「JIN-仁」

いつもお世話になっておりますM師匠から「JIN-仁」全巻のDVDをいただいておりましたが、なかなか観ることができずにいました。が、今週から観始めました(M師匠、おくれました。ごめんなさい!)。その台詞と内容に多分にキリスト教的なものが含まれているということで楽しみにしていたのですが、第一作から「神様は乗り越えることができない試練は与えない」という台詞。おそらく、この言葉がこのドラマのテーマになるのではないかと予感します。

そして、こんな場面も。事故により、頭を怪我した母親の手術を麻酔なしでする医師。その痛みに悶絶している母を前に幼い息子がこうつぶやく。

「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい・・・」「これは?」と問う主人公の医師に対して、付き添っている女性が「痛みよけのおまじないでございます。言葉の麻酔でこざいます」と・・・。実際、息子の言葉により、母は落ち着き、手術は成功する・・・。

あなたがたのあった試練で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練にあわせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さるのである」コリント第一の手紙10章13節

わたしはいたく苦しみました。主よ、み言葉に従って、わたしを生かしてください」 詩篇119篇107節

マック

追伸:「JIN-仁」、これからも楽しみです。「竜馬伝」とかぶり、これまた楽しいです。

Unique!

ある事柄についてそれを「Strange」と呼ぶのと、それを「unique」と呼ぶのとでは大きな違いがある。ある事柄についてそれを「Strange」なものとして見るのと、それを「unique」なものとして見るのとでは大きな違いがある。

一方は「Negative」という扉を開くドアノブとなり、片方は「Positive」な扉を開くドアノブとなる。だから、できることなら「Unique」と呼ぶこと、見ることを量産する日々をおくりたい。神様は全ての被造物(私達)を「Strangeなもの」として造られたのではなく、全て「Uniqueなもの」として造られたのだから。

Porcupine_babies 
マック

徳之島

鹿児島の離島、沖永良部の教会にいた時に、隣の島、徳之島に船で渡り、何度か伝道に行きました。そこには古い喫茶店を改築した教会があるのですが、専属の牧師はいませんでした。

沖永良部からの船は一日一便しかなく、行けば会堂に寝泊りして、礼拝や集会をもちました。時には近隣の牧師たちと屋根を修復したり、ペンキ塗りをしたり、とても懐かしく、楽しい思い出があります。

普段はとても静かな島ですが、今この島が米軍基地移設先の候補地としてあげられ、世界が注目しています。今月には島民による大規模な反対決起集会があったにもかかわらず、首相はこの島出身の議員とも会って話を進めたい様子をうかがわせる報道もあり、この先どうなるのかとても気になります。

難しい問題かと思いますが、懐かしい方々のお顔を思い起こしながら祈っています。

マック

古のセブン物語

いやー礼拝メッセージのために創世記からアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ・・・という人間をここ最近、みているのですが、まったくもってして彼ら自身にしても、それを取り巻く人達にしても、なんともドロドロとしていますな。「火曜サスペンスドラマ」(古い!)なんかの比じゃありません。

映画「セブン」でもテーマとなった「七つの大罪」、大食(Gluttony)、高慢(Greed)、怠惰(Sloth)、肉欲(Lust)、高慢 (pride)、嫉妬 (Envy)、憤怒 (Wrath)がいたるところにでてくるのですから。それは聖書を読む者達に対して一番最初に「人間とは一皮向けば、こんな者なのだ」ということを釘刺しているようです。そして、「この人間の中に自分はあたかもいないかのように振舞う」こと、そのような人間をイエス・キリストは一番、神から遠い者としていたように思います。

さぁーまた、「古のセブン物語」に戻って、メッセージに備えます。

マック

希望:「罪の増し加わったところには、恵みもますます満ち溢れた」(ローマ5章20節)。

「どこへ?いつ?なぜ?」 に対する答え

「私はこれから年を取って、どこに行くのだろう」「終ぞの住処はどこなのだろう」「私達は、私達夫婦は、私達親子は、これからどこに向かうのだろう。その行く手には何が待ち構えているのだろう」「いつ、たどり着くのか」「いつ、それが起きるのか」「いつ、この試練は終わるのか」「いつまで待てば、報われるのか」「なぜ、私はこのような目に遭うのか」「なぜ、あの人は変わってしまったのか」「なぜ、自分ばかりがこうなのか」

こんな問いかけに対する答えをお持ちですか?

マック

今日、お話しましたメッセージです。

よかったらどうぞ(生放送はただ今、準備中です)。

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反省

あの日にいただいたものにより、今日は朝8時から夕方4時まで講習会へ。集まった人は色々な文化背景をもつ老若男女二十数名。互いの事情は知らないが、そのほとんどは、ある日、ある場所で、「右足を踏みすぎた者達」である。

講師曰く、最近は運転中に携帯およびテキストメッセージをしていて捕まる者も多く、中には左手に携帯、右手にクレジットカードをもち、買い物をしながら運転をしている人達もいるという。師は初めから終わりまで「瞬時のことが人生を変えうる」と仰せられ、深く、同感。反省と共に、これからは気をつけます(最後に修了証書をいただき、次回の講習のためにと割引クーポンをいただく。絶対に使いたくないクーポンも珍しい)。

マック

追伸:次男坊の夕食時の祈り 「神様、今日パパはスピードを出しすぎて学校に行きました・・・アーメン」。