牧師サミット

1393535264736主要国首脳会議ならぬ、私達が属する教団の「日語牧師サミット」が火曜日からあり、今日終了しました。あっという間の三日間でしたが、講師の中野雄一郎先生が公私に関わることをトピックとしてお話しくださり、互いに色々なことをシェアーしました。中野先生をはじめ、諸先生方、ありがとうございました。

年上の先生方の寛容さゆえでしょう、いつも何も気を遣わずに互いに言いたいことを言い、さりとて後に引きずることもない、笑いの絶えないすばらしいチームです。

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誘惑を乗り越える

フリーウエイに幾つも車線が引かれていますように、私達の人生の旅路にも線が引かれていると聖書は言います。その線の中を生きるなら私達は安全ですが、その線を超えていく時に私達は問題を抱えます。誘惑というのは「その線を超えてこちらに来なさいよ」という囁きです。言うまでもなく、その線が最初からないのなら、私達は簡単に道を外れていくことでしょう。今日、自由の名のもとに、こんな線なんていりませんよという方向に私達は向かっています。

download (1)38653d06-1410-4548-ba0a-3f4cdefea8e7_384x216たとえ私達の道に線が引かれていたとしても、時にそれは自分が引いた線です。私達がこの線を引く時には「自己中心」というブラシを用いますので、その線は「これで大丈夫か」というようなものとなります。昨日引かれていたものが今日は消されてしまっていたり、別の線がそこに加えられたりと、それはいつも様変わりするのです。昨日は悪い事とされていたことが、今日は正しいとされたりするのです。また何せ「自己中心」というブラシですから、その車線も強引です。人のことはお構いなしに引かれる線もあります。

bible1-487x620私達に必要な「一線」は古の昔から多くの人達を守ってきたという実績が伴うものであるべきです。それは、今もくすむことなく、はっきりと私達に見えるものでなければなりません。昨日も今日も変わらないものでなければなりません。しかし、それにしてもどこにそんな車線があるのでしょうか。それはこの「聖書」の中にあるのです。今日、お話しました詩篇1篇にしても、箴言やヤコブ書の言葉にしろ、それは全て聖書の中に書かれているものです。その言葉の内に留まるということは、私達の人生の旅路に引かれている車線の内にとどまるということです。

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本日、礼拝でお話した「日英両語のメッセージ原稿」、および「本日のおもちかえり」です。↓

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天国

clouds今月に入り、教会のメンバーであるお二人の方が天に召されました。そのお一人であるWさんの葬儀は二週間前に、そして、もう一人のSさんの葬儀は今日、執り行われました。Wさんも、Sさんも私達に多くの思い出を残して、父なる神のもとにおかえりになりました。

言うまでもなく私はキリスト信者です。そのキリストが天国について語っておりますから、私は天国を信じています。ですから葬儀では必ず天国の希望を語ります。それは私が願っている希望ではなくて聖書が約束している希望です。

『あなたがたは心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。2わたしの父の家にはすまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである』 (聖書:ヨハネ14章1節-3節)。

『ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。死のとげは罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである』(聖書:コリント第一手の手紙15章51節-58節)

Wさん、Yさん、ありがとうございました。どちらの葬儀でも感じたことは、お二人が多くの方達に愛されていたということです。どうか安らかに、御国でお会いできますことを楽しみにしています。

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トータルケアー

197532_417785651607999_1570821128_nこの羊は牧者から逃げ隠れ、六年余りさまよい、見出された羊です。その間、彼(彼女?)の毛を刈る人はおらず、その毛は伸び放題で歩くことにも不自由していたそうです。

当然、早く走ることもできませんでしょうし、転んだら自分で起き上がることも大変だったことでしょう。野生ということを考えれば、それは致命的なことです。その身体は虫たちの天国だったことでしょうし、夏の暑さにもよく耐えたものです。

普通、羊の毛は4.5キロほどで最大でも7キロほどだそうですが、この羊は27キロもの毛を身に負いながら生きてきました。発見されてすぐにその毛は刈り取られたそうですが、かかった時間はわずか28分でした・・・。この羊の不快さと命の危険は、その牧者に立ち返ることによって、いとも簡単に取り除けうるものだったのです。

「身軽に生きる」ということは、なにも「物を減らす」ということだけではなくて、私達の牧者なるお方のもとに立ち返り、心身ともにトータルケア-していただくことに他なりません。どうしたらいい?ただ、立ち返ればいいんです。いつ立ち返る?今でしょ!

『主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう』(聖書:詩篇23篇)。

『すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう』(聖書:マタイ11章28節)。

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懐かしい男達

1743583_10202728651969206_1312441579_n今から25年も昔に一緒にサッカーをしていたチームメイトの同窓会が最近、テネシーの母校であり、彼らはインドアサッカーを楽しんだようです。

あの頃はいつも週末にはゲームのために遠征バスに乗っていました。バスに乗ると通路に体を伸ばして横になれるスペースを取り合い、そこでEnglish Literatureのクラスで週明けまでに読了しなければならない分厚い本をひたすら読んでいました(涙) 。途中、立ち寄るレストランがバフェだと、これが大変。店に利益は全くなかったということは確実で、私達の存在は脅威以外のなにものでもなかったと思います。皿が自分達の目の高さに達していましたから(笑)。

写真の中の面々には昔の面影があり、皆、すっかりおじさんです。いつかは私もこの写真の中に加わって汗を流したいです。

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あなたの心を守りなさい

蛇を好む人はあまりいません。多くの人は蛇を怖がります。なぜ人は蛇を怖がるのでしょうか。人間が蛇を恐れるのは先天的、すなわち生まれる前から私達がもっているものなのでしょうか。それとも生後の経験による学習なのでしょうか。このようなことを考える人は私以外に世の中にもおりまして『なぜ、人間は蛇が嫌いか』(正高信男著 光文社)という本を書かれた方がいます。その本にはこのテーマについて猿を使ってなされた実験が記されています。それによりますと実験室で生まれてから、蛇に遭遇したことが全くない猿は蛇を見ても怖がらず、実験室の外で生まれ、蛇を恐れている猿を一目でも見た猿は必ず蛇への恐れをもつということが分かりました。すなわち蛇を見たことのない猿は、仲間が蛇を恐れているのを見て、蛇は怖いという概念を獲得したのです。

このような学習は猿のみならず、私達も常にしていることです。私達は見聞きすることにより学習し、それによって私達は影響を受け、造られていきます。私達の内に入ってくるものにより、私達は色々なことを考え、決断します。これらのものにより、私達、各々が歩む人生の筋道ができあがっていきます。またその入ってきたものが私達の人格をも作り上げていきます。

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本日、礼拝でお話した「日英礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえり」はこちら↓から。

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New Church Website

san-diego-with-palm-trees10年前までは礼拝時間の問い合わせは電話でした。しかし、ここ数年、電話での問い合わせをいただくことは全くなくなりました。でも多くの方達が毎月、教会を見つけて日曜礼拝に来てくださいます。

そうです、皆さん、教会のウエブサイトを見て、教会に来てくださるのです。時代は変わりました。そのような意味でウエブサイトは教会の顔と言ってもいいでしょう。

ということで私達の教会の新しいウエブサイトができあがりました。Bが動画やら、ピクチャーもふんだんに入れて作成してくれました。ありがとう、B!

Welcome to San Diego, California!

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