ノア:地道に主に従う

過酷な日々を過ごしながらもその日に成すべきことをコツコツと続けつつ、最後は神の言葉に従ったノア。ここに私達の模範なる人がいます。

Noahs Ark

 

 

 

 

 

マック

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不満を感謝で締めだす!  

give-thanks私達の心に不満がある時、私達はさいわいでしょうか。私達はいつも不満ばかり言っている人で、あの人は幸せな人だなとか、あの人のようになりないなとは決して思いません。そして、この状態を放っておきますと、この不満は必ずさらなる問題を生み出します。人間関係の混乱が生まれます。この不満が私達の人生を壊してしまうことすらあるのです。私達が見聞きする事件の多くの根源はこの「不満」が根っこにあるといっても過言ではないのです。ですから、私達はこの不満をどうにかしなければなりません。

今日のビデオは途中からとなってしまいました。申し訳ございません。

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不満を感謝で締めだす!                            テモテ第二の手紙4章3節‐9節                        2015年11月22日

先週、私達はアダムとエバについてお話しました。彼らは神様が「はなはだよろしい」と言われた最高の環境におりながら、一つ、そうたった一つ、神様から食べてはいけないという木に実った実を手に取り、それを食べてしまったということをお話しました。

その時の蛇のささやきはそれを食べるとあなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです』(創世記3章5節)というもので、何一つ不自由のない自分達に与えられていない唯一のものについて彼らが聞いた時に、彼らの心は揺れ動いたとお話ししました。そうです、その瞬間、彼らは既に神から与えられている無数の感謝すべきものを忘れ、たった一つのことに対して、心に不満が起きて、その手を禁断の実に伸ばしたのです。そして、その時から世界は全く様変わりしたのです。私達の人生が様変わりする時というのも、決して大事件によるのではなく、時にこのような一つの出来事がその要因となることがないでしょうか。

このようなことを聞きます時に、私達は自分自身の心にも同じような性質があることに気がつかされます。そうです、確かに私達もアダムとエバが禁断の実を前にして蛇から聞いたささやきを日毎に聞き続けているのです。私達はアダムとエバと同じように、いつ彼らと同じようなことをしてしまうのか分からないような状態におかれているのです。そこでこのサンクスギビングディーを前にした日曜日の朝、私達はどうしたらこのようなことを回避できるのかということについて考えてみたいと思うのです。

「あなたの幸いは何ですか」と問われれば、それぞれの思いがあることでしょう。ある人は金持ちになることだと言い、ある人はこの分野、あの分野で一番になることだと言いますでしょう。しかし、事はなかなかそんなにシンプルなものではないようで、お金持ちやトップアスリートが本当に幸いな日々を送っているのかといいますと、そうとも言い切れないようにも思われます。

確かに彼らは自分の欲するものをことごとく手に入れており、自分の功績を称えるトロフィーが家の中にたくさんあるのですが、それらのことを心でどのように受け止めるかということにより、いくらでも自分の思いは変わってしまうからです。すなわち私達は十二分な物や名声に囲まれていましても、常に不足を感じるものであり、自分はまだまだ相応の評価を受けていないのではないだろうかというような不満が心にはいつでも生まれうるからです。そして、それらはアダムとエバがそうであったように、既に与えられているものへの感謝をことごとく吹き飛ばしてしまうのです。

それでは私達に今、本当に必要な心とはどんな心なのでしょうか。その鍵となるものが「感謝する心」だということができませんでしょうか。あのアダムとエバが蛇の囁きを聞いた時にも、もし彼らの心に神様の備えたもうた園に対する感謝があれば、既に神は自分達に最高のものを与えてくださっているということに気がつけば、あの蛇の囁きを押し返すことができたでしょう。しかし、彼らは忘れたのです。そう、とてもシンプルです。神の恵みを忘れたのです。ですから同じように神の祝福を忘れて大きな失敗をしてしまったダビデが後にその心に刻み込んだ言葉を先週もお話したのです。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」 (詩篇103篇1節から2節(新改訳))

私達は自分自身を知らなければなりません。私達の性(さが)はどちらかというと、「感謝」の心をもつことがとても難しく、反対に「不平と不満」をもつことは、私達にとって、とてもたやすいのです。このような例を聖書の中にあげなさいと言われれば、あそこにもここにもいくらでも見出すことができます。

あのモーセに率いられてエジプトでの奴隷の日々を脱出したイスラエルの民は、約束の地カナンに向 かって 旅立ちます。彼らは奴隷としての身分から解放されて、今は自由の身なのです。その背後には無数の神の恵みと保護がありました。数百万の人間が不毛の荒野をさまようなどというのは尋常なことではありません。ゆえに神様は彼らを養うために、毎朝、天からマナという栄養満点の食物を与えてくださったのです。しかしながら、その荒野の旅の中で、このようなことが起きてきました。

4また彼らのうちにいた多くの寄り集まりびとは欲心を起し、イスラエルの人々もまた再び泣いて言った、「ああ、肉が食べたい。 5われわれは思い起すが、エジプトでは、ただで、魚を食べた。きゅうりも、すいかも、にらも、たまねぎも、そして、にんにくも。6しかし、いま、われわれの精根は尽きた。われわれの目の前には、このマナのほか何もない」(民数記11章4~6節)。

彼らはエジプトで奴隷の身であり、過酷な重労働を課せられていました。彼らがその所にいた時、そのような状態から解放されることをいつも願っていたことでしょう。そして、そのことが実現するために神様は多くのみわざを彼らのためになされ、まさしく彼らは実際に自由の身となったのです。しかし、彼らはそれらの神の恵みと助けを覚えることなく、魚ときゅうりとすいかとにらとたまねぎと、にんにくを恋しがったのです。そして、言うのです、我々の精魂は尽きたと!俺たちにはこのマナしかないと。

あぁ、主にある兄弟姉妹、私達はこのイスラエルの民を笑うことができますでしょうか。いいえ、私達は皆、彼らの心を持ちつつ、生きています。数えきれない神様の恵みには目が閉ざされ、それこそ一本のネギ、ひと塊のニンニクの不足を嘆くのです。

さらにこの一文を注意深く読みますのならあることに気がつくのです。そうです、この民の不満は、そこにいた寄り集まり人、どさくさに紛れてこのイスラエルの民の中にまぎれこんでいたような者達の欲心が引き金になっているということです。言うなれば彼らは「不満」という咳をゴホッ、ゴホッとしているようなもので、彼らが口々に不満を言い出した時に、イスラエルの民たちの心にもその不満が感染したのです。

以前、底までもが見える澄み渡った池に行ったことがあります。その日は暑く、またその水があまりにもきれいだったので、私はズボンを捲り上げて、膝ほどの深さのその池に足を入れてみました。そうしましたら、見ていただけでは気がつかなかったのですが、その底には泥がたまっており、足をその上に踏み入れた瞬間に、足はその泥の中にズブズブと沈み、一面、あっという間に濁ってしまったのです。イスラエルの民の欲心はいったん、心の底に沈んでいました。しかし、泥が底にたまっている水槽にビー球一つを落せば、水槽の中に泥が広がるように、彼らの心は寄り集まり人達が投げかけた欲心によって乱れ、彼らも泣きながら不満をはくようになりました。

私達はこのシーズンになりますとフル-ショットを打ちます。どうにかフルーに感染しないように細心の注意をします。日本に行きますと多くの人達がマスクをしています。言うまでもないフルーに感染しないようにマスクをしているのです。しかし、感染するものはフルーだけではなく、もっとやっかいな感染症が私達の間に蔓延しているのです。

以前、シカゴで飛行機のトランジットで飛行機にのったまま離陸を待っておりました時に、天候の悪化で離陸を見送っているという機長からのアナウンスがありました。状況がよくなればすぐに離陸するので今、しばらくお待ちくださいと機長は言うのです。20分後にも同じアナウンスがあり、結論から言いますとその状態で二時間ぐらい私達は機内で待ち続けたのです。30分、40分ならいいですが、一時間を超えますと皆の心がいらいらしだします。でも一応、そこにいるのは大人達ですので、その思いを口にださずに皆がじっと待っているのですが、なんとなく乗客のイライラする思いが機内に満ちてきているように感じました。そして、その時、思いました、もしこの中で誰かが不満を口にしたら、それはすぐに周りに広がっていくだろうな、そのうち、皆が口々に色々な文句を言い出すだろうなと。

この感染症はとても厄介なもので、それを口々に言う者達はそれによって心のうっ憤をはらします。そして、それを聞く者達の心にも不満が感染しますと、彼らもやがて同じ咳をしだし、それはやがてさらに広がっていくのです。そして言うまでもなく、私達がそんな咳をすればするほど神様に対する感謝は失われていくのです。

皆さん、不満は不満を引き寄せます。「不満分子」と言う言葉がありますように、大抵、不平不満で満ちている人の周りには不平不満で満ちている人が集まります。そうしますと、出てくる出てくる、あの時、この時のものがとめどもなく再び浮上してくるのです。一度、この心が濁りますと、泥水がそうであるように、なかなかその濁りは収まらなくなります。思えばインターネットなるものがでてきまして、匿名で自分の思いが言えるようになりましてから、この感染状態は世界いたるところでパンデミックの状態、すなわち爆発的な感染を広げているのです。

私達の心に不満がある時、私達はさいわいでしょうか。私達はいつも不満ばかり言っている人で、あの人は幸せな人だなとか、あの人のようになりないなとは決して思いません。そして、この状態を放っておきますと、この不満は必ずさらなる問題を生み出します。人間関係の混乱が生まれます。この不満が私達の人生を壊してしまうことすらあるのです。私達が見聞きする事件の多くの根源はこの「不満」が根っこにあるといっても過言ではないのです。ですから、私達はこの不満をどうにかしなければなりません。それではこれから、この不満に対する処方箋をみていきましょう。まず最初に私達に必要なことは不満から離れるということです。

「あなたが何を食べているか言ってみなさい。それによって私はあなたがどんな人間か答えてあげよう」と言った料理家がいました。心に留めるべき言葉として大切にしています。私達が日常的に触れているものは何ですか?いつも触れている空気はどんな空気ですか。不平不満の多い子供を育てることはたやすいことです。親が常に不平不満を言っていれば、子供達は真っ白な心のキャンバスに不平不満を刷り込んでいき、やがて口を開けば不満を言う子になるでしょう。

誰かが吐いた不満という石が私達のうちに入り、それがユラユラと私達の心の中に落ちていき、底に達しましたら私達はそこから何が起きてくるのかということを心に留める必要があります。フルーを避けるための予防を皆さんは御存じでしょう。手洗い・うがい・マスク・そしてフルーシーズンには「人混みには行かない」。同じように不満感染の予防策は不満をもつ人から、不満が感染されうる場所から遠ざかることです。不満という投石から私達の心を守るのです。私達がその人から距離を置くことによって、その人が私達から離れていくのなら、それは仕方のないことです。私達がその不満を聞く対象者になっているのなら、その人はいつまでも心の不満を出し続けるでしょう。それはその人に不満を言い続ける機会を与えることになりましょう。

主にある皆さん、私達はどんなに意思が強い人間であっても、置かれている環境に負けてしまう弱さがあります。そのことを認めましょう。そのためには不満が飛び交う場所からは身を引くことです。エボラ熱が広がらないようにアフリカ諸国では水際でそれを悔い止めようとしています。エボラ熱が大流行しているコミュニティーにすすんで行く人はいませんでしょう。不満が私達にもたらすダメージはフルー以上のものです。それを家に持ち帰ったなら、家にいる者もやがて感染してしまうのです。実際のフルーなら大抵、一週間ほどやすめば治りますでしょう。しかし、今、お話ししているフルーは私達のキャラクターとなり、生涯、私達の内の中に住み続けるということも大いにありうるのです。言うまでもなく、それらが私達の人生に益になることはありません。

しかしながら、これはあくまでも防衛策であり、処方箋としては消極的なものです。さらに私達が知らなければなりませんことは、不満は外部から起こされもしますが、等しく自らの心で容易に生産もできるのです。これらに対する積極的な処方箋はないでしょうか。

その唯一の方法は私達の心の底にあるものを変えてしまうことです。もし私達の心の底に不満という泥さえなければ、たとえ不満の一石が投じられても、そこから泥がまいあがることはありません。そして、そのために必要なことは心の底の土壌を感謝という名の土壌に変えるということなのです。日々、感謝という土壌をそこに敷き詰めていくのです。感謝によって不満を心から締め出すのです。そして、そこに何が投じられようが、そこから湧き上がるものが感謝であるという心に変わること、これは一朝一夜でできるものではなくて、私達の日毎の祈りと、心構えの賜物です。

「感謝」とは私達が見つけるものです。今まで私達はイスラエルの民達が食べ物に対する不満、すなわち肉や水に対する不満をぶちまけたということをお話しました。そして、さらに聖書を見ると神様はそれらの不満に対して、ありあまるほどに天からマナという食物を降らせ、とどまることのない水を与え、さらに同じようにおびただしい数のうずらを彼らに与えたと聖書は記しています。しかし、それであったも彼らの不満は止まなかったのです。彼らはこれらのものをいただいているということを自覚し、そしてそのことに感謝をすべきでした。それらに対する感謝でその心の底を敷き詰めるべきでした。

パウロはテモテの手紙4章3節―5節にこんなことを書いています「これらの偽り者どもは、結婚を禁じたり、食物を断つことを命じたりする。しかし食物は、信仰があり真理を認める者が、感謝して受けるようにと、神の造られたものである。4神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。5それらは、神の言と祈とによって、きよめられるからである。

もう一度申し上げますが、持っていないものについて不平を言うことはとてもたやすいことです。反対に私達が既に与えられているものについて感謝することは至難のわざです。パウロは言っています。「神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない」(4)。ここにはとても大切なことが書かれています。お気づきになりましたか?それは「感謝して受けるなら」ということです。神様が与えてくださっている諸々の良きもの、それが現に私達の前に無数にある。しかし、それを感謝して受けるか否かは私達次第なのです。そして、このことを意識して、感謝して受け止めるのなら、世界が変わっていくのです。

そうです、意識してということは、すなわちそのことを自分に課すということです。ゆえにパウロは感謝して受けるならと言い、その後の7節以降に「訓練」という言葉を使っているのです。7しかし、俗悪で愚にもつかない作り話は避けなさい。信心のために自分を訓練しなさい。8からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。9これは確実で、そのまま受けいれるに足る言葉である」。

そうです、神様が与えてくださっているものに私達が気がつき、それを感謝して受け取るというのは、私達の訓練の領域でもあるのです。訓練とは自ずと知らないうちにそうなったということではなくて、私達が意識をしてするものだからです。私達は意識的に愚にもつかないつくり話を避け、避けるのみならず神様が与えてくださっているものを信じて、意識して感謝して受け止める訓練を日毎に自分に課していこうではありませんか。

パウロはピリピ、コロサイの手紙の中でこう書きました。「何事も思い煩ってはならない。ただ、事々に感謝をもって、祈りと願いとを捧げ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい」(ピリピ4章6節) 新改訳聖書は「事々に」を「あらゆる場合に」と記しています。また「目を覚まして、感謝のうちに祈り、ひたすら祈り続けなさい」(コロサイ4章2節)。「あらゆる場合」にも感謝をすること、目を覚まして感謝すべきことを常に見出すこと、パウロはこのことを自分の心に語り、同時に私達にも勧めているのです。

なぜならこの心構えこそがパウロがミニストリーを続けていくための、いいえ、もっといいますと彼が人として生きていくために必要不可欠なことであるということをパウロは御霊によって悟ったからです。私達の日毎の心構えはやがて私達の習慣となり、その習慣が私達のキャラクターとなるのです。

オペラ歌手はエアコンが冷えている部屋には入りません。それがどんなに自分の声に悪影響を与えるかを知っているからです。喫煙しない人はタバコの煙が立ち込める部屋に近づかないでしょう。なぜならそれが私達の体の害になるからです。二次被害は全くごめんなのです。同じように私達は不満が立ち込めているような部屋には踏み入りません。なぜならそれが私達の心と体に害となることは明らかなことだからです。

私達は不満に満たされて生きるのではなくて、神様が既に私達に与えてくださっている、現に今も与えてくださっている良きものを見出し、日々、神様への感謝と共に生きていくのです。その感謝によって私達は投げかけられる不満から自分を守ることが出来ます。不満ではなく、感謝を他者に感染させていくことすら可能なのです。

皆さん、今日、私達は聖書からすごいことを聞いたのだと思います。このことを知って生きるのか、知らずに生きるのかということは、私達の人生の分かれ道となるようなことです。神様は私達一人一人にその人生を託しておられます。これからの残された人生を生きるにあたり、今日、私達が御言葉に聞きましたことに生きるのなら、10年後の私達の人生、否、それだけではなく私達の周りにいる者達の人生にも多大なる影響を与えることになりますでしょう。お祈りしましょう。

Shutting Out Discontent with Thankfulness
2 Timothy 4:3-9
November 22, 2015

I talked about Adam and Eve last week. Although they were in the perfect environment that God thought it was good, they took and ate the only fruit God forbid to eat.

The Satan’s whisper at that time was this. “5 “For God knows that when you eat from it your eyes will be opened, and you will be like God, knowing good and evil.” (Genesis 3”5)
Although God allowed them to have everything except that one thing, they wanted the only thing they were not allowed. The moment Satan whispered to them, they forgot to be thankful for the many things God gave to them. Instead, they were not happy with the one thing God didn’t allowed them to have and so reached for the forbidden fruit. From that moment on, the world was totally changed. A big incident doesn’t always bring us a dramatic change to our lives, but even a small wrong decision may be a cause of a big problem.

Now we notice that our character is as same as Adam and Eve. We have been listening to the same whisper of temptation every day just like Adam and Eve who listened to the serpent in front of the forbidden tree. We are in the same situation as Adam and Eve. And we may do the same thing like they did. Therefore, on this Sunday morning before Thanksgiving, let’s think about how we can avoid this situation.

When somebody asks you “What is your happiness?” each one of you will have different answers. Someone may say happiness means becoming rich. Other may say that it is to become number one in a specific field. But it is not so simple to be happy. Do you think rich people or top athletes are always really happy? I can’t say “Yes they are”.

Without doubt, they achieved every things they want. They have many trophies at home to show their achievements. But the important thing is how you feel about your achievement. Happiness can’t be measured by how much you achieve. We don’t feel satisfied no matter how much materials we have or how much fame we have. We want to get more praises and more achievements from others because we think we are worthy of it. This mentality shut out our gratitude towards many things given us from God. We are like Adam and Eve.

Then now what do we need in our hearts? I think the key word is gratitude. If they had gratitude for the garden which God had prepared for them, they would have been able to push back the temptation when the serpent whispered to Adam and Eve. They should have noticed that God already have given the best things for them. But they forgot something. What was it? Simply they forgot all of God’s blessings. Last week, I talked about what David said. He engraved the word in his hearts after making the big mistake when he forgot God’s blessings. It is “Praise the Lord, my soul; all my inmost being, praise his holy name. 2 Praise the Lord, my soul, and forget not all his benefits—(Psalms 103:1-2)

We have to know ourselves. Our character shows that we are not good at having gratitude always. On the contrary, it is easy to complain and be discontent. We can find many of those examples in the Bible.

Israelites lead by Moses, who escaped from the life of slaves in Egypt, started to travel to Canaan, the Promised Land. They were set free from slavery. Many blessings from God and His protection brought them to this point. It is an extraordinary incident that several millions of people were roaming in the wilderness. So God provided Mana, the very nutritious food, from heaven every morning to feed them. However, something happened in the middle of the wilderness during their travel.
4 The rabble with them began to crave other food, and again the Israelites started wailing and said, “If only we had meat to eat! 5 We remember the fish we ate in Egypt at no cost—also the cucumbers, melons, leeks, onions and garlic. 6 But now we have lost our appetite; we never see anything but this manna!”(Numbers 11:4-6)

They were slaves and did harsh works. They must have dreamed to be set free from slaves in Egypt. So God made their dream come true. Then Israelites were actually set free. But they didn’t remember God’s blessings and all He did for them. Instead, they missed fish, cucumbers, water melons, onions and garlics. Then they complained, “we have lost our appetite; we never see anything but this manna.”

Brothers and sisters in Christ. Can we laugh at those people of Israel? No. We are the same. We are not able to see numerous blessings from God but see only the lack of something like a leak or a garlic. Then we start complaining.

Let’s read this sentence again carefully. Did you notice anything? Yes. The greed of the rabble traveling with Israelites became a trigger of this complaint. They were spreading out germs of “discontent”. When the rabbles with Israelites started complaining, it gradually began to infect all the Israelites.

I was at the pond where the water was so clear that I could see even the bottom of it. Because it was a hot day, and the water of the pond was so clear, I rolled my pants legs above my knees and stepped into the pond. I didn’t know that the bottom of this pond was covered with mud. The moment I stepped in, my legs were buried under mud and the clear water changed to very muddy water. Like this pond, Israelites’ greedy thought was settled on the bottom of their hearts. When we throw a marble into a container which is filled with clear water and mud on the bottom, water becomes muddy. In the same way, hearts of Israelites were muddied by the greed of the rabble. So they also started crying and complaining about what they wanted.

We have flu shots around this season. We make an effort not to get flu. People are wearing masks in Japan. Needless to say, they wear masks not to catch flu. But flu is not the only contagious diseases. There are more complicated diseases spreading around us.

Once, I was waiting for takeoff inside the plane for transit in Chicago. The captain made an announcement that takeoff was delayed because of bad weather. He wanted us to wait for a while until the weather would be recovered. He made the same announcement 20 minutes later and as a result, we had to wait for two hours until takeoff. We don’t mind waiting for thirty or forty minutes. But people start getting irritated after one hour. Because we were mature adults, we tried not to show our irritation and waited quietly at that time. But I felt the atmosphere there was pretty tense. Then I thought. If someone had opened his mouth to complain, it would have spread quickly, and they would have started complaining.

This spreading gives us trouble. People let out their frustration by complaining. And their complaints infects people who listen to it. Then people listening also start complaining. So it spreads quickly. Needless to say, the more we complain, the less we have gratitude towards God.

Brothers and sisters. Discontent attracts another discontent. Dissatisfied members gather around more dissatisfied members. Then they start complaining endlessly about what happened. Once their hearts are discontent, it is not easy to become content. It is like the muddy water that doesn’t become clear right away. When we give negative opinions anonymously through internet, we can see the same situations. It is like a pandemic. It explodes all over the world.

When we are dissatisfied, are we happy? People who always complain never admire other people or respect others. So if we leave this situation as it is, I am sure it will create more problems. It will ruin our relationship with people. It may spoil our life. It is not too much to say that the cause of all bad incidents we see today are routed in “dissatisfaction”. It is the reason why we have to solve this problem. Let us think of the solution for it. The first thing we need to do is going away from discontentment.

A famous chef said, “Tell me what you eat and I will tell you what kind of person you are” I treasure this word. What do you see every day? What kind of air do you breathe in? It is easy to raise a child who is dissatisfied. If parents complain every day, their complaints will be imprinted on his heart, and he will be a child who complains whenever he opens his mouth.

We need to know what will happen if someone complains. Complaining is like throwing a rock in someone’s heart. This rock will go down slowly to the bottom of his heart and will stay. You know pretty well how to avoid getting flu. We prevent it by washing hands, gargling and covering our mouth with a mask. To avoid going out to crowded areas during the flu season is another way of prevention. In the same way, prevention from the infection of dissatisfaction is staying away from people who complain. We should stay away from the place you may get infected. We need to protect ourselves from being hit by the rock of dissatisfaction. It can’t be helped if people leave us because we want keep our distance from them who are complaining all the time. If we listen to their complaint all the time, they won’t stop complaining.

Brothers and sisters in Christ. No matter how strong our will is, we yield easily to our bad surroundings. We should admit it. This is why we try not to stay in the places where people complain a lot. Countries in Africa are making an effort to prevent Ebola fever. Nobody wants to go to the community where Ebola virus is pandemic. The damage of dissatisfaction is bigger than a flu. If you bring dissatisfaction home, members in the family will become like you after a while. You may recover from flu after resting at home for a week, but this infection we are talking about now may stay with us for our lifetime because it will become our character. Needless to say, that’s not good.
But this is just a prevention and it is not an active way to cure. There is one more important thing we should know. Dissatisfaction is triggered off from outside but we can also create it by ourselves. Is there more active solution?

There is only one solution. It is to change something muddy sitting on the bottom in our hearts to something good. If our hearts don’t have mud like dissatisfaction, they won’t get muddy when a rock is thrown. Instead of muddy soil, we need soil of thankfulness in our hearts. We shut out discontent with thankfulness. No matter what comes to our hearts, it will change to gratitude. We won’t learn it easily but we can do it with everyday prayers and with our strong determination.

Thankfulness is the blessing we find. I talked about the Israelite’s complaint towards foods, such as meat or water. But the Bible says that God gave them Mana from heaven which is more than enough. He also gave limitless water and many quails. But their complaint didn’t stop. They should have realized what they received from God. They should have given thanks to God. They should have been filled with thankfulness in their hearts.

Paul wrote in1 Timothy chapter 4 verse 3 to 5
“3 They forbid people to marry and order them to abstain from certain foods, which God created to be received with thanksgiving by those who believe and who know the truth. 4 For everything God created is good, and nothing is to be rejected if it is received with thanksgiving, 5 because it is consecrated by the word of God and prayer.”

I say again. It is easy to complain about what we don’t have. On the other hand, it is hard to be thankful for what we already have. Paul said “4 for everything God created is good, and nothing is to be rejected if it is received with thanksgiving” We see very important thing written in this verse. Do you notice what it is? It says “if we receive with thanksgiving”. God gave us numerous good things. But it is our choice whether we receive them with gratitude or not. If we are aware of this fact and receive everything with thankfulness, our situation will change.

Once you are aware of them, you have to do it. Paul said “if receive with thanksgiving”. He used the word “training” after verse 7. “7 Have nothing to do with godless myths and old wives’ tales; rather, train yourself to be godly. 8 For physical training is of some value, but godliness has value for all things, holding promise for both the present life and the life to come. 9 This is a trustworthy saying that deserves full acceptance”.

As you notice, we need to train ourselves in order to recognize what God gave us and to receive them with gratitude. We can’t change ourselves naturally but we can train ourselves with our will. Let’s avoid godless myths but train ourselves every day to believe in what God gave us and to receive everything with thankfulness.

Paul wrote in Philippians and also in Colossians. “6 Do not be anxious about anything, but in every situation, by prayer and petition, with thanksgiving, present your requests to God. “(Philippians 4:6) New version of Japanese Bible translates “every time” to “in every situation”. And he said, “2 devote yourselves to prayer, being watchful and thankful” (Colossians 4:2) He made an effort to be thankful in any situation and be watchful to what we should be thankful about. He told us to have this attitude as well.

Paul learned through the Holy Spirit that this is essential not only for his ministry but also to live as a person. Our effort made every day become our habit and eventually become our character.

Opera singers don’t go to a room cooled by air conditioning. They know how bad it is for their throats. People who don’t smoke don’t come to a room filled with Tabaco-smoke. We totally don’t like secondary damage. In the same way, we don’t step into a room filled with discontent because it is so clear that it would harm our mind and body.
We shouldn’t live by complaining. Instead, we should find good things God gave us now and live with thankfulness to God. We can protect ourselves from discontent by thanksgiving. Infect thankfulness to others but not dissatisfaction.

Brothers and sisters. I believe we have learned great message from the Bible today. Decide whether you want to live with thankfulness or live a life of complaint. God trust us so much that He let us choose how we want to live. If we live with what we learned from the Bible, we could give good influence to our own future. And also we could give good influence to other people around us. Let’s pray.

Translated by Takako Nishii

本日のおもちかえり                              2015年11月22日

1)アダムとエバに蛇がそれを食べるとあなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです』(創世記3章5節)と囁いた時に彼らの心にはどんな思いがわいてきたと思いますか。このことから私達の心についてどんなことを知ることができるでしょうか。

 

2)最高の環境に身を置くときに「不満」や「不足」はなくなるものですか。このことから免れるためにダビデは何と言っていますか。詩篇103篇1節‐2節を読みましょう。

 

3)民数記11章4節―6節を読みましょう。彼らが不満に感じていたことは彼らが受けている恵みにくらべたらいかほどのものでしょうか。私達もこのような類の不満や不足を嘆いていることがありませんか。

 

4)上記、民数記11章から不満は感染することが分かります。あなたはそのような感染を経験したことがありますか。どうしてこれらは人から人にうつっていくのでしょうか。

 

5)不満や不足ばかりを嘆く人生をあなたは送りたいと思いますか。どうしたら不満と不足を嘆く人生を感謝に満ちた人生に変えることができますか。

 

6)あなたは周りにいる人たちにどんなことを感染させたいと思いますか(どんな影響を与えたいと思いますか)。

アダム&エバ:さいわいに気がつく大切さ

アダムとエバは神様お墨付きの最高の環境におりながら、最悪のことを引き起こしました。最悪のことは最悪の環境だけで起きるのではなくて、最高の環境の中でも起こりうるのです。そして、それを防ぐ方法もあるのです。

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あなたの前には誰がいますか。

download (1)主にある兄弟姉妹、おたずねしたいのです。あなたの前にイエス・キリストは歩んでいますか。「あなたはわたしに従ってきなさい」という御声を聞きつつ、その後に従っていますか。それとも、既にイエス様を追い越して自分の思うままに、願うままに先を進んでいますか。私達の心の視力はとても弱いのですから、その歩みがいかなるものであるかは容易に想像できますね。緑の牧場、憩の水際に伴われるには一つの条件があるのです。そう、それは羊飼いなるイエス様が私達の先頭を歩んでくださることであり、私達がなすべきこともただ一つ、そのイエスの言葉に聞き従うことなのです。

マック

「礼拝プログラム」、「一日一生」はこちらから。本日の「日英礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから ↓

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よく考え、信じる

Open-Bible-with-Penある人は牧師を宗教家と呼ぶでしょう。広い意味で言われるなら、牧師は確かに宗教家でありましょう。日本から、またサンディエゴ各地から今朝、このようにキリスト教会の礼拝に来ていらっしゃる皆さんに、そんな宗教家として心から願っていることは、皆さんが洗脳されることがないようにということです。洗脳とはマインドコントロールと言います。皆さんの持っているマインドは皆さん自身のものですから、しっかりとご自身の心と頭でイエス・キリストというお方を検証していただきたいと願うのです。

マック

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