コロナが過ぎ去った後に・・・

私達は今、これからの見通しが全くかない状態の中におりますが、コロナウイルスはいつか必ず終わります。このことが終息するまでに私達にはそれなりに打ちのめされると思います。悲痛な思いで申し上げますと、このウイルスの終わりを見ずにお亡くなりになる方達も大ぜいいます。もしかしたら、私自身もその一人となるかもしれません。

しかし、ここで私達はいつかこのウイルスの終わりを見届けることを信じて、皆さんに語りかけたいのです。それはこのことが終わった後に、私達はどう生きるべきかということを今から考えておきましょうということです。

私はあのイスラエルの賢者の言葉を今、思い起こしています。 『順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ』(伝道の書7章14節)

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こうして教会は(30):危機の中で熟睡している人の心

私は釣りが好きです。幼い時は毎日のように釣りに行っていました。皆さんはおそらくご存知ないと思うのですが、私が小学生の頃にのめり込んだ魚にヘラブナという魚がおりまして、それはフナなのですが、その胴体が平べったいのです。この釣りはかなり専門的でヘラウキという特別なウキを使い、特別なネリ餌を使って釣るのです。

ヘラブナは大きいものは40センチぐらいになりました。少年ながら時々、そのサイズのヘラブナを釣りますと思いました。「お前はこの沼でよくぞ、こんなに大きくなるまで生きてきたなー。たいしたもんだよ!」と。

皆さん、色々なところを通ってきましたでしょう。70年、80年を生きるということはなかなか大変なことだと思います。絶体絶命とか生死の境目を通ってきたという方もいますでしょう。

でもですよ、考えてみてください。あの時は「これで終わりだ」と思われたことがあったのに、今、皆さんはここにいて、日々の生活をしているのです。これは誰も否定できない事実なのです・・・。

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こうして教会は(29):なぜヤコブは殺され、ペテロは生きたのか?。

そのころ、ヘロデ王は教会のある者たちに圧迫の手をのばし、ハネの兄弟ヤコブをつるぎで切り殺した。そして、それがユダヤ人たちの意にかなったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった』(使徒行伝12章1節―3節)

イエスの12弟子の一人、ヤコブは首をはねられ殺されました。しかしながら、捕らえられ同じ結末を迎えるはずだったペテロの命は救われ、生きながらえました。

私達はヨハネを「雷の子」とか「愛の使徒」と呼びます。しかし、彼を「首をはねられ殺された兄をもつヨハネ」と呼ぶことはありません。そうです、ヨハネの兄は殺されたのです。このヨハネの気持ちを私達は考えたことがあるのでしょうか。

「あの人は召され、自分は生きている」。このような局面に私達も立たされることがあります。このようなことに対して私達が聴く神のメッセージは何なのでしょうか。

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こうして教会は(28):新しいチャプターに生きる私達

イスラエルの首都、テルアビブの南、地中海沿いにヨッパ(Jaffa)という町があります。この町は何度か聖書にでてきます。まず旧約聖書に書かれていますヨナ書に大魚に飲み込まれたヨナが逃げこんだ町として出てきます(ヨナ1章1節―3節)。

そして、今日、見ていきます使徒行伝にもこのヨッパはでてきます。イエスの 12弟子の一人、ペテロが不思議な夢を見た場所もこのヨッパです(使徒行伝10章5節―6節)。

2011年にイスラエルを旅した時に、このヨッパに立ち寄りました。さすがにヨナの町、街中に巨大な魚のオブジェがありました。また、もしかしたらペテロが夢を見た、あの「皮なめしシモン」の家はないだろうかと探しましたところ、ありました、ありました。現在はザカリアさんという家族が実際に住んでいて中を見ることはできませんでしたが、確かにペテロが夢ごこちになったと言われる屋上がありました。

2000年前の話ですから、この家が確かにその家だったかというと分かりません。しかし、当時ペテロは確かにこの辺りにおり、キリスト教史を変えるような夢を見たのです。それがどんな夢であったのか、今日は使徒行伝10章を見てまいりましょう。

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こうして教会は(27):聖霊と信仰によって導かれる神の物語

『エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り、その帰途についていたところであった』(使徒行伝8章27節―28節)

今日のメッセージでとりあげましたエチオピアにはユダヤ教を信奉しながら数千年来、自らをユダヤ教徒として暮らしてきた「ファラシャ」と呼ばれる人達が10万人もいました。

1975年にはイスラエル政府が彼らをユダヤ教徒(人)と認め、イスラエルへの帰還が始まりました。1991年5月にはエチオピアのメンギスツ・ハイレ・マリアムの独裁主義政権が崩壊する直前に、時のイスラエル政府は「ソロモン作戦」と称して、彼らを短時間でイスラエルに大量輸送して脱出させました。

その時のイスラエル首相のイツハク・シャミルはエチオピアからイスラエルの軍用機と民間機(エル・アル航空)を計35機使って、5月24日の10時から翌25日の11時までの25時間の間に延べ41回、両国の間、2400キロを飛行させ、約1万4000人の人々をイスラエルに帰還させました。これらの帰還により現在、ほとんどのエチオピア系のユダヤ教徒はイスラエルに暮らしているといいます。

なぜエチオピアにそれだけのユダヤ教徒がいたのでしょうか。その諸説の中にエチオピアの対岸にあるシバ国(現在のイエメン)の女王が紀元前10世紀にイスラエルのソロモン王と出会うことにより、この一帯にユダヤ教が伝わったということが有力な説なようです・・・。

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