ここに愛がある

さだまさしという人が「恋愛症候群」という歌の中で歌っています。

恋は必ず消えてゆくと誰もが言うけれど
ふた通りの消え方があると思う

ひとつは心が枯れてゆくこと そしてもうひとつは
愛というものに形を変えること

 さださんは言います。恋には二通りの消え方がある。一つは心が枯れてゆくこと、そしてもう一つは恋が愛というものに形を変えていくこと。それでは恋とは何か。愛とは何か。さださんは歌います。

相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋
与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛

恋というのは相手に求め、時に相手から奪おうとするもの、そして愛というのは相手に与えるもの、いいえ、与え続けていくものだと、さださんは言いました。

「わたしはあなたを愛している」という人がいたとしましたら、私達はどうしたらそのことを証明できるのでしょうか。そうです、「私はあなたを愛している」ということは、「あなたは私のために何をしてくれるの」ということではなく、「私はあなたのために何ができるのだろうか」と自ら問いかけるものであり、それはすなわち「私はあなたに何を与えることができるのか」ということになりましょう・・・。

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今日、礼拝でお話しました「日英両語の礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえりです」。よかったらどうぞ!

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IMG_20140829_094906_966サンディエゴはスポーツ・フィッシングの盛んなところで、ここからメキシコ沖やら、あちこちに数泊かけて釣りに出かける人が多くいます。そして、その時期になりますといつも私達のもとにも鮪が回ってきます。

今日もちょうど同じ時にお二人の方から鮪を届けますとの連絡。今日はまさしくそのままの姿IMG_20140829_184830_204でやってきましたので、すぐに教会でさばかせていただきました。このような時には、あの人にも、この人にもといくつもの顔が脳裏にうかぶのですが、色々な制約があり、なかなかお届けすることができず、近所の方々や、たまたま教会に来た方達におすそ分けしています。

もちろん、いただきましたものは刺身としていただきます。鉄火丼、ネギトロ丼・・・、なんとありがたい海の幸でしょうか!

追伸:写真のものはまだ小ぶりで、時々、「90パウンド(約40キロ)のものを釣りました、釣り上げるのに一時間もかかりました」なんていう、もう魚人格闘技の世界で戦っている太公望もいます(笑)。ちなみにこの度はこんなのが39匹、釣れたとのこと。それが市内に出回っているわけですから、サンデイェゴのお寿司屋さん、大丈夫・・・(笑)。

 

命の糧

『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである』(聖書、マタイによる福音書4章4節)

個人に聖書が行き届かない中国のとある村に聖書が届けられた瞬間・・・・

『主なる神は言われる、見よ、わたしが飢饉をこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことの飢饉である』(聖書:アモス8章11節)

 

世界中の同労者の皆さん、確信と共に明日、講壇に立ちましょう!
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願い

沖へいでよ
父なる神の恵みは 限りなき海ぞ
ともづなを解きて沖へ 漕ぎ出でて見よや
沖へ出でよ 岸を離れ
主の恵みのただ中へ いざ漕ぎ出でよ

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うしろを見てごらん。広い、大きな海、主の恵みのただ中へ、いざ漕ぎいでよう!

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乗りいだせ沖を指して 恵みの潮(うしお)の
瀬に流されてすべてを 主に任すまでは
沖へ出でよ 岸を離れ
主の恵みのただ中へ いざ漕ぎ出でよ

新聖歌345より

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新しく生まれる

N人目を避けて夜にならないとイエス様に近寄れない事情を抱えている人がいるかもしれません。暗い夜のように心が闇に包まれてしまっていて、そんなこころの状態でイエス様のところにくる方もいるかもしれません。イエス様はたとえ私達がどんな状況にいようとも、たずね求める者には必ず応えてくださるお方です。『求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。』(マタイ7章7節-9節)。

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今日、礼拝でお話しました「日英両語の礼拝メッセージ原稿」および「本日のおもちかえりです」。今日はうまく映像が撮れませんでした。申し訳ございません。

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上から見ると・・・

『あなたがたは知らなかったか。あなたがたは聞かなかったか。初めから、あなたがたに伝えられなかったか。地の基をおいた時から、あなたがたは悟らなかったか。主は地球のはるか上に座して、地に住む者をいなごのように見られる』(イザヤ40章21節、22節)。

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皆さんが飛行機でサンデイェゴ空港に着陸する時、もし前に向かって左側の窓側の席に座っていらっしゃるのなら、やがて窓から私達の教会が見えます(分かりづらいですが、上記の写真の中央、白い建物の向こう側にあるのが私達の教会です。この写真を撮った日は土曜日の夕方でしたので、ユースを送迎する方達の姿が飛行機から見えました)。

高いところから自分が住んでいる町や家を見ると、私達は自分の小ささががよく分かります。その小さな世界で日々、私達は切磋琢磨しており、時にその場で四方八方、行き詰まりを感じながら暮らしています。しかし、その自分を違う角度から眺めるのなら、私達の周りには逃れの道が残されていることに気がつかされます。

わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い』(イザヤ55章8節、9節)

 自分の視点だけではなく、そこに神様の視点を加えて世界をながめましょう!

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