イエスはなぜこの世の王にならなかったのか?

米国の大統領選挙を見ていますと「支持者の勢い」というものがとても大切なのだなと思わされます。僅差の二人の候補者が最後に大統領の座を得るのはその支持者の勢い最後まで維持できた者です。

ですから候補者は最後まで国民を奮い立たせる言葉を語り続けますし、分刻みで全米各地を遊説するのです。支持者が勢いづいている時にコロラドの山中に籠もってしまうような大統領候補者は未だかつていないのです。

しかし、イエス・キリストは民衆の熱狂的な支持を得、彼らが大いに盛り上がっている最中に、しばしば群集から離れて一人寂しい場所へ退かれていたと聖書は記しています。なぜでしょうか?イエス様の心にあったことは、その時の人々が考えていることとは全く違ったからです。

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かめの粉は尽きず

今日は母の日です。それゆえに母親である皆さんにエールを送りたいと思います。

それは、皆さんがどんな能力があるとか、どんなものを持っているかということよりも(実際に今日お話ししますやもめにはこの類のものは何もありませんでした)、今日、お話しします聖書の言葉に照らし合わせるのなら、真に神を畏れ、神を信頼して、神に従って生きているか否か、それこそが最も大事なことだということです。

申し訳ありませが、事実を語らせていただきますと、私達ができることというのはたかが知れていますでしょう。かつて私の母は言いました。「あなたを育てながら牧会をしていた時はがむしゃらだった」と。きっと皆さんの毎日も日々のことに追われて「がむしゃら」でありますでしょう・・・。

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夜の訪問者

社会的な立場というのはその人に対する私達のイメージを作り上げます。しかし、実際のその人がそのイメージのままであるかというと、決してそうであるとは言い切れません。そのイメージとは裏腹に人は誰にも知りえない問題を抱えているということが多々あるからです。

人に助言をしたり、実際に助けの手を伸べる社会的立場にいる者が、家族に対する助言は何もせず、家庭が不信の温床となっているようなことがあります。凶悪な犯罪を犯した人達の近所の人達の評価は「道で会うと笑顔であいさつしてくれるいい人でした。どうしてあの人が・・・」ということはよく聞く話です。

人間が願い求めている知恵や財産を全てけた違いに所有していたイスラエルの王、ソロモンの栄華を諸外国の王は羨みました。しかし、当の本人が何度も嘆いていたことは「空の空、いっさいは空である」ということでありました。人のもつイメージとその人の実際はこのように異なるのです。

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