ガス

日本でも最近は増えたらしいけど、こちらはセルフサービスなので自分でガソリンを入れる。ホースの先を注入口に入れて、ほぼ満タンになると、自動的に注入がとまる。しかし、それでもまだタンクには余裕があって、キリのいい値段までガスをいれる。

先日、その現場に家内がいて、勝ち誇ったようにこう言った。「私は注入が止まってから、さらに6ドル分、入れたことがある。だからまだまだいける」。

「ほんとかねー、すごい根性だなー」と思いつつ、「本当にまだいけるのか」「まだまだ」「冗談だろー」「あと2ドルはいけるね」というような挑発を受けながら、メーターを睨みつけながら緊迫した時が流れた。ところが、ああでもないこうでもないと言い合いながらフト注入口を見たらジャージャーとガソリンが足元に溢れ出ているではないか!

それから「そもそもね~」「でもさ~」と“そもそも・でもさ論争”がしばらく続いた。

牧師夫妻といえども、こんなものである。

j0422574.jpg

マック

シンプル

オフディー。

家内とカフェへ。コーヒーを飲みつつ他愛のない話。

次男坊の担任と面談。「レゴの人形フィギュアーを一緒に選んでオーダーしましたよ」と子供心がよく分かっている素晴らしい先生。

ジムへ。一リットルほど汗をかく。

夜は餃子!姫、無言で黙々と食べる。誰かに似ている。誰だ?私だ!

そんな、シンプル・オフ。

j0423030.jpg
マック

過去・現在・未来の棚卸し

今日のメッセージは私達の過去・現在・未来の棚卸ということです。私達は倉庫の棚卸や自宅のキッチンやガレージの整理整頓をくまなくしますが、はたして私達の心はどうなのだろうかということを今日は見ていきたく願っています。もし、私達の心にも「過去」「現在」「未来」というような三つの棚があったとしたら、その中身はどうなっているでしょうか。

持っておくべきもの、必要のないもの、手放したいもの・・・

ありません?

j0411663.jpg
マック

今日、お話した礼拝メッセージです。
よかったらどうぞ↓

続きを読む

2パン・ラーメン・エビチリ・ギョーザ

昨晩のこと

かねてから予定していた「Two Breads Night」。その名のごとく心身に必要な二つの食事をもって栄養補給をしました。何を学んでいるかって?「十戒」です。そりゃー、花金の晩に誰も「戒め」なんか聞きたくないと思いますが、実は実は、この十戒に込められている真理は、私達にとって大きな喜びと楽しみをもたらすものなのです。来てくれた仲間達からの色々な意見と共に充実度120%の学びでした(写真がなくて残念)。というわけで次回は10月25日、午後6時より。乞うご期待!。

今晩のこと

親しくお付き合いいただいているM家のQちゃん(そのままですな)が、朝から煮込んだ秘伝スープと共に塩・醤油・味噌ラーメン、それにエビチリと餃子というおじさん泣かせの最強の組み合わせをご馳走してくれた。私は密かにQちゃんのパドレス入団とサンデイェゴにQ亭ラーメンの暖簾がかかることを祈っている。Qちゃん、M家の皆様、ごちそうさまでした!身も心も満たされました!

IMG_8789.JPG

IMG_8792.JPG

IMG_8798.JPG

マック

追伸:見事に合致したマイ・プレートまでありがとうございます!IMG_8784.JPG

文句ありません

朝、教会のメンバーが天に召されたという電話を受ける。東京下町育ちのSさん、あなたは最後の最後までユーモアを忘れることなく、召される数日前まで人を笑わせていましたね。どれだけの人達が苦しい時、寂しい時に、あなたによって心が和まされたことでしょうか。その生涯には色々なことがあったかと思いますが・・・、とこういうことを書きますと「しめっぽい話はやめようよ~」とあなたに言われてしまうので・・・。

最後にお会いした時に、若造の私にニコニコ顔、大きな声で言ってくださった言葉を決して忘れません。

「若いねぇ~、忙しいねぇ~ ・・・・・これで何か文句あるかぁ~」

「これで何か文句あるか~」とはSさん訳の「全てのことに感謝しなさい」という聖書のみ言葉。私の座右の銘として大切にさせていただきます。

j0427758.jpg

Sさん、一足先にあちらで待っていてください。そして、また楽しい話をしましょ。

マック

事故学

高校時代、中型バイクに乗っていたのだが、夜おそく神奈川・鵠沼の住宅街のカーブを"かっこよく”曲がろうとした時、ガードレールに激突し、見事にこけた。幸い怪我はなかったのだが、バイクは破損、修理費に泣いた。近くを通りかかったおばさんに10円を借りて、友の助けを求めたことを今でも覚えている。

時々、振り返るのだが、あの経験が今の自分を守っていると思うことがある。すなわち、このままではぶつかる!というヒヤリ感と、道路に打ちつけられた時のニブイ痛みが体にきざまれており、それは今でもカーブを曲がる時の慎重さにつながっている。

なんで、こんなことを書いているかというと、昨日の夕方、家内が子供二人を乗せて信号待ちをしていたところ、後ろから衝突されたからだ。ちょうどその時、家内のとなりではポリスが違反車を停めて話をしていたというので、おそらく後のドライバーはそれを眺めていて、前方を見なかったのだろう。幸い家族も相手も怪我なく、車への損傷もなかったし、目の前にポリスもいたので、全ての調書をすぐにとってくれた。

家内とも話したのだが、誰にも怪我がなかったこと、大事にいたらなかったこと、ポリスの目の前でそれが起きた事、そして何よりも“ガクン”ときた“ささやかな衝撃”を彼女の体が覚え、これからの運転に対する注意をさらにうながしてくれたということは、大きな収穫だったと思う。

j0425511.jpg

マック

追伸:後部座席にのっていたチビ二人もポリスと話す相手ドライバーの姿を見ており、「ポリス、怒っているね~」と一言。彼らにとっても、とても大切な勉強になったようだ。シートベルトはしっかりしめよう。

あのトラックの持ち主が分かりました。

その人の名前はSam Kholi 。
IMG_8728.JPG

彼は所有する115台のトレイラーと60台のトラックーに“Jesus Christ Is Lord, not a swear word”というメッセージを描き、フリーウェイにかかる橋や道々にこのトラックを意図的に駐車して、そこを行き交う何千人という人達に無言のメッセージを送り続けている。さらに、これらのトラックは実際に物資を積んで北米大陸間をいつも行き来しているという。

シリアからの移民である彼は、ジーザスを主と告白していくことが、どれだけの代償を払うことになるかということをよく知っている。米国においても時々、「お前のトラックを何とかしなければ、俺たちがああする、こうする」という脅迫電話を受けることがあるという。しかし、サムはただ黙って電話を切り、そのはたらきを止めることはない。中には「お宅があのトラックで商品を持ってくるなら取引はやめる」という顧客もいるという。でも、それは仕方ないという。やはり、彼はそのはたらきをやめない。

ある時、トラックで道を走っていたら、バイカーが彼のトラックを見ながら、右左に運転しながら嬉しそうに親指を立てていったという。サムはウインドウを下げて、こう叫んだという。

“Focus on the road, my brother”

クリスチャンであるということ、そして、それを表現することに“ねばならない”という型はないと思う(もちろん、聖書から外れてはいけませんが)。

マック

こだわり

四年に一度の北京オリンピック、パラリンピックが終わりました。今年のオリンピックで印象に残っていることの一つは前回の女子マラソン金メダリストの野口みずき選手が怪我のためにレースを棄権したということです。彼女は四年もの間、ずっと今年の北京を目指して練習してきました。それ故に、一ファンとしてとても残念で悲しい気持ちになりました。

しかし、私達が忘れてはならないことは、オリンピックだけが人生の全てではないということであり、野口さんは人生を棄権したのではなく、二時間半余りのマラソンを棄権したにすぎないということです。

私達は本当に大切なことが分ってきますと、自分にとって不本意な事柄や失敗に対しても、もう一度、勇気をもって立ち上がることができるようになります。ある牧師がクリスチャンライフを「本質以外は寛容であれ」と言ったように、福音も本質が判ってきますと、枝葉のことに対しては常に心を自由にしておくことができるようになります(悲しいかな、私達はしばしば枝葉のことにこだわり、本質を蔑ろにしてしまうことがありますが)。そして、それは自分自身に対してということだけではなく、私達が他者に向き合う時に、パウロがコリント書に書いているような自由さの中に我が身を置いて生きることができるということなのです。

わたしは、すべての人に対しては自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった・・・。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。福音のために、わたしはどんなことでもする。わたしも共に福音にあずかるためである」1コリ9:19,22,23

実にジーザスを知れば知るほど、私達の心に積み上げられてきた諸々のこだわりから、解放されるのではないかと思うのですが、いかがなもんでしょうか。

マック

追伸:もちろん譲れないことに関しては、テコでも動きません。