拝啓、竜馬殿

竜馬へ

知っちゅうか、おまんの大河ドラマが終わったぜよ。近江屋での慎太郎との最期をしっかりと見届けたぜよ。おまんとの付き合いは長く、かれこれ17からになるのう。今年は天使の都の市民クリスマスでおまんと楽しんだ日々を劇にしてくれるちゅうーから、話してくるぜよ。

土佐の理不尽な階級社会で生まれ育ったおまんはよく「亜米利加という国では極貧農家で生まれ育った男でも札(選挙)で国の殿様になれるんじゃ、その男はリンカーンと言って、大統領と呼ばれちゅう」と嬉しそうに話していたのう。本当は海援隊の仲間とこの亜米利加国に来ることも考えていたんじゃろ。大統領ともシェイクハンドをしたかったんじゃろ。

昨晩、その亜米利加国の大統領に会ってきたぜよ。テキサスっちゅう、これまた日本が入ってしまうほどにどでかい藩出身の人だったぜよ。自ら言っておったが、昔は酒ば飲みすぎたやんちゃな男だったらしいぜよ。勝先生を守っていた以蔵みたいないごっそうも側におってな、大統領を守っておったぞ。おまんの時代も今も何も変わらんのう。

マック

追伸:おまんを切ったとされる見廻組の今井信朗は後に耶蘇になったらしいのう。おまんもGODのことを知っていたらのう。それだけが悔やまれちゅう。

Geroge W Bush & Rick Warren

Geroge W Bush: 言わずとも知れた米国同時多発テロ時の米国大統領。

Rick Warren: オバマ大統領就任式で祈祷を捧げたサドルバック教会主任牧師。

この二人が対談をするが行ってみないかというお誘いを受けた時、何か収穫があるだろうと、直感的にすぐに行こうと思いました。誘ってくださったのは加州の西郷さんこと、Rick Warren師と共にサドルバック教会に仕えているDave Hollden牧師。

Geroge W Bush 031 待ち合わせの場所に行くと、ニコニコした師が私を含め四名の者達に(二名のベトナム人牧師と私とZ師)チケットを手渡してくださり、曰く、これはVIP用だから特別な入り口から入るとのこと。おかげで長蛇の列をスルーし、たやすくメイン・チャペルに入ることができました。シートナンバーを探していくと、対談が行われるセットの目の前二列目の席。私はサドルバック教会外の者で、会場最後尾の末席でも御の字だと思っていたのですが、なんたることか!共に座ったZ師と「俺達は本当にここにいていいのか」と・・・。Dave師もそれを友人や家族にあげればたいそう喜ばれたことかと思うのですが・・・(数千人収容のチャペルは満席、入りきれない人達のために他集会場でもモニターを流していました)。師は私達に惜しげもなく最高のものを手渡し、いつものように豪快に笑いながら去っていきました。この方はスケールが違います。おそるべし、加州の西郷さん・・・。おかげで両氏の表情までしっかりと見ることができました。

対談を通していくつか教えられたこと。まず、第一に一時間半の対談の中でブッシュ氏が一番、感情をこめて話したことは911の直後に小泉純一郎氏がブッシュ氏に電話をかけ、「共にフリーダムのために戦おう」と言ったということです。父ブッシュは19歳の時、日本と戦ったということに触れ、その日本が今、アメリカと共にフリーダムのために戦っているのだということに触れた時には、会場が割れんばかりの拍手で包まれました。この対談でブッシュ氏が度々触れていたキーワードはこの「フリーダム」であり、これこそがアメリカ人が最も大切にしている言葉なのだということをあらためて確認しました。このキーワードと共にアメリカを見ると、複雑に思えることも、とても整理されて見えてきます(フリーダムは常に両刃の剣なのですが・・・)。

Geroge W Bush 021 二つ目のこと、それは米国史の重要な転換期に居合わせたこの二人を見る時に、俗にいうオーラなるものが見えるのだろうかと興味深く思っていたのですが、ブッシュ氏はきわめて気さくで、テキサスの田舎町のダイナーで、野球の話で盛り上がりそうな方でした。リック師は時おり脱線してはじけそうになるブッシュ氏の言葉を、どうにか牧師らしく、軌道修正しようとしている様を見るにつけ、これまたとても身近に感じる方でした。すなわち両者とも私達と全く同じ等身大の人間。このことは頭では分かっていたのですが、それを間近に確認することができたことは、人の地位に関係なく祭司としての役目を司らせていただく者としては、とても意味のある体験でした(私達が本当に恐れるお方は神だけです)。金八先生ではありませんが、「彼も人なり、我も人なり」ということです。

Geroge W Bush 017 三つ目のこと、それはリック師が何度も指摘していたことなのですが「ブッシュ政権において最も評価されること」は911以降、一度も米国が他国から攻撃されずに守られたということ。そう言われればその通りで、この言葉を聞きつつ、ブッシュ氏も満足していたように見受けられました。ブッシュ政権は完璧なものではなく、成し遂げることができなかった多くのことがありますが、先に書きましたようにブッシュ氏にとって「米国民のフリーダムを守る」ということが最重要とされていたことの結果が、リック師の言う、米国民が感じている政権への評価となったのでしょう。そこから学んだことは一人のリーダーが成し遂げられることはあれもこれもではなく、多くの場合、そのリーダーが一番、大切にしていることは達成されるが、その他のことは達成されないことが多々あるということ。そのことはブッシュ氏自身も自分で気がついており、その自分の限界を受け入れているようでした。

終始、ブッシュ氏はご機嫌。途中、何度か入る妨害者の雑音もジョークで交わし、会場は幾度となく、爆笑に包まれました。いやはや、この対談はまさしく「人間劇場」でありました。

マック

思わぬ状況から幕は広がる

私達の多くはクリスチャンとして信仰をもっています。そして、その信仰生活の中で色々なことが起こります。長い人生、その中にはなぜ信仰をもっているのに「財産を失うのか」とか「病気になるのか」とか「事故や災いに遭うのか」ことがあり、そんな時に本当に神はいるのかと、自分の信仰に疑問を持つこともあります。

 しかし、今日、胸に刻んでお帰りください。神様は私達を「豊かになるために」「健康になるために」「事故や災いに遭わないために」信仰者とされたのではありません。確かに神様はそれらをどうでもいいこととはしていませんが、明らかにそれらは神様が私達に願っている第一のことではないようです。そうではなくて、神様は私達に本当に「神の人」となってほしいのです。ですから私達が神の人と形造られるためには、モーセのようなミデアンの荒野のようなところを通らされることもあるのです。そのような所を通らされた後に神様は次の新たなる道を私達に示されるのです。

今日、礼拝でお話したメッセージです。よかったらどうぞ ↓                             画像はこちらから。

続きを読む

No Vacancy

Disney moromoro 219 子供達は今週一週間おやすみでした。まったくやすみばかりの合衆国です。ということでその打ち上げとして四名のお子様がわが家に投宿し、計九名の宿泊者となり、わが家は今宵、No Vacancyとなりました。彼らは明朝、当地より直接教会入りとなる予定です。

皆々様もよき週末をお過ごしください。歯を磨きましたか?バスタブにつかりましたか(う、悲しい~。米国在住の皆さん、つかるだけの風呂桶が恋しい季節ですね)?目覚ましかけましたか?明日の礼拝メッセージはできましたか(これは牧師さんたちへ)?おやすみなさいませませ。?マック

 

喜びと感謝の力 

AvcInternationalSymbol_02 いつも喜んでいなさい。                                 絶えず祈りなさい。                                    すべての事について感謝しなさい。                                 テサロニケ第一の手紙5章16節‐18節

紀元前450年頃、イスラエルにネヘミヤというリーダーがいました。彼は荒廃した祖国の復興の為に、その城壁の修復に奔走した人です。修復中にも外からは他民族による攻撃、内においても色々な困難を抱えていました。そのような緊迫した状況の中、現代風に言いますならば胃が痛くなるような時に、彼は「主を喜ぶことはあなたがたの力です」(ネヘミヤ8章10節)と民に語りかけ、人々を励ましました。

ネヘミヤは外部からの敵に対して日夜見張りを置き、武装してその進入に常に備えました。内なる戦いにおいても固い決意をもって、それらを乗り越えようとします。それはある意味、彼が率いる軍事的、政治的な力です。しかし、彼はそれらによって最善のことをなしながら、私達の本当の力とは「主(神)を喜ぶこと」なのだと言っているのです。

さらにネヘミヤはイスラエルの民たちの特性を見出し、ある者は祭司として、ある者は門番として、ある者は田畑を管理する者とさせるというように明確な組織を作ってイスラエルの民をまとめ、その中にとても興味深い役割を担う人として「神への感謝を司る者」を置いたのです(ネヘミヤ12章8節、27節、31節、38節)。

ネヘミヤは城壁を築きなおすという困難なはたらきのために“喜びと感謝の力”が必要不可欠であるということを知っていたのです。強大な兵力も聡明な力も、神様にある喜びと感謝の力にはかなわないからです。そして、このことは私達の人生のいかなる分野にも当てはまることなのです。あなたの生活にこの喜びと感謝はありますか?

サンデイェゴ日本人教会 2010年 クリスマスレターより

マック

追伸:この喜びと感謝を有している者達は、これからの世界がいかなるものになっても、幾多もの困難や障害に直面しても、それらを乗り越えていくことだろう。

ごあいさつ

ImagesCALQN3UU 41OwFwB+0IL__SL500_AA300_

皆さんのTGDが豊かに祝福されますように。 どちらになさるかは皆さんにお任せします。                 聖書、律法の書においても、2010年現在、どちらを召し上がられても差し支えないかと思われます。

ターキー&ポーク&マック

チャンス到来

産経新聞の記事にこんなものがあった。そこに記されている「Into the unknown」とはとてもインパクトある言葉だと思う。今だ知らない世界、まだ経験したことのない世界に日本がこれから入っていくというのだから、これは大変なことだ。書かれていることは楽観的なものではない。かつての成長途上の時代を順境とするならば、これからはしばし逆境の中を歩まなければならないのかもしれない。最近、よく取り上げて話している言葉だが、こんなことが聖書には記されている。

順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ」伝道の書7章14節

この聖書の言葉を文字通り受け止めるならば、私達はこれから分け入っていく未体験ゾーンを前に考えるチャンスが与えられているということになる。そして、その考えの中で「神の愛・神の与える命」を見出すことができたら、その逆境は一転、とてつもない収穫の時と変えられる。少なくとも円をばらまいて豪遊していた時よりも、これからの厳しい時代の方が、そのチャンスは私達のすぐそばにあるのではないかと思う。

人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買い戻すことができようか」 マルコ8章36節、37節

マック

追伸:この記事は日本には「文化的な革命」が必要だとして閉じている。しかし、それ以上に「霊的な革命」が必要です(それは「ヒーリングパワー」とか「パワースポット巡礼」等によるフィーリング革命とは異なるものです)。心地よいフィーリングは数時間は持続できますが、やがて消え去るものですから・・・。

 

1991年、テネシーの大学で学んでいた時に「湾岸戦争」が始まった。校内が緊張感で包まれ、講堂で特別な集まりがもたれたことを思い出している。友人達の間では徴兵されるのではないかという話で持ちきりだった。2001年、サンディエゴ郊外に住んでいた時に「同時多発テロ」が起きた。現実なのか悪夢なのか、その区別ができないほどの衝撃だった。その二週間後に娘はアメリカ人として生まれた。

そして2011年を一月後にひかえた昨晩、上空をけたましい音をたてて、何機ものヘリコプターがどこかに向かっていく様子を目撃した。普段、そのようなことは滅多にないので何事かと思っていた矢先、北朝鮮が韓国領土に対して多数の砲弾を撃ちこみ、韓国側もそれに応戦したということを知った。はるか彼方にある国で起きたことに対してすぐさま、こちらアメリカでも何かが動いている・・・。私の体内を流れる血の半分は半島のもの。両国のために祈っている。        

マック