こうして教会は(3):聖霊と共に歩む価値

ある哲学者は言いました。「人間とは単独者だ。たった一人だ」確かにそうかもしれません。人間とは人の間と書きますが、実際は一人であると言えましょう。人である限り、私達は孤独を知る者です。人からの理解や励ましや慰めを得られないということも多々、ありますでしょう。しかし、そんな私達を聖霊は今も助け、力づけて下さるのです。聖霊はいつも私達と共におり、私達を励ましてくれるお方なのです。

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こうして教会は(2):今、私達に何よりも必要なこと

20年前、私達夫婦に最初の子供が生まれる前に、私は日本の母に電話をして「出産」に関する本を送ってもらいました。一週間後に数冊の本を受け取って、事前の知識を得ました。そう、それは出産に対する本、数冊分の情報です。しかし、今はどうでしょうか。日本からこのような出産本を送ってもらう人はもはやいないのではないでしょうか。なぜ?インターネットがあるからです。

「出産」という言葉をグーグルで検索しましたら6億4700万件の関連記事が一秒で出てきました。「結婚」という言葉を検索しましたら16億6000万件、「子育て」に関しては2億5700万件、「うつ病」に関しては5980万件でてきました。これは日本語での検索です。他の言語を加えましたら膨大な数となることでしょう。

私達はこの中から何を選べばいいのでしょうか。この中には「怪しいもの」も多く含まれることでしょう。「本物」はどこにあるのでしょうか。

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こうして教会は(1):原点に立ち返る

 


この世には老舗旅館や老舗の和菓子店というものがあります。中には創業は江戸時代で300年、暖簾を下げていますというようなものもあります。そんな話を聞きますと私達はすごいなーと思います。

しかし、クリスチャニティーは2000年来、見えない神を信じ、この神と共に歩み、イエス・キリストの十字架を信じなさい、そうしたら救われるということを言い続けており、そのことに応答する人達が今も絶えることがないのです。こんなこと普通で考えたらありえないのです。

それではなぜ、そのありえないことが2000年もの間も継続されているのでしょうか。よほど2000年間、人間がしっかりしていたからでしょうか。いいえ、キリスト教会はこの2000年の間に多くの問題を起こしてきました。

そして、その主犯は言うまでもなく私達人間です。すなわち人間の力によってこの2000年もの間のクリスチャニティーが保たれているのではないのです。それではなぜか?答えはこのことに尽きます。すなわち2000年前に弟子達の上に注がれた聖霊がそれ以来、教会の上に注がれ続けてきたからです。

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地境を動かさず、幕を張り広げ、綱を長く!

昨年、私達は教会のミッションステイトメントを発表しました。「私達の使命は神様から与えられている賜物を用いて日本、アジア、そして全ての国の人々とキリストにあって共に成長し、神の言葉を分かち合うことである」(Our mission is to grow in Christ and share the Word of God with all; having special resources to reach Japanese and Asian people).

 このステイトメントが公にされたのは昨年ですが、それは現在に限らず、文章化こそされませんでしたが、私達の教会は創立以来、基本的にはこのステイトメントに従い歩んできたと思います。そして、これからもこのステイトメントに従い、私達は日本、アジア、全ての国の人々と共にキリストにあって成長し、天幕を広げ続けていくのです・・・。

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あなたは私に従いなさい。

主に従うということは、自分がしていることと、人がしていることを比較して一喜一憂することではありません。「私はこんなに苦労しているのに、あの人は楽な人生を送っていていいよね」という思いに捕らわれることでもありません。実際、本人以外の誰がその人の人生は楽だと決めつけることができるでしょうか。自分が思う以上に私達は自分以外の人のことはほとんど何も知らないのです。

私達は「あなたは私に従いなさい」という主イエスの言葉をしかと受け止め、一日、そしてまた一日、それに従って生きるのです。この言葉を聞き、この言葉に従っている限り、私達は主が与えてくださっている自由を失うことはないのです。

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