箴言:賢くなる前に知るべきこと

 有名な大学に進学する。学校で一番となる。それでもう人生が決まってしまったかのように嬉しそうに話す人がいますが「大丈夫なのかな」と思うことがあります。伴侶との良き関係や思春期の子を育てていくこと、突然、襲われる災難や事故、病気の発症、これらのことに関して自分がどんな学位をもっているとか、どんな役職にあるかはほとんど全く何も役に立ちません。

 

 今日お話しました日英礼拝メッセージ原稿、本日のおもちかえりはこちら ↓ 。今日の礼拝プログラムはこちらから。 

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心が燃える!

今日は東京ホライズン・チャペル平野耕一先生、そして渡部伸夫先生が教会を訪ねてくださり、集会をもちました。平野先生は“信仰の力”について力強く語ってくださり、先生のお言葉とお姿に一同、心が燃えました!

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 明日からの北上に対して、まさしく十二分に天来の力をいただきました!

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 マック

追伸:帰宅すると軒先に巣を作っていた山鳩の母(もしくは父)が留守だったので二羽の雛を撮りました。卵から始まって、なんとも愛らしい姿をこれまで見せてくれたので情がうつりました。もうそろそろ巣立ちでしょう。立ち会えないのが、ちょっと寂しいですね。

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思えば遠くへ行くもんだ

「思えば遠くへきたもんだ」は海援隊の名曲。

 

「思えば遠くへ行くもんだ」が今の心境。今月末にカナダの日系カナディアンのクリスチャン修養会で話すようにとお声をかけていただき、そのために来る日曜日の午後にサンデイェゴからテントと寝袋、炊飯器持参、車で北上します。途中、イエローストーン、グレーシャーでバイソン、グリズリー、ムース・・・他多数に対面し、越境です。

米国大陸最西南の町からの北上ですので往復3000マイル(4800キロ)ほどになるのではなかろうかと思います。なかなかの珍道中になるでしょうが「ボクはパス、行かない、行ってくれば~」と言われるであろう日も秒読みとなっています時に、おそらくこれも一度限りの貴重な「Life Time Experience」となるかと思います。クラクラするような圧倒的な大自然の中で、天の父からインスピレーションをいただきたいです。

ということで今、大詰めです。

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追伸:「思えば遠くへ来たもんだ」、ロッキーの山中で聴かんとね(合わないなー、笑)。

実を結ぶ秘訣

『悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える』(聖書:詩篇一篇)。

神様は私達に自由な意思をお与えになりました。この自由なくして私達は神は愛なるお方であるとは言えません。なぜなら愛とは束縛ではないからです。この自由は文字通り私達が何をするかということが私達にかかっているということで、同時に私達は各自、この自由に対する責任を引き受けることになりました。自由意志のもと、私達は自分の歩む道を自由に選ぶことができるのです。この詩篇一篇は私達がその自由をどのように行使したらいいかということをとてもシンプルな言葉で書き記しています。

その秘訣は最初から悪者と同じ土俵に立たないことであり、そもそも、そのところに身を置いているということ自体が敗北なのだということをこの詩篇は言っています。私達は悪しき者がたてる企てとその道に歩き、やがてそのところで立ち止まり、終にはそこに腰を落ち着けてしまうからです・・・。

 

今日、礼拝でお話しました「日英メッセージ原稿」、「本日のおもちかえり」です。↓ 本日の礼拝プログラムはこちらから。

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ハチマキ

ハチマキをしている人を見なくなった。

小学六年生の時、

「お宅の息子の成績は問題です」と言われた母親が

「成績を挽回しないとラブを手放します」と言い出した。

ラブとは僕の大事な妹のようなダックスフンド。

この人生最大の危機に対して

その晩、はじめて僕はハチマキをまいて机に向かった。

成績はたいして上がらなかったと思う。

でも、その時、何か「ここぞ」という時はこれでいこうと思った。

なのに長い間、僕自身ハチマキをしていないということに気がついた。

久しぶりにハチマキをまいてみよう。

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DELETE!

Deleteあの出来事があり、昨日、担当医師と話したところ(実際にこの緊急病棟の名前はDeta Doctorsといいまして・・・)、あらゆることを試みてくれたようですが、やはりメモリー君は修復が不可能だということが告げられました。

覚悟していましたが、いよいよその最期が宣告されて、寂しさが一瞬心をおおったのですが、同時に「成功報酬」であったゆえにちょっとホッとしているという・・・、なんとも悲しい自分の一面を発見しました(笑)。

この度のことで教えられたことは、かつて自分の手で打ち続けた原稿や文章というものを「もう一度、思い出して書いてみなさい」と言われてもほぼ全く思い出せないということでした。スティックが壊れた直後にひかえていた修養会のための原稿もほぼ完成していたのですが、再度同じものをと試みても思い浮かばず、全く新しく作り直しましたし、その他諸々も今、再度、新しいものを作成中です。まさしく「DELETE」されるということはこういうことなんだなと、こんな聖書の言葉を思いめぐらしています。

『わたしこそ、わたし自身のためにあなたの咎(罪)を消す者である。わたしはあなたの罪を心にとめない』(イザヤ43章25節) 

かつて、この「消す」をコンピューターの「DELETE」に置き換えて語っていたのメッセージは、まさしく一度、キリストの十字架によって消された罪は再び神によって思い起こされることはないというメッセージでした。

PRAISE THE LORD! 

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