天を指さすメジャーリーガー

我らがサンデイェゴ・パドレスは今週、地区首位を走っていたアリゾナ・ダイヤモンドバックスに三勝一敗!そして、今晩からドジャース戦。そりゃ盛り上がるでしょ。

45000人が集まりました、ぺトコ・パーク。ゲームは6-4で勝利!今晩、アリゾナが負けたので、首位奪還です!
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群集が立ち去った後、熱気冷めやらないスタジアムの一角で、ピービー(今年のオールスター、ナショナル・リーグの先発投手。イチローに第一投を投じた彼です)やホフマン(メジャー歴代一位のセーブ数をもつ)を中心にパドレスのクリスチャン・プレーヤー達が集まりました。
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選手やコーチが自分の寄って立つ信仰についてそれぞれ熱く語ってくれました。自分自身のこと、野球のこと、家族のこと、子どものこと、それぞれにとってジーザスがどれだけ大切な存在なのかということを。

マック

追伸1:4番を打つゴンザレス、今日もしっかり最後をおさえたホフマン、それぞれアイシングをつけたまま、かけつけてくれました。

追伸2:30分前までマスクをかぶっていたキャッチャーのブラッドはパスター・キッズだということ。聖書の言葉をまるでプリチャーのように語っていたのが印象的でした。

最近、サンディエゴに某大手100円ショップが進出してきたので、さっそくこの間の休みに行ってきたのだが、日本で売られている商品っていうのは、やっぱり色々と気が利いているものが多いですな。

そんな中、こんな暖簾が。
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何もしない
それが
きみの
エネルギー
ゆっくり
ゆっくり
歩いてゆこう

ついでに私のオフィスでペン立てとなっているBOSSのコーヒー缶も!
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のんびりと
コーヒーでも
飲みながら
ニコニコ
ニコニコ
笑みを与えていこう

ちなみに「憩」とは次男坊の名前。よって完全、文句なし、ノーエクスキューズの親ばかブログとなりましたが、「いじられ役」でも「ぼけ役」でもいいから、人を憩わす人となってほしいと願って、この名前をつけました。

マック

でも第一の理由は:
聖書の詩篇23篇2節から。「主はわたしを緑の牧場に伏させ、憩いの水際に伴われる」。憩わせていただくから、憩わすことができるんよ。

信じている

この夏休みから娘に託された仕事がある。それは洗濯物をたたむこと。5歳の彼女にとって、この仕事は確かに単調であり、忍耐のいること。一つ所にまとめてたためばいいものを、その範囲が直径5メートルほどにおよぶこともあり、なかなか興味深い光景が展開されています。

しかし、彼女、この仕事をやらないでさぼっている日も多いのです。昨晩もこのことで娘は妻から叱られてしまいました。このような場合、夫婦でサッと連携プレー。すなわち、私が子供を叱れば家内が慰め役、その反対も。そこで、昨晩は私が娘を側に引き寄せ、目を見ながら言いました。

「明日から洗濯ものをたためるね。父さんはカナを信じているよ」。

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いつまでも子供を側に置いておくことはできません。いつか親の目を離れて、思い思いに出ていきます。その時のために「信じられている」ということを彼女の心に刻んでほしいと願っています。

マック

追伸:天の父は私達を信頼して、私達には思いがけないものをチャレンジとしてくださることがありますね。「信じられている」ことを知らなければならないのは、子供だけじゃありませぬ。

サインは虚無!

「なぜ、虚無という感情があるのか、なぜ私達は虚しいと思うのか」。脳学者で活躍中の茂木健一郎さんなら脳科学の観点から色々と尊いご説明があると思うのですが、世俗牧師の私としても「世俗」と名乗らせていただくなら、世俗世界の闇の帝王、「虚無」について何かしらの見解を持っていなければならないと常日頃、考えているのであります。

そこで、思ったことは「虚しいという感情」は「GODが私達の心のドアをノックしていること」ではないかということです。すなわち、「おいおい、お主、今やっていること、ちょっと的が外れているよ。的は私だよ、私!」ということを知らせるために、私達に「あーあー虚しい」という気持ちをGODはサインとして送っているのではないでしょうか。

あのソロモン王は聖書の伝道の書で開口一番、言っているじゃーありませんか。

空の空、空の空、いっさいは空である」(1章2節)。

そして、そのサインを嫌というほど見聞きした彼は同じ書をこう締めくくっているではないですか。

事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神をおそれ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である」(12章13節)。

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マック

2つの命を大切に!

司馬遼太郎という人が「竜馬がゆく」という本を書いています。司馬さんはクリスチャンではありませんが、その司馬さんですら、竜馬という人物の生涯の歩みを全て書き終わった後に、この竜馬という人間の背後にある存在というものを意識して、その「竜馬が行く」一番最後のページにこのような言葉を書き記したのです。その最後の言葉が私は大好きです。

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「天に意思がある。としか、この若者の場合、思えない。天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした。」 ~ 司馬遼太郎、『竜馬がゆく(八)』(374項)

慶応3年11月15日。坂本竜馬、京都近江屋にて7人の刺客に襲われ闘死。その年33歳。 

あなたにも天から与えられた使命があります。それがバイブルのメッセージです。

マック 

今日、礼拝でお話したメッセージです。よかったらどうぞ↓

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マザー

昔、カルカッタのさびれた施設でマザーテレサに二度お会いした。年若いサリーを身につけたシスター達を見守るかのように、その最後尾に彼女は小さく座っていた。しがない日本からのバックパッカーはそんな彼女に声をかけることもできずに、ただただそのしわくちゃの横顔を眺めていた。

昨日、このマザーが生前書いたという手紙についての記事を読んだ。一言で言うなら、マザーも自分の不信仰に悩んだということ。時にマザーも自分が偽善者ではないかと考えたということ。

先日「信じられない時もあります」というメッセージを礼拝で語った。私の手元には1700ぺージにもなるバイブルがあるが、もし、聖書の中から「人間の不信仰に関する記事」を削除したら、その厚さは半分ほどになってしまうのではなかろうか。そして、さらにこれは驚くべきことだけれど、人の不信仰の記事が削除されたら、「神の人間に対する無条件の愛と恵み」もバイブルから同時に削除されてしまうのではなかろうか。そして、その時にバイブルはバイブルではなくなり、私には明日、語るメッセージが何もない・・・。

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マック

追伸:マザー、希望が全て払拭されてしまうようなあの町で、なぜ僕があなたに声をかけることができなかったか分かりますか。あなたはお気づきでなかったでしょうが、その横顔が神の愛と恵みを表していたからです。そして、その理由が今朝、分かりました。今まで以上にあなたの偉大さが分かりました。

デビュー間近

来月あたまにテント持ってキャンプに行く予定だ。なんだかんだ子供も入れて30人ぐらいの宿泊なり。それに「夕方だけでもいいから、ゆっくりしてらっしゃいご一行様」が加わると、どうなることやら。

そして、実はこのキャンプでデビューする予定のものがある。さわやかな夜風に吹かれ、満天の星空に包まれ、パチパチと燃える炭を眺め、そんな中でグイッと一杯、濃いめのものを・・・。

小さな幸せは、手の届くところにいつもあるもんです。

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マック

追伸:ちょっとこれで全員に味わっていただくのはキツイでんな。