朽ちる食物のためにではなく

Buffet_sushi_815x300その昔、まだ20歳の時、テネシー州の田舎町に住んでおりました時に一度、北米大陸を二週間ほどかけて車で横断してロサンゼルスに来たことがありました。その時にはじめてサンタモニカの「灯台レストラン」に行きました。そうです、お馴染みのバフェ・レストランです。それまで毎日、カフェテリアでグレイビー、ビスケット、ハム、ベーコン、マッシュポテト・・・グレイビー、ビスケット、ハム・・・を毎日、食べていた二十歳の若者の前に、ずらりと並んだ寿司、それを好きなだけ食べていいよと言われた時の衝撃を想像してみてください。私はまさしくあと一つ、寿司を食べたら死んでしまうのではないかと言うほどに食べて、食べて、食べぬいたのです。まさしくその時、喉元にまで寿司が詰まっていたのか、体に酸素が行き届いていないかのように、店を出た時には酸欠でくらくらしていました。それほどまでに私は食べたのです・・・。

しかし、悲しいかな、翌朝、私はお腹が空いたのです・・・・。

Broadcast live streaming video on Ustream

Broadcast live streaming video on Ustream

Broadcast live streaming video on Ustream

マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英両語礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

続きを読む

BIG HERO 6

MV5BMjI4MTIzODU2NV5BMl5BanBnXkFtZTgwMjE0NDAwMjE@._V1_SY317_CR0,0,214,317_AL_月曜日から子供達が一週間のサンクスギビングのおやすみに入りました。そこで昨日はいただいた映画券で「BIG HERO 6」を観てきました。これから観る方もいると思うので詳細は省きますが、登場人物が日本人であったり、舞台が東京とサンフランシスコがミックスしたような街となっており親近感を感じました。また損得なしで仕えるロボット、Baymaxの無償の犠牲と復活が描かれており、そう考えますとやはりあのお方が思い起こされました。

マック

追伸:誰よりも楽しんでいたのが妻でした。Baymaxの微妙な動きが笑いのツボにはまったようです(このよな笑いは国籍を超えますね)。四十路のおじさんは、Baymaxの懐に体をうずめてゆっくりと眠りたいと思いました(笑)。

全てのことに感謝する

英語で「考える」とは「THINK」です。この英語、何かに似ていませんか。そうです、 「THANK」です。言語学的に“THANK”という言葉は “THINK”という言葉と同じ語源だといいます。このことは「感謝」とは「考え」ない限り、生まれてくるものではないということを意味しています

偉大な牧師でありましたポーロ・リース牧師(Dr. Paul Rees)の実話の中にある精神的な病気を抱えている患者を病院に送り届ける仕事をしている男の話しがあります。ある時、いつものように一人の患者を病院に送り届け、駐車場に戻ろうとすると、「ヘイ・ユー」という声が聞こえる。誰のことかと後ろを振り返ると数分前に送り届けた男が病室の窓から顔を出している。「俺を呼んだのか?」「そうだよ」。「なんだよ?」「一つだけ聞きたいんだ。お前はこれまで健康な心を持っているということについて神に感謝をしたことがあるかい」。その時、彼は完全に打ちのめされてしまいました。彼は毎日、この病院に15年間もの間、多くの患者を送り届けている。しかし、俺は一度も自分の心と精神が支えられているということを感謝したことがない。すなわち、考えたことがなかったのです。

Broadcast live streaming video on Ustream
「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英両語礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

マック

続きを読む

主の御手が動く時

five-loaves-two-fishes2聖書を読んでいくのなら私達は神様が私達の目には全く価値がないと思われるようなものから大いなることをなされたお方であるということに気がつきます。何よりも私達、人間を神は塵から造られたと創世記は記しています。そうです、私達がいつも踏み歩いているこの大地の土から私達は造られたのです。サムソンは捨ててあるようなロバの顎骨で数千の敵を打ち負かし、一本の杖によってモーセは数百万ものイスラエルの民を導き、子供が遊ぶようなパチンコ(石投げ)とどこにでも転がっている石ころでダビデは巨人ゴリアテを倒し、まだ未成年のような社会的には全く無力なマリアからイエス・キリストは生まれ、全くの無名、無学、もっと言いますのなら欠点ばかりが目につく荒削りの12弟子にイエス・キリストの宣教は託され、そのキリストはその生涯、最初で最後の晴れ舞台であったエルサレム入場を子ロバに乗ってなされ、どこで切り出されたかも分からない荒削りの二本の木が今日も私達の世界の唯一の希望のシンボルとなっているのです。そして、言うまでもないこれら私達の目には箸にも棒にもひっかからないようなものによって、神の栄光はあますところなく輝いているのです。

Broadcast live streaming video on Ustream
マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英両語礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

続きを読む

ハーグ条約説明会

japan-racist-pamphlet-leaflet-hague-convention-child-abduction-2今日は今年四月から日本で発効されましたハーグ条約(国際的な子の奪取の民事面に関する条約)について外務省のアドバイザーをつとめた弁護士の説明会に行ってきました。またドメスティックバイオレンス、離婚調停、高齢者や子供のケアーサポート等、ロサンゼルス、サンディエゴの日系コミュニティー・サポート団体のはたらきの紹介もうかがうことができました。

アメリカにある日本人教会には色々な相談がきます。その中には教会だけで解決できないものもあり、色々な専門機関の助けが必要となるのですが、今日はそんな時に必要なリソースをたくさん得ることができ、収穫の多い一日となりました。

来る23日の日曜日には当地で様々なエスニック・グループをサポートをしているUPAC (Union of Pan Asian Communities) の日本人スタッフが教会に来てくださって、主に高齢者のサポートについてのお話をうかがいます。よかったら、どなたもどうぞ。

San Diego Japanese Christian Church
マック

 

 

消灯

turn_off_lights_curizよくアメリカの映画やドラマでパパやママが幼い子供にベットタイム・ストーリーを話して、おでこにキスして、電気を消して部屋を出て行くシーンがあります。子供はその後、何も心配せずに一人、すやすや眠るのです。

『だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である』(聖書:マタイ6章34節)。

子供に対して父母が語りかけるように、イエス・キリストは毎夜、私達にこう語り、五感のスイッチを一つ一つ消してくれます。そんなことをイメージして、心とからだから力をぬいて、今宵もゆっくりやすみましょう。

明日は明日の聖霊の風が吹く・・・。

マック

預言されていたキリスト(3)

Jesus_on_crossイエス・キリストは十字架にかけられ、そこで七つの言葉を言われました。その一つに「わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか」(マルコ15章34節)という言葉があります。。聖書中、それまでのイエス様はいつも神を「アバ、父」と親しく呼んでいました。しかし、この十字架上においては、その「父」を「神」と呼んだのです。なぜだかお分かりになりますか。どうか覚えてください、そうです、それはキリストが神の子として、その十字架にかかったのではなくて、ご自身、神であられるにも関わらず、審判される側に立ち、自身が罪人として神の裁きを受けなければならなかったからです。そう、それゆえに親しく父と呼んでいた神をイエス様はもはや「父」とは呼べないところに自らを置いたのです。主にある皆さん、十字架のほんとうの苦しみは神を父と呼んでいたイエス様がその神を父と呼ぶことができない苦しみなのです。父なる神と一つであったイエス様が、もはや父とは呼ぶことができない、私達の罪の身代わりになることにより神に裁かれ、捨てられたこと、それがイエス・キリストの十字架のほんとうの苦しみなのです・・・。

Broadcast live streaming video on Ustream

マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

続きを読む

預言されていたキリスト(2)

dead-sea-scroll-photo私達人間は将来のことに対してとても関心があります。ゆえにノストラダムスの大予言やマヤ文明の予言というようなものが時々、世の中の関心を得ます。いったいこれまでどれだけこのような預言があったのか分かりませんが、一つ、確かなのはこれらの予言はことごとく成就しなかったということです。私達は三日後の天気ならある程度、予測できますが、1000年前にそれを言い当てることは不可能なのです。皆さんの友人に、その誕生から死までその生涯が800年前に預言されていたという人に出会ったことがありますか。いらっしゃならいでしょう。そうです、そのような能力はそもそも人間には組み込まれていないのです。

しかしながらこれからお話します預言者達は例外なのです。すなわち彼らはイエス・キリストがどこで生まれ、どんな人生を歩み、そしてどんな死に方をするかということが、イエス様が生まれるはるか前から預言しているからです。まさしく、それは神の介入なければありえないことでした・・・。

マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英両語拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

続きを読む