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ブログをやっていると日々、実感することです。それは日常生活には「書けること」と「書けない」こととがあり、「書けないこと」のほうが圧倒的に多いということです。ましてやここに記すことによって、瞬時に世界中に記事が巡ってしまうということを考えると、いつも気をつけていなければならないと思うのです。

なんとか自分の頭の中でフィールターにかけているつもりなのですが、いかがなもんでしょうか(自分の事と家族ネタに関してはけっこうきめの粗いフィールターとなっています)。このことは人前で「話していいこと」と「話してはいけないこと」にも通じることなので、とてもいい訓練となっています。

またまたブログに感謝!

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マック

追伸:そう考えると私達は多くの思いを心に秘めて暮らしているということですな。でも、God knows everthing about you!

興行

ある晩、興行師からの案内がきた。
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夕飯後にイベントを準備したらしく、興行師とその子分が待ちうける彼らの部屋に行った。

と、その時、とつぜんエレキギターの甲高い音と共に、アンパンマン似のギターリストが登場。そして、気合十分の声をあげた。
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「あ、ワン!」(注)

するとその横でプリンセス・ベルのドレスを着た興行師が歌を歌い始めた。彼女は明らかに自分だけがスポットライトを浴びているような満足感にひたっていた。ギターリストはその横で忠実に手を動かしている。
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彼らには予算がなく、このギターリストのサングラスらしきものは興行師が紙で製作したもので、無理やりギターリストのデコに貼りつけたようで、難点は一度それをはってしまうとギターリストは全く何も見えなくなってしまうことらしい。故に彼は時々、紙グラサンを外しながら、自分の手の動きを確認しており、その度に興行師の叱責を受けていた。
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この一部始終、腹がよじれるほど笑わせてもらった。一応、興行は大成功である。

マック

(注)解説:「あ、ワン」とは「あ、ワン、あ、トゥー、あ、ワン、トゥー、スリー、フォー」を極めて短く簡素化したもので、なんともズルッとこけてしまうような間の悪い言葉であった。

150 Minutes

オフディー。

先週から次男坊が週二回、午前中9時から11時半までコミュニティーが提供してくれているプリスクールに行っている。8月から毎日、プリスクールに入れたらと願っているので、その前の「慣れ」期間中とでもいいましょうか。嬉しいことに泣くことなく、楽しんでいるようだ。そのうち英語も覚えてしまうことだろう。柔らかな頭がうらやましい。

そういうわけで、家内にとって実に9年ぶりに自分一人の時間が一週間に計300分与えられたわけで、それはそれは嬉しいことのようだ。二回のうち一日は月曜日なので、今日は教室の側のラメサ・ダウンタウンに居心地のいいカフェを見つけ、一分を惜しみながら150分を過ごした。短い間だけど、やっぱりこういう時間っていうのは大切ですな。

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マック

アーネスト・重治・キルボルン

4月の最後の日曜日を私達のコンファランスはファンダーズ・ディーとして、ファンダーへの感謝とその情熱を引き継ぐべく記念の日としている。

ということで今日はアーネスト・重治・キルボルン牧師が来てくださり、礼拝でメッセージを語ってくださった。キルボルン師はこの6月で88歳、自分で車を運転してフレズノから来てくださった。その背は真っ直ぐに伸び、笑みをたたえ、常にジョークが絶えない。

師のミドルネームにもなっている重治とは中田重治という牧師のことで(1870-1939)、若い頃には千島列島の択捉島に伝道に行き、そこでならず者を張り倒していたというこれまた破天荒な人だったのだが、シカゴのムーディー聖書学校に留学している時に、神にとらえられ、その後、帰国し大きく神に用いられた器。その時に共に来日したのが、キルボルン師の祖父であった。

キルボルン師のメッセージは聖霊に寄り頼むということが強調されて何度も語られた。そうなのだ、そこに私達の力の源があるのだ。

帰り際、師は言った。「毎日がめちゃくちゃ楽しい!」

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マック

17歳

朝4時すぎ、日本に電話。懐かしい声と共にどこかの居酒屋の喧騒が受話器ごしに聞こえてくる。

日本は同日夜8時すぎ。ちょうどその時、今から22年前、共に高校時代を過ごした仲間達が藤沢で同窓会をもっていた。当時17歳!17歳ですよ、17歳~!ニキビずらで髪の毛にデップやらムースをつけてドライアーあてて、やたら匂いのきついコロンなんかふりかけて、尾崎豊なんぞを聞いていた時代。

今は、まぁ、見事におっちゃん、おばちゃん、部長、課長、とうちゃん、かぁちゃん。

でも、久しぶりに皆の声が聞けて嬉しかったです。皆口々に「覚えている?」と聞いておりましたが、瞬時に皆の顔が(22年前だけどね)はっきりと浮かびました。それぞれ、しょっているものは違うと思うけど、こっちで皆の幸を祈っているからね。

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マック

BD

奥方の誕生日。ということで、今晩ぐらい主役に料理を作らせてはいけないということで、皆で、バフェに繰り出す(なんていうんでしょーか、もうバフェにしか行けない私達です。ちなみにここは子供一人$1.99でのけぞるほどにお得です)。

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母を取り囲めという命令に従う蜂ん子ギャングたち。
娘、鼻水警報により、ポッケからテッシュが飛び出ています。
これからも4人の子供をよろしゅうお願いします。

マック

Amazing Grace

英国人ジョーン・ニュートン

彼は若くして海の男となり、アフリカに渡る。その理由は「思う存分罪を犯す」ため。そして、その理由に生きるかのごとく、アフリカから新世界へと奴隷を運ぶ奴隷船の船長となる。しかし、その生涯にジーザスとの出会いを体験し、牧師となる。

晩年、彼は思考力も衰え、説教もやめなければならなくなった。友人達が訪れると、よくこう言ったという。「すっかり年をとってしまった。思考力もなくなってきた。でも二つのことはよく覚えている。私が大変な罪人であったこと。そして、ジーザスが偉大な救い主であられるということ」。

そんな彼のあの名曲

丈夫な人に医者はいらない。私が来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ9章)

マック

追伸:「義人はいない、ひとりもいない」 (ローマ3章10節)

想定外

肌寒い朝のダウンタウン。あるビルに入るために、空港と全く同じ厳しい持ち物検査。

ビル内のイミグレーション・オフィスにて米国市民権のインタビュー。いくつかの事務的な質問と10問の米国の政治・歴史テスト、そして英語テストを受けパス。早ければ一月以内に宣誓式が執り行われる。私達はその日から国際結婚カップルとなり、人ごとじゃない、大統領選にも一票を投じなければならなくなる。

人生とは分からない。「韓国で韓国人として生まれ、日本で日本人として育ち、アメリカでアメリカ人となる人生」なんて考えてもいなかった。自分の意志を超えた大きな力に導かれている以外に考えられない。

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マック

追伸:「しかし、わたしたちの国籍は天にある」 ピリピ3章20節