テモテ第一の手紙:本当の自分を知る時に 

牧師になりまして18年になります。あっという間でした。牧師は人間と向き合うことが課せられます。ですから人間についてこの年月に学んだことは多いのです。自分の浅はかな人間理解から多くの失敗もしました。「あの時は、ああしておけばよかった、こうすればよかった」ということがたくさんあります。その中で一つのことを学びました。それは私達は互いについて、そう簡単には知りえないということです。特に夫婦のこと、家庭のことはその本人達とその身内以外の者はほぼ何も知らないということです。たとえ夫婦円満、家庭円満のように見えたとしても、必ずしもその通りとは限らないということです。そこには人には見えない課題があり、皆がそれぞれ、その課題を背負っているということです。そして、その様々な課題の背後には他者には知りえない、そこに至るまでの様々な経緯があるということです。その経緯は樹木の根っこのようなもので、今、見えている枝や幹だけで全てをジャッジすることは到底、できないということです。

 私達は私達の住む地域社会や会社の中では自らを隠すことができます。朝、出勤し、夕になって時間が来れば帰宅すればいいのですから。たとえ職場で嫌な思いをしても、ぐっとこらえて帰宅時間を待ちます。しかし、帰宅してからはそのような気持ちを抑えることはなくなります。そこにいる者達は八時間を共有して給料をもらっている人達ではなく、健やかな時も病める時も共に暮らしている人達です。互いに全てを見せ合う人達です。一国を代表するリーダが隣国との貿易交渉を成功に導いたとしても、選挙において多くの有権者の支持を得たとしても、その人が家庭に戻った時に、同じように家庭をまとめ、家族から尊敬されて、支持を受けているとは限りません。



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拝啓:太陽殿

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拝啓 太陽殿

聞くところによりますとあなたの半径は約70万キロ、地球の110倍あるそうで。質量は地球の約33万倍、私どもの地球からお宅のところまでの距離は約1億5000万キロとのこと(ちなみに東京―ロスの距離は約9000キロです)。

おかげさまで南カリフォルニアも夏となり、こちらのローカルニュースは今週末、記録的な暑さとなると伝えています。よくもまぁ、そんな遠くからこんなに強烈な熱を届けてくださいますな。

しかしなんですな、こうやって見ますとあなたは私達が子供の頃、遊んだ線香花火の最後のオレンジの玉のような様をしていますな。線香花火の玉は燃え尽きて地面に落ちてしまうのに、あなたはそんなにカッカッと燃えていながら、燃え尽きないのはなぜですか?

あれあれ、そうこうするうちに正午を過ぎました。そろそろどこか涼しいところに逃げないと、暑くて思考が止まります。太陽殿、お手柔らかに頼みますよ~。

良き週末を!

マック

追伸:だからといって、あなたが熱を放出しなくなれば、私達の地球はあっという間に凍りついてしまうそうな。あらためて自分はちっぽけだなと思います。「俺は生きているんだ!」なんてそう軽々しく言えませんな。

 

ハーフタイム

Soccer私達の教会では毎週水曜日、木曜日に祈祷会をもっており、それぞれ祈りと賛美、そして聖書の御言葉に聴くひと時となっています。この祈祷会が週の真ん中に置かれているということに私は最近、とても大切な意味を見出しています。

それはこの祈祷会は私達の一週間の「ハーフタイム」だということです。サッカーなら45分の前半が終わると選手たちはロッカーに戻ります。そして、そこで前半を振り返り、水分や栄養を補給し、後半45分をどのように闘うか、話し合います。今もブラジルでもたれているサッカーのコンフェデレーション・カップでも、前半と後半では全く選手の動きが変わり、それが勝利に直結したゲームがいくつかありました。ハーフタイムは単なる休憩時間ではないのです。

私はいつも日曜礼拝の最後の祝祷をもって、主にある兄弟姉妹を祝福し、それぞれの生活の現場に(私はその場所は常に霊的な戦場だと思っています)送り出す派遣式のような気持ちでとりおこなわさせていただいています。しかし私達は人間、週の半ばになれば集中力を失い、週末に向けて霊肉共に疲労困憊、しなくていいミスをしてしまいます。

ですから「教会のハーフタイム」に多くの人達に来ていただきたいのです。このところでよくよく週の前半を思いめぐらし、祈りと聖書の言葉によって、週の後半を闘いぬき、祈りをもって、天来の知恵と力をいただいてほしいのです。教会のロッカールームはいつも開いています。

マック

テサロニケ第二の手紙:終末の経緯について

今だもって聖書は世界のベストセラーです。たとえ信仰がない人であっても、この聖書を座右の銘として引用する人達は多くいます。しかし、それも知識や理性で理解しうる範囲までで、人の知識とか理性を超えた内容になりますと「ああ、それはいいです」ということになってしまうのです。しかし、そもそも聖書は神について書き記しているのですから、その内容が人の知識や理性をもって理解しえないものであっても、それは当然なのです。私達のこの小さな頭脳の中に収まるようなものであるのなら、聖書が伝えるメッセージは人の理性以下のものであるということでありましょう。 

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マック

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発熱の日の思い出

水銀体温計今日は午前中にミーティングがあったのですが、次男坊が昨日から腹痛と発熱で二人で家にいます。妻は教会で母子の会、長男長女は日本語学校です。

幼い頃、学校をやすみたくて体温計をこたつの中に入れて温度をあげていたことを思い出します。割りばしの先にルゴールを浸した綿をつけ、喉に塗り、吐きそうになったことを思い出します。振りすぎた体温計を割ってしまい、散らばった水銀を回収するのに苦労したことを思い出します。小さな田舎町でお医者さんが黒いかばんを持ってきてくれて、おしりに注射を打たれたのを思い出します。卵がはいったおかゆを母が作ってくれたことを思い出します。扁桃腺になりネギをてぬぐいで包み、喉に巻いていたのを思い出します。40℃を超えるといつも言葉では説明できない夢を見ていたのを思い出します。枕元に水のはいった桶があり、母がその水で何度もタオルをしぼって額にのせてくれた、その絞られている水の音を今でも覚えています。病気の時だけは無条件でアイスを買ってもらったことを思い出します。母がその時はやけに優しかったのを思い出します。発熱して学校をやすんだだけでこれだけ思い出すことがあります。

ですから、次男坊との今日一日を大切にしたいと思います。

マック

追伸:最近は水銀体温計を見かけなくなりました。デジタルでピピっていうのもいいけれど、赤字で記された37を超えているか否か、緊張感があって好きでした(「超えててくれ~、学校やすませてくれ~」という緊張感です 笑)。

 

光に包まれて 2

五月にお迎えした濱和弘先生の時同様、「光に包まれて」のパート2です。この度は東海岸から錦織学先生がサンデイェゴを訪ねてくださいました。先生は聖書学院時代の先輩で現在、ニュージャージー日本語キリスト教会の牧師をしておられます。

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先生は昨日の礼拝・男子会に出席してくださり、その後、海を散策、晩にはジムに行き、今朝は山登りをさせていただき、その間、色々なことをお話させていただき、多くのことを教えていただきました。いつも教会や主にある兄弟姉妹のことを思っていらっしゃることがその言葉の中に伝わってきました。場所は東と西と異なりますが、主が先生をこれからも豊かにお用いくださいますようにとお祈りしています。

マック

追伸:錦織先生のブログを読ませていただき、サンディエゴを訪問してくださるパスターには「The Hamaguri」を体験していただけなければならないという使命を最近、強く感じております(笑)。

 

テサロニケ第一の手紙:死んだらどうなりますか?

皆さんの中に「死」について考えている方いませんか。そのことを考えると不安になり、恐ろしくなるという方いませんか。もしかしたら「死」に対して遺産や葬儀、埋葬の備えを既に十分にしている方もいるかもしれません。では、いかがでしょうか。聖書がいうところの死後の自分についての備えはいかがですか。他の諸々の準備よりも、この準備こそが肝心要なものではないでしょうか。

いつも申し上げますように、今日、お話しました死後の世界が本当にあるのか、ないのかという確立は二分の一です。50%です。もし、私達が地上で最後の息をし、その後、目覚めた時、私達があの金持ちのいた場所にいるのか、ラザロの場所にいるのか、このことはよくよく考えてみる価値のあることではないかと思いますが、いかがでしょうか。

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マック

 

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