謙遜

私は年を重ねれば重ねるほどに自分の小ささを感じます。そして、それはある思いと並行して起きていることに気がつかされています。そうです、大いなる神を知れば知るほど、私は自分の小ささに、不完全さに気がつかされていくのです。

地球温暖化に伴う想定を超えた自然災害を前にして、たとえ私達が強靭な肉体を持っていても、世界最高の学び舎で学んだ学位があっても無力です。莫大な財産を持っていたとしても、一度、私達の体内に悪性の腫瘍ができたら、札束を積んでも治癒することには限界があります。

私達は私達よりもはるかに大いなるお方の前に生かされているということを知るべきです。「主:あるじ」は私ではないということを私達は徹底的に知るべきです。「主:あるじ」は神であるということを私達は肝に銘じるべきです。

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クレイジーラブ

我々日本人は「1つを言われて10のことを察する」と言われています。さすがに10は無理でも、一つのことから、その他2つ、3つのことを察して、互いの関係を保っています。

これができると「空気が読める人」と呼ばれ「気が利く人」と評価され、これができないと「空気が読めない人」と呼ばれ「気が利かない人」とされます。こういうことをサラリとやってのける人を「粋な人」といい、それができないと「野暮な人」と言われます。

しかし、察することにも限界があります。なぜなら、それはあくまでも私達の感覚であり、そこから具体的な、そして確信的な指針を得ることはできないからです。私達の互いの関係は「気配を感じとる」とか「察する」ということだけでは成り立ちません。

元旦にのぼる太陽から「職場で直面している人間関係の難しさ」や「夫婦の間に抱えている問題」をどうしたらいいのかという具体的なメッセージを聞くことはありません。「気配」だけで人生の諸々の大切なことを決めていく人はいないでしょう。

そうです、それでは私達には何が必要なのでしょうか。それは「言葉」です。「言葉」がなければ私達は互いの思いを相手に伝えることができないのです。また相手の思いをはっきりと理解することもできないのです。

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御言葉に導かれる生涯の祝福:大倉美香姉

大倉牧師が訪日中ですので、今日の礼拝では大倉美香姉が証をしてくれました。

私の両親は結婚して日田市で開拓伝道を始めました。その頃両親が所属していた教団は南アフリカから来られた宣教師夫妻を中心に始められた、日本でも教会の少ないといわれていた大分県内で開拓していこうというビジョンを持った日本地方伝道団という小さな教団でした。両親の開拓した日田の教会も、他の幾つかの教会もそれぞれ両親と同じような世代の若い牧師夫妻によって開拓されていった教会の集まりでしたので、教団からの援助というのも保証されず、経済的にも貧しく、我が家は兄弟もその当時は6人でしたが、後に7人となり、9人家族の大家族だったので、その生活は大変だったと思います・・・。

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