栃木県矢板市

自分がつくられた場所がある。実に35年ぶりにその場所、栃木県矢板に、宇都宮在住のたしんに連れていってもらった。久しぶりに故郷を訪ねる者が常に感じるように、かつての私の世界はなんと狭く、小さいものだったのか、そのことに否応なく、すぐに気がつかされた。

IMG_20150625_151531653_HDRかつて母が牧会していた教会は取り壊されてなくなっていたが、いくつかの面影をすぐに見つけることができた。栃木といえば大谷石の産地、教会の前の家の塀もこの大谷石で造られており、小学生だった私は「巨人の星」の主題歌、「思いこんだ~ら~、試練のみ~ちぃ~を~」と歌いながら、この塀にボールを投げ続け、その度に住人のおじさんに追いかけられた。雀が電線に並ぶように、この家の塀に友達と登り遊び、これまたおじさんに怒鳴られた・・・(昔は近所にこのような怖いおじさんがいたものだ)。

IMG_20150625_152042626_HDR教会から歩いて30秒のところにある川こそ、私が育まれた最たる現場となる。この川には(大げさではなく)毎日のように入り、ウグイ、オイカワ、クチボソ、ナマズ、フナ、コイを追いかけた。真冬になると川面には氷がはるのだが、ゆえに魚の動きもにぶくなると聞き、川面の氷を足でぶち破り、ブルブルと震えながら魚を獲った(極寒の中、この光景を人はどう見たのだろう)。辺りが闇で包まれるまで、ここで遊びほうけ、頭のてっぺんからつま先までビショビショのまま家に帰り、風呂に入って、夕飯を食べて・・・、(すべきことはあるのだが)、心満たされて、気持ちよく眠った。この日々の繰り返しこそが私の小学生時代であり、それ以上でもそれ以下でもない。

IMG_20150625_151749231_HDRある時、この川にかかる橋の柱にキセキレイが巣を作り、卵を産んだ(写真では花が咲いている場所がまさしくそのスポット)。毎日、学校から帰るとその卵を見に行くわけだが、終いには自分の理性を抑えることができずに、卵を家に持ち帰り、自分の懐で温めた(言うまでもなくこの卵から雛が孵ることはなかった。断っておくが子供とは本来、無邪気で残酷な生き者である。この事実を大人がごまかし、こぎれいにまとめようとすると、かえって後で反動がくると私は思う)。

まさしく、こここそ私という人間の原型がつくられた場所であり、私の原点である。あの日々、私が川の中で、草薮の中に見い出したものに勝るものは、以後、そんなに多くはない。このような場所を備えてくださった父なる神に心から感謝したい。つづく・・・。

マック

IMG_20150625_125050209追伸:この川は鮎を食べた場所のものだが、私の近所の川もかつてはこうだった。人は川岸をせっせとコンクリートで固めてしまう。この草薮の中にこそ宝は隠されているのに・・・。日本の皆さん、日本は美しい国です。ぜひ、このような本来の川の姿を守ってくださいね。

至福

IMG_20150625_125110147 IMG_20150625_131350104「なんだい、今、日本にいんの?」というコメントから、その一日はとんとん拍子に決まり、我々はフィラデルフィアから帰国したばかりの盟友、たしんと栃木の鬼怒川の支流に向かった。この場所にはNCM2一行やシカゴのSさんも来ており、やっと我々も念願の場所にやってきたのだ。

雨が降らず危機的な水不足が続く土地に住むカリフォルニアンにとって、日本の緑はまぶしく、とめどもなく流れる川のせせらぎを聞きながら、その場で獲れた数分前までは泳いでいた鮎をいただくということはまさしく至福の時。鮎の刺身、鮎の串刺し、うなぎの串刺し、鮎肝、うなぎの背骨・・・を我々は堪能した。IMG_20150625_125948238

遠くでは鮎の友釣りをしている人達もあり、鮎と言えば西瓜の匂いがするので、手にとって嗅いでみると、あまり西瓜の匂いがしない。彼らは川の中で石についた藻を食べて生きており、イケスにしばらく入れられていたゆえに、その匂いもなくなってしまったのだろう。IMG_20150625_133040569

私達のために食事を備えてくださった若旦那には秋にお子さんが生まれるということで、その幸を祈った。できることなら、このような所にひと夏、弟子入りさせていただきたい。一日中、川に入って、食材を獲ってきますよ。

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たしん、時間をとってこんなパラダイスに連れていってくれてありがとう。まさしく完璧なひと時でした。つづく・・・。

マック

追伸:ここだけの話ですが、塩漬けの鮎胆にいたっては、血圧監視下にある者として、「このことは母さんには内緒にしておくように」と息子に伝え、完食しました。

 

日本に浸かる

IMG_20150621_193352078_HDR息子はいつか家を出て行くだろう。その日は決して遠くはないということを感じながら、その前にどうしてもしておきたいことがあった。そう、息子との二人旅だ。このことを決行するために我々は6月18日にサンディエゴを発ち、東京に向かった。

機内では競うように映画を観た。不夜城の新宿、池袋では向こう五年分の日本人の間を行き交った。魔境、ドンキーホーテの小道を歩き、黒服の兄さん達の間をくぐり抜けた。場末の風呂場ではチャイニーズのおじさん達とサウナで汗を流し、水風呂に浸かり意識が遠のくことを体験した。とんこつラーメン屋では言うまでもなく数度の替え玉をし、バリカタ、カタ、ヤワという今後、彼の人生に必要となるボキャブラリーが加わった。こんな俗世界のただ中にも、あのお方はいるのだということを、いつも心に感じていてほしい。

この旅の第一の目的は川越の施設にいるわたしの母、息子にとっての祖母を訪問することであり、我々は何度も母のもとを訪ねた。息子は彼女の口にスプーンで食事を運んだ。日曜日には息子が聖書朗読、わたしがメッセージを語り、賛美を歌い、三人で礼拝を捧げた。「成長」というものを見ることが難しい環境で、孫の成長を母はどのように受け止めてくれたのだろうか。

我々には米国内に血縁の身内はいない(私の姉はいるが)。私達の訪日に合わせ、都内のレストランに親戚が集まってくれた。また以後、彼は一人で神奈川と大分の親戚・家族を訪ねる。これらの経験を通して、自分は地球の中の孤独な一点ではないということを自覚してくれることを祈る。

かねてから行きたいと願っていたネットカフェで彼はむさぼるように漫画を読んだ。わたしはと言えば、リクライニングチェアーの上でいびきをかいてガーガーと眠っていたようで、さぞかし周りの客には迷惑だったろう・・・。こんな感じで朝から晩まで我々は日本に浸かり、毎夜、それこそ0.1秒ぐらいで眠りにおちた。つづく・・・。

マック

 

 

 

実を結ぶ人生を送るために

「実を結ぶ生涯」なんて考えたこともないという方がいるかもしれません。しかし、聖書は私達にそんな生涯を約束しています。実を結ぶための唯一の条件、それは・・・・。

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

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2015 初夏

これまで、この道を何度、行き来したことでしょうか。この先にかけがえのない人がいます。

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サンデイェゴ村から来た田舎者の東京散策。訪日の際に必ず立ち寄る、紀伊国屋で旬なネタを数冊、仕入れました。

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やっぱりこういう場所が落ち着くんですよ(笑)。

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マック

病める時も、健やかな時も、貧しき時も、豊かな時も

健やかだから、富めるから神様は素晴らしいのか。祈りが効かれ癒されたから、豊かになったから神様は生きておられるのか、私達はどこかでこのようなことに別れを告げ、高嶺に近づかなければなりません。


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マック

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ギフト?

images我が家の次男坊は勉強を好みません(彼を見ていると自分の少年時代を見ているようで心苦しいのです 笑)。彼の頭の中はいつも遊ぶことばかりなのです。そんな彼が熱心に字を書いている姿を私はほとんど見たことがないのですが、先日、英語でスラスラと熱心に何かを書いている彼を見かけました。しばらくしてまた見ると、まだ何かを書き続けています。

これは事件に違いないと、「いったい何を熱心に書いているんだい?」と聞きますと「ジョークのネタ」と言うではありませんか。どうやら彼はこういうことなら筆が止まらなくなって、ネタがいくらでも浮かんでくるようです(笑)。

神様は私達一人一人にギフトを与えてくださっています。もしかしたら、これも天来のギフトなのかもしれません・・・と、喜んでいいのか、先行きを案じた方がいいのか、何か複雑な思いになりました(笑)。

マック