マラソン

A100年前、スウェーデンのストックホルムで開かれたオリンピック・マラソンに金栗四三さんという日本人選手が参加しましたが、金栗さんは途中で疲労困憊して倒れ、民家で介抱されているうちに行方不明扱いとなってしまいました。 

それから55年後、ストックホルムでの祝賀会に五輪委員会は金栗さんを招き、彼はスタジアムでテープを切り、その時に「日本の金栗、ただいまゴールイン、タイムは54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3.これをもって大会の全日程を終わります」というアナウンスが流れたそうです。そして、後日談としてこのような計らいに対して金栗さんは「長い道中の間に孫が10人できました」とコメントを残したそうです(日経新聞では10人だったような。ウイキペディアでは5人です。どっち?)。 

よく言われることですが、私達の人生というのも短距離走ではなく、マラソンのようなものなのでしょう。その道中には色々なことが起こり、金栗さんのように寄り道をしたり、疲れ果ててしまったり、とうの昔にマラソン・コースから外れてしまっているというようなことを感じてる人もいるかもしれません。しかし、実際のところ主が私達の名を呼び、御国に入れてくださるその瞬間まで(その時、テープは切られます)私達のマラソンは続くのです。 

『兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである』 ピリピ3章13節、14節

マック

 

 

16語!

20110114235409むずかしいことをやさしく

やさしいことをふかく

ふかいことをゆかいに

ゆかいなことをまじめに書くこと

 By井上ひさし

「文章をどう書けばいいのか」というような本はいくらでも巷にあると思います。でも、その多くは難しすぎて私には分かりません(苦笑)。それに対して「ものを書く」ということを熟知しておられた井上ひさしさんのこの言葉は子供でも分かます。私がこれまで出会った人達も、本当にそのことをよく知る人は、誰にでも分かる言葉でそれを説明できる人でした。ということを踏まえますと・・・


Power_stars森羅万象の成り立ちの複雑さを16語で

その16語が語る内容はとてつもなく深く

その深さを「創造」という読んでいて楽しい言葉で表現し、

しかも、そこには厳粛さが伴う

そんな一文があるとしたら、それは創世記1章1節

「はじめに神は天と地とを創造された」

人間がこのことのために記した本はなんと膨大なことでしょう。そして、その内容は難しすぎて普通の人間にはほとんど分かりません(悲)。「知り尽くしている」と言葉はこれだけ短く簡潔になるのです。

マック

 

 


辻堂

神奈川の辻堂というところで私は中学・高校時代を過ごしました。中学校の教室からは江ノ島が見え、辻堂海岸、鵠沼海岸、江ノ島・・・に関して思い出を語ればいくらでも出てきます。

日本の夏 5 319

昨年の夏、訪日したさい、十年ぶりになるでしょうか、その辻堂を訪ねました。夕暮れ、娘を連れて「おでんセンター」の前をとおり、134号にかかる歩道橋をこえて海岸を歩きました。時間がとまっていたかのように何も変わらない潮のかおり、夕暮れの江ノ島・・・。あの日の自分がひょこっとどこからか出てきそうで・・・、でも、目の前には波とたわむれている娘だけが・・・。年月(としつき)が流れたということはこういうことなのだと思いました。

計画していたわけでもなく、思いがけなく与えられたひと時なのですが、自分の目に焼きついている大切な光景です。

マック 

 

 

ネヘミヤ記:事を成し遂げる秘訣

日本に住んでいました時、結婚をする時に「御言葉が与えられましたか」とか、初めて遣わされる教会について祈っている時に「御言葉が与えられましたか」と言われました。「御言葉が与えられたか」とは聖書の約束の言葉によって、コーリング(召命)を受けたかという意味で、これがあるかないかということが後々になってジワリジワリと効いてきます。なぜなら、「これでよかったのだろうか」、「続けていくことができるだろうか」ということが私達の長い人生には起きてくるからです。自分が考えて決めたことを揺るがすようなことが必ず起こってくるからです。でも、その時にこのコーリングがあるのなら私達はそのようなところも乗り越えていくことができるのです。主が自分を導かれたのだということを知っているからです。

 

今日礼拝でお話した「日英メッセージ原稿」と「本日のおもちかえり」です。礼拝プログラムはこちらから。今日はネット環境に問題があり、ライブで放映できませんでした。御迷惑をおかけして申しわけございませんでした。

マック

 

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一夜にして危機!

Usb-robot-flash-drive1事件は昨晩、起きました。いつも使っているメモリースティックが突然、使えなくなったのです。色々と修復を試みたのですが、どうやらスティック自体が壊れてしまっているようです(血圧をはかっている場合じゃない!笑)。

この一本のスティックの中にこれまでの全てが入っていました。バックアップをしたのが今年の四月。それ以降のものは全て消えてしまっており、この夏のメッセージのためにコツコツと準備したものも全て消えてしまいまして、これは青ざめるどころのことではありません(昨日に続き、機械にやられています 悔涙)。

あちこちと調べ、今朝、某修理屋に飛び込み、現在、スティックはアリゾナ州の緊急病棟に郵送されています。なるべく早く直って、帰ってきてもらわないと問題はさらに深刻になります(そもそも、直るかも分からないのですが・・・)。今はとにかく、これまでしてきたことをもう一度、やり直しています。これがなんとも辛く・・・。でも、ここから学ばなくちゃいけませんね。次回、ぜったいにこのようなことを起こさないために何をすべきか、あれこれと考えています。神様、このような機会を与えてくださって感謝します。

マック

追伸:「神は超えられない試練を与えない」  BY 仁

 

血圧が上がる時

Blood-Pressure-at-Home一月ほど前に電話料金が数ヶ月間、過剰に支払われていたので、某電話会社にクレームの電話をしました。過去の経験から悪い予感がしていたのですが悪夢は的中、さんざんコンピューター音であおられた挙句、やっとこさ“人間”にたどりつくと「それは私の管轄ではない」とあちこちに回されて、それでもどうにかこうにか一時間ほどかけて問題はやっと解決しました・・・と思っていました。と、ところがです、今日、受け取った請求書を見ると、な、なんと何も修正がされていなかったのです!ジャジャ~ン!

こういう力がぬけるような、体中の血流が逆流してしまいそうなことを私達は時々、経験します(もちろん牧師もです)。あ~あ~、またあの時のことを一からやり直すのか、あちこちに回され、一から説明をし直し、また回されるのか~。目の前が暗くなりました。

そこで、悔しいので再び電話をかける前に一つに実験を試みることにしました。先方の“やり方”が変わっていないことは容易に想像でます。今回もジョージア州やら、もしかしたらインドのカスタマーサービスと、あちこちに私は連れまわされることになるでしょう。その度に自分の体内にはきっと変化が起きてくることでしょう。

それなら、はかってみようじゃありませんか、血圧を!

人はストレスを受けると血圧が上昇するとは聞いているけれど、わが身を実験台にしてみようではありませんかと電話をかける前と、かけた後に実際に血圧をはかりました。予想していたようにお決まりの通過儀礼をフルコースで全て経て、最後のカスタマーサービスと話し、数週間前に到達していたところに再び着地しました。さて、血圧は?

やっぱり20ほど上がっていました!

みなさん、ですから興奮すると血圧があがるというのは本当です。これを教訓に終始、できるだけいかなる状況に置かれても、心を落ち着かせ穏やかに過ごしたいと教えられました。

皆さんの日々の生活にもこの類の茨の道を歩まなければならないことがありますでしょう。そんな時は先と後に血圧をはかり「ああ本当に興奮すると血圧ってあがるんだわ。やっぱり気をつけなくちゃいけないわ」と大切なことに気がつかせてくれたことに感謝しましょう。もしかしたら、このことが私達の命を救うかもしれません。

ということで、とても無理のある文章ではありましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

『陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす』 聖書:箴言17章22節

マック

追伸:それにしても“人間”にたどりつく前に相手をしてくれるコンピューターに、英語で答えなければならず、「I AM SORRY, I MISSED IT,PLEASE SAY AGAIN」とあっけなく言われてしまうのは、そして、その後の間の悪い沈黙というのは、なんともいえない人生の修行ですな。 

 

朝に注目。

A『主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい』(聖書:哀歌3章22節-23節)。

先日、ある建築家のドキュメンタリーを観ていたら、自分でその日に作ったまずまずのミニチュアの建築作品に対して「これは夜、書いたラブレターだから明日、また見直そう」というようなことを言っていた。そして、その言葉のとおり翌日、その建築家は「だめだめ、やっぱりこれじゃだめ」と言っていて、思わず笑ってしまった。

このことは脳科学でも言われていることらしく、一日の終わりの人の脳は、出し入れして散らかり放題のデスクトップ画面のような状態で、その状態で何かをクリエイトしようとしてもなかなかいいものは生まれないようだ。しかし、不思議なことに脳は眠っている間にしっかりとカテゴリー毎にファイリングをしていて、朝起きるとスッーといいアイデアが閃くという(これは偉大なクリエイターが私達の脳にインプットしてくださったことなので謹んでこの機能をおおいに使わせていただきましょ)。

『明日のことを思いわずらうな。明日のことは明日自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である』(聖書:マタイ6章34節)

夜毎の脳内突貫工事、脳内夜間清掃、および脳内リサイクル振り分け作業に期待して、上記の聖書の言葉に安んじて床につき、日毎に主にあって新しい朝を制することができたら人生を幾倍にも生きることができるのではなかろうか、そんなことを思っています。

マック

 

父の日に贈る言葉

今日は父の日です。この日に私達は南ユダ王国に在位した20名の王達の中から、アハズ、ヒゼキヤ、マナセの三人をみてみたいと思います。なぜ彼らを取り上げるかといいますと、彼らはそれぞれ父子関係でありながら、以下のような治世を送ったからです。

アハズ(ヒゼキヤの父):偶像崇拝をすすめ、幼子を生贄とするような王。

ヒゼキヤ(アハズの子でありマナセの父):南ユダ王国の王の中で最も真実に神に仕えた王。

マナセ(アハズの孫でありヒゼキヤの子):偶像崇拝をすすめ、祖父と同じように幼子を生贄とした王。

「親(父)を見れば子が分かる」「子を見れば親(父)が分かる」ということが全くあてはまらない彼らの治世には何があったのか。その核心に迫りたいと思います。そして、それをそのまま父の日に父達に贈る言葉とさせていただきます。

   

↓ ↓今日の「日英両語の礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえり」です↓ ↓。本日の礼拝プログラムはこちらからどうぞ。

マック 

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