静かやなー

水曜日の昼時です。教会の前にはフリーウェイが走っており、いつも車が走る音がビュンビュンと聞こえるのですが、今日はいつものような音はあまりせず、心なしか静かな感じがします。理由は簡単、明日はサンクスギィビングデーだからです。すでに休みとなっている会社や学校もあり、皆が思い思いに時を過ごしているのでしょう。そして、明日はますます静かになるはずです。

皆さん、良き祝日をお過ごしくださいね(米国在住の方)。

マック 

万事は益となる

いやー別に回し者ではないのですが、NHKの「プロフェショナル」には教えられます。

昨晩もYさんから電話。「今日のプロフェショナル見ました?」「いいえ、まだです。録画しました」。「そうですか、今晩は高野進さんでした。とても良かったですよ」。ガチャン・・・。確実に私の回りでもプロフェショナル・ファンは増えています・・・。

さてさて、昨晩のゲストの高野進さん。92年バルセロナオリンピック・400m走で日本人として始めてのファイナリストとして知られている方です。その高野さんは今、東海大学で助教授をしながら陸上部の監督として後継者を育てています。

高野さん曰く「悩んでいる選手にアドバイスはしない。壁にぶつかっている選手には教えない。全人的成長がないと絶対にパフォ-マンスはあがらない。色々な生き様が最終的に形になる。人としての成長が走りを進化させる」。

これって走力だけを鍛えればいいというわけではないということでしょう。

そういえば似たようなことを小柳栄次さんという災害現場などで使うレスキュー・ロボットを開発する技術者も言っていたなー。「恋して泣ける技術者になれ」。技術者と恋?どこに接点?小柳さん曰く、「開発段階から、使う人、そして使われる状況を想像する力が、技術者には問われる」。

これってとにかく技術だけ身につければいいというわけではないということでしょう。

いやー人間とは深いですねー。そう考えると必要のない経験というものもないのではないかと思います。負の経験と思われるものすらも私達をつくりあげるのに一役を担っているのですね。

神は神を愛する者達、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益としてくださることを、わたしたちは知っている。 新約聖書:ローマ人への手紙8章28節

マック

追伸:Yさん、昨晩のお電話をありがとうございました。温かいサンクスギヴィングデーをお送りください。

感謝探し

今年のサンクス・ギヴィングデーを木曜日にひかえて。

エレアノ・ポーターという作家が「ポリアンナ物語」という作品を書きました。舞台は1920年のアメリカ西部の小さな町。8歳になるポリアンナという1人の少女が住んでいました。ポリアンナは4歳の時にお母さんを亡くしていた為、教会の牧師をしているお父さんと一緒に貧しいながらもつつましやかに2人で暮していました。

このお父さんは病気がちだったのですが、彼はポリアンナに「良かった探し」というゲームをするように言うのです。お母さんが亡くなって二人で寂しく暮していた時に、お父さんとポリアンナは聖書の中に800もの“喜び”や“楽しみ”の言葉が書かれていることを発見したからです。

父は言いました「いいかいポリアンナ、神様が800回も“楽しめ”とか“喜べ”とか言われているのは私達みんなが喜ぶ事を望んでいらっしゃるからだよ。これからは聖書の中だけではなく毎日の色々な事の中から喜びを探してごらん。きっとどんな事にも良かったと思える事があるはずだよ。お前とお父さんとどっちが良かったを探せるか競争しよう。わかったねポリアンナ」それ以降、ポリアンナは身の回りの出来事の中から良かったを探すようになっていたのです。

それからほどなく父は天国に召されていきました。ポリアンナも様々な困難を通っていきました。時にはこんな時に良い事探しなんかできないというようなところを通ります。しかし、彼女の生涯をこの「良いこと探し」は確かに支えました。そして、それだけではなく彼女はこのことによって周りにいる人達の悲しみの中に笑みすらも取り戻していくのです。彼女は人々から愛される人間として育っていきました・・・。

雨が降ってきた― 「いやだなー」ではなく「これで空気がきれいになるなー」。

渋滞の最中― 「この時間あれもこれもできるのに」ではなく「普段なかなかゆっくりと色々なこと考えられないけれど、これはもってこいの時間だ」。

駐車中のタイヤがパンクしていた―「ああ、なんとついていないのだろう」ではなく「これがフリーウェイ走行中でなくてよかった!」

貸していた本を失くされてしまった―「まったく、もう!」ではなく「自分が誰かの本を失くしたのではなくて、よかった!」

こんな生き方していく人って、幸せがあちらからやってくると思いません?あなたも「感謝探し」を始めてみませんか。私も始めましたよ。

マック

あまねく・・・

今日は教会案内のトラクト作成のためにロサンゼルスからKさんが来てくださり、教会堂や私達の写真をとって下さいました。昨日書きましたように、私もネクタイ締めてすまし顔でどこかに写っていると思います。サンディエゴ教会らしい素敵なトラクトができるようにと願っています。そして、それがあまねく多くの人たちの手に渡っていくことができるようにさらにさらに祈ります。Kさん、朝早くからありがとうございました。

マック

追伸:全然関係のない話なのですが、たった今、私がいざという時にと大切に使っていた貴重なピップエレキバンを次男坊が持ち出し、部屋の壁にきれぇーに一列、貼ってあるのを発見しました。こんなことにより、私の体はますます追い詰められ鍛えられていきます。こんな光景を見させていただくと、全身からほどよく力もぬけてぐっすり眠れそうです。グラシアス、次男坊!頼むからもうやめてくれ!

12時間後には・・・

子供を風呂に入れながら諭し、食事を食べさせながら注意し、歯を磨かせながら自分も口をアーンと開け、パジャマに着替えさせながら前後ろをやり直させ、そしてベッドに入れて、いつものごとく徘徊する子達に雷を落としながら、そして「言い過ぎたかなー」などと自己反省しながら、そんなことをしていながら12時間後には礼拝堂の講壇にすました顔してネクタイ締めて立っているこの現実。

もう神様の憐れみの中、語らせていただいているという気持ちしかないなー。

マック

メインテナンス

ここ3年ほどジムに通っている。そこは24フィトネスというジムで、毎月2000円ほどで24時間、全米にあるどのジムをいくら使ってもいいのだ。幸いなことにこのジムは教会の近くに一つ、家の側に二つ、教会と家の間に一つあり、許された時間と状況で使い分けている。

家内とも話すのだが、おそらくこのジムで汗をかいていなかったら大食漢の私は今頃、何かしらの病気になっていたことだろう。時々、オフィス街にあるジムに昼休みに行くとスーツ姿のビジネスマンがガンガン汗をかいている。そして、またネクタイを締めなおしてスッキリ・クールな顔して現場に帰っていく。見るからに昼からもがんばるんだろうなと思わされる。

シジュウ近くなり、これからもボチボチと体のメインテナンスを続けていきたと思っている。

「自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである」   聖書 コリント人への第一の手紙6章19節

マック

誕生

早いもので、もう今年もあと一月半となってしまいました。これから教会はとても忙しくなります(世の中も)。来週のサンクス・ギヴィングが終わると、もうクリスマスまで公私共に最速のギアに入れ替えて前進していくような感じといいましょうか、心なしか道を走る車もいつもよりせわしくなっているように感じるシーズンです(運転気をつけましょうね)。

そんな時ではありますが、いやそんな時であるからこそ、静まらなければなりません。特に今年もお話しするジーザスの誕生について深く思いめぐらす必要があります。聖書が記録しているジーザス誕生の記事は限られています。そこから毎年、語り続けるということは牧師にとって大きなチャレンジでもあります。でも、そこにはやはり光と希望があるのです。そして、その希望が今、必要です。特に必要です。この世界を照らすために・・・。

「光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった」 ヨハネによる福音書1章5節

マック

手渡されたって困るのだ!

先週末は次男坊、そして昨日から娘と家内がお腹をこわしたり、微熱が出たりと風邪をひいている(今日、娘はほぼ回復、家内も良くなりつつある)。昨年もそうだったのだが、厄介なのはこれがだんだんと次の者にうつっていく。いや、うつっていくというよりは風邪というバトンが次の者に手渡されていくと言ったらいいのか。

残るはワタクシと長男坊。このジワリジワリと攻め寄ってくる目には見えない敵に私達は勝つことができるのだろうか。つづく・・・。

マック