こうして教会は(23):最悪の状況ではたらく神

私は今から27年前、ちょうどこの冬のシーズンに中国を一人で旅していました。その時に私は四川州の重慶という町にいました。今、肺炎で注目されている武漢という町を流れる揚子江を上流に向かい、上海から一週間かけて重慶にたどり着いたのです。

ユーラシア大陸の冬はとても厳しいものです。今でこそ経済発展の恩恵があるでしょうが、当時の中国はまだ貧しく人々は冬に炭で暖を取ります。これがよく話題になる中国の大気汚染の元凶と言われています。そんな空気を毎日吸い、食事もまともに取れず、私は心身ともに完全に打ちのめされていました。

寒さでこごえ、高熱があり、咳が止まらず、吐き気があり、「死ぬのではないか」と毎日、フラフラしていました。私が願っていたことは早く、温かいところに行きたい。そのために南に向かおう、タイに向かおうと思い、連日、駅に行って切符を買おうとするのですが、時は中国の春節、重慶の何百万もの人達が故郷に帰る帰省ラッシュのピークです・・・。

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優先順位が決める私達の人生

2019年、私が深く教えられたことの一つにこの「神こそが主である」ということがあります。「主は自分ではない」ということです。私の人生の主(あるじ)は私ではないのです。

このようなことは本来、最初から肝に銘じておくべきことでした。なぜなら、このことは私達の信仰生活の大前提となることだからです。それではなぜ、神こそが主なのでしょうか?

なぜなら、私は裸で生まれてきたということは否定できない事実であり、また私は裸で死んでいくからです。その始まりに自分がたてた計画や自分の力は全く関与していないのです。この命は100パーセント、神がくださったものです。

さらに言いますと、私は自分の力で一分たりとも生きることができない存在だということです。この命は神がくださったものであり、あと一時間の寿命があるとするのなら、その一時間も神がくださるものです。

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こうして教会は(22):天下にこの方以外に救いはない

イクイッパーカンファランスでは私よりもずっと若い方達に毎晩、メッセージを語らせていただきました。その多くは私の子供達の年齢です。この度、彼らに問いかけたかったことは「皆さんはどこに立って、これから生きていくのか」ということでした。

彼らにこう問うたのです。皆さんはこれからテレビのワイドショーやお笑い番組でひな壇に座っている芸能人が「ああでもない、こうでもない」と、番組から干されることがないように、互いに空気を読み合いながら、色々なことを語り合っている、その彼らの言動を生き方の土台として生きていくのか?そこに君たちの結婚生活の土台があるのか?そこに立って、君たちの子供達をこれから育てるのかと・・・。

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エマオの途上を歩く私達

1989年、Back to the Future 2という映画が公開されました。マイケルJフォックス扮するマーティーが未来の世界にやってくるというストーリーです。当時、20歳の私はその未来の世界に驚きと期待を抱いたのを覚えています。

ところで皆さん、その映画が未来として設定していた日をご存じですか?その未来は 2015年10月21日だったのです。

そう、その未来は私達にとりまして5年前の過去となりました。私達は映画のストーリーを追い越してしまったのです。どうりで年をとったわけです。

今、最新のI phoneは何と呼ばれているのですか。Iphone10 ?, I phone 11? 私にはわかりません。

私達の身の回りのものはどんどん変化します。どんどん新しくなるのです。しかし、変わらないものがあります。何ですか?私達、人間です。もちろん、年をとれば私達の肉体は変化します。しかし、私達の心は変わりません。エマオの途上の弟子達をHuman5と呼び、私達が Human9と呼ぶことはないのです・・・。

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謙遜

私は年を重ねれば重ねるほどに自分の小ささを感じます。そして、それはある思いと並行して起きていることに気がつかされています。そうです、大いなる神を知れば知るほど、私は自分の小ささに、不完全さに気がつかされていくのです。

地球温暖化に伴う想定を超えた自然災害を前にして、たとえ私達が強靭な肉体を持っていても、世界最高の学び舎で学んだ学位があっても無力です。莫大な財産を持っていたとしても、一度、私達の体内に悪性の腫瘍ができたら、札束を積んでも治癒することには限界があります。

私達は私達よりもはるかに大いなるお方の前に生かされているということを知るべきです。「主:あるじ」は私ではないということを私達は徹底的に知るべきです。「主:あるじ」は神であるということを私達は肝に銘じるべきです。

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クレイジーラブ

我々日本人は「1つを言われて10のことを察する」と言われています。さすがに10は無理でも、一つのことから、その他2つ、3つのことを察して、互いの関係を保っています。

これができると「空気が読める人」と呼ばれ「気が利く人」と評価され、これができないと「空気が読めない人」と呼ばれ「気が利かない人」とされます。こういうことをサラリとやってのける人を「粋な人」といい、それができないと「野暮な人」と言われます。

しかし、察することにも限界があります。なぜなら、それはあくまでも私達の感覚であり、そこから具体的な、そして確信的な指針を得ることはできないからです。私達の互いの関係は「気配を感じとる」とか「察する」ということだけでは成り立ちません。

元旦にのぼる太陽から「職場で直面している人間関係の難しさ」や「夫婦の間に抱えている問題」をどうしたらいいのかという具体的なメッセージを聞くことはありません。「気配」だけで人生の諸々の大切なことを決めていく人はいないでしょう。

そうです、それでは私達には何が必要なのでしょうか。それは「言葉」です。「言葉」がなければ私達は互いの思いを相手に伝えることができないのです。また相手の思いをはっきりと理解することもできないのです。

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十分の一が意味すること

「ありがとう」とか「感謝」を意味する「THANK」という英語を見ていますと、ある言葉を思い浮かべます。そうです、それは「THINK」です。実は「THANK」とは「THINK」から派生して生まれた言葉だそうです。すなわち感謝するということは、考えなければ生まれないものなのです。感謝はしっかり考えなければ生まれてこないものなのです。

注:今週は大倉牧師が訪日中のために予め録画したメッセージをお届けしています。

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こうして教会は(20):なぜサンディエゴに暮らしているのか?

大塚久雄(ひさお)という経済史を研究した元東京大学教授が「意味喪失の時代に生きる」という本を書いています。私達の回りにはたくさんの「喪失」というものがあるでしょうが、その中で私達にとって最も深刻な喪失は「意味を失うことだ」と大塚氏は書いているのです。

大沢たかおという俳優が主演しました「仁」(じん)というドラマがありました。このドラマには「神」という言葉が何度も出てきます。主人公の医者が現代から江戸末期の時代にタイムスリップし、そこで繰り広げられるドラマです。

その中で彼が自分に問いかけるのは「なぜ俺はここにいるのか。なぜ神は俺をここに送ったのか」ということなのです。

自分は医者であり、その自分が江戸時代の江戸に住むようになった。「神はいったい俺に何をさせようとしているのか」とその意味を彼は問うのです。そうです、その「意味」を見出さなければ、自分の全てがあった未来を捨てて江戸に生きているということに希望がもてないからです・・・。

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