「今の私」と「イースター」

empty-tomb私達がこの肉体を持っている限り、私たちは事ある毎に苦しむのです。そして、その苦しみは肉体的な苦しみだけではなく、聖書が「肉」という時にそれは私達の“肉的な思い”も含まれますから、私達は肉体の苦しみに加えて“精神的な苦しみ”にも悩まされるのです。これが私達が肉という幕屋にとどまっている間の宿命なのです。

マック

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悔いなく、前を向いて生きるために

JESUS時に私達は後悔するような経験をすることがあります。「ああしておけばよかった、こうしておけばよかった」と思われることです。「後悔」とは読んで字のごとく「後で悔いる」ことを意味します。「悔い改め」とはこの「悔いを改める」ことです。すなわち、後悔しなければならないことを改めて、それを悔いのないものに変えるということです。そんなことができるのかと私達は考えますが、できると聖書は断言しています。

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今、立ち止まって確認すべきこと   

danger-when-christians-compromise私達は知っています「一大事」とは「これぐらいのことはいいだろう」というところから既に始まっているということを。それは「これぐらいのこと」ですから、そのことによってどんなことが起きつつあるのかというこをその時の私達は自覚しません。しかし、そんな「これぐらいのことはいいだろう」という日々はやがて私達を取り返しのつかないところへと導いていきます。いったいどれだけの人達がこのことにおいて悔いていることでしょうか。イスラエルの民の結末がどうなったのかということを今、私達は聖書を通して知ることが出来ます。彼らは妥協したものにより、自らに滅亡を招きました。神がヨシュアに警告したことは正しかったのです。どうして、私達がイスラエルのこの失敗を貴重な教訓として心に刻まないでおくことができましょうか。

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一人、主の前に立つ

alone今日、人間が成長していくために、人間が社会の中に溶け込んでいくという重要性は社会学でも十分認識されています。しかし、人が他者と交流しないでいる時に起る、ある種の成長に対しては、社会学はあまり光をあてません。「一人でいること」に対して注目している多くのケースは病理的現象として、それは内向的、退行、疎外、孤立感、あるいは寂しさといった項目で扱われています。一人でいることや、孤独のうちに身をおくことのプラス面は、まったく無視されているのです。

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