ミミズについての一考察

先日、長女、次男に釣りに行くからミミズを捕獲しておくようにと言ったら、即、「はい!」という返事が返ってきて、瞬く間に45匹を捕ってきた(このような即答、即行動というのは年に三回ほどしかないきわめて貴重なもので、その一回がミミズ捕りのために使われてしまったということには複雑な思いが残る)。ミミズ側では意表をつく奇襲を受けたようなものなので、まこともって申し訳なく思っている。せめて宣戦布告を出してから、フェアーに戦うべきだったか・・・。

というわけで、来週から二週間、子供たちが春休みになるのでマスでも釣って、ホイル焼きにしようかと思っている。ミミズに食いついたマスを食べるということは、ミミズも食べることになるのか、ならないのか・・・。人生はあまり深く考えないほうがいいこともたくさんあるに違いない。

マック

追伸:それにしてもミミズ達が地中でなしていてくれる貢献というのは、これはとてつもないものです。彼らあって、私達はおいしい野菜をいただいているのです。土曜日だというのに、こんなミミズのことを書いているっていうのは、パスター、随分と余裕なんだな~って。いいえ、単なる逃避なのです(苦笑)。あ~あ、土にもぐりたい。

 

まず、知ること

Shish-kebab1昨日、サンディエゴのムスリム・モスクを訪ね、イスラム団体のモヘビ氏やスタッフの方とお会いすることができました。終始、和やかに楽しく、イスラム教とは何かということを易しく話してくださいました。911直後、危うくなる自分たちの立場を心配し、すぐに声をかけてくれたのが日系団体であり、そのことにとても感謝していると言っているのが心に残りました。モスク内も案内してくださり、実際に祈りを捧げる礼拝堂にも入れてくださいました。子供たちのための学校も運営しており、明るい子供たちの声が響いていました。

Islamophobiaという言葉があります。PHOBIAという言葉が示すとおり、高所恐怖症と同じように「イスラム恐怖症」という意味を持つ言葉です。その人がイスラム教徒であり、そのようないでたちをしているだけで恐怖をもつということです。それがキリスト教徒であれ、仏教徒であれ、必ず「極端」な人達というのはいるわけで、その極端さゆえに破壊的な行動がともなわることがあります。そのような人達とその他大勢の普通の人達を同一なものとして見てしまう、それは私達の「偏見」です。

「恐れ」の多くは「互いを知らない」というところからくるといいます。ですから、恐れを取りのぞくためには、相手を知る以外にはないと思います。わたしはイスラム教のことをほとんど何も知らない、知ろうともしなかったということを反省しました。これから少しづつ、知ることに努め、学んでいきたいと思います。

私達が別れ際、最後に盛り上がった話題がなんだったか想像できるでしょうか。「サンディエゴで一番、うまい日本食屋はどこか?」。「それじゃー、サンディエゴで一番うまい中近東レストレンはどこか?」ということです。しっかりとBEST OF THE BESTの中近東レストランの情報をいただいてきましたので、今度、子供達を連れていきたいと思います。すべては、そのあたりから始まるのだと信じています。

マック

追伸:「子供達がみな、英語になっていってしまうんだ」「うちもそうだよ」「どうやって母国語を保っているんだい」。悩みはどこでも同じなのです。

人種を超えて共有する悲しみ

何度も書いていますが、私の息子の空手の先生はイラク生まれ、イラク育ちのイラク人であり、息子はアラブ・コミュニティーのど真ん中で、アラブ人に囲まれて空手を習っています。それが理由でこの道場を選んだわけではなく、選んでみてその環境のことが少しづつ分かっていったのですが、私は息子のためにも、また私個人としても、この環境がとても気に入っています。そして、今も、その町のスタバからアラブ語の会話を聞きながら、これを打っています。

そのアラブ人コミュニティーで俗に言う「HATE CRIME」の可能性のある殺人事件が先週、起きました。35歳で五人の子供をもつイラク人女性が「国へ帰れ、このテロリストが!」というメモとともに撲殺されたのです。

どんな人種であれ、愛する妻が、母が、子が殺されれば想像を絶する悲しみが残ります。その思いはたとえ宗教や文化は異なっても、それがアメリカ人であろうが、イラク人であろうが、日本人であろうが関係なく、肌や言葉の違いを超えて私達が共有できるものです。互いに親密なこの町のイラク人コミュニティーにも、この事件は大きな悲嘆を残すことでしょうし、今だ捕まっていない犯人に対する恐怖と憎しみが残ることでしょう。

この時も、息子は先生から稽古を受けています。三年前に先立たれた奥様のことを今もそのウエブサイトのトップにおいているような愛妻家、日本に恋をしているような先生の悲しい顔を私は見たくありません。

マック

追伸:奇しくも色々な事情があって、上記事件記事の中に出てくるサンディエゴ、イスラム団体のスポークスマンのハニフ・モヘビ氏と個人的に今週、木曜日に会うことになっています。この度の事件について、そして彼らが感じている思いを聞かせていただきたいです。彼らはこの時のビデオでマンザナ日系人強制収容所へ行っていた主催者です。彼らの活動は偏見に苦しんだ者達へ、偏見に苦しんでいる者達からの心なのだと思います。

 

 

 

ルツ記:はからずも神は・・・

イエス・キリストの系図の中にはモアブ人のルツという女性がいます。モアブ人とは、その昔、酒に酔った父によってその娘が生んだ子を先祖とする者たちだということを知っていましたか(創世記19章36節、37説)。このことは何を意味するのでしょうか?

 

今日、礼拝でお話した「日英礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえり」です↓。

 

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わが子の命を捧げるということ

Nail自分の子どものために命を捧げる親、またはその覚悟が出来ている人はいることでしょう。でも自分の子どもの命を他人に捧げる親はいるでしょうか

我が子が命の危険に直面している時に、自分の命をかけてその前に立ちはだかることをイメージすることはできます。しかし、我が子の命を誰かのために捧げるイメージをもつことは私にはできません。ましてや、その誰かが自分達を散々ののしり、苦しめるような人であるならなおさらです。

「神は実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」 聖書:ヨハネによる福音書3章16節

日々、世界中から寄せ集められたつらく、悲しいニュースを多く聞きますが、やはり最後に残る唯一の希望はこれ以外にないと思います。

「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである」 聖書:ローマ5章8節

マック

 

ちとひとやすみ、SDウォーカー

デイオフ。

二年間、コミットしてきた妻の図書係りの任期が終了したということで、ささやかな“おつかれさまランチ”へ。場所はYさんから聞いたTJ OYSTER BAR

イメージとしては海沿いにあって(実際は海沿いではないのですが)、漁師さん達が帰港して、ちょっと立ち寄っていくような、こじんまりとしたメキシカンの食堂っていう感じ。値段もリーズナブルで美味しく、リピーターになりそうです。特にオイスター・タコス(あまり見かけませんよね)や一ドル!のフィッシュ・タコスはアツアツでおすすめ。久しぶりにいただいたライムを搾った生牡蠣もなかなかの美味でした。

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マック

追伸:プラス、昨日、M家から教えていただいた噂には聞いていた教会近所のピザも最高でした。ありふれたペパロニやソーセージはなく(えらい!)、オリジナリティーにあふれており、お姉さんがブンブン、ピザ生地をまわしているのがなんとも頼もしく感じました。こちらはまたいつか写真と共に公開しましょう。

士師記:なくしてはならない危機感

「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」(士師記17章6節)

「自分の目に正しいこと」とは一見、なんとも頼もしい言葉ですが、ここには大きな問題があります。その問題とは、果たしてその「自分の目」は本当に正しいのかということです。「自らこそが正しい」と主張する者の集まりがいつまでも平和を保てるはずもなく・・・。

 

今日、礼拝でお話した「礼拝メッセージ日英原稿」および、「本日のおもちかえり」です↓。今日の礼拝プログラムはこちらから。

マック

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心(こゴろ)ォ スッパリ 切り換(ゲ)ァろ!

悔い改めよ。天の国は近づいた(新共同訳 マタイ3章2節)。

さあ、心(こゴろ)ォスッパリ 切り換(ゲ)ァろ!神さまのお取(ど)り仕切(しギ)りァ 今まさに此処(こゴ)にある! (ケセン語訳 マタイ3章2節)

 

悔い改めて福音を信じなさい(新共同訳 マルコ1章15節)

心(こゴろ)ォ切り換(ゲ)ァで、 これがらァずっとこの良(い)い便りに その身も心(こゴろ)も委ね続げろ。 (ケセン語訳 マルコ1章15節)

『イエスの言葉 ケセン語訳』 山浦玄嗣著 文藝春秋より

 ケセン地方の人はきっとシンミリとこのイエスの言葉を聴くんだろうな。母親の胸の中で聴いた魂の言葉だもの、直球ではいってくるさ、その心に・・・。イエスの弟子達だってガリラヤ地方の訛があったのだから、きっとこんな言葉で話していたのではなかろうか。

マック

追伸:それにしても「悔い改めよ」っていうのが「心(こゴろ)ォ スッパリ 切り換(ゲ)ァろ!」っていうのはいい!少なくとも私の心にはスッパリ入ってきます!