこまでいくのやらー」でした。どこに行くのでしょう、これからの私達。まぁ、どこに行っても大丈夫です。ジーザスが共にいるから。

天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり・・・
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむの時があり、踊るに時があり・・・

旧約聖書 伝道の書3章から

私は今、全身全霊で納得している。
眠るに時がある・・・。
そして、それは今です。

おやすみなさい!

マック

懐かしい日常

仕事を終えて一人家に帰る。玄関の鍵を開けて家の中に入ると一日中、充満していた熱気がモワッーと体にからみつく。明らかに一日中、誰も家にいなかったという空気だ。この感触が妙に懐かしく、一人暮らをしていた時を思い出す。部屋を片付け、洗濯をし、シャワーを浴び、夕食を作る。この一連の流れも確かに体のどこかに刻まれている。今日の夕食は焼肉、サラダ、昨日のイクラ(まだたくさんあるのです)、もずく、納豆・・・。このバラバラのコンビネーションに一人で苦笑い。

今日は普段一人暮らしをしている方々を覚えて特に祈った。

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Saving Private Mac

昨日、突然参上したたしんはフィラデルフィアにあるAOI(あおい)という日本食レストランで店長兼、板前さんをしています。ということで、スゴイ土産を持ってきてくれました。

昔、私は彼に「イクラ5粒でご飯を5杯食べたことがある」と言ったことがあります(これはホントの話で、小さい頃、貴重なイクラをいただいた時、もったいないので一粒を噛んだ瞬間にごはんを一気に口に入れることにより、5粒で5杯を食べたのです)。たしんは今でもそれを覚えていて、業務用のイクラを一キロ持ってきてくれました。我が家の家族は皆、訪日中なので、今朝は二人でそのイクラを丼にたっぷりとのせていくら丼にして食べました(妻よ、子達よ、スマン。お主らがイクラ好きなのは知っている)。5粒5杯の私にはもったいない話で、夢のような朝食になりました。

そして、我らはメキシコに行きました。アミーゴ達との愉快なかけひきをしながら、これまた美味くて安いタコスを堪能しました。我々のお腹の中にはイクラとタコスという日墨の味が混在しており、なかなか国際的な朝昼食となりました。

しばし、ラテン世界を愉しみ、ボーダーはいつも混むので午後早めに国境に向かったのです。そして、イミグレーションの窓口を通りぬけようとした時、私はおもわぬ事態に直面しました。それはアメリカに帰るにはパスポート以外にグリーンカードがいるという事実でした。しかし私のポケットにはパスポートしかなく・・・。イミグレーションのオジサンは「我こそはアメリカ合衆国の門番である!」というような表情で厳しく、罰金を払うか、誰かにここまでグリーンカードを持ってきてもらえと言うのです。

罰金はいい、でも、そのために並ぶ長蛇の列の前をたった今、我々は「君達、こんなに暑いのに大変だね」というようなことを話しながら歩いてきたのです。あれに並ぶなら今日、夜9時15分発のたしんの飛行機に間に合わなくなるかもしれません。しばし、たしんと作戦会議。結局、彼が国境を抜け、アメリカに帰り、私の家に行き、私が隠しているグリーンカードを探し出し、帰ってくるということになりました。たしんが去ったのが2時過ぎ、4時に国境入り口で会おうという約束をして・・・。

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しかし、時間になってもたしんは来ません。私はといえばたくさんのメキシカンの皆様に囲まれて、鉄格子にへばりつき、入国してくる群集の中からたしんを見つけようとしました。でも、彼は来ません。心の中では「走れメロス」の筋書きを思い出したり、「Born in the East LA」という懐かしい映画の結末は何だたっけと考えたり、まさしく祈りつつたしんの帰還を待っていたのです。

そして、5時40分が過ぎた頃だったと思います。たしんが彼方で係員の人と話しているのを見つけました。私は鉄格子によじ登り、なりふりかまわず「たしーん」と大声で叫んだのです。たしんがそれに気がつき歩み寄ってきた時には、彼の顔が輝いて見えました。かくして我々は(私は)メキシコから生還できたのです。

たしん、遥か東海岸からサンディエゴに来て、アメリカーメキシコーアメリカーメキシコーアメリカと二度も外国を行き来させてしまって本当にスマンカッタ。今頃、君は飛行機の中だろう。非常に濃い一日に爆睡しているのではないかと想像している。

まさしく今日のような出来事は10代の頃に起こるべき出来事であり、それが妻子を持つ我々に起きたということも、我々らしくていいではなかろうかなどと無責任にも今、感じてもいる。たしん、明日からの仕事をがんばってくれ。私もがんばる!

たしんに救出された
マック