全ての名にまさる名

「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない」(出エジプト記20章7節)

確かシカゴのオヘア空港だったと思うのですが、ゲートでサンディエゴ行きの飛行機への搭乗を待っていたことがありました。私が座っていたベンチの背後には食事がとれるようなテーブルがあり、そこでは4,5人の男達が大声で会話をしていました。彼らの会話には多くのカース(Curse:口汚い、罵りの言葉)が盛り込まれていました。そういう言葉を大声で、しかも誰にも聞こえるような場所でしゃべっている男達を驚き怪しむと共に、だんたんと彼らの言葉を聞いていることが不快になってきました。

彼らが口を開く時、そこには神とジーザス・クライストを罵る言葉が含まれていました。それは聞いているだけで、心がざわついてくるような言葉でした。困ったもんだなと思っていた、その時、私の側に座っていた女性がその男達の方に振り向き、強い言葉で言ったのです「子供も聞いているのだから、そのような会話はやめてもらえませんか!」。

確かにそのゲートには子供達もおり、彼らの会話はゲートにいる人達に聞こえるものでした。彼女の言葉は彼らと同じくらい、大きなものでしたので、周りの人にも聞こえたと思います。それを言われた男達、今度はバツが悪そうに、静かになりました。

私はその女性がしたことは正しいと思います。なぜなら、その言葉は私達の心に入り、私達の心を傷つけるからです。なぜ、傷つけるのか。私達は皆、神の子だからです。神の子でありながら、その父なる神についてひどい言葉を聞かされることは私達にとって屈辱なのです・・・。

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人が作った神々の姿

『あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない』(出エジプト記20章4節、5節)

私達が目で見て、手で触れることができる神々は、ある朝、私達の前に出現するものではありません。それは人間の手によって作られるものです。それを作ることは骨の折れることですから、その製作者は水を飲み、食事をとり、疲れを感じながらそれを作ります。作るのは人間ですから、その日の朝、夫婦喧嘩をして、荒々しい心でつぶやきながらカンナをたたくというような時もあることでしょう。

彼らは木を育てるところから始め、その木を切り取り、その一部を薪として身を温め、それでパンや肉を焼いて食べて、残った木で神々を作り、そして、その神々に向かって言います。「あなたはわが神だ、わたしを救え」。預言者イザヤは彼が目撃した事実について、このように語り、最後にこう締めくくります。「あなたは木の端くれの前にひれ伏すのか」と・・・。

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天を相手に生きていく

コロナ下、かつて日本で買ってきた本をあれこれ読んでいるのですが、ここ数年の間に買ってきた本を眺めていましたら、あることに気がつきました。それは、その時には気がつかなかったのですが、いつの間にか「50代をテーマにしている本」を私は何冊も買っていたということでした。

おそらくそれは数度の訪日の度に買い求めていたものだと思われます。その当時、私は50を前に、自分の人生の節目を意識していたのではないかと思われます。折り返し地点を超え、残された年月をどう生きたらいいのか、世の中では50歳という年齢はどのように受け止められているのかという関心があったのでしょう。

そして、あらためてこれらの本に目を通してみたのです。もちろん、どの本もそうですが、そこには同意できないことがあり、なるほどと思わされることが書かれていました。その中に「50を過ぎたら、もう他人からの承認は必要としなくともよい」と書かれていました。「人からの査定はもう終わり」だというのです。そうです、思えば若い時から長い間、いかに自分が人から承認されるか、評価されるかということに心を配ってきました。しかし、もうそのような舞台からは降りる時ではないかというのです・・・。

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健やかな教会になるために

Soul Shepherdingという教会リーダーや教会の霊的状態をサポートするウエブサイトがあります。そのサイトによりますと、1050人の改革派、福音派の牧師に対してなされたアンケートで、彼らの100パーセント、すなわち1050人全ての牧師達がバーンアウト、教会の問題、道徳的な問題で牧師を辞任した同僚がいると答えています。

また70%の牧師がミニストリーを始めた時よりも低い自尊心の中に自分はいると答えていると言います。これ以外にも色々なデータがそこには記されているのですが、その数字はどれも事の深刻さをあらわしています。

神のあわれみにより、また皆さんのサポートとご愛により、私達夫婦はさいわい、そのようなぎりぎりのところにまで行ったことはありません。しかし、これらのことを実際に見聞きします時に、私達夫婦の心身を皆さんの前に、できるかぎり健やかに保ち続けるということは、私達が教会に対してできる第一のことではないかと思わされています。

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神の関与、それが力、そして慰め!

 

 

 

 

 

大きなことを成し遂げるために、力をあたえて欲しいと             神に求めたのに、謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった。

偉大なことができるように、健康を求めたのに、                より良いことをするようにと、病弱を授かった。

幸せになろうとして、富を求めたのに、                    賢明であるようにと、貧しさを授かった。

世の人の賞賛を得ようとして、力を求めたのに、
神の助けを知るようにと、弱さを授かった。

人生を楽しもうと、あらゆるものを求めたのに、
あらゆることを喜べるようにと、命を授かった。

求めたものは、一つとして与えられなかったが、
願いは、すべて聞き届けられた。

神の御心に、沿わぬものであるにもかかわらず、
言い表せない私の祈りは、すべてかなえられた。
私はあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ。

無名兵士の祈り

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